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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百二十三話 リヤン・マークウッド

オーストラリアのパース。


世界一美しい都市と呼ばれるその都市で最も富裕層が集まる高級住宅街の一角。


広大な土地にその土地に相応しい巨大な一軒家の主である男は、自分の息子に泳ぎの練習を教えていた。


「そうそう!いい感じだルーカス!お前なら出来る!そうそう、足をばたつかせろ!いっけーー!いくんだ、ルーカス!」


プールの縁から4歳の息子に熱い応援を送るこの男こそ、オーストラリア唯一の(オンリーワン)、リヤン・マークウッドである。


「ルーカス!もうちょっとだ、頑張れ!」


目の前で足をばたつかせている息子のルーカスに応援を送り、とうとうルーカスの手がプールの縁にタッチする。


「パパ、僕、やったよ!」

「流石はルーカス!俺の息子だ!お前は天才だ!」


笑顔で報告するルーカスをすぐに抱きしめ、その頭を撫でる。

リヤンの教育方針は、とことん褒めて伸ばすであり、どんな事でもとにかく甘やかす。


「ルーカス、疲れてないか?一回休むか?」

「パパ、僕、まだ泳げるよ!」

「そうか、流石はルーカスだ!ならもう一度向こうの壁まで泳いでみよう!」

「うん!」


愛する息子と、愛する妻に囲まれ、リヤンは順風満帆な生活を送っていた。


そんな折、妻がスマホを持って歩いてくる。


「あなた、電話よ」

「誰からだ?」

「迷宮探索協会メルボルン支部の支部長よ」

「……チッ、またか」


先程までの陽気な雰囲気とは打って変わり、あからさまに不快な顔をする。


ここ最近階層を跨いだイレギュラーモンスターの対処であちこちに出張を強いられ、リヤンはストレスが溜まっていた。


要請を受けた迷宮が、リヤンが行った事のない迷宮の場合、1層から攻略していかないといけなくなり、30層などの下層になっていくと移動だけで数日かかる泊まりがけの出張となる。


愛する者に囲まれて生きて行きたいリヤンにとって、魔物一体倒す為だけにそれだけの時間をかけて出張をするなど不快以外の何物でもなかった。


「こちらリヤン」

「リヤンさん!メルボルン支部のマーカスだ!すまないがまたイレギュラーモンスターが出たのでその駆除を要請したい!」

「……何層で出たんだ?」

「メルボルン迷宮の36層だ。出た魔物は……」


ピッ。


マーカスが出現した魔物を答える前にリヤンはスマホを切ってしまう。


「あなた、何の電話だったの?」

「何でもないよ。さあ、ルーカス!泳ぎの練習の続きをしよう!」

「うん!」


険しい顔を一気に破顔させ、元気に頷くルーカスに笑いかけながら泳ぎの練習に戻ろうとする。


「はぁ……」


その様子を見た彼の妻、オリヴィア・マークウッドはため息を吐く。

リヤンは身内には優しく甘やかすが、どうでもいい人間や嫌いな人間に対する対応がとにかく酷い。


そしてリヤンが協会や国からの要請を無視すると決まってその矛先が自分に来るのだ。


トゥルルルルルル。


今度はオリヴィアのスマホが鳴る。相手は先程リヤンに電話をした人間と同じメルボルン支部のマーカスだった。


「ハーイ、マーカス」

「オリヴィアか。すまないが緊急の要件だ!36層に出たメタルゴーレムは放置できない。知っての通り、最近階層跨いだイレギュラーモンスターが多発しているのだが、ここ最近になってイレギュラーモンスターを放置しているとそのまま上層へ移動することが確認されている。このまま放置すると最悪迷宮から魔物が地上に出て多大な被害が出る可能性がある」

「分かってるわ、マーカス。それにしても、メタルゴーレム……」


メタルゴーレム。

魔法金属と呼ばれる迷宮産の金属であるミスリルで体を覆われた鋼色のゴーレムである、


一軒家よりも巨大なそのミスリルの体からは想像もできないほどの素早さで移動し、質量による物理攻撃と魔法による全範囲攻撃を行う強力な魔物だ。


対抗するにはメタルゴーレム以上の速さで移動できる足と、尚且つメタルゴーレムの全範囲攻撃魔法を防げるだけの魔法防御力が必要となる。

更にはヘビーメタル以上の強度と魔法反射性を誇るミスリルの装甲を破るだけの強力な攻撃力も必要なのだ。


それら全てを兼ね備えた探索者など、オーストラリアではリヤン以外にはあり得ない。


「犠牲は出来る限り出したくない。メタルゴーレムを犠牲なく倒せるのはリヤンだけだ」

「そうね……。あんまりあの人を酷使してしたくはないんだけど……仕方ないわね」

「すまない。代わりと言ってはなんだが、報酬はきっちり高値で出すつもりだ。だからよろしく頼む」

「ええ」


そこで電話は切れ、スマホは元のホーム画面を映す。

それをポケットにしまい、またリヤンの元に向かう。


「今度はクロールをしてみるぞ、ルーカス!」

「うん!」

「あなた」

「なんだい、リヴ。今はルーカスに泳ぎの練習を教えているところなんだ」


子どもと楽しそうに遊ぶリヤンは、オリヴィアの方を振り向くことなく聞き返す。

オリヴィアはリヤンから一度目を離し、足をばたつかせて泳いでいるルーカスに優しく声をかける。


「ルーカス、おやつ作ったわ。部屋にあるから食べに行きなさい」

「おやつ!行く!」

「走らないでね!あと、ちゃんと身体拭きなさい!」


オリヴィアのルーカスはすぐに反応し、縁まで泳いでさっさと部屋に走ってしまった。


「あ、ルーカス!まだ泳ぎの練習は終わってないぞ……ったく」


現金なら子どもを見送りながら頭をかき、自分もプールの縁を登る。


「リヴ、まだおやつにはちょっと早いんじゃないか?」

「リヤン、ちょっとこっちに来て。ここに座って」


オリヴィアはリヤンの手を引いてすぐ近くのベンチに腰掛けさせる。


「メルボルン迷宮にメタルゴーレムが現れたの。討伐は貴方にしか頼めないわ」

「メタルゴーレムくらいなら他のパーティーでもなんとかなる」

「でも、犠牲者が出るわ」

「犠牲者?メルボルン迷宮のトップパーティーは、『ビラの光』だったな」


メルボルンのトップパーティー『ビラの光』に所属しているメンバーの顔を思い出すと、リヤンは興味が失せたように寝転がる。


「死ねばいいさ、あんなゴミども」


リヤンはなんでもないことのように言う。そんなリヤンに、オリヴィアは自分の両手をリヤンの膝の上に乗せ、真剣な眼差しで語りかける。


「リヤン。メルボルン迷宮にいる探索者は『ビラの光』だけじゃないわ。貴方に憧れていた『虹蛇』とか他にも多くの探索者の命が掛かってるのよ」

「虹蛇?ああ、いたな。うーん……」


リヤンは面倒くさそうに思い出す。リヤンはオリヴィアの説得にも全く心が動かない。メルボルンまでの移動の手間を考えると、動くに値しない存在だからだ。


「それに、ルーカスも人の命を救ってきた英雄の貴方を見たいと思うわ」

「……なに?本当か?」


バッと腰を上げ、オリヴィアに向き直ったリヤンは食い気味に聞き返す。そんなリヤンに内心で呆れながら、オリヴィアは真剣な眼差しで頷く。


「このオーストラリアで誰も倒せない魔物を倒して人の命を救う貴方を、あの子はとても尊敬してくれるわ。もちろん私もよ!」

「なら行こう!」


勢いよく立ち上がったリヤンは、大股で歩き、準備へと取り掛かった。


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