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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百八話 失意のどん底

それから十日間、俺の部屋には文月達が何度か来た。


特に文月は熱心に卵を孵して欲しいと言ってきたが、無理だと断った。


星空と如月の二人は、たまに来ては今後の話とかを聞いてきた。


この先やりたい事とかあるのか、とか、今後何をしていくのか、とか。


やりたいことなんて別にない。それはこれから探すのだ。


正直学園卒業までに五百万貯まればいい方と考えていたから、こんな大金になるものを手に入れるとは思わなかった。


だから先のことはまだよく分からない。しかし、考える事は後ででも出来る。先のことはゆっくり考えればいい。


今はそれよりもオークションの準備だ。


この十日で俺はオークションの知識を身につけ、オークションへの卵の販売準備を着々と進めていた。


代行会社を使おうか迷ったが、第三者に卵を預けるのは心配過ぎて気が気でなくなってしまう。

仕方がないので、俺が直接オークション会場までこの魔物の卵を持っていく形式を取ることにした。


ちょうどこの夏、日本にて世界中から迷宮産アイテムが集まるオークションが開催されることになっていたので、渡りに船と、これに応募した。

黒い縞々のない純粋な緑色の卵。


どうもこれが大きな話題を呼んでいるらしい。


しかも、何故かこの卵を手に入れたのが俺だってバレてるし。何で?


それはもう凄い騒ぎで、テレビでもニュースで度々取り上げられてるらしい。


うざいので俺は見ないことにした。興味ないし。


大事なことは俺がお金を手に入れられること。その準備は着々と進んでいる。


それとは別の話なのだが、体調はすこぶる悪い。


気持ち悪いとかではないのだが、とにかくだるいのだ。恐らくはここ数日の卵の護衛に気を割いていたからだろう。


ご飯を食べに行こうとすると、他の生徒は残らず俺の顔を見てくるので、ノイローゼ気味になっているのかもしれない。


普段なら視線など気にならないのだが、卵を持っていると盗まれるのではないかと気が気でなくなってしまっているのだろう。


「あー、体調悪りぃ……」


とにかくただ怠い。

しかし、今日はオークショニアとの会議がある。オークションの開始値や順番などの打ち合わせをしなければならない。


これも魔物の卵を売るまでだ。


気合を入れて身体を起こす。


そして、朝ごはんを食べるために冷蔵庫を開ける。

冷蔵庫からおにぎりを二つ取り、ベッドに横になる。


そんな時だった。


ドアのノックの音がして、星空の声が聞こえてくる。


「ワンくーん!あーけーてー!」

「分かったからドアを強く叩くな」


星空は相変わらず明るいのだが、うるさい。

部屋の前でドアを強く叩きながら大声を上げるとか嫌がらせ以外の何者でもない。


ドアを開けると、星空と如月、そして文月が立っていた。


「三人で来るなんて初めてじゃないか?もう仲直りはしたのか?」

「あ、あははは、実はまだ……」

「まだなのかよ。よく分からないが、仲良くない人間を同じ部屋にさせるのは良くないんじゃないのか?」

「いやーこのままにさせるのも良くないでしょー。だ・か・ら!ワン君の部屋で仲直りさせようかなーって思って!」

「何で俺の部屋なんだよ」

「そうよ……別に恵には関係ないでしょ」

「私は別に……」


星空の言葉に俺達は抗議の声を上げるが、星空の目が釣り上がる。


「んー?二人とも、この十日間まともに話してないよね?このままでいいと思ってるの?」

「それは……」

「……」


星空に迫られた二人が視線を外す。


「俺は?」

「ワン君だってこの二人がこのままなのは良くないと思うよね?」

「いや、どうでもいい」


そう言うと、星空が目を吊り上げたまま俺に迫ってきて、静かに怒る。


「んー?ワン君はこの二人がこのまま仲悪いままでいいと思ってるってこと?」

「そこまでは思ってないが」

「思ってないが?」

「……分かった。分かったよ。上がれ」


星空の覇気に押されて、俺は三人を部屋に入れる。


「それで……どうやって仲直りさせるつもりなんだ?」


ベッドに座り、机の前に座った三人を見下ろしながら星空に聞く。


「私は二人が争う場にいたからさ、二人が何について争っていたか知ってるんだよね」

「へー、そういえば俺は何も聞いてないな。結局二人は何に争っていたんだ?」

「んー……まあ話すと長くなるんだけどー……」

「短くな」

「短くって……もう……」


星空が少し頬を膨らませ、二人に向き直る。


「まあその、二人はワン君が大金を稼いだ後も迷宮に潜って欲しいんだよね」

「ああ知ってる」


ちょくちょくそう言う話をしてくるからな。だが、当然全て断っている。


「それでふーちゃんはその、諦めるように言ったんだけど、なーちゃんは諦めきれないって言ってて……」

「ふーん」


確かに如月は俺に迷宮を続けて欲しそうにしても、修学旅行以降何も言ってこない。星空の言う通り、諦めたのだろう。


対して、文月に関しては、最近は卵を孵してあげて欲しいとしか言ってこないな。


「……ん?」


あれ、もう争う理由なくないか。


「どうしたの、ワン君?」

「如月は俺に探索者を続けさせるのを諦めたんだろ?」

「……諦めたっていうか、しょうがないじゃない」


如月は俺から視線を外しながらそう言う。ってことは諦めたってことか。


続けて文月を見る。


「お前は俺が魔物の卵を孵すなら迷宮に潜らなくてもいいとか言ってたな?」

「……」


この十日間で何回も俺の部屋に来て、俺がすげなく断っていると、魔物の卵を孵すなら迷宮に潜らなくてもいいと言ってきた。


そんなこと言われても困るんだが。


魔物の卵が仮に孵ってしまったら、俺はお金のために迷宮に潜らないといけなくなる。


この二つは分けられない話なのだ。


まあそれは一旦置いておいて、文月も俺に迷宮に潜らなくていいと言っている。


それなら、もう問題ないだろ。二人の意見は一先ず一致しているんだから。


「私は……あんたにあの子を……」

「あの子?」


星空が疑問の眼差しを向ける。如月も文月に疑問の目を向ける。


「なんか卵の声が聞こえるようになったんだと」

「え?」

「ええっ!?」


俺の言葉に二人が驚いている。その二人が驚いていることに俺は驚く。


「何だ、言ってなかったのか?」

「……」


俺が文月を見ると、文月は目を逸らしたまま少し頬を赤くしている。


今の俺の話に頬赤くするところあったか?


「えー……」

「奈々美!!」

「え?」


もしかして言っちゃいけない個人情報を言ってしまったのかと思った俺は、言い訳をしようかと思ったが如月の叫び声にかき消されてしまった。


如月が急に立ち上がり、文月の手を掴む。

文月の手を掴んだ如月の瞳は潤んでおり、その顔は泣きそうな顔で声は震えていた。


「やったじゃん奈々美!やっと……やっと奈々美のスキルの力が……」

「双葉……うん……私のスキル……無能じゃなかった……」


そう言って文月も如月の手を握り返す。俺は会話についていけずにその二人の話を黙って眺める。


「双葉……ごめん、私……あんなこと……本当にごめんね」

「いいのよそんなこと!それよりも私こそごめんね……奈々美の気持ち、考えてあげられなかった!」

「いいの……私が悪いの……」


そう言うと、二人は目の前で抱き合ってしまった。


「……」


事情も何も知らない俺は唖然として話に全くついていけなかった。

星空をチラリと見ると、星空も瞳を潤ませて二人を見ている。


どうやら俺の知らない裏で何かあったらしい。


よくわからないが、二人の仲はこれで元通りに戻ったことだろう。


めでたしめでたし。


それで、話が終わったのなら帰ってくれ。あんまり体調も良くないし、これから打ち合わせもあるんだから。


俺は抱き合う二人を見ながら呟くように言う。


「ふぅ、悪いが話が終わったのなら帰ってくれるか?最近あまり体調が良くなくてな。一人になりたいんだ」

「え、ワン君だいじょう……」


俺がそう言い、星空が驚いて俺にそう言ってくれた時だった。


パキッ。


まるで卵が割れるかのような小さな音がした。


「……?」


一体なんだろうか。一瞬疑問に思ったが、建物も別に新しくない。異音くらいは別に珍しくないのだ。


そう思って抱き合う二人に再度帰るように伝えようとする。


パキパキ。


再度そんな音がした。今回は意識していただけあって音の発生源はわかる。


「……おい、嘘だろ」


あまりの衝撃に目を逸らしたくなる。しかし、目を逸らすわけにはいかない。


ゆっくりと見たその先にあったのは……桐の箱。


星空は口を抑えて驚愕した顔でこちらを見ているし、異音に気づいた二人も抱き合うのをやめてこちらを見ている。


ゴトリ。


俺達四人が黙って見続ける中、今度はそんな音と共に桐の箱が揺れる。


「おいおい……冗談だろ?」


呼吸が荒くなる。キマイラと出会った時だってここまで俺の心臓は早まらなかった。

思わず手を伸ばすが、それよりも早く、先ほどよりも大きな変化があった。


ゴトゴト。パキパキパキ。


桐の箱が大きく揺れ、蓋が閉まったその中からは更なる亀裂音が響いてくる。

そして、さらに一際大きく揺れた桐の箱は倒れる。


「ま……」


俺は思わず手を伸ばすが届かず、そのままベッドの下に落ち、衝撃で中身の卵が出てくる。


だが、出てきたのは卵殻の上部分だけだった。


つまり……。


「キュイイイィィィィ」


そんな鳴き声と共に何か生き物が箱から出てくる。


上半身は鷲、幼いながらも力強い瞳と、柔らかそうな羽毛を体にまとい、背中からは茶色い羽が生えている。

下半身は獅子、黄色よりも黄土色の様な色で、鳥の鉤爪の様な前足と違い猫科の動物を思わせる小さな後ろ足を持ち、そのお尻からはライオンの尻尾が生えている。


この魔物は知っている。ありとあらゆるファンタジー小説で必ずと言っていいほど描かれ、時に強力な敵として、時に強力な味方として使われる神話上の生き物。


魔物の卵から産まれたのはグリフォンだった。


「キュイイイイイイイ!」


俺を見て声を上げるグリフォンを見て、膝から崩れ落ちる。


「う……そ、だろ?」


産まれた。産まれてしまった。まだ卵を見つけて二週間も経っていない。最短で卵から魔物が孵るのは一ヶ月半程ではなかったのだろうか。


何故こんなに早く産まれてくるのか。


「キュイ!」


絶望して床に手をつく俺に、グリフォンの幼体は近寄ってきて、手にすりすりしてくる。


「……」


俺はチラリとも視線を向けず、床を見つめる。

すると、誰かが立ち上がった気配がして、グリフォンが持ち上げられる。


「こんにちは、初めまして」

「キュイ!」


俺からは見えないが、文月がグリフォンを持ち上げた様だ。


「話したいことがいっぱいあるの!でもまずは……産まれてきてありがとう……」

「ギュイイィィ……」


上からグリフォンの苦しそうな声が聞こえてくる。


俺はそんなことはどうでも良かった。

何がいけなかったのか。


孵卵師の文月を近付けたのがいけなかったのか。いや、せいぜい一日に一時間未満の時間だ。それだけで卵の孵化が早くなるとは思えない。


それなら何だ。


そういえば最近俺の体調が悪かった。


気を張り続けた代償かと思っていたのだが、もしこれが原因なのだとすれば……。


まさか……魔力を吸われていたのだろうか。

今の俺の魔力は星空の数十倍。魔法特化の相園の魔力と比べても数倍の魔力がある。


文月は以前、一流の探索者の元なら早く卵が孵った、という話をしていた。


まさか魔力の違いに比例するのだろうか。魔物の卵が孵るのには、近くにいる魔力が必要なのだとすれば辻褄が合う。


だが、それにしたってあまりに早過ぎる。三週間以上も早く魔物が生まれてくるなんて異常事態過ぎる。


俺は目を虚にしてこてりと地面に倒れ込む。


「俺の45億が……」


上をチラリと見ると、三人がグリフォンの幼体に触ったりしている。混ざる気にもならない。


「ふわっふわー!」

「よろしくねー、グリフォンちゃん!」

「ふふふ」

「キュイイイ!」

「……もう好きにしてくれ。俺は寝る」


失意のどん底に落ちた俺は反対側を向き、目を瞑った。

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― 新着の感想 ―
流石に45億が消えるのエグい…
こんばんは。ギリギリメリクリ! あ~あ、産まれちゃいましたか…。これはワン君の自業自得(?)なのか、如月が接近したせいなのか、どちらが原因なのかは気になりますねやっぱり。
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