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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百七話 いつもより気怠い朝

次の日の朝、いつもより少し気怠い目覚めだった。


しかし動けないほどではない。身体に力を入れて朝の準備をして、如月と一緒に大広間へと朝ごはんを食べに行く。


「ワン様、おはようございます!」


大広間へと入ると、早速笑顔の花園が挨拶をしてくる。


「花園か。おはよう」

「ふふふ、魔物の卵、大事に持ち歩いておられるのですね」

「ああ、こんな高価なもの部屋に置いて出れないだろ。オークションに出すまでは手元に置くつもりだ」

「左様でございますか、ふふふ」


花園はそれだけいって笑うと、如月の方にも向き直り頭を下げる。


「如月さんもおはようございます」

「ええ、おはよう」

「ところでお聞きしたいのですが、お二人で仲良くいらっしゃったようですが、如何なされたんですか?」

「ああ、如月は昨日俺の部屋に泊まったんだ」

「……は?」


何があったわけでもないので平然とそう言うと、花園の眉毛がぴくりと動く。

そして、全然笑ってないような笑顔で如月の方に視線を向ける。


花園に見られた如月は何故か笑顔になって俺の腕に抱きついてくる。


「そう言うことよ。ごめんなさいね。行きましょ、翔」

「は?……あ、ちょっ、引っ張るな、卵を落とす!」


急に動かすな。卵を落としたらどうするんだ。


ハンマーで叩いても割れない位なんだから、落としたくらいなら大丈夫だと思うが万が一がある。


如月に引っ張られて席についた俺は、視線を感じてそちらを見る。

すると、俺の視線の先で文月が俺を驚いた様な表情で見ていた。


何だ、と思ったが、そういえば文月は孵卵師だったな。

この箱に入っているのが、魔物の卵であることが分かるのだろうか。


まあこれは俺の卵だ。気にすることはないだろう。


そう思って朝ごはんを食べていると、山崎が部屋の入り口に立ち、マイクを使って喋り始める。


「朝ごはんの最中だが、ご飯を食べながら聞いてくれ。皆も知っての通り、富士迷宮の14層にキマイラが出現した。キマイラは本校の生徒によって撃破が確認されたが、これ以上の演習は危険と判断した」


本校の生徒、の部分で、生徒達が一斉に俺の方を見て来た気がしたが、気のせいだろう。


俺がキマイラ倒したって公表してないんだから俺だと分かるはずがない。


山崎の話に耳を傾けながらも気にせずご飯を食べる。


「よって、今日のお昼に学園行きのためのバスをチャーターした。予定より一日早いがそれで学園へ帰ることとする」


山崎はそれだけ言ってマイクを置く。


生徒達もガヤガヤとした騒ぎ出す。

学園に帰るためのバスを急遽チャーターするとは流石金持ち学校。


俺は朝ごはんを食べ終え、部屋へと帰り、荷物をまとめ、時間になってから部屋を出る。


宿の前には大型のバスが五台ちゃんと用意されており、俺はFクラスと書かれた看板をぶら下げたバスに乗り、席に着く。


そして、そのまま学園へと辿り着き、寮へと帰る。


「久しぶりの寮の部屋……」


部屋が光って見えるほどの美しい景色と、丁寧に掃除された部屋で一週間近く過ごすと、この部屋は暗く見える。


だが、何故か落ち着く。


家に帰って来たと言う気がする。半年程度しか過ごしていない寮なのに不思議だ。


中学生時代は、気づいたら春が終わり、気づいたら夏が終わり、気づいたら秋が終わり、気づいたら冬が終わって一年が経っていた。


そんな一年と比べて、今年はやっと春が終わり夏が始まったばかりだ。


だが、入学当初から色々あったため、濃い半年を過ごした。


それだけ俺が頑張ったと言うことだろう。先日に至っては死にかけたからな。


命に見合う対価など存在しない。


死んだらお金じゃ生き返れない。


これだけの物を経てもなお、俺は迷宮探索を金に見合った場所だなんて微塵も思っちゃいない。

キマイラとの戦闘で得たこの魔物の卵を、労力に見合った対価を得ただなんて思っていない。


それでも大金を得るのに、迷宮ほど適した場所はないと言うことは身をもって証明出来た。


当初の目的以上のものは手に入れたのだから。


「これから何をするか……。ふわぁぁああ」


特に寝不足でもないのだが、安心感から昼寝をしたくなった。


どうせ明日からは夏休みだ。


いくらでも惰眠は出来る。

そう思っていた所、部屋の扉が叩かれる。


「……」


本当に俺の部屋にはよく人が来る。招いたことなんてほぼないのに。


「小鳥遊」


ドアの前から聞こえて来た声は、文月の声だった。


「はぁ……」


無視したいところだ。しかし、俺も学んだのだ。居留守は意味がないと。


この学園に来てからというもの、居留守で帰ってくれる人間が一人もいない。


何でだろうな。俺なら居留守されたらすぐ帰るのに。


ここに来る人間は諦めが悪くて困る。


仕方なく腰を上げて扉を開ける。

そこにいたのは、声から予想出来た通り文月だった。

しかし、少しやつれているように見えるのは気のせいだろうか。


そういえば如月と喧嘩をしたらしい。今朝もまだ仲直りした様子はなかった。


「どうした?」

「……ちょっと部屋に入れてもらえるかしら?」

「お土産は?」

「……待ってて」


そう言うと文月は帰っていき、二分後に何か包みのようなものを持って戻ってくる。


「はい」

「おお、ありがとう。中に入れ」


文月が持って来たのはロールケーキのようなお菓子だった。

生ロールケーキという聞いたことのないお菓子が山梨県では有名らしい。


俺も観光で食べる予定だったのだが、魔物の卵のせいで食べ損ねてしまった。


俺は早速紙皿を取ろうとすると、背後から文月が口を開く。


「この中に……魔物の卵が入っているのね」


文月が机の上に置いてある桐の箱をマジマジと見つめる。


「ああ。ほらこれ、お前の分のお皿」

「……」


そう言って文月の前に紙皿と使い捨てフォークを置くが、文月は卵を見たまま動かない。


「何だ、何か感じるものでもあったか?」


そう言いながら卵を俺の横に退けて生ロールケーキの入った箱を置く。

文月はハッとしてバツの悪そうな顔で目を背ける。


気にせず生ロールケーキが入った箱を開けて中身を取り出す。


「……」


文月は黙ったまま何も言わず、生ロールケーキも食べない。


「食べないのか?」

「……いい」

「そうか」


え、食べないの。それとも俺用のお土産だから遠慮してくれているのだろうか。


まあいらないというのなら遠慮なくいただこう。


「いただきます」


そう挨拶をして生ロールケーキを食べる。

ロールケーキのしっとりと柔らかい食感と中の濃厚な甘さのクリームが美味しい。


何が生なのか全然分からないが、味は美味しい。


俺から特に話すようなことはないので、もぐもぐと生ロールケーキを食べていると、暗い表情だった文月が口を開く。


「ねぇ」

「なんだ?」

「魔物の卵、見せてくれないかしら?」

「いいぞ」


俺は箱から卵を取り出して机に緩衝材を置いてその上に鎮座させる。卵を見た文月は口元を抑えて絶句しながら凝視する。


「これが……」

「実際に見るのは初めてか。黒い縞々はないが迷宮アイテム鑑定所の鑑定書付きだから間違いない」

「……」


俺がそう説明しても文月は何も言わずに卵を見つめるだけだった。

そして、卵を凝視したままゆっくりと手を伸ばそうとしたので、その手を掴む。


「勝手に触るな」

「きゃっ!」


普通に手を掴んだだけなのだが、物凄く驚かれた。


文月が手を引いたので俺も手を離す。


「な、何っ!?急に手を掴んでこないでよ!」

「いや、お前が卵に手を伸ばしたからだろ。勝手に触るな。数千数万ってものじゃないんだ」

「そ……!そう、ごめんなさい……」


どうやら自分が手を伸ばしていたことも気付いてないようだった。


「それで、何で俺の部屋に来たんだ?」


文月の事情には正直興味はない。だが、部屋に居座られても困る。ここはさっさと事情を聞いて追い出すに限る。


俺が聞くと、文月は卵をチラチラと見ながら、言いづらそうに口を開く。


「……双葉と喧嘩したの」

「知ってる」

「……双葉、昨日あんたのところに泊まったんでしょ?」

「ああ」

「……あんたさ、人に言っちゃいけないことって言ったこと、ある?」

「ない。俺は人に言われて嫌なことは言わない」

「……そう。えらいわね」


そう呟く文月を横目に二つ目の生ロールケーキに手を付ける。


「……双葉に言っちゃいけないこと言っちゃったの。どうすればいいかしら?」

「謝れば?」

「簡単に言わないでよ。それが出来たら苦労しないわ」

「なんで?」

「何でって……それはその……ちょっと気まずくて……」

「気まずいのか」


よく分からないが気まずいらしい。謝るだけじゃないのか。


「でも顔合わせないわけにはいかないよな?俺も九月末までは学園にいるつもりだし、パワレベの時バラバラにやるつもりか?回数増やす気ないぞ、俺」

「……」


文月が膝を抱えて俯いてしまった。どうも悩んでいるらしい。急かすわけではないが結論を出さないといけない時は刻一刻と迫っている。


「後になるか先になるかの話だ。結論を出す時が必ず来るんだから早いうちに終わらせていつもの日常に戻ったほうが俺は賢いと思うぞ」

「……」


正直、人付き合いをほぼしない俺にこういう話を持ってくるのはやめてほしい。

ぶっちゃけ星空に話を持ってった方がいいんじゃないか。


そんな事を考えていた時だった。


「……え?」


突然文月が顔を上げると、俺の顔を凝視してくる。


「何か言った?」

「後になるか先になるかの話なんだから……」

「そうじゃなくて!なんか……声が……」


そう言うと今度は目の前に鎮座している卵を凝視し始める。


「もしかして……この子が……」


文月はそう呟き、また卵に手を伸ばし始める。俺は再度文月の手を掴む。


「二回目だぞ。勝手に触るな」

「だけど……卵が呼んでるの!」

「卵が呼んでる?何言ってんだ?」


卵が呼んでるとは。如月と喧嘩したことを気に病んで、とうとう精神が壊れてしまったのだろうか。


「本当よ!今卵に話しかけられたの!」

「そんなわけないだろ。俺は何も聞こえてないんだから」

「それは……多分、私が孵卵師だから……」

「ふーん。それで、何て言ってたんだ?」


頭がおかしくなったのであろう文月がゴニョゴニョと言い訳を始める。

全然信用していないが、とりあえず話を聞いてみる。


「この人のペットとして生まれたいって……」

「この人ってのは俺か?お前か?」

「……あんた」


よく分からないが、文月が言うにはこの卵は俺のペットとして生まれたいと思っているらしい。それなら俺が卵に言ってやる言葉は一つだ。


「そうか。なら卵に伝えてくれ。諦めろって」

「あんっ……!卵があんたの元で産まれたいって言ってるのよ!?」


文月が突然怒鳴りだす。


そんなこと言われても俺の意思は変わらない。俺は魔物をペットにする為に迷宮に潜ったのではない。お金を稼ぐ為に迷宮に潜ったのだ。


しかも根拠が俺に聞こえない声だし。


俺は卵を持って自分の元に戻しながら怒る文月に伝える。


「こいつは売って金にする。俺の元で産まれてくることはない」

「でも……この子はあんたの元で……」

「こいつの意思は関係ない。次の主人に期待するように言ってくれ」


それだけ伝えると、卵を箱の中に戻す。


「あんた……本当に冷た過ぎよ!何でっ……もういい!」


それだけ言うと文月は机をバンと叩いて立ち上がり、部屋を出て行った。


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