第百十八話 夏終わりの登校
校舎への通学路でも周りからの視線が気になったが、廊下を歩くと十人中十人が俺のことを見てくる。
俺、というか俺とフェイトだ。
そんな見ても何も出ないけど。
何だろうか。もしかして最近俺の懐が厚くなったことを見破って、たかろうとでも思っているのだろうか。
頼まれても一円も出す気はないので俺のことを見ても無駄だ。
頑とした態度を見せながら悠々と廊下を歩く。
そして、Aクラスの前で星空と別れ、三人と一匹でFクラスの教室に入る。
「おっす、翔!」
「ああ」
教室に入るといの一番に坂田が声をかけてくる。俺は普通に返事をしながら自分の席に着く。
坂田の周りの生徒も訝し気な顔で俺と坂田を見ている。
坂田はつい先日、恒例の月一パーティーで一緒に迷宮を潜ったばかりだ。
その時は五層の夕焼けの森林に行った。文月との特訓の成果なのかは分からないが、ゴブリンライダーを一人で一対一なら問題なく捌ける様になっており、俺にドヤ顔をしてきた。
意図が分からなかった為、華麗にスルーして次を探しに行ったのだが、後で文月が成長を褒めて欲しかったのだと言っていた。
坂田が俺に褒めて欲しい理由ないだろと一笑してしまった。
「キュイ!」
バッグを置くついでに、机の上にフェイトを下す。
見慣れない場所で落ち着かないのか、狭い机の上をうろうろしたり、羽をばたつかせている。
このままだと授業中にうるさくしそうなので、再度持ち上げて目を合わせる。
「落ち着かないか?」
「キュイー」
「嫌なら今から帰ってもいいぞ?」
「キュイー!」
フェイトは嫌々と首を振って羽をばたつかせて俺の手から離れ、文月の元に飛んでいく。
「はーい、いい子ねー、フェイト。怖かったねー」
「キュイキュイ」
フェイトを抱き止めた文月は早速フェイトを甘やかし、背中を撫でる。
フェイトもフェイトで文月の胸に顔を埋めている。
怪訝な顔でそれを眺めていると、文月が俺の元に歩いてくる。
「翔さぁ、フェイトは赤ちゃんなんだから、もうちょっと言い方考えてよ」
「言い方?嫌なら帰ってもいいって言っただけだろ」
「言葉が冷たいのよ」
「……?」
言葉が冷たいって何だ。普通だろ。
「もう……大丈夫よ、フェイト」
「キュイ?」
「居たいならここに居ていいからねー、ね、翔?」
「うるさくしないなら別に居てもいいが……」
「キュイ!」
本当、と言わんばかりに俺に振り返ったフェイトは、また俺の元に手を伸ばしてくる。
「仕方ないやつだな」
フェイトを文月から受け取り、今度は膝の上に乗せる。
するとフェイトは俺の下腹部に背中を預け、リラックスした状態で周囲をキョロキョロし出した。
「落ち着いたか」
「キュイ!」
「そうか」
よく分からないが落ち着いたらしい。
落ち着いたならいいかと一限目の準備を始めると、周りのクラスメイト達が、俺の方に近寄って来て声をかけてくる。
「ね、ねぇワン君。その……フェイトちゃん触らしてもらってもいいかな?」
「別にいいぞ。フェイトがいいなら」
「キュイ!」
そう言ってフェイトを見下ろすと、フェイトは首を反対方向に向けてしまった。どうやら嫌らしい。
「悪いが嫌がってるみたいだ」
「あ、そうなんだ。ごめんね」
「人見知りだから大人数が苦手なだけだ。触りたいなら一人か二人で来てくれ」
「分かったわ!じゃあ一限終わった後にこっちの二人に触らしてあげてもいい?」
「フェイトがいいなら俺は別にいい。どうだ、フェイト?」
「キュイ?キュイ!」
「良いそうだ」
俺がそう伝えると女子達は顔を綻ばせて喜ぶ。
「わぁー!ありがとう、ワン君!フェイトちゃん!」
「キュイ!」
フェイトは、いいよと言わんばかりに返事をし、それを見た女生徒達がフェイトに手を振りながら離れていく。
その姿を見送ると、俺はフェイトに視線を下ろして呟く。
「……お前も大変だな」
「キュイ?」
その後、授業が始まると、フェイトは飽きたのか俺の膝から降り、教室内を探検し出した。
それに気付いた何人かの生徒が声をかけるが、それらに近付くことなく通り過ぎ、最終的には文月の膝の上に収まる。
フェイトの面倒を一番見ているのは彼女なので、この結果も当然と言える。
授業中、俺の膝にいたり、文月の膝の上に居たりするのだが、文月が途中から毛布を取り出してから文月の毛布の上でゴロゴロしていた。
自由だな。
普通の教室なら絶対許されないだろうが、魔物に限り、授業中でも連れ込みが可能なのだが、凄い光景だ。
午前中、そのおかげかフェイトは騒ぐことなく過ごし、昼休憩になる。
「ね、ねぇ、ワン君。もしよかったらご飯一緒に食べない?」
今朝声をかけてきた女子生徒三人組が、俺にご飯のお誘いをしてくる。
「いや、悪いが……」
「ごめんねー、翔とは私達が先に予約してるからー」
俺がそう断ろうとした時、横から如月が弁当箱を俺の机に置きながら割り込んでくる。
もはや俺と文月との関係は公然の事実なので、この関係ももう隠す必要はなくなった。
そもそも文月が毎朝俺の部屋に来てるのは、Fクラスの人間ならみんな知っている。
とはいえ、そんな堂々と渡さなくてもいいのでは。
「これ、翔のお弁当」
「ああ、ありがと」
「あ……」
女子三人組に対して如月が笑顔で対応し、女子達は如月の圧にたじろいでいる。
フェイトは文月が面倒を見るので、俺は一人で弁当を持って立ち上がる。
「悪いが部室で飯食うんでな。じゃあ」
「ふん!」
四人に断りを入れて、部室へと歩いて行く。
すると、何故か如月が俺の後ろをついてきた。
「……お前も部室に来るのか?」
「そうよ。悪い?」
「いや、別にいいけど。文月とは一緒に食べないのか?」
「奈々美も後で来るわよ」
「そうか」
二人とも部室に来るらしい。教室はやっぱりうるさいか。
部室の前まで歩いて行きドアを開ける。
「お、来たな。我が眷属よ」
「ワン君、朝ぶりー!」
「こんにちは、ワン君」
「こんにちはー!」
「こんにちは、ワン様」
「遅かったわね」
「……」
部屋の中にはすでに七人もの生徒がいた。しかもこれから二人増える。
部室はそこそこ広いとはいえ、もはやこの場の喧騒は教室と変わらなくなっている。
俺は定位置のソファーの前まで行き、机に弁当を広げる。
目の前では七人の女子達に如月も混じって迷宮談義に花を咲かせている。
迷宮に全く興味のない俺は一人黙々と弁当を食べ続ける。
数分後、文月がフェイトを連れてやってきた。
「邪魔するわよー」
フェイトが部室に来た途端、女子達の目は一斉にフェイトに向く。
「フェイトちゃん来た!」
「相変わらず可愛い!」
「触らせて!」
「我!我も触りたい!」
「私も私もー!」
「……私も」
「触るなら順番よ。フェイトが怖がっちゃうから」
如月と花園以外の六人は、フェイトを触るために中央の机に座る。文月もフェイトを机の上に置き、周りに注意した。
「キュイキュイ!」
顔を知っている人間と知らない人間に囲まれ、困惑している。
しかし机の上に敷かれた弁当箱を見ると、まるで値踏みでもするかの様に机をウロウロし出す。
「フェイトちゃん、これ食べる?」
「これもこれもー!」
「我の供物を喰らえー!」
「これも食べますか?」
「これもどうぞー!」
「私のも食べていいわよ」
「……」
フェイトは差し出されたご飯の匂いを嗅ぎ、食べていく。ただ生きているだけでご飯を恵んでもらえるとは羨ましい。
それを見ながら自分のご飯を食べていると、横に座ってきた如月と花園が話しかけてくる。
「どう?今日のご飯は美味しいかしら?」
「ああ美味い」
「あら?その口ぶり……もしかしてワン様のお食事を作ってらっしゃるのは如月さんなのでしょうか?」
「ああ。如月か文月が作ってくれてる」
「へー……」
俺が正直に話すと、花園は意味深な相槌を打つ。
そして、反対側にいる如月に話しかける。
「如月さん、毎朝もう一人分のお昼作るの大変じゃありませんか?もしよろしければ……」
「あいにく一人分も二人分も関係ないわ。余計なお世話よ」
「そうですか?それでしたら今度は私が如月さんの分も含めて三人分お作りいたしますわ」
「いらないわよ。料理好きだし、小鳥遊にご飯作るのも好きでやってるんだから」
「え、そうなの?」
「そ、そうよ!」
てっきり契約のためにやってるのかと思ったが、どうやら如月は好きで俺に昼ごはんを作ってくれているらしい。
変わったやつだな。
そう思って如月を見ると、如月はほんのり顔を赤くしていた。何で?
「ワン様!私も料理の腕は自信あります!ぜひワン様に食べてもらいたいです!」
「うん?いいぞ」
どうやら花園も人にご飯を作りたい人間らしい。珍しいな。
まあタダでもらえると言うのなら遠慮なく頂こう。
「ちょっと!私のご飯はどうするのよ!?」
「昼と夜に分ければいい。花園は俺の晩御飯作ってくれ」
「あんた、どさくさに紛れて何ただ飯奢って貰おうとしてんのよ!」
「花園は人にご飯作るのが好きなんだろ?それなら俺がただで貰っても何の問題もないだろ?」
「良い訳ないでしょ」
やっぱりダメか。それならそうだな……。
「500DPでどうだ?」
「うふふ、お金は要りません。ただ、もしよろしければ私達とぜひ一度パーティーを組んで迷宮に潜ってはくださいませんか?」
「お前と?いや、金剛いるだろ」
俺が露骨に顔を歪めて嫌がると、花園は首を横に振って否定する。
「私と紅葉さん、それに姫花さんの三人とワン様一人ですわ」




