第百話 ロストポイズン
赤煙が立ち上る方向に走っていく最中、一際大きな音がきこえてきた。
きっと何かあったのだろう。
俺は即座にそちらに走り出す。
そして走って行った先に見えたのは、マンティコアが口から魔法を放とうとする瞬間と、それを満足したような顔で祈りながら待ち構える花園の姿だった。
どういう事だ。何で祈ってんだ。前向いて避けろよ。
「仕方ねぇ!」
マンティコアへの不意打ちは諦めて、花園とマンティコアの間に入り、放たれた雷魔法をヘビーメタルソードで弾く。
「祈ってんじゃねぇ。避けろ避けろ」
何で立ち止まって祈ってるんだ。俺の知らないなんかのスキルなのか。
スキルを発動する時に特定のポージングが必要なんて話聞いた事ないけど。
俺は奇妙なものを見るような目で花園を見る。
だが、花園はそんな俺の表情に気づかないのか、花が咲くような満面の笑みを浮かべ、その大きな瞳に大粒の涙を溜めながら言った。
「ワン様!信じておりました!」
「は?なにを?」
どういう事?
もしかしなくてもさっきの爆音で俺が駆けつけてくれる事か。いやそんなわけないだろ。どう考えたって無理がある。
エマージェンシーと赤い発煙筒が立ち昇っていたとはいえ、俺がこの階層のどこで狩りをしているのかも不明な状況。
しかも一番の不確定要素は、俺が助けに来てくれるかが未知数な点だ。
それなのに何で目をつぶって祈ってるの?
助けに来なかったら死んでたぞ。
「ワン様が助けに来てくださると、エマージェンシーを聞いた瞬間に動き出してくださると信じておりました!」
「……?」
どういう事?
俺と花園ってそんなツーカーで信じあえるような仲じゃないはずだが。
そんな事を考えていると、マンティコアが俺の方に叫びながら走ってくる。
「ニゲロー!オレガヤル!ヒメカサン!」
やはり意味は理解していないのだろう。
無茶苦茶に叫びながら突撃をしてくる。
俺も剣を構え、それをいなそうとした瞬間、マンティコアが魔法を口にする。
「ファイアーアロー」
「え?」
マンティコアが火魔法レベル2、ファイアーアローを口にした。
後ろで花園が驚きの声を上げるが、マンティコアの口からは何も出てこない。
自分が意味の分からない言葉を喋れる事を利用したブラフ。
本命はその一瞬の硬直を狙った蠍の尾の毒である。
俺はそれらを気にすることなく、走り出した足を止めずにマンティコアと交差する。
「遅ぇよ」
一瞬の交差でマンティコアの胴体を斬り落とす。
「ガッ……?チー、チャン……」
それだけ言い残し、マンティコアは黒いモヤとなって消えていく。
魔石と化したマンティコアを見て、ヘビーメタルソードを鞘に収めながら振り返る。
俺が魔石を拾いにいく中、花園が倒れた一人の少女の元に走っていく。
そしてその手をゆっくり握り締め涙を流す。
何かあったらしい。
流石の俺もその様子を見て察する。
「間に合わなかったか。すまない」
「いえ、ワン様は他の皆様の命を救ってくださいました。謝ることなど何もありません」
倒れた少女、忍び装束をした忍者のような少女だ。
確か花園のチームメンバーだったはず。
そのお腹には何か刺し傷のようなものが見えた。
俺も膝を折り、その少女を間近で見る。
「マンティコアに刺されたか」
「……はい」
「コヒュー……コヒュー……ゴフッ!」
まだ生きているようだが、空気の漏れるような息遣い、そして生気を失った瞳。
もはやその命は風前の灯であろう。
「回復薬で何とかならないか?」
「……残念ながら。毒消しも持っておりますが、マンティコアの毒はこれでは打ち消せません。私が……私が魔力管理をちゃんとしていれば……」
「魔力管理をしていれば、何だ?」
「私の魔法にはマンティコアの毒を治せる魔法があります。ですが、今の私の魔力ではもう唱えられません。うぅ……」
そう言って涙ながらに少女の手を握る。
どうやら花園の魔法には彼女を治せる魔法があるらしい。
「はぁ」
俺はため息を吐く。それなら話は簡単だ。俺が花のステータスをコピーして俺が使えばいい。
「選択」
どれを消そうか。
[選択:赤崎研磨]
[相園花美]
[坂田明人]
[小鳥遊翔]
まあ相園だな。一旦今消して後でコピーし直そう。コピーしてから時間も経ったし、多分1レベくらい上がっているだろうから、ちょうどいいか。
「削除」
[なし]
[選択:赤崎研磨]
[坂田明人]
[小鳥遊翔]
削除完了だ。
そしてそのまま花園を見る。
花園は俺の言葉は耳に入っていないらしい。必死に少女の名前を叫んでいる。
「紅葉さん!紅葉さん!すみません、私が弱かったばっかりに……」
花園は紅葉の手を握り謝っている。
紅葉はその手をゆっくり握り返しながら、その掠れた声で何かを言おうとしている。
「コヒュー……コヒュー……ゴホッ!」
だが、血が詰まっているのか、うまく言葉にならない。
俺の視線は花園を注目している状態から普段の状態に戻る。
コピー完了だ。
「花園」
「ごめんなさい、もみじさん……」
「花園」
「うぅ……」
二度呼んだが、無視されてしまった。このままでは本当に手遅れになってしまう。
俺は花園の体を無理やりあげて顔を俺に向けさせる。
「うぁ……、ワン、様……?」
「花園が使えたはずの毒消しの魔法って何だ?」
「え……うぅ、ロスト……ポイズンです。グスッ。使うのには相当な魔力が必要で……私が……」
「ロストポイズン」
花園が何か言おうとしたが、俺は花園から手を離して、構わず魔法を唱える。
「えっ……」
魔法を唱えると、紅葉の呼吸が、空気が漏れるような音ではなく正常な呼吸に戻る。
どうやらマンティコアの毒は消えたようだ。
先程まで虚ろであった紅葉の目の焦点が合い始める。
だが、真っ青な顔は治っていない。
毒で傷付いた身体の中身までは治っていないようだ。
「花園」
「えっ、あ……」
「お前、回復魔法とかあるか?」
「あ、ハイヒールが……ですが、私はもう魔力が……」
「ハイヒール」
また花園が何か言おうとしたが、構わずハイヒールを唱える。
「え、これは……私のハイヒール?」
俺が使用したハイヒールによって、紅葉の脇腹の傷は即座に治っていき、顔にも赤みが増していく。
紅葉の表情は口元が隠れているのでよく分からないが、目が見開かれており、驚いているようだ。
そしてゆっくり体を起こす。
「……これは?」
「もみじさん……。よかったです……」
花園はそう言って身体を起こした紅葉を抱きしめる。
俺は気にせず立ち上がり、辺りを見渡す。近くに三人、ちょっと遠くに五人倒れている。
ポーションの数も全然足りないな。仕方ない。
倒れている全員にハイヒールをかけていく。
「これは……ワン様……?」
「秘密な。色々うるさくなるから」
花園は驚きに口元を塞ぎながら俺が魔法を放つ光景を見ている。
紅葉も驚きに目を見開いている。
全員の傷は塞がったと思うが、意識は戻らないようだ。
「それじゃあ次行くな?」
「え、あの……」
「何だ?」
「もしかして他のマンティコアを狩りにいかれるのですか?」
「ああ、これで四体目だ」
「四、体目……?」
花園が驚きに目を見開いている。
気持ちはよく分かる。今回のイレギュラーモンスターは今までと違って一体だけではない。
「何が起こってるんだろうな」
立ち昇っていた赤い煙は一本ではなかった。一番近くの赤い煙は、まだ戦闘中で、通りすがりに斬り殺したのだが、三体目のマンティコアは既に探索者と戦闘した後だった。
遺体はなかったので探索者達は逃げ出したと思うのだが、不意打ちで水魔法のウォーターショットを唱え出して無駄に狩る時間が長引いた。
赤い狼煙はまだある。全く、どうなっているんだか。
「あいつらは頼んだぞ」
「は、はい!ご武運を!」
「ああ」
それだけ聞いて俺は次の狼煙へと飛び出す。




