第百二十二話 エレナ・K・ジパング
アメリカ。ニューヨークのブルックリンに存在するブルックリン迷宮。
その32層にて、一人の少女が恐竜の様な魔物と対峙していた。
「アハハハハハハ!イッツデンジャラスファンタジー!」
対峙している魔物の名前は、クリムゾンダイナソー。
名前の通り、数多の冒険者を肉片へと変えていき、ありとあらゆる防御を溶かす熱波砲を広範囲に放つティラノサウルスを更に大きくした様な魔物である。
このクリムゾンダイナソーは本来48層近くに出現する魔物であり、こんな低階層に出現するはずのないイレギュラーモンスターであった。
しかし、この少女は16層以上離れたこの階層に出るはずの魔物と戦いながらも一歩も引かない戦闘を行っていた。
少女の名前は、エレナ・K・ジパング。
普段はアメリカのハイスクールに通う学生であり、趣味と実用を兼ねて迷宮に潜る学生探索者だ。
そして、アメリカが保有する世界で唯一のスキルを持つ一である。
木々を丸ごと薙ぎ払い、炭へと変える熱波砲を軽々かわしながらエレナは笑い続ける。
エレナがこの階層でクリムゾンダイナソーと対峙したのは単なる偶然だった。
国から討伐の要請を受けたわけでも、知っていて正義感で向かって対峙しているわけでもない。
ただエレナは自身のステータスの安全マージンを満たすこの階層で狩りをしていて、偶々遭遇したのだ。
しかし、遙か格上の魔物と戦っても、エレナは全く物怖じしておらず、むしろこの状況を楽しんでいる様だった。
「アハハハハハハ!今の攻撃ウケるんだけど!アハハハハハ!」
決して余裕があるわけではない。繰り返しになるが、このブルックリン迷宮におけるエレナの到達階層はここ32層。
日本よりも安全マージンが緩い基準であるアメリカでも、この階層がエレナの攻略可能階層だった。
それでもエレナの闘争心とポジティブな思考はかけらも消えたりしない。
何故なら、エレナは今この瞬間が楽しくて仕方がないから。
命懸けのスリルを楽しむ狂気がエレナには備わっていた。
そして、何度目かの熱波砲を避け続け、クリムゾンダイナソーの攻撃が止むと、地面に降り立ったエレナは腕を高く突き上げてこう叫ぶ。
「さいっこうなあなたに私の最高を見せてあげる!私は今ここに、あなたを倒すことができることを証明する!デビルズプルーフ!」
悪魔の証明。
この世に存在する全てのスキルを変更するまでの間、獲得することができるスキル。
このスキルは、未だ地球上の誰も発現していないスキルすら獲得可能。
エレナのスキルで獲得できないスキルは存在しない。つまり、エレナが獲得できないスキルはこの世に存在しない事になる。
存在しないことを証明するスキル。
叫んだエレナの目の前に、小鳥遊のコピー画面の様な黒い画面が現れる。
そこに書かれていたのは、エレナ自身のスキルと、エレナがたった今獲得したスキルだった。
小鳥遊とは違い、ステータスは書かれておらず、スキル欄のみが表示されていた。
[スキル]
悪魔の証明 レベル3
レベルアッパー レベル3
死の宣告 レベル1
天使の羽 レベル1
星魔法 レベル1
レベル毎に一度に獲得できるスキルが増えており、レベル3の今、獲得できるスキルは3つに増えていた。
死の宣告。
ロシアの白い死神と謳われたアレクサンドル・ドバニコフが保有する一スキル。
天使の羽。
とある国のとある一が将来獲得するはずだった未発見スキル。
「あはっ!一スキルが二つに初めて聞いたスキルが一つ。さいっこうー!!レベルアッパーーー!!!!」
エレナが叫ぶと、手に入れた三つのスキルのレベルが変化する。
[スキル]
悪魔の証明 レベル3
レベルアッパー レベル3
死の宣告 レベル4
天使の羽 レベル4
星魔法 レベル4
エレナは、スキルがレベル3へと上昇したことを確認し、指をクリムゾンダイナソーに突きつけて叫ぶ。
「死の宣告」
死の宣告。
死を宣告した相手を上回るステータスを手に入れることができるスキル。
次の瞬間、エレナの体を尋常ではないほどの力の奔流が流れ、エレナはそれを心地良さそうに受け入れる。
それはまるで日本の一、小鳥遊翔が自身より高いステータスに変更したときのそれであった。
「それと……天使の羽?」
エレナがスキル名を呟いた瞬間、エレナの背中からバサリと大きな天使の羽が生える。
「うっひゃーーーー!なにこれ!?なにこれ!?こんな凄いスキル見たことない!」
エレナが軽く背中の翼をバサリと動かすと、エレナの体は軽々と宙に浮く。
そしてさらにバサリと翼を羽ばたかせると、一気に空高く宙を舞った。
「凄すぎーーー!こんな自由に空を飛べるスキルなんて聞いたことないよー!!」
空を飛べるスキルというものは存在する。浮遊や風魔法のフローティングボードといったものだ。
しかし、この天使の羽はそれらとは一線を画す自由度と速度を持っていた。
このまま自由に空を飛びたいと思ったエレナだったが、一つ忘れていることがある。
もっと飛ぼうとした矢先、自分のすぐ側を下からの熱波砲が通り過ぎていく。
「わぉ!ユーアークレイジー!!当てられるものなら当ててみなよ!!」
先程と同様大笑いをしながら、まるで遊ぶかの様にクリムゾンダイナソーの周りを飛び回る。
クリムゾンダイナソーは何とかしてエレナを撃ち落とそうと魔法を放ち続けるが、すでにエレナのステータスは全てクリムゾンダイナソーを上回っている。
そこに追い打ちをかけるかの如く空を自由に飛び回られては、もはやクリムゾンダイナソーが攻撃を当てることなど不可能だった。
しばらく飛んでいる鳥を撃ち落とすかの如く熱波砲を放っていたクリムゾンダイナソーだったが、とうとう魔力切れでも起こしたのか、顔を下ろしゼェゼェと荒い息を吐いた。
それを空から見下ろしたエレナは、先ほどまでの笑顔を一転させ露骨につまらなそうに落胆させる。
「えー、もう終わりー?つまんなーい!もっと頑張ろうよ!」
そう言うと、今度はクリムゾンダイナソーの鼻先を羽ばたきながら飛び回る。
鼻先を虫の様に飛び回るエレナがウザいのか、噛み殺そうとしたり、体当たりをしようとしたりするが、それを軽々と交わされ、逃げられる。
「あははは、さいっこう!あなたのお陰でこんな素晴らしい体験ができたわ!そんなさいっっっっこうなあなたにお礼としてこれ。見せてあげる!!」
そう叫ぶと、空高く飛び上がり、優雅にクリムゾンダイナソーを見下ろす。
そして、ゆっくりと真っ青な空を指で指し、友人に話しかける様な気さく話し方でこう告げた。
「世界最悪の魔法、ぜひ楽しんで、心置きなく逝ってね!メテオストライク!」
星魔法。
フランスのカタストロフィ、ウィリアム・エバンスが保有する一スキルである。
そのスキルによって使える魔法の一つがメテオストライクである。
青空に幾何学的な模様をした魔法陣が生まれ、そこから真っ赤な火に包まれた巨大な岩の塊がクリムゾンダイナソーに降り注ぐ。
複数の隕石による強襲を受け、クリムゾンダイナソーは断末魔を上げながら土埃と共に消えていく。
その様子を見下ろしながら、エレナは満面の笑みで微笑み、投げキッスをする。
「どうだった、私の熱いベールは?最高だったでしょ、チュ!」
その一分後、クレーターだらけになった一帯を見下ろし満足したエレナは、クリムゾンダイナソーによって避難していた探索者達を集めていた仮設テントまで降り立つ。
天使の羽を生やし、ゆっくりと降り立ったエレナに、そこにいた探索者達は感謝の言葉を述べる。
彼らに対して笑顔で対応し、時には熱く握手をかわし抱擁を交わす。
「ありがとう!流石はノットゼロ!」
「エレナ!お前はアメリカの誇りだ!」
「ノットゼロ!お前が最高だ!」
感謝の言葉を受けたエレナは、ふと視線の端でうずくまり、涙を流す探索者達を見つけた。
彼らのすぐそばには、人の原形を留めた真っ黒な遺体が横たわっていた。
仲間の死を弔い、涙を流す彼等に気付いたエレナは、そこに近づいて行き、そのうちの一人の肩をポンと叩く。
ゆっくりと顔を上げ、エレナを見るその探索者に親指をグッと突き出し、笑顔で元気付ける。
「Don't worry !!Cheer up! !!」




