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第八話 ピヴレイン・ヴァーンマッドネス

「うわはははははははははは!!!!!!!」


 大地の上を、【天知らぬ翼】たちが進軍する。数万の兵が踏み鳴らした後には、無数の足跡が刻まれる。


 更にその後方を往くクルークリストの乗った機械仕掛けの獣……名を【歯車の牙】は、その足跡を残したままに整地を進めている。今の所、全ては順調に進んでいる。


 (【天知らぬ翼】、意思疎通に多少の難はあったがその強さは本物。はてさて、最初に邪魔をしてくるのは誰か……)


 現在、進軍開始から五時間経過。進路に立ち塞がる要塞や街は全て踏み潰してきている。科学文明の国家は全て、科学大躍進を前提として作られているので障害にはならない。


 舐めすぎなのだ。科学大躍進は、一回で文明全体のエネルギーリソースの三分の一を必要とする大事業。ただ目的地に向けて進軍し暴れることが目的だといえ、そこにかける熱量と注ぎ込む戦力は今までの比ではない……分かるだろうに。


 これだから、大聖典に依存した弱者集団は。


 (理解しているのはピヴレインぐらいでしょうな。今の魔法文明は、彼奴が支配しているから保っているようなもの)


 科学文明は全体的に優れた者が存在している。それ故に常に安定し、誰かが欠ければ詰む、ということは有り得ぬ。


 対して魔法文明はどの時代も突出した何者かが支配することで成り立っている。受け継がれる恐怖政治、一方的な統治がここまで続くとは……毎度、奇跡的なバランスだ。


 (前線に立つから面倒なのです。今回は黙っていて……)


「考えごとか? クルークリスト。相変わらずの鉄の臭いだ」


「……最も起こって欲しくないことが、最悪の場所とタイミングで起こる。それが人生だと、誰かが言いましたね」


 まったく……優秀な者はとことん優秀だな。


 どうやって操縦席まで入ってきたのか。


「なるほど、実感するのは初めてですよ」


 ――――――


「油断したなあ。余がどんな攻め方をしても、絶対に姿を晒さなかったお前が……対面するのは十二年ぶりか?」


「まだ……私が、兵として戦っていた頃ですね」


 長年の親友か何かのように昔話をしながらも、言葉の裏には隠しきれない殺意と敵意が溢れている。


 十二年前、ピヴレインはまだ普通の魔法人としての肉体を保有していて、クルークリストは戦場指揮官の立ち位置にありながらも最前線で敵の殲滅を請け負っていた。


「懐かしいなあ、余が軍人を志したきっかけだよお前は」


「は、は。たかだか十二年来の志で、今は特務魔法中将にまで至りますか。どこにでも、天才はいるものですね」


 特務に所属するだけで二、三十年を必要とする場合も珍しくはない。将校に至るとなれば、半精霊体且つ文明トップの身体能力と頭脳を持っていて五十年はザラだ。


 前総帥は六十と八年かけていたはず。それも、言い方は悪いがクソ真面目に文明に尽くしていて、それだ。


「あなたは自身の色恋が最優先。優秀な軍人も、フラれれば殺す傾奇者。よくぞ昇格を許されましたね」


「許させた。魔法文明において、余に不自由はない」


「おお、恐ろしい。あなたの宿敵となれて光栄ですよ」


 くっく、と深く響くような笑みを漏らして、しばしの沈黙が訪れる。背後のピヴレインはレイピアを構えている。


 何か忘れているのではないだろうか。確かにピヴレインは全距離適応型……というより、どんな状況でも最得意の近接に持ち込む技量を持つ、間違いなく世界最強クラスの戦士。


 だがここは、電子配列と機構の世界。


 クルークリストの手のひらの上だ。


「そしてその関係も、今終わる」


 決めている。敵を殺す時は言葉を送ると。


 言葉は良い。人間が生み出した様々な文明、人に問えば何が最も優れているかなど無数の答えがあるが……クルークリストならば言葉と即答する。感情の交換……素晴らしい。


 だから、死にゆく者にはせめてもの情けをかけて……


「そうだ。お前の死を持って終わる」


 ガイン! という硬質な音がした。弾性が耳障りだ。


 有り得ぬ、即座にそう認識する。この狭い空間においてクルークリストは無敵だ。百種を越える科学文明の兵器に、半精霊体や通常の肉体、機械体以外の全てに影響させる神経性のガスも発生させることが出来る。何故、何故だ。


 何故ピヴレインの動作の方が速い!


「余はな、お前が目標だった。だから余がお前の立場であった時、どんな戦法を取るか……ずっと考えてきた」


 破壊された兵器の欠片がパラパラと落ちる。僅かに電気を孕んだレイピアの先端が、クルークリストの胸元を刺し貫いている。バッテリーが壊れた……致命傷だ。


 トントン、とピヴレインが叩くのは己に付けた機械の面。そうか、それがガスを……遮断して、いた……のか。


「……さらばだ、我が宿敵。幕引きはいつも呆気ない」


 カランカラン、と乾いた音を立てて転がるステッキを尻目に、ピヴレインが操縦席の天井を破壊した。


 陽光が差し込む。身を捻りながら抜け出した。


 (もう少し、楽しませてくれると思ったのだが……)


 首を振る。期待を裏切られるのには慣れている。


 早いところ終わらせよう。そもそも科学大躍進は本国の連中に対応を任せて、ピヴレインという特級戦力が聖典を破壊した敵を叩くというシナリオになっているのだ。


 いくら特務とはいえ、文明全体から糾弾されれば立場を失くす。可能な限り早急に、この場を去らねばならない。


「統率は……アレだな。いかにもな歩き方だ、面白い」


 嗚呼……今頃、ヘネラールは目を覚ましただろうか。敵ながら心優しいフィリンが、「ピヴレインさんが治してくれたんだよ」と言いながらミィハエルを指さすのだろう。


 そして仲間想いなヘネラールは言うのだ、「ピヴレインはなんて優しいんだろう、結婚したい!」と……くく。


 モテる女はつらいな……


「く、く。さあ早く殺そう。余の恋路を邪魔する者を!」


 背後に出現させた巨大な花弁を蹴って飛翔する。


 統率に辿り着くまでの途中途中で兵の頭部を破壊し、一応戦力を減らしておく。恐らくだが、統率を殺しても進軍は止まらない……この後で大規模殲滅をしなくてはならない。


 だが、リーダーがいるといないで集団は大きく変わる。まずは“軍団”を“烏合の衆”にまで解体しなくては……


「……む? おお、我が兵が数人、世を去った!」


 統率の心臓部まであと数歩。


「悲しい、悲しいことだ! だが案ずるな我が兵よ!」


 下半身と上半身が別の生き物なのかというほどに、その動きには差がある。両手は仰々しく広げ、破壊された兵を悔やんでいるのに……下半身は訓練された歩法を披露している。


 ……待て。どんな練度だ。


 (歩法だけで分かる、こいつ……余以上の技術がある。凄まじい鍛錬が垣間見える……何十、何百年生きている?)


 分かってはいる。暁のダンジョンからここまで、【華】を使って超特急で走ってきた。その中で見た、破壊され尽くした魔法文明の産物たち……徹底した蹂躙だった。


 ただ歩くだけでああはならない。統率者が非常に優れ、且つ全員に同等の練度を課さねば有り得ぬ。


 いや、重ねて言うが分かってはいる。科学大躍進は魔法文明を支える聖典の一つが崩れでもしない限り発動しない、対魔法文明用の大侵攻。想像を絶するリソースを割かれている。


 それ故に、失敗は科学文明の衰退を意味する。その統率など、怪物がなるに決まっているのだが……


「少し、認識を改めた方が良いのかもしれないな」


「む!? なんだ貴様は、初めて見る顔」


 よくよく考えれば、科学大躍進統率は歴史上一度も魔法文明の目に晒されたことはない。完全な憶測だった。


 科学大躍進統率は、総じて数百年生きたレベルの強者であり……恐らく、個体によってはピヴレインすら及ばぬ。そう認識を改め、魔法文明全体で共有しなくてはならないな。


「間抜けな遺言だな。一人外れを見る向日葵のようだ」


 レイピアに刃水花の花弁を纏わせて横薙ぎに振る。鋭利な刃の如き花弁を持つ刃水花は、集まれば断頭の刃となる。普段ならもう少し問答を重ねるのだが、今は状況が状況だ。即座に頭部と胴体部を切断し、稼働を停止させる必要がある。


 ガシャン!と豪快な破壊音を立てながら【天知らぬ翼】の頭部が地に落ちる。さあ、ここから大殲滅を……


「油断したなあ新顔! さあ、名を名乗れい!」


 下方に蹴撃。迫り来る大剣を破壊し、また首を刎ねた。


 おかしい。殺したはずだ……声は、同一。


「新顔! 少し、礼儀がなっていないのではないか!?」


 振り返る。今しがた殺したはずの統率、【天知らぬ翼】とまったく同じ外見の半機械生命群の一体が指さしている。他の個体は変わらず進軍している……やはり、おかしい。


 チラリと下方に視線を送れば、進軍に巻き込まれて完膚なきまでに破壊された、先刻殺した二体分の破片がある。どちらも同じものだ。統率と兵は、明らかに外見も構成物質も違ったというのに……何故だ?この軍団は、なんだ?


「正さねばならんな! 我の正義の鉄槌を喰らえい!」


「大剣振り回しながら何が鉄槌だ、この!」


 軍団の前方で、【天知らぬ翼】と戦闘を繰り広げる。巻き込まれては流石に助からないので、軍団の進行速度に合わせてこちらも進まねばならない……少々厄介だ。


 右肩、左脚、突き……からの首を狙った薙ぎ。大剣を使用していながらも、ピヴレインに並びかねない速度。


 (こいつ、やはり強い……余には及ばんが、な)


 単純な剣術、身体能力で言えば互角。銃器や毒ガスによる戦闘を好む科学文明も、魔法文明に対抗すべく近年は近接技術も磨いていると言うが……その賜物なのだろう。


 だが、無論魔術を使えばピヴレインが上回る。


「次からはセリフに相応しい武器を担いでこい!」


「助言感謝するぞ、それでは余の断罪の刃を喰らえい!」


 首に撃ち込んだ種子を発芽させて爆死……しかし、その直後に軍団からまた【天知らぬ翼】が飛び出してきた。


 受け流して、また爆殺。だが、また飛び出して……


「ええい、キリがない! なんなのだお前は!」


「こちらのセリフだ! そして我の名は……名は? うむ、クルークリスト様から与えられし名は【天知らぬ翼】!」


「どこかで聞いた……いや、いいか。しかし残念だったな! クルークリストは、名付け親は死んだぞ!」


「クルークリスト様が? はは、これだから新顔は」


 早々に殺すと決めていたが……どうも、殺し切ることが出来そうにない。ここは問答にシフトしよう。


 まだ本国の連中が観測出来る位置にはない……例え観測されたとしても、報告は軍部の人間が担当だ。あいつらならば、多少脅せば文明対策局への報告は遅らせられる。


 (何せ体内に【華】の種子を植え付けてあるからな!)


 ということで予定変更だ……正体を聞き出す。


「新顔がなんだ、余は確かに彼奴の胸を貫いたぞ!」


「……知らんのか? 貴様、さてはそのような機械の面を身に付けていながら科学文明の人間ではないな!?」


 ピクリ、と眉根が動くのを感じていた。


 ここまでの自信、己が盲信する者の死を信じない愚者のものもは何かが違う……裏付けされるものがあるな。


「あのお方は死なぬ。我らの文明ある限り、絶対に!」


「……どういうことだ? あの機械体になんの仕掛けがある」


『仕掛け、ではありません。吾輩の増殖科学です』


 若干熱されていた意識の冷めていく感覚がした。


 見れば、進軍は停止している。知っている限りの情報では科学大躍進は決して止まらないはずだ……進軍の大敵となる存在の排除を優先したのか?このピヴレインの?


「そうまで注目されていたのか……照れるな」


『羨ましいですよ、その自信。これからあなたは……』


 ドズン、ドズンという地響きが軍団の遙か向こう側から響いている。これほどのことが出来る重量を持った存在を……ピヴレインは、一つしか知らぬ。【歯車の牙】。


 死なない、とはそういうことか。考えてみれば当然のことだが、クルークリストにも科学はある。“ピヴレインのような強者が魔術を持つのはズルい”とほざく弱者を、くだらぬと一蹴してきたが……こういう気分だったのか。


 ざっと中心から開いた軍団の中央を歩く【歯車の牙】。


 猛獣の如き表情は、電子板で構成されている。


『惨たらしく処刑されるというのに』


 ガチャガチャガチャガチャ……その巨躯の隙間という隙間から漏れ出る機械音と、そこから伸びる触手状の兵器。一斉に武器を構える軍団と、高笑いする【天知らぬ翼】。


 現行の科学文明において、最強無比の軍団であろう。


 対するは、たった一人。魔法文明究極の戦士。


「……そっくり返そう。余は羨ましいぞ、その自信が」


 荒れた大地に似合わない花畑が広がっていく。


 軍団の足元すら飲み込んだそれは、甘い香りを拡散させていく。大小問わず、色鮮やかな草花たち……


 数kmにも及ぶ魔術範囲。単独で為せる者が……


 歴史上、存在しただろうか?


「これだけ場を整えたお前たちが、無様に余に蹂躙される可能性が……万に一つもないと思っているのか?」


『……ほざ』


「ほざけえい! 新顔、貴様はこれからなあ!」


 空気を読まずに叫び、武器を構え直す【天知らぬ翼】。


 遙か遠く、暁の地で……砲口が煌めいた気がした。


「我らに! 可能性の一つも残さずに処刑されるのだ!」


「……此奴め」


 くっくっ、と笑う。ようやく楽しくなってきた。

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