第百二十一話 謎
週末の休みの日、朝早くから起きた俺は星空と共に、タクシーで実家へと向かっていた。
「何で星空まで着いてくるんだよ」
「ついて行くに決まってるじゃん!お父さんにはちゃんと挨拶しないと!」
「何の?」
「小鳥遊君とはいつも仲良くさせていただいてますって!ねー、フェイトちゃん?」
「キュイー!」
星空の膝の上に座るフェイトが、両手をパッと広げて機嫌良さそうに鳴く。
「そんなこと報告してどうすんだよ」
「ワン君のお父さんが安心するじゃん。縁を切ったとは言え、ちゃんと友達も出来て楽しそうにしているんだなって」
「いや、父さんは俺のことを心配なんてしない。自分のことで精一杯なんだからな」
「なら尚更だよ!美味しいご飯でも奢ってこんなに稼いでるよって教えてあげなよ!」
「奢るわけないだろ。もう他人なんだから」
「ひどっ!」
「キュイキュイ」
酷くないだろ。
「さてと……到着したな」
タクシーから降り、フェイトをペットケージに入れ、小道に入った先にある実家へと歩いて行く。
そして、小高いブロック塀に囲まれた一つの木造アパートに到着する。都内某所にひっそりと建つ築50年以上が経っている木造のオンボロアパート。俺の実家だ。正確に言えば実家だった場所だ。
ここに来たのは半年ぶりなのだが、久しぶりに来ても感慨はも何もない。今住んでいる寮と比べると汚らしさが目立ち、所々に土汚れやカビが付いている。
辺りを軽く見回してみても人はおらず、閑散とした場所だった。
オンボロアパートを見ていると、星空が横から話しかけてきた。
「へー、ワン君、ここにずっと住んでたんだー!」
「動画で見ただろ」
「見たけど、やっぱり直接みると雰囲気が違うねー!」
「動画で見るより汚いよな。改めて見ると、俺、こんな所に住んでたのか」
「趣があるよ!」
「ものはいい様だな」
ポジティブな言葉を使う星空に呆れながらアパートに近づいていき、目的の部屋の前に行く。
「あ?」
「どうしたの、ワン君」
思わず声を上げてしまう。
「ネームプレートがなくなってる。それになんか綺麗になってるな」
「え?」
家の横にあるネームプレートが空になっており、ドアも汚れが落とされている様に感じる。
父さんがこれを行ったとは思えない。
「引っ越したか」
「そうだねー。まあここから通える迷宮って一つしかないしね。都外に行ったんだろうね」
「そうかー。まあそんな気はしてた」
あれだけメディアに晒されたら普通に引っ越すだろうな。探索者をするにも都内にある迷宮は学園のある中央迷宮と、原宿にある代々木迷宮だけだ。
「探すあてはあるの?」
「市役所で住民票取ればわかるだろ」
「おおー!流石はワン君!」
再度タクシーに乗り込む。
「キュイキュイ!」
タクシーに乗り込み、フェイトを出すと俺に対して何か話しかける様に鳴き始める。
「ごめんね、フェイトちゃん。狭かったよねー」
「キュイキュイ!」
「嫌なら先に帰るか?区役所と寮近いし別にいいぞ」
「キュイキュイ」
フェイトは一鳴きすると、俺から顔を背けて星空の膝の上に座る。
「ついてくるって」
「ついてくるのかよ」
フェイトに呆れ、視線を窓の外に向ける。そのまま迷宮学園のある中央区の区役所までタクシーで走っていく。
中央区役所に到着し、早速住民票を取る。
30分後、発行された住民票を持って再度タクシーに戻り、住所を確認する。
「……大阪?」
住所を確認すると、どうやら父さんは大阪府に引っ越しているらしい。
「んー、ちょっと住所見せてー」
「ほら」
住民票を星空に渡す。星空はその住所を確認してスマホでささっと調べる。
「あー、堺ダンジョンのすぐそばだね」
「へー……」
「今から行く?まだ午前中だし、行くなら新幹線のチケット取るよ?」
「……遠くって分かると途端に面倒臭くなるな」
「そんなこと言って!本当は心配してるんでしょ!」
「そんなわけないだろ」
調べると、ここからだと堺まで三時間近くかかる事が分かった。正直もう面倒くさくなりかけている。
もう帰ろうかなどと思っていると、星空はスマホでパパッと操作して画面をみせてくる。
「はいはい。素直になれないツンデレなワン君の為に私が予約しておいたよ!」
「はえぇよ」
「でもワン君とっても必要な事でしょ?一回会って話してみるべきだよ!」
「話すことなんて別にないけどな……。まあ探索者に興味を持った理由は気になるな」
「でしょー!それならやっぱり一回会ってみるべきだよ!」
「……そうだな」
スキルも手に入るし知りたいことも知れる。
しかし片道三時間、往復で六時間か……。
長い旅になりそうだ。
それから新幹線のグリーン車席で揺られること二時間、さらにタクシーに乗り換え一時間。
住民票に記載されている父さんの住所を到着した俺達は空を見上げていた。
いや、もちろん寝転がって青空を眺めていたわけではない。
住所に記載されていた場所に建っていたのは、見上げても最上階が確認できないほどの高層マンションだった。
「……ワン君のお父さんって生活保護受給者じゃなかったっけ?」
「そのはずだが……」
「どうみても一流企業の社長とか住んでそうなマンションなんだけど」
先程の今にも倒壊しそうなコケや埃で汚れた木造のオンボロアパートとは違い、最近建てられた事がわかるシミひとつない綺麗な外観をし、ゴミ一つ落ちていない清掃の行き届いたエントランスがある綺麗な高層マンション。
この六階の部屋に住んでいるらしい。
「やけに高い場所に住んでるなと思ったが、まさか高層マンションだったか」
「まあ、正直予想はしてたけどね。受給額の決まってる生活保護で住める場所って限界あるし」
「エレベーターのついてないアパートかと思ったんだよ」
「そんな絶滅危惧種みたいなアパート、今どきあるわけないじゃん」
「あるかもしれないだろ」
知らんけど。
「とりあえず入ってみるか」
「うん!」
「キュイキュイ!」
マンションの建物に入り、エントランスに足を踏み入れる。
すると、このマンションのコンシェルジュであろうスーツを着た男性に挨拶をされる。
「こんにちは、本日はどの様なご用件でしょうか」
「このマンションの六階に住んでいる小鳥遊漂馬という男性に会いに来たんですけど」
そう聞くと、コンシェルジュは表情を全く帰る事なく、すぐに返答してくる。
「申し訳ございません。小鳥遊漂馬という男性はこのマンションには住んでおりません」
「……そうなんですか?」
「はい」
そうなのか。住民票の住所だとここのはずなんだが。そう思って一回離れようとすると、星空が俺の腕を掴んできて少し離れてから顔を寄せてくる。
「ワン君、絶対嘘だよ」
「嘘?」
「うん。だって反応が早すぎるもん。これだけ高いマンションに住んでる人全員覚えてるとかあり得ないから」
「それもそうか。でもどうする?嘘ついてるってことは隠す気だろ」
「それはそれ。ワン君の住民票渡して子どもなんですけどって言ってみれば取次くらいはしてくれると思うよ!」
そう言うと、星空は俺を引っ張っていき、またコンシェルジュの前まで歩いていく。
コンシェルジュは先程と同様に一切表情を変えない真顔で俺達を見てくる。
「何度来られても、その様なお名前の方はこのマンションには住んでおられませんが」
「すいません。その事についてなんですけど、こちらのワン君、小鳥遊翔君はここに住んでいるはずの小鳥遊漂馬さんの息子さんなんです」
星空がそう伝えると、先ほどまでぴくりとも表情を変えなかったコンシェルジュの男性の顔が眉を顰める。
「証拠に……ほら、ワン君」
「ああ」
バッグから住民票を取り出してコンシェルジュに渡す。
「これ、ここの住所で間違いないですよね?」
「少々拝見させていただいてもよろしいでしょうか?
「どうぞ」
コンシェルジュは住民票を手に取り、紙と俺を交互に確認する。
「こちらのお名前の方がそちらの男性様であると言う証明できるもの、身分証などはお持ちですか?」
「ならこれ。学生証」
持ち歩いていた東迷学園の学生証を渡す。
それを受け取り再度確認した、コンシェルジュは二つを俺に返し頭を下げる。
「先ほどは大変失礼いたしました。小鳥遊漂馬様より、誰が来てもいない事にしてほしいとのご連絡が入っておりましたので」
「そうですか。では、改めて父さんに取次をお願いします」
「畏まりました。少々お待ちください」
そう言うと、背中を向け、背後のドアを開けようとする。恐らく、部屋の中に内線用の電話が置いてあるのだろう。
「ああ、すみません。一つだけよろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
一つ気がかりがあった為、コンシェルジュを呼び止める。
「父さんは疑り深い性格です。もし信じない様でしたらこうお伝えください。『連絡もなく勝手に引っ越すな。約束は守れ』と」
「はぁ。畏まりました」
そう言うとコンシェルジュはドアを潜り部屋に入ってしまった。
「今の言葉は?」
「ああ。縁を切るとは言ったが、親でないとサインできない書類とかあるだろ?送ってくれればサインして送り返すって言う約束だった」
「そうなんだ!やっぱりワン君のお父さん、ワン君のこと心配してくれてるじゃん!」
「どこが?」
「書類はサインしてくれるってことはまだワン君と繋がっていたいってことなんだよ!縁を切ったとか言ってるけど、やっぱりワン君のこと大切なんだよ!」
「拡大解釈が過ぎるな」
拳を握りしめて熱く語る星空に、俺は冷めた視線を送る。
大切だったのなら縁を切ったりしないだろ。親としての矜持か、最低限の責務くらいは果たしたいと言うプライドなのかは分からないけどな。
そこまで言うと、コンシェルジュが戻ってくる。
その顔は少し申し訳なさそうな表情だった。
「お待たせして申し訳ございません。小鳥遊漂馬様とご連絡がつきました」
「はぁ、それで何と?」
「翔様には会いたくない、と。それと、約束を破ってしまってすまなかった、次はちゃんと連絡する、とのことです」
「そうですか。お手数おかけしました」
そう言い残し俺は振り返り、マンションの出口に歩き出す。
「え、え?ワン君、待って!」
それから星空と共にタクシーに乗り込み移動しようとすると星空が心配そうに聞いてくる。
「ワン君、会わなくてよかったの?」
「ああ。会いたくないって向こうが言っているならしょうがないだろ」
「そうだけど……」
星空は納得がいかないのか、ケージから出したフェイトを撫でながら落ち込んでいた。
「無駄足だったと思うか?」
「そこまでは言わないけど、結局目的も果たせてないし、お父さんにも会えてないし……」
「それはしょうがないだろ。上手くいかないこともある。それよりもせっかくここまで来たんだ。観光でもしていかないか?」
「え!行く!」
「キュイー!」
落ち込んでいても仕方がない。せっかくここまで来たのだから、二人を連れて楽しむか。




