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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百十三話 買い物

次の日、早めに起きた俺は、昨日した星空との約束の為、準備をする。


「キュイー?」


珍しく早めに起きた俺を不思議に思ったのか、フェイトが寝床からのそのそ起きて来る。

何をしているのかと言わんばかりの顔をしているフェイトに言う。


「ちょっと夕方まで出かけて来る。お前は今日はお留守番な」

「キュイ?キュイキュイー!」


フェイトは首を傾けて少し考えていたが、俺の言葉の意味が分かったのか、キュイキュイ言って俺の身体に飛び込んで来る。


「キュイキュイ!」

「何だ?連れて行かないぞ」

「キュイキュイ!」


俺の腕の中で抗議の声を上げていたフェイトだったが、俺が頑なに拒絶すると、怒って俺の顔に噛みついてこようとしてくる。


「やめろ、噛み付くな」

「キュイキュイ!」


俺の顔に噛みつこうとしているフェイトの首根っこを掴んで引き離す。

しかし、フェイトも負けじと暴れ、収拾が付かなくなる。


「うーむ……」


どうしようか。連れてって騒がれてもうるさいからな。しかし、この様子、置いて行くと後でうるさそうだな。


そんなことを思っていたらドアがノックされる。


「フェイトー、起きてるー?」

「お、丁度いいところに来た」


ドアの外から文月の声が聞こえて来たので、すぐにドアを開ける。


「おはよう文月」

「おはよう……って!フェイトに何してんの!」

「キュイキュイ!」


俺の手の中で暴れるフェイトを見た文月が、凄い剣幕でフェイトを奪い取り抱き締める。


「大丈夫、フェイト?」

「キュイキュイー……」

「そうよねー、出掛けるなら連れて行ってほしいわよねー」


文月はスキルのおかげでフェイトの言葉が分かるようだが、そこまで分かるとは驚きだ。

因みに俺は全然わからない。契約者俺なのに。


「キュイキュイー……」

「そうよねー。たまには小鳥遊と街に遊びに行きたいわよねー」


フェイトが文月に抱き付きながら鳴き、文月もそれに対して頷いている。

俺はそれを見ながら着々と出掛ける準備をする。


「それで、文月は今日どうする?俺は夕方くらいに帰るつもりだが、フェイトはどうする?預かるか?」

「人の話聞きなさいよ!」

「フェイトは連れて行かない。騒がれるからな」

「キュイキュイ!」


フェイトが抗議の声を上げているが、俺は無視をする。


「僕も連れてって欲しいって言ってるわよ」

「無理。それで、文月はどうするんだ?フェイトは預かるのか、それとも置いていくのか」

「預かるわよ!」

「そうか、助かる」


やはり文月はフェイトを預かるようだ。俺はすぐにスマホを操作して、文月にDPを送る。


「これで何か食べてくれ」

「はぁ?いらないわよ。てかいつもは何もくれないじゃない」

「いつもはお前が連れて行ってるんだろ。今日は預かってもらうからな、ベビーシッター代だ」

「……」


何故か無表情になった文月を無視して、準備を終える。


「朝飯はもう食べたから、それはフェイトにでも上げてくれ」

「キュイー……」


ご飯が一杯食べれると言うのにフェイトは落ち込んでいる。もしかして朝、文月の部屋で食べるご飯の方が美味しいのだろうか。


「ふーん。今日は夕方までフェイトを預かってもいいわけね?」

「あ?ああ。むしろ昼に返されても困る。いないからな。嫌になったら連絡してくれ。すぐ帰るから」

「そうじゃないわよ!でも、美味しいものでもって事はフェイトと出掛けてもいいのよね?」

「ああ、好きにしろ」

「分かったわ」


何だろう。文月がニヤリと笑った気がした。気味が悪いな。


フェイトは相変わらず落ち込んだような雰囲気で文月の腕の中にいる。


よく分からないが、文月と遊んで元気出せ。


「じゃ、フェイト預かるわね」

「ああ頼んだ」


そう言ってフェイトを連れて文月は帰って行った。


「何だったんだ?」


疑問に思いながらも俺も部屋を出て鍵を閉める。


そして、校門のすぐ近くの待ち合わせ場所まで歩いて行く。


「おはよう!ワン君!」

「ああ、おはよう」


待ち合わせ場所に着くと、星空が元気よく挨拶をして来る。

星空の服は夏らしく、上が白い半袖の服に、下は半ズボンのデニムだった。


頭には帽子と黒いサングラスをかけていた。


俺は長ズボンに通気性のいい八部袖の黒の上着を着ている。


「悪かったな。朝早くから」

「ううん、いいよ!ワン君が迷宮に興味を持ってくれて嬉しいから!」

「興味を持ったわけじゃない。命の危険を感じたから装備のグレードを上げに行くんだ」

「それでも嬉しいよ!えへへ!」


どうやら星空は俺が迷宮関係のアイテムを買いに行くのが嬉しいらしい。

今日、俺が星空を誘った理由、それは剣以外の迷宮装備と、アクセサリーなどを買いに行く為だ。


俺はスマホで呼んでおいた自動運転型AIタクシーサービスに乗り込む。


AI技術が進んだ現代、殆どのタクシーは運転手がいない自動運転へと切り替わった。


タクシーの後部座席に乗り込むと、運転席には誰もおらず、自動音声が流れて来る。


『ご利用ありがとうございます。目的地は、原宿迷宮探索総合取扱店ALIS、となっております。シートベルトの着用をお願いします』


音声に従ってシートベルトを着用すると、車が動き出す。


「それにしても装備を急に買いたいなんて珍しいね!」

「ああ、またキマイラみたいな強い魔物と戦うことになるかもしれないからな。金も入ったし、装備を新調する」

「いいね!ワン君の装備なら物理防御も魔法防御も両立出来るようなものがいいよね!」

「ああ。特に魔法だな。最近くらって痛かった攻撃はどっちも魔法だったから」


シーサーペントのウォータショットとキマイラのダークバーストの一撃。


シーサーペントのウォーターショットは強めのバレーボールとアタックくらいの痛さだったが、キマイラのダークバーストは車に正面衝突されたかと思うような痛みだった。


覚悟の上で意識を強く保って攻撃を受けたのに、一瞬意識が飛んだくらいだ。不意打ちで喰らいでもしたら気絶しかねない。


その時、学園指定のジャージがボロボロになってしまったのだ。

事情を聞いた学園側が新しいジャージをくれたので新品の服なのだが、防御面に不安が残るのは事実だ。


「少なくともダメージを受けても破れないような防具が欲しいな」

「理想が低過ぎるよ!もっとこう色々あるでしょ!」


俺が要望を言うと、星空はさらに追加の要望を聞いて来る。

そんなこと言われたってなぁ。防具に求めるものなんて防御力を上げることだけだろ。


「例えばなんだ?」

「とにかく硬くて軽い防具とか魔法耐性が高い防具とか暑い場所でも涼しくなる装備とか色々だよ!」

「暑い場所でも涼しくなる装備って何だ。いらないだろ」

「いるよ!鳥取砂丘迷宮とかどの階層も砂漠で暑いんだからね」

「いや、中央迷宮の話をしてるんだが」

「鳥取迷宮にも行くかもしれないでしょ?」

「それはその時に買えばいいだろ」

「そうだけど!もう……」


星空はそう言って頬を膨らませる。


怒りたいのは俺のほうなんだが?

いらないものを買わせようとして来るんじゃねぇ。


「それで、アクセサリーなんかも良いの買いたいんだが、何かいい感じのものあるか?」

「アバウト過ぎるんだが?」

「だが?」

「あはははは!ワン君の真似ー!あははははは」

「……」


星空は俺の真似をして大爆笑している。何が面白いのか分からないが、笑ってくれたようで何よりだ。

ひとしきり笑い終わった星空は話を戻す。


「アクセサリーねぇ……ワン君は何でも出来るからー。悩みどころだよねー」

「攻撃力も上げたいし、防御力も上げたい」

「贅沢な悩み!」

「そうだな」


実際のところ、星空の言う通り贅沢な悩みではあるのだろう。攻撃も防御も魔法も回復まで使えるなんてことが出来る人間はそうはいないだろう。


選択肢が多すぎて絞れないなんて、まさに贅沢な悩みだ。


「それならどうしよう?攻撃に魔法属性付与出来るようなアクセサリーでも買う?」

「そんなアクセサリーがあるのか」

「あるよー。高いけどね」

「高いのかよ」


お金を稼ぐために迷宮に潜ってるのに、その為に沢山のお金が必要になるとは……。金を稼ぐ為の金がいる。


この世は矛盾してやがる。


「とりあえず費用対効果が高いアクセサリーと防具、あとは靴か。何個か見繕って欲しい」

「うんうん!任せて!」


俺は迷宮に関してはほぼ無知だし、今更勉強する気も起きない。信用できる有識者のオススメでも買えば間違いないだろう。


いや待てよ。星空、さっき俺に涼しくなるような防具を勧めようとしてなかったか。


「やはり信用出来ない。俺が選ぶ」

「えー!何でよー!」

「何でもだ」


今から勉強して間に合うだろうか。いや、説明をちゃんと見て、俺の財布と相談すればそうそうハズレを引くことはないだろう。


横を見ると、星空が頬を膨らませてこちらを睨んでくる。


「ちょっと!私を呼んだ意味は?」

「……なくなった」

「酷すぎなんだけど!私もちゃんと選ぶからね!」


そう言って頬を膨らませたまま俺に指を突きつけてくる。俺は視線を逸らし、黙ったままその指を見つめる。


「……」

「もう!絶対ワン君より安くていい装備見つけるからね!」


とか言って売れ残りのゴミ装備とか売り付けてくるんじゃないだろうか。油断ならないな。


星空から渡されるものはしっかりと吟味するとしよう。


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