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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百十五話 もう一人のオンリーワン

「はぁー食った食った!」

「美味しかったね!」

「ああ」


星空に案内されたそこは高級焼肉店に相応しい霜降りのの乗った綺麗なお肉が出てきた。霜降りの乗ったA5ランクのお肉など、人生で初めて食べた。

口の中でとろけるって本当なんだね。


「ワン君、ご飯ごちそうさま!」

「ああ」


代金は当然俺が出した。


星空が出すって言ったが、買い物に付き合ってもらった挙句にかなりの額の割引をして貰ったのだ。ここで俺が出さないわけにはいかないだろう。


二人で三万くらいしたけど俺は全然満足している。


「それじゃあ次は一階の魔物用ショップでも見に行こうか!フェイトちゃんのために!」

「そうだな。あいつ、今日なんか機嫌悪かったからな」

「へー!どうしたんだろ?やっぱりついてきたかったんじゃない?」

「分からない。ただ目立つからダメだって言ったら噛み付いてきた」

「噛みついてきたんだー!でも、ワン君も散歩連れて行ってあげないと!ワン君がご主人様なんだから」

「外には出してるし、散歩なら文月がしてくれているんだ。俺がする必要はないだろ」

「ワン君だからいいんじゃない!ワン君と一緒に散歩したいんだよ!」

「何で?」

「何でって……。ご主人様はワン君だもん!」

「だから?」

「だからって……もう!」


俺が聞き返すと、星空は頬を膨らませて怒ってしまった。分からないから聞いただけなんだけど。


星空が頬を膨らませたまま一階へと降りる。


一階に行くと、朝よりも少し人が多いような気がした。しかも、少し遠回しに多くの人が同じ方向を見ている。


「んー、何だろうねー?」

「芸能人でもいるんじゃないか?」


昔程の勢いはないが、それでもテレビやドラマなどで活躍する芸能人は今でも人気の職業の一つだ。


たまに芸能人がワーチューブを始めて数日でチャンネル登録者数100万人を超えるのは珍しくない。


そして、芸能人は意外にも探索者を兼業や趣味でやる者も多い。


その理由の多くは、いわゆる箔付。そしてレベルアップの恩恵による肉体の強化による演技の幅を広げるためだったりする。


この時代、俳優やアイドルを育成する会社が、演者に対して演技や踊りの勉強と並行して迷宮に送り込むことは珍しくも何ともない。


俺は全然興味ない為、星空を連れて人混みをすり抜けながら目的である、魔物用ペットアイテムコーナーへと歩いていく。


しかし、歩きながら周りの人をチラリと見るが、どうやら俺の進行方向と彼らの視線は同じ方向を向いているようだ。


もしやテレビの撮影とかでもしているのだろうか。それならば面倒臭いことになる。俺は普通に買い物がしたいだけなのだが、テレビの撮影が来ているとなると近寄りがたくなる。


最悪別の階で時間を潰すことも考えないといけないな、など考えながら目的地である魔物用ペットアイテムコーナーへと到着する。


そこには大型の熊や狼、はたまた水のように透き通った人型の魔物であるウンディーネなど様々な魔物達がいた。


そんな中でも一際多くの人だかりができている場所がある。


そちらを見てみると、魔物達の主人であろう彼らの輪の中心に立っていたのは、金髪の長い髪に美しい笑顔をして、その豊かな胸に一匹のグリフォンを抱いた女子高生。


文月だった。


「げっ」

「キュイーー!」


俺が文月達を認識するのと同時に向こうも俺を認識した。俺を見たフェイトが鳴き、文月の胸を飛び出す。


「あっ、フェイト!」

「キュイーー!」


文月の制止も聞かずに飛び出したフェイトは、真っ直ぐに俺の胸に飛び込んでくる。


「お前らなぁ……」

「キュイ!」


俺に体全体でしがみついてくるフェイトを見下ろし、次に顔を上げて文月を見る。


文月は一瞬視線を泳がせたが、すぐに開き直って近寄ってくる。


「こ、こんなところで会うなんて偶然ねー」

「ぐ、偶然だね!なーちゃん!」


星空も文月に挨拶をするが、俺はそれをじっとりとした目で見る。


「偶然なことあるか。知っていて待っていただろ。……ということは星空もグルだな?」

「キュイー!」

「あー、どうかなー、うーん……」


星空が視線を逸らして誤魔化そうとする。もう誤魔化せないだろ。


そんなことを思っていたら、文月の背後の魔物の主人達が俺達の方を見て、驚きながらコソコソと話し合っていた。


「あ、あれってメグたんじゃないか?」

「えっ、なら横の男って……」

「ザ・ワン?」


同時に周りの野次馬達も俺達に注目し、俺の存在に気づき始めていた。


「仕方ねぇ、場所変えるぞ」

「う、うん!」


そう言って俺はフェイトを抱きながら、店の出口の方へ歩く。


「もう!私も行きますね。今日はありがとうございました!」


後ろからそんな声が聞こえ、出口まで歩く俺の後ろを二人がついてくるのが気配で分かった。


お店を出ると、目の前の通りを大勢の人間が歩いており、フェイトを抱いている俺をチラリと見て驚いて足を止めたりし出す。


それを気にせず、お店を少し出て人通りを避けたあたりで歩幅を緩め、二人を待つ。


「ちょ、ちょっとワン君、待ってよ!」

「足早過ぎよ!」


追い付いてきた二人を待っていると、二人が俺の顔を窺うように謝ってくる。


「ごめんってワン君、そんなに怒らないでよ」

「わ、悪かったわよ。でもフェイトが可哀想で……」

「キュイー!」

「勘違いしているようだが、俺は別に怒ってない。あそこは流石に人が多過ぎただろ」


俺は別に怒っていない。ただ早めに人混みから抜けておきたかっただけだ。

少し気不味そうにしている文月に声を掛ける。


「フェイトのためだったんだろ?」

「そ、そう……」

「じゃあいいよ」


まったく、仕方ないな。俺は顔を擦り付けてくるフェイトを撫でる。


確かにフェイトを連れてくるなとは言っていないし、そもそも文月はフェイトを外に出していいか聞いていた。


それなら、フェイトをどこに連れていくかは文月の自由だ。


だから文月が俺のところにフェイトを連れてきたことについて、別に何とも思っていない。


ここも人が多く通っており、俺達をチラチラ見ながら、足を止め指を指してくる人も出てきている。


「とりあえず座れるところ行くぞ」

「うん!」

「わかったわ!」


二人と一匹を連れて歩き出し、代々木公園へと行く。


代々木公園へと辿り着いた俺は広い原っぱのある場所まで歩く。夏休み中ということもあって平日の昼でも、多くの家族連れの人達がいた。


「キュイキュイ!」


原っぱに辿り着いた瞬間、フェイトが俺の腕から飛び出し、文月の鞄の方に飛んでいく。


「はいはい。これね」


そう言って文月が鞄から取り出したのは一個のボールだった。


それを鷲の前脚で受け取ったフェイトは俺の方に飛んできてボールを渡してくる。


「何だ?」

「キュイキュイ!」

「投げて欲しいのか?」

「キュイ!」


俺が聞くとフェイトが頷いたので、ボールを投げる。


「キュイーー!」


ボールを投げるとフェイトは喜び勇んで飛んでいき、ボールをくわえて俺のところに戻ってくる。


「キュイ!」

「ああ」


フェイトから貰ったボールをそのまま文月に返そうとする。


「キュイ!」

「一回なわけないでしょ!」

「……」


文月にそう怒られ、俺はまたボールを投げる。しばらくそれを続けていると、後ろから文月に声をかけられる。


「ねぇ、小鳥遊って父親とキャッチボールした事とかないの?」

「ん?ないな」

「じゃあお父さんと何して遊んでたの?」

「父さんが俺と遊んだことなんてないよ。代わりにゲーム機を買ってくれてな。最新のゲームじゃなくて1世代前の中古品だったんだが、これが面白くてなー」


モンスターを狩るアクションゲームとかは非常に面白かった。今でも最新作をやっている。


「そうなんだ!ワン君のゲーム好きはそこからなんだね!」

「ああ。それでゲームやってて情報欲しくてワーチューブ見始めたんだ」

「へー!」


それからもゲーム情報系配信者や深掘り動画を中心に動画を見ている。


「気になるわね」

「へー!どの人、見せて!」


そう言って二人が俺にせがんでくる。星空達はあんまりゲームやってないはずだ。見ても全然興味ないだろうし面白くないと思うが、別に隠すようなことでもない。


そう思ってスマホを取り出してワーチューブのマイページを開く。


すると、よく見ているゲーム情報系実況者のおすすめ動画が出てくる。

その横にはチャンネル登録しているチャンネルが並んでいた。


「これだ」


そう言ってスマホを渡して、戻ってきたフェイトからボールを受け取りまた投げる。

すると、スマホを見ていた星空がニヤニヤしながら俺を見てくる。


「あれ、迷宮関連のおすすめもある!ワン君、もしかして実は結構迷宮に興味があったの?」

「本当だ!あんた恥ずかしがり屋なの?普通に私達と話せばいいじゃない」

「そんなわけないだろ。迷宮の卵とか調べてたら、おすすめに出てきやがるんだ」


視聴履歴を見て欲しい。ここ数日間、迷宮関連の動画なんて一動画すら見てないぞ。


「ふーん、結構有名なゲームばっかりね。ゲーム好きならインディーゲームとかはやらないの?」

「興味はあるな。最近は懐に余裕が出てきたから買おうか迷ってる」

「ふーん」


星空が何人かの動画を開き、文月とそれを見ている。


そんな時だった。突然星空が大声を上げる。


「えっ!」

「なに?どうしたの?」


星空の大声に、文月がぴくりとしながら聞き返す。


「これ!これ見て!」


何だろうか。俺のスマホのワーチューブに星空が驚くようなおすすめ動画でもあったのだろうか。


気になったので、俺も星空の横からスマホを覗く。


星空が指を指したその動画は、ろくに見ていないテレビ局のニュースの公式切り抜き動画だった。


タイトルは『覚醒度世界最高値!ついに日本に最強が!?初期覚醒度61%の超新星探索者現る!!』


「覚醒度61%!?ギネス記録じゃない!」

「すっご!!61%って、ウィリアム・エバンスよりも3%も高いなんてあり得ないわ!」

「ふーん」


迷宮関連の動画かよ。


一気に興味が失せた俺はフェイトとのボール投げに戻ろうとする。


「ワン君も一緒に見ようよ!」

「そうよ!覚醒度60%超えの歴史的瞬間のニュースよ?」

「いい」


61%ならまだ俺の方が高かった。別にどうでもいいけど。


「ひ、一先ず動画見よ!」

「そ、そうね。ほら、あんたも見なさいよ!」

「いやいい。興味ない」

「そう言わずに!」


そう言いながら星空が近寄ってきて、俺の耳に耳打ちする。


「ワン君の将来の力になるかもしれないじゃん?」


星空の言う将来の力とは、いつかこの人物のスキルをコピーするかもしれないということだ。


「あー、それはそうかもな」

「この覚醒度なら間違いなくオンリーワンスキルを持ってるわよ。絶対見て損はないわ」


星空にそう促され、俺を両サイドから囲みながら動画を見始める。


画面は女性ニュースキャスターの言葉から始まった。


『昨日18時すぎ、日本迷宮探索協会本部にて、覚醒度61%を記録した日本人男性が現れました』


ニュースキャスターがそこまで読むと画面は切り替わり、日本迷宮探索協会本部と思われる大きな建物が映し出される。


『所有スキルは「自分領域」「配置変更」の二つとなっており、どちらも世界中で確認されていないオンリーワンスキルであることが正式に認定されました』


次に映し出されたのは日本迷宮探索協会の会長という肩書きの男。


年齢は60代ながら、身体はスーツの上からでも分かる筋肉の盛り上がりを見せており、髪は短髪でありながら清潔感に溢れ、その瞳は輝きを発しているかと見間違うほどの眼光をしていた。


その表情は満面の笑みで喜びが溢れており、目の前の記者団に対して拳を握りしめながら、矢継ぎ早に熱く語っていた。


「彼のスキルは世界で類を見ない完全なオンリーワンスキルです!そのスキルの内容はまだ未確認ではあります!しかし、その強さは世界中の怪物達が証明しております!我らが日本は迷宮探索において長らく停滞が続いておりました!更には昨今のイレギュラーモンスターが現れた今、この荒波を乗り切るのに彼の力は不可欠であると私は考えております!」


会長が熱く語ったすぐ後、さらにまた画面が切り替わる。


次に映し出されたのは、先ほどとは打って変わって、荒んだ雰囲気の二階建てのオンボロアパート。


ドアは所々が茶色く錆びており、壁も非常に汚れている。


そのドアがゆっくり開かれ、中から一人の男が顔を覗かせた。


先ほど現れた日本迷宮探索協会の会長とは真逆で、顔を覗かせたその男は酷く暗い雰囲気をしていた。


歳は40代半ば。


整えていない無精ヒゲにカサカサの唇。ボサボサでフケだらけの髪に皺が目立つ顔。


青白く痩せた手をドアの縁にかけ、キョロキョロと記者やカメラマン達を挙動不審な様子で見ており、怯えていた。


眠れていないのか瞼は落ち窪み、その瞳は猜疑心に塗れ、誰も彼もを疑うような胡乱な目を周囲に向けている。


その姿は先ほどの会長が熱く語っていた日本の迷宮の未来を背負えるような人物とはとても思えない姿だった。


「……」

「……どうしたの、ワン君?」


星空が声をかけてくる。今の俺はどんな表情をしているのだろうか。


画面に映し出された男の顔、そしてそのアパート。


見覚えがある。


その男は、俺が生まれて高校生になるまで世話になった男だ。

その家は、俺が生まれて高校生になるまで住んでいた家だ。


画面の中では、リポーターがその男に対して、声をかける。


『小鳥遊さん!何か一言だけでもお願いします!』


俺は、食い入るように画面を凝視し、小さく呟く。




「…………父さん?」

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