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第一話 喰い人

「どうだ、いい感じの食料は見つかったか?」


「鹿と猪、兎もある。野菜類は木の実で十分……」


「ガキがそんなの食えるか。もっと胃に優しいものは?」


「……これから探す。幼児期の体験がないからわからんな」


 ホウホウと梟の鳴き声が響く山中、二人の青年が軽口を交わしながらガサゴソと茂みの中を歩いていた。小さな虫の羽音が鬱陶しく感じるが、流石にもう慣れっこだ。


 革ジャンの青年が腰に提げた大きめの袋の中には、もう血抜き等の処理を終えた獣の肉と、その臭みを消すかのように乱暴に詰め込まれた大量の木の実が揺れている。


 ふと見上げてみれば、血のように紅い満月が地平を彼方まで照らしていた。どこか美しい……けれど、不吉だ。


「大抵の場合、こんな夜は良くないことが起こる」


「僕たちにとって、世界そのものが“良くない”。そうだろうヘネラール? 僕たちは世界そのものの敵なんだ」


 ヘネラールと呼ばれた革ジャンの青年は、ぼそりと吐き捨てるように「わかってるよ」と呟いた。少しでも逃避したくなる現実を再確認させられて、少なからず不愉快だった。


 それからは会話もなく、黙々と胃に優しいものを探す。木の実で十分だとも思うが……生まれ持った知識量はミィハエルが一番頼りになる。黙って従うのが得策だった。


「ミィハエル、これはどうだ?」


「……ダメだな。というかこれは毒草だぞ」


 眼鏡の青年は嫌味ったらしい顔をしながら言い捨てる。ヘネラールも表情を歪ませてから丸めて捨てた。


 どうも基準が難しい。木の実はダメ、草も大体が毒を含んでいる。ミィハエルにもっと絵心があって、上手く教える能力があればこんなに苦労しなくても良いのだが……


「まったく、本当に知識だけだなミィハエルは」


「なにぃ? それすらないのはどこのどいつだぁ?」


「はは、冗談だよ。いつも助けられてる」


 笑顔を向け合う二人の間には、確かな絆を感じられた。悪態を吐いて言い合うことも多いが、なんだかんだ親友だ。


 それからもなんでもないような会話を交わしながら、食料を探した。月の位置が変わったのがはっきりと分かるほどに時間が経った頃、異変に気付いたのはヘネラールだった。


「……ミィハエル。下が騒がしい。見つかったか?」


「そんなはずはない。フィリンたちも山頂近くでガキの世話をしてるはずだ……となると、決着したのかもな」


 数瞬視線を合わせた後、駆け出した。可能な限り足音を立てない歩法で、スルスルと山中を進んでいく。


 ある程度進んで、山の麓が見える場所に到着した。息切れ一つしていないその様子からは、彼らの高い身体能力が伺えるというもの。気配の消し方も暗殺者か何かのようだ。


 彼らの予測通り、騒がしくなった場所には無数の動くナニカが群がっていた。もう何度も見た、おぞましい光景だ。


「やはり駄作衆か。今回は……科学側の勝利みたいだな」


「ああ……そろそろ拠点を変えた方が良さそうだ」


 ミィハエルが「分かっていたことだがな」、と自慢げに言う中、ヘネラールが冷静な判断を下した。もう少し関心を持ってくれても良いのではなかろうか……


「移動するぞ。ここもすぐ奴らの監視がやってくる」


「……ヘネラール。僕はもう何度言ったか覚えていない」


 荷物を持ち直してその場を離れようとしたヘネラールを、ミィハエルの地の底から響くような冷たい声が引き留める。今までの友の顔ではない……兵士のような顔だった。


「駄作衆は殺す。発見次第殺す。そう決めただろう」


 ミィハエルの掲げた手の中に、紫色の煙のような何かが収束していった。周囲の草花が次々と枯れていっているところを見るに毒物か何かだ。ヘネラールは黙って見ている。


「リーダーなら、もう心を決めてもいい頃だぞ」


 ため息混じりにそう言って、ミィハエルが腕を振ろうとしたその瞬間にヘネラールが動いた。開かれたミィハエルの手を握りしめ、毒物を空中に霧散させたのだ。


 一瞬の硬直の後、ミィハエルは思わずヘネラールの胸元を掴んでいた。青筋が顔面に浮かび上がり、息も上がる。


「……駄作衆は、人工英雄の失敗作だ。不当に未来を奪われたどころか、戦闘能力もない戦後処理係。それを殺すなんてあまりに可哀想だ。やっぱり俺は賛成出来ない……」


「この説明も何度したか忘れたがなヘネラール!」


 ガッとヘネラールの頭を掴み、地平線の彼方に無理やり視線を向かわせた。そこでは夜中の闇には相応しくない光源が無数に飛び交い、同時に命の血潮が地を濡らしていた。


 戦争だ。この世界のどこかで常に行われている、対立関係にある文明同士の戦争。昼夜問わず、命を散らす。


「あの戦場を見ろ。駄作衆が肉壁として使われている。数だけはいるからな、闇雲に突っ込ませるだけでも敵軍に損害を与えられるんだ。奴らの存在が戦争を有利に進ませる!」


「でも……だからと言って俺たちが殺すのは」


「僕たちの目的はなんだ!」


 ぶつかった場所の皮膚が裂けて、血が出るほどに強く頭をぶつけた。睨みつけるような視線がヘネラールを射抜く。


 分かっている。自分がどれだけ優柔不断で、それがどれだけ仲間の迷惑になっているのか。けれど、それでも戦えない命を奪うのは……人として、してはいけないことだと思う。


「なんだ、ヘネラール。僕たちの目的はなんなんだ!」


「それは……それは、この世界の戦争を……」


「地平全ての戦争を根絶させること。でしょうミィハエルお兄ちゃん。そんなに怒鳴らなくてもいいんじゃないの?」


 二人の口論を遮るようにして、一人の少女が姿を現した。可愛らしく揺れるツインテールは、それに似合わない苛烈な紅色で……どこか、命の強さを感じさせるものだった。


「フィリン……エイスタスは? ガキの世話はどうした」


「あの子はエイスタスお姉ちゃんがお世話してる。二人があんまり帰ってこないから、心配になって見に来たんだ」


 少女はにへらと笑うと、麓で死体の処理をしている駄作衆に向けて手で銃の形を作った。ゆっくりと向ける。


 元々この山の麓でも戦争が行われていたのだ。しばらくはそちらにかかりきりで、山の中まで踏み込んでくる気配がなかったのでここを拠点にしていた。先程決着がついた。


 科学文明の勝利だ。今は科学文明側の駄作衆が死体を回収している。明日以降山中にも侵攻してくるだろう。


「科学文明と魔法文明、この世界にはこの二つの勢力しか存在していないのに……もう数千年間戦争を続けている」


「……僕の前で歴史のお勉強か? 今僕に、ヘネラールに必要なのは勉強じゃない。こいつに目的の再確認を」


「私たちは世界に四人しか存在していない“混血”。両文明に高い適性を持ちながら嫌われ者の宿命を背負う者」


 フィリンと呼ばれたその少女は、花のように優しく笑うのが似合っている。彼女の仲間全員がそう思っているし、日頃は彼女自身も意識して笑いながら過ごすようにしている。


 けれど、今この時だけは。自分たちの背負った使命の重さと、この世界の残酷さが心に影を落とす時だけは。


 暗く、枯れた雑草のような顔をしていた。


「だからこそ、異物である私たちだからこそ。この世界から戦争を失くすことが出来る。そうしなくちゃいけない。これを私から言うのは……ふふ、初めてだね。ヘネラールお兄ちゃん」


 そう言って、フィリンは誤魔化すように笑った。ミィハエルに首元を掴まれたままのヘネラールは、彼女にそんなことを言わせた罪悪感から喉が締まる感覚に襲われていた。


 その様子を見たミィハエルが、憐れむような目を向けながら手を離す。フィリンも同じようにして微笑んだ。


「……大丈夫だよ、ヘネラールお兄ちゃん。大事な敵はお兄ちゃんたちに任せる。駄作衆は、私が殺すから」


「ダメだ……それは、ダメだ。フィリン」


「お前まだ……!」


 衝動に突き動かされるまま、ミィハエルが再び首元を掴もうとしたその時。駄作衆たちが一斉に燃え上がった。


 不覚にも“美しい”と、そう思ってしまった。駄作衆は文明の暗黒面、戦後処理や肉壁以外の用途が存在していない人工英雄の失敗作たち。生きる意味を失くした……“失くされた”存在だ。そんな命でも、最後の瞬間だけは美しい。


「……ヘネラール、お前がやったのか」


 握りしめられた彼の手の中には、小さな小さな火種があった。燻るそれは、彼の心中をそのまま形にしたようだった。


「ごめん。俺はもう、お前たちに駄作衆を殺させたくない」


「ヘネラール……いや、謝るのは僕の方だ。フィリンもすまない、お前たちに……選択を、急がせてしまった」


「いいんだ。ずっと迷ってたのは俺だから」


 涙も流れていないのに、目元を拭う仕草をしてからヘネラールが歩き出した。ミィハエルたちもそれに続くようにして歩き出す。寄ってくる虫たちが、今は鬱陶しかった。


 ――――――


「エイスタス。あなたの名前は、エイスタス」


「そうだ! エイスタスはエイスタスだぞ!」


「凄いね、この短時間で同じ単語が四回も出たよ」


 山頂付近、ヘネラールたち混血の拠点。昨日までは四人だった混血一行に、今は一人の少女……否、幼女が追加されていた。フリフリのドレスを着た、可愛らしい幼女だ。


 対面に座って頭の悪そうなことを言う桃色髪の少女は、名をエイスタス。混血きっての熱血だ。非常に元気がいい。


「私……目覚めたばかりで何も分からないの。あなたたちはどなた? 種族は? そして……私は、なんなのかしら?」


「う、むむむ……? 質問が多いぞ……?」


「エイスタス。もっと日頃から頭を使う癖をつけろ……」


「む、帰ってきたか! 遅いぞ! 流石の私も怒るぞ!」


 あはは、と笑いながら戻ってきたヘネラールたちがそれぞれの席に座る。エイスタスは幼女とまともに会話出来る人間が戻ってきたことで安堵したのか、口角を異常なほど吊り上げたまま黙ってしまった。そういうとこだと思う。


「さて、お嬢さん。体の具合は大丈夫かな?」


「ええ、問題ないわ。少しカクつく気はするけれど」


「見たところ封印期間は二千年だ。多少は無理もないさ」


 幼女の体を軽く触りながらミィハエルが問うた。


 この幼女は、山頂にある祠の奥にある石棺に閉じ込められていた。ミィハエルの解析が正しいなら魔法文明による一種の封印で、内部の時間経過を止めるかなり高度なもの。


 解いたのは昨晩。なので丸一日眠っていたという訳だ。


 封印期間は約二千年。気の遠くなるほどの時間。二千年と言えば科学文明との対立が始まってすぐの頃だったはずだから……当時から現代に渡って恐れられたか、単純に忘れられているか……いや、恐れられているのだろう。


 何せ恐ろしく厳重な封印だった。基本何かを極端に忌避することのないあの文明にしては異常極まる。


 まあ、混血には意味を為さない封印ではあったが。


「では順次質問に答えよう。まず僕たちは混血……あ、混血が分からないか。生まれたのが三年前だからな」


「ええ……でも、予測は出来るわ。大聖典の臭いがする。何よりあの封印が解けたのだからそれ以外にないわ」


 鋭いな、と呟いてミィハエルと幼女は笑った。


 大聖典。それは、この世界に満ちるあらゆるエネルギーの根源であるとされている。魔法現象はこれをランクダウンさせた状態に加工したものを、大聖典の子機である聖典で濾して人間が使用することで成り立っている。


 幼女の封印は、驚くべきことに大聖典のエネルギーがダイレクトに使用されていた。解ける訳がない……ただ、大聖典の子供である混血たちには玄関を開けるようなものだが。


「僕たちの生みの親は大聖典だ。魔法文明と科学文明、その両方に高い適性を持ち……その特異性故に嫌われている。また寿命は長くて二十年、けれど誕生時から肉体は成熟しているので大した問題はない。産み落とされた理由は……」


「戦争の根絶。君は二千年前に封印されたんだろう? 当時発生した文明の対立は、今や戦争に発展している。それを止められるのは俺たちだけなんだ。だから旅をしてる」


 なるほど、と呟いて幼女は黙った。こんな荒唐無稽な話を信じてもらえるのかは疑問が残るが……今は、無理やりにでも信じてもらうしかない。だってこれが真実なのだから。


 文明に属する人間たちは、もう止まれない。流れを断ち切ることが出来るのは、世界に囚われない世界の意思。つまりは世界の根源と言っても過言ではない大聖典の子である混血たちが、強制的に戦争を終わらせていくしかない。


「君の正体は……本当にわからないか? 確実に?」


「いや、ただ素性が分からないので隠していた。私は喰い人。何を喰えるかは……本当に分からないけれどね」


 喜び四割、落胆六割程度のため息を吐くミィハエル。正直気持ちは分かるので、ヘネラールたちも注意はしなかった。


 喰い人、それは世界に時折発生するバグのようなもの。彼らは青年期に己の世界への干渉力を自覚し、一個体につき一つ、“概念を喰らうことが出来る”。


 代わりに魔法と科学、両方への適性は絶望的だがそれでもお釣りが来るほどに超常的な存在だ。過去に武器喰いが能力を発動し、世界から武器が消えたことがあった。それ以降喰い人は誕生時点で国への提出が義務となっている。


「忘れたの。だって、二千年間孤独だったのよ?」


「仕方ない……かあ! いや何、僕が大聖典に与えられた知識の中に君がいた。世界で唯一管理されていない喰い人。だから来たんだが……まあ、思い出したら言ってくれ」


「へえ、そう……因みに、私はもう同行確定?」


「単独行動でも構わないが、君一人では必ず文明に捕まる。俺たちなら守ってあげられないこともない」


 強制みたいなものじゃない、と幼女は外見に似合わない色気を含んだため息を吐いて手を差し出した。


 混血たちのリーダーを務めているヘネラールが、その手を握った。強く強く力を込めて、仲間だと認識する。


「ビィ・ワールズロスト。私の名前……これからよろしく」


 混血一行、残存数五名。

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