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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百五話 孵卵師

14層にマンティコアが出現した。

それを聞いた文月の頭によぎったのは、小鳥遊のことだった。


文月は、マンティコアが28階層に出現する魔物であるという事を知っていた。

そして、その階層が世界でも指折りの難しい階層であることも。


だが、不思議と小鳥遊が死ぬ姿は想像できなかった。


だから小鳥遊が更に下の階層の魔物であるキマイラを倒したと聞いても、小鳥遊が怪我をする心配はしなかった。


しかし、小鳥遊がキマイラから手に入れた物の話を聞いた時、膝から崩れ落ちるほどの衝撃を受ける事になる。


魔物の卵。


それは文月が喉から手が出るほど欲ていたものだった。

文月は即座に立ち上がり、小鳥遊の部屋の前まで行って部屋をノックした。


「小鳥遊、いるの?小鳥遊!」


文月はドアを乱暴にノックする。しかし、部屋の中からは返事がない。


文月がドアをノックしていると、着物のような服を着た花園が近づいて来て、文月に声を掛ける。


「あら、貴女は……文月奈々美さん、でよろしかったでしょうか?」

「あんたは……」

「初めまして、私は花園千草と申します。失礼ながら、ワン様……小鳥遊様に何か御用でしょうか?」

「べ、別に、あんたには関係ないじゃない!あっち行ってよ、私は小鳥遊に話があるの!」

「申し訳ございませんが、それは出来ません」

「なんでよ!?」


怒鳴る文月に対して、花園は冷静に対応する。


「周りをご覧ください」


花園にそう言われ、文月は周囲を見渡す。

すると、何人かの学生が文月の怒鳴り声を聞いて、部屋から顔を出しており、そのうちの何人かは露骨に迷惑そうな顔をしている。


「ここは東迷学園の寮ではなく、公共の場で御座います。学園の貸切とはいえ、そのような大声を張り上げ、ドアを強く叩かれますと学園の品位を疑われてしまいます。学園の一生徒として貴女の暴挙をこれ以上見過ごすことは出来ません」


花園は氷の様な微笑を張り付かせたまま、冷たい瞳でそう告げる。


「小鳥遊様は現在、昨日の件で事情聴取に行っており戻って来ておりません。出直して来てくださいませ」


氷のような微笑のまま頭を下げる花園を見た文月は壁に寄りかかる。


「じゃあここで待つわ」


そう言って小鳥遊を待とうとするが、花園はその事に対しても苦言を呈す。


「昨日、多くの人の命を救うために奔走し、多くのマンティコアとキマイラとの死闘を終え、更には昨夜や朝早くから今の今までずっと質問攻めにあって小鳥遊様は疲弊しております。そんな小鳥遊様に息もつかせぬまま貴女の様な暴力的な方を会わせるわけにはいきません。日を改めて来て頂けませんか?」

「なんであんたにそんなこと言われないといけないのよ!」


叫ぶ文月に対して、花園は冷静な態度を崩さない。


「昨日、私はあの方に命を救われました。そのお方に貴女のように怒鳴り込んでくるような方が待ちかまえるというのなら、それを止めるのは当然の行いかと存じますが」

「私はあいつのパーティーメンバーよ!?」

「あいつ?ワン様に向かって?」


花園は微笑みを消して冷たい瞳に冷たい表情をする。


「は?やるっていうの?」


文月も臨戦体制に入る。花園もその姿を見てバフを唱えようとする。


「ちょっとちょっと!ストーップ!」


そう叫びながら二人の少女が走って二人の間に入ってくる。


「ちょっと奈々美、こんな所で争う気?頭冷やしなさいよ!」

「花園さんも抑えて抑えて」


星空と如月が止めに入る。文月は如月を睨みつけ、花園は星空の背後の文月を冷たい目で見つめるだけだった。


「……分かったわよ」


三対一で分が悪いと感じたのか、文月が引く。その様子を見た花園も引く。


「そちらが引くのであれば私もここに居座る道理はございません」

「ありがとうね」

「いえ、お二人のお手を煩わせて申し訳ありません。では」


そう言い、花園は部屋に戻っていく。


「ほら、奈々美も帰るよ!」

「うんうん!一旦帰ろう!」


そう言って二人は文月の手をとって部屋に戻る。


それから数時間後、小鳥遊が部屋に戻ったらしいという話を聞き、文月は真っ先に立ち上がる。


たが、一緒にいた二人がそれを抑える。


「ごめんね、一回先に私達に話をさせてくれないかな?」

「今のあんた、酷い顔してるわよ。一旦頭冷やしなさいよ」

「……でも!」


食い下がる文月に対して、それでも二人は譲らず、結局二人だけで小鳥遊の元に出かけていった。


二時間後、文月は戻ってきた二人に問いかける。


「ねぇ!どうだったの!?」

「「……」」


しかし、二人は暗い顔をして何も言わない。そんな二人に焦れた文月は、如月の両肩に掴み掛かり再度問いかける。


「黙ってないで何か言ってよ!」

「ちょっ、なーちゃん!」


星空が止めに入るが、文月双葉の両肩を離さない。如月は落ち込んだ表情のままゆっくりと呟く。


「小鳥遊は卵を売る気ね」

「そ、そんなことは分かってるわ!そうじゃなくて彼は探索者を続けてくれるの?」


魔物の卵は小鳥遊が見つけたのだ。当然その所有権は小鳥遊にある。


文月が心配しているのはそんなことではない。


小鳥遊が探索者を続けてくれるのかどうかだ。


「……無理よ。彼のあんな顔を見たら、とても探索者を続けてなんて言えないわ」

「はぁ!?ふざけないで!協力してくれるって言ったじゃない!」

「言ったわよ。でも、小鳥遊は探索者を続ける事を望んでない。探索者は命懸けの仕事よ。嫌がってる人に強制はできないわ」

「それじゃあこれからどうするのよ!小鳥遊の力なしで夢を叶えられるの!?」

「それは……」


二人の夢。それは迷宮の50階層に到達し、エルフと会い、話す事。

小学生の時から幼馴染の二人が、その時からずっと抱き続けていた夢だった。


「なーちゃん、落ち着いて!私たちだっていつかこうなる時が来るって分かってたよ!だから頑張ってワン君に……でも、早過ぎたんだよ!」


小鳥遊が迷宮に興味を持ってくれるように、好きになってくれるように星空と如月は頑張っていた。


いつかこういう日が来ても小鳥遊が迷宮探索者を続けてくれるように。


だが、小鳥遊が迷宮探索を好きになるよりも前に、迷宮の卵を手に入れ億万長者への道に足を踏み入れてしまった。


もはや迷宮探索をする目的を失った小鳥遊が迷宮に興味を示すことはない。


「あんたは……あんたはいいじゃない!最初から雷魔法の才能があって、それで配信者できて自由気ままに楽しく探索者やれているんだから!」

「そ、それは……」

「奈々美!それはいくらなんでも言い過ぎよ!」

「あんただって同じでしょ!あんなスキル手に入れて……自分はなんとかなるからって余裕ぶってるんじゃないの!?」


如月双葉はシーサーペントとの戦いで得られた経験値でレベルアップしていた。その時、手に入れたスキルとは弩系高速自動装填。


弩系高速自動装填。

弩系統の武器を使用時、弾を入れるだけで自動的に弦が引かれて発射が可能になるというスキル。


このスキルによって、バリスタを再装填して撃つ速度は半分以下になり、バリスタの攻撃速度が圧倒的に速くなった。


それだけではなく、弩系という言葉が示す通り、このスキルによって恩恵を得るのはバリスタだけではなく、通常の弩も含まれる。


これによって如月双葉は、バリスタだけではなく、通常の弩での戦闘も可能になった。


更には強大な魔物との戦闘で覚醒し、現在の彼女の覚醒度は19%。


弩系の最高クラスのスキル、覚醒度の急上昇によるステータスの向上。


如月双葉は、もはや最弱のFクラスではなくなった。


「私は!?私はどうなるの!あんたたちみたいに恵まれたスキルがなくてどうしようもない才能を持った私はどうすればいいのよ!」


文月は叫ぶ。


日本人探索者が選ぶ最低スキルランキング1位孵卵師。初期スキルがこれだったら探索者を諦めるべきランキング1位孵卵師。これだけは取りたくないスキルランキング1位孵卵師。必要性を感じないスキルランキング1位孵卵師。パーティーメンバーに要らないスキルランキング1位孵卵師。探索者が選ぶいらないスキルランキング1位孵卵師。


全世界の探索者が選ぶ最低スキルランキング20年連続1位・孵卵師。


全世界の全探索者が認める最弱のスキル孵卵師。


ここまで孵卵師が嫌われるのには理由がある。


それは孵卵師スキルを持つと、他のスキルを覚えなくなるからだ。


孵卵師はレベルアップの途中で覚えることはない。必ず初期スキルとして覚える。


そして初期スキルで孵卵師を覚えて以降、どれだけレベルを上げてもスキルを覚えることはない。そして孵卵師はスキルレベルも上がらない。更には孵卵師を持つ人間は高い確率で覚醒度が低い。


それが孵卵師が最低のスキルと言われる所以であった。


現在の文月のレベルは18レベル。小鳥遊のパワレベにより、世界中の孵卵師持ちの探索者の中でもトップクラスの速さでレベルが上がっている。


だが、順調にスキルを手に入れ、スキルレベルが上がっている如月と違い、文月が持つスキルは孵卵師レベル1のみ。


特定の条件下では最強の攻撃力を誇る如月のバリスタと違い、文月の孵卵師はあらゆる環境において無能。


それでも文月は諦めなかった。


魔物の卵さえ手に入れば孵卵師は覚醒するのではないか、というネットの都市伝説でしかないものを信じていた。


それを信じなければ迷宮探索へのモチベーションが保てず、心が折れそうだったからだ。


魔物の卵が手に入る階層は25層から。それ以下の階層で魔物の卵がドロップした記録は小鳥遊が手に入れるまでなかった。


その小鳥遊が魔物の卵を手に入れる為に倒した魔物だって、本来30層後半で出る魔物だ。


相当なイレギュラーな状況と言えるだろうし、そもそも仮にキマイラが出ても文月には倒せない。


だからこそ、せめて25層に行けるまでは文月は小鳥遊のパワレベに頼るしかなかった。


文月は現在18レベルだが、その低い覚醒度による低いステータスのせいで、安全マージンを満たしている階層は中央迷宮の10層である。


高価な装備による追加のステータスを足しても、精々13層である。


小鳥遊の協力が得られず、パワレベが出来なければ、文月が25層を攻略出来るようになるまで、最低でも20年は掛かるだろう。


それから魔物の卵を探して仮に運良く見つけたとして、その魔物を育てることまで考えると、とても生きている間に50層に行くのは不可能だ。


文月と如月の言い合いは白熱していく。


「だからって嫌がってる人を命懸けの場所に無理矢理連れていくなんて許されるわけないじゃん!」

「無理矢理じゃないわよ!小鳥遊が迷宮をまだ潜ってくれるように説得するんでしょ!?」

「それが無理だって言ってるでしょ!」

「なんで諦めんのよ!まだ気が変わる可能性があるじゃない!」

「ないわよ!もう何を言っても気が変わる可能性なんてないわよ!」

「そんなこと分からないじゃない!」

「二人とも!落ち着いてって!」


もはや怒鳴り合いになってしまった二人の間に星空が入り、必死に止める。


しかし、熱くなった文月はさらに叫ぶ。


「双葉、あんたまさか私のスキルがゴミだからって切り捨てようとしてるんでしょ!だから小鳥遊の説得をやめさせようとして……!」


バシン。


そんな衝撃音と共に文月の頬に衝撃が走る。

文月が目を見開き、叩かれた頬を触りながら前を向くと、そこには瞳を涙に潤ませながら、叩いた手を抑える如月がいた。

その表情は悔しさで歪んでいた。


「私は……一度だってあんたのスキルをゴミだなんて思ったことはないわよ……!」


それだけ呟いて、如月は部屋を出て行ってしまった。


「ふーちゃん!」

「……」


星空は如月を追おうとするが、文月もおいてはおけないと、視線をオロオロさせてしまう。


「なーちゃん……」

「ごめん……そんなつもりじゃなかったのに……」


そう言って泣き崩れてしまった文月を星空はゆっくり抱き締めた。


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