第百九話 超重大発表
小鳥遊が倒れ、寝込んだ次の日の夜、星空恵は十日ぶりに配信を行っていた。
配信タイトルは『超重大発表!!スキルも覚醒するって本当!?世界初の覚醒スキル「孵卵師」について!!』である。
SNSによる事前告知の甲斐もあって、配信を始める前の音楽も何もないチャンネルの画面、待機画面と呼ばれる状態ですら、既に同時接続者数は300万人を超えていた。
通常の状態であれば如何に孵卵師の覚醒という大きな話題であっても同時接続者数、通称同接数300万人なんて絶対に行かない。
しかし、これにはカラクリがある。
それは昨日、小鳥遊が迷宮の卵のオークションへの出品を取り止めた事だ。
小鳥遊は知らなかったが、黒い縞々模様のない、純粋な緑色の魔物の卵ということで、世界中の迷宮愛好家達の中でかなり話題になっていた。
その出品が急遽取りやめになったことで、憶測に次ぐ憶測が世界中で巻き起こっていた。
富士迷宮のイレギュラーモンスターであるキマイラからドロップした、という情報から、「ザ・ワン」が登録したことはもはや周知の事実。
しかし、当の本人はSNSなどを使っておらず、唯一の情報発信源である星空も配信をやめていたことからも、その話題は尽きることがなかった。
そして今日、久しぶりに星空が配信したことで、世界中の迷宮愛好家や、迷宮探索者、また迷宮に興味のある一般人の多くが押し寄せた結果、この同時接続者数に至るまでになった。
「こんメグメグー!めぐたんの迷宮探索ちゃんねるのめぐたんでーす!みんなー!ひっさしぶりだねー!」
『こんメグメグ』
『こんメグメグ』
『こんメグメグ』
『こんばんは!』
『こんばんは!』
『こんです!』
普段であれば統率される星空のチャンネルコメント欄であるが、今回は情報目当ての普段星空の配信を見ない視聴者も多く、様々な挨拶が散見されている。
ワーチューブではコメントにて、チャンネル登録をしている期間でコメントを制限する機能がある。
星空は星空のチャンネルを登録して三ヶ月以上経った視聴者以外コメントできない様に設定してある。
それでもこれだけの雑多なコメントが流れるということが、今回の配信の話題性を物語っていた。
「今回は初めましての人も多いと思うから改めて自己紹介させてもらうねー!めぐたんの迷宮探索ちゃんねるのめぐたんでーす!スキルは雷魔法で、よく日常での雑談や迷宮探索を配信してまーす!よかったらチャンネル登録してねー!」
『はーい!』
『めぐたん可愛い!』
『チャンネル登録しました』
『めぐたん可愛すぎ!』
『めぐたん可愛過ぎ!チャンネル登録しました!』
コメントしているのは既にチャンネル登録済みの視聴者だが、コメント出来ない新規の言葉を代弁する様にそんなコメントが流れる。
「あっはっはっ、コメントしてるみんなはチャンネル登録もうしてるでしょ!」
『そうだったw』
『本当だ!してた!』
『いつのまに!?』
「あっはっはっは!」
星空はとぼけるコメント欄に大笑いする。
ひとしきり笑ったところで手をパチンと叩いて一呼吸置く。
「はー、笑った!それじゃあ新規さんも多いことだし、早速本題に入ろうかな!」
『本題来た!』
『タイトルめっちゃ気になってました!』
『孵卵師に何かあったの!?』
『覚醒スキルって何!?』
「うんうん、みんな気になるよね!分かる分かる!それじゃあ、この話をする前に一人、紹介したい人がいまーす!来てー、なーちゃん!」
星空が画面外の誰かに声を掛けると、一人の金髪の美少女、文月奈々美が歩いてきて、星空の隣に座る。
そしてその腕には昨日産まれたばかりのグリフォンを胸に抱いていた。
「こ、こんにちはー。この子は昨日産まれたばかりのグリフォン」
「キュイ!」
『え、グリフォン!?』
『グリフォンだ!』
『魔物!?やっぱり産まれてたんだ!』
『可愛い!』
『可愛い!』
『綺麗!』
「うんうん、可愛いよねー!毛並みなんてふわっふわでねー!」
「キュイー!」
星空が撫でるとグリフォンは嬉しそうに鳴く。
「恵、話進めなさいよ」
「そうだったそうだった」
文月にそう急かされ、星空が笑いながら名残惜しそうにグリフォンから手を離す。
「じゃあふーちゃん、自己紹介をお願いしまーす!」
「ええ。私は文月奈々美。ちょっとまででは読モとグラファーをしていたわ」
『やっぱり!見たことあった!』
『めっちゃ綺麗!』
『おっぱいでか!』
『おっぱい……』
『読モでグラファー?聞いたことある様な……』
「シーサーペントの時に出てた如月双葉とは幼馴染よ」
『やっぱり!』
『二人で写ってるのフォトグラで見たことある!』
『雑誌買ったことあります!』
『双子コーデまたやって欲しいです!』
『美少女幼馴染来たー!』
「ありがと。まあ迷宮のためにやっていたし、今はあんまり活動してないけどね」
『へー!』
『確か二人とも小学生の時から読モやってなかったっけ?』
『そんな前から迷宮意識してたんだw』
『すげー、意識高w』
『ってことは、もしかして?』
文月に興味を示す視聴者達に対して、文月は片手を胸に当て、噛み締めるように告げる。
「私の初期スキルはたった一つ。世界最低スキルと名高いあの『孵卵師』よ。そして……元『孵卵師』」
『やっぱり孵卵師……』
『孵卵師ってやばすぎ』
『終わってるスキルじゃんw』
『元……?スキルって変わらないでしょ』
『まさか……』
文月の衝撃の言葉にコメント欄がざわつく。
「今の私のスキルは『幼鷲獅子使い』」
『幼鷲獅子使い?何それ?』
『幼鷲獅子使い?』
『初耳!』
『鷲獅子ってことはやっぱりグリフォンが関係してるのか』
『今調べてるけどデータベースにない』
『まさかオンリーワンスキル!?』
『世界で唯一のスキルで草』
『日本初オンリーワンスキル!?激アツ!』
「コメント欄で指摘されている通り、世界でこのスキルを持っているのは多分私だけ」
『やば!激アツ!』
『歴史的瞬間じゃん!』
『初スキル覚醒、世界初スキルおめでとうございます!』
『凄すぎて草』
『もしかして覚醒度も50パー超えた?』
『覚醒度は何パーですか?』
文月の発表により、星空の配信のコメント欄はかつてないほどの速度で流れていく。それを文月はなんとか目で追いながら質問に答える。
「私の覚醒度は22%よ。スキルが覚醒したことで10%近く上がったけど、彼等と比べると雲泥の差ね」
『22!?』
『22パー?孵卵師が?』
『カタストロフィとかと比べると低いけど、元とはいえ孵卵師としてなら最高クラス』
『スキルが覚醒すると覚醒度も覚醒するってことか』
『新情報過ぎて草』
『これまじ超重要情報。孵卵師以外にも使い道のよく分からないスキル幾つかある。これがもし覚醒スキルだとすると迷宮探索の常識が変わる』
『やべー、世界が変わる瞬間に立ち会ってるわ』
「そして……これが今の私のステータスよ」
そう言って文月は一枚の紙を取り出しカメラに見せる。
[文月奈々美/レベル18]
[覚醒度:22%]
物理攻撃力 27
魔法攻撃力 20
防御力 25
敏捷性 24
[スキル]
幼鷲獅子使い レベル2
槍術 レベル2
投擲術 レベル2
『幼鷲獅子使い!』
『本当だ!すげー!』
『いやそれよりもレベルが18なことに驚いてるんだけど……」
『めぐたんと同学年ってことは半年でレベル18?』
『覚醒度22パーでレベル18?』
『流石に嘘で草』
コメント欄は驚きと書類の偽造を疑うコメント欄で溢れる。
「本当よ。CGでも偽造でもないわ。私はずっと、彼に助けてもらってたのよ」
『彼?』
『彼?』
『誰?』
『ワン君じゃね?』
『ワン君?』
「ザ・ワン。1レベから上がらないのに一年生最強の男子生徒よ。私と双葉は彼にずっとパワレベしてもらってたのよ」
「キュイー!」
『ワン君!』
『ワン君!』
『ワン君、両手に花で草』
『ワン君なの草』
『ワン君モテすぎ定期』
「彼はちゃんと怪物よ。富士の迷宮でこの子の迷宮の卵を手に入れるきっかけになったキマイラ事件を解決したのも彼」
『すげー!』
『やっぱりワン君だったんだ!』
『キマイラ単独で倒すとか化け物すぎね?ワン君どんだけ強いのよ』
『流石に嘘でしょ』
「これが本当なんだよねー。ワン君、キマイラの魔石持ってたし。死ぬかと思ったって」
『草』
『死ぬかと思ったのか』
『キマイラってワン君が死を覚悟するほどの魔物だったのか』
『最低でも36層の魔物。むしろなんで勝てた?』
『ワン君が死を覚悟するって言ってるの想像も出来ない』
「言ってないんだよねー!あははは!」
『草』
『草』
『言ってないんかい!』
『草』
『言ってないのかw』
「言ってないよー。シーサーペントよりは強くて厄介だったって!それだけ!あははは」
『ワン君……どこまで強くなるの……』
『ワン君は絶対1レベじゃない。それだけは確か』
『キマライ単独で倒せるなら最低でも40レベ近くなのは確定』
『何かしらのオンリーワンスキルがあったとしても30後半』
『探索者になって半年でレベル40はあいつらでもありえない。どこかの国の工作員説が濃厚』
『そういえばワン君は?』
『ワン君は何してるの?』
「ワン君は寝込んでるよ。魔物の卵に魔力吸われまくってここ二週間怠かったって」
「あいつが寝込んでるのは多分、それが理由じゃないけどね」
星空がそういうと、小鳥遊を心配するコメントと理由を知りたがるコメントが大量に流れる。
「ワン君、魔物の卵売る気だったからねー」
「そうね。お金のために迷宮潜ってるって常々言ってたし」
「キュイー……」
星空達の言葉を理解したかの様にグリフォンは落ち込んだ顔を見せる。
文月は悲しそうなグリフォンを持ち上げて思いっきり抱きしめながら言う。
「グリフォンちゃんは気にしなくていいの!彼のことは私達でなんとかするからさ!」
「うんうん!またすぐに元気になるよ!」
「キュイ?キュイキュイ!」
二人の言葉にグリフォンが嬉しそうに鳴く。そんなグリフォンを見て、コメント欄はさらに沸く。
『可愛い』
『グリフォンちゃん可愛い』
『ふわふわの羽毛に触ってみたい』
『お尻も可愛い』
『よたよたで草』
『俺も奈々美ちゃんに抱かれたい』
『グリフォン代わってくれ』
『そういえば名前は?』
『グリフォンちゃん、名前ある?』
「名前ねー、名前無いんだよねー」
「あいつ、グリフォンなんだからグリフォンでいいだろって。ほんとありえないんだけど」
「あはははは!じゃあ人間は人間でいいのって聞いたら、別にいいって言ってたね!あはははは」
『さすワン』
『心無き過ぎる』
『流石に冷たい』
『よく無いだろw』
『さすワン』
『ワン君心無き過ぎる』
『草』
『草』
「そんなだからワン君が飼い主である自覚を持ってくれるのはちょっと先になるかもねー」
「私がこの子の面倒見るから大丈夫よ」
「キュイキュイ!」
『ワン君……立ち直って欲しい』
『ワン君、心無きなのに魔物の飼い主になるの草』
『俺も奈々美ちゃんに育てられたい』
『たまにキモい奴湧いてるの草』
『そういえばグリフォンの契約者って誰?』
『グリフォンの契約者って誰?ワン君?』
『契約者ってワン君?』
「ああそう言えば言ってなかったね!ごめんごめん!」
「ワンよ。ステータスも確認したし、この子もそれを望んでるわ」
「キュイ!」
それから、星空は改めて今回のことの経緯や配信を辞めていた理由を話す。
コメント欄はさらに盛り上がりを見せ、その流れる速度はもはや人間の目で追える速度ではなかった。
「ふー、まあこんなところかな。色々話は逸れちゃったねー!あははは」
「タイトルとは違うけど、まあワンの話だし無関係ってわけじゃないからいいんじゃない?」
「うんうん!じゃあ、今日はここまで!明日からは普通に配信するよー!よかったら見てねー!」
「見てねー!」
「キュイー!」
第二章完!




