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【書籍発売中!】ぷちっとキレた令嬢パトリシアは人生を謳歌することにした  作者: あまNatu
第二章

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星々に願う

「――」

 

 咄嗟に出ていた言葉を頭で理解した瞬間、後悔の波が襲ってくる。

 彼にこんなことを聞いたところで、はい、そうですと答えるはずがないのに。

 やってしまったと頭を抱えそうになるパトリシアを、彼は目を丸くしながら振り返った。

 

「……なにかあったのですか?」

 

「…………すみません。失言でした」

 

「私への気遣いは不要です。それよりパトリシア様がそのようなことをおっしゃるとは……なにかあったのでしょう?」

 

 優しさが胸に染みる。

 パトリシアの愚かな質問のせいでこんな雰囲気になっているのに、彼はこちらを気遣ってくれる。

 ただただ申し訳ないと顔を伏せる様子を見て、セシル卿はふむと顎に手を当てた。

 しばしの沈黙ののち、彼はゆっくりと口を開く。

 

「……そうですね。憎んだり、とかはないです。そこはご安心ください」

 

 憎んではいないけれど、思うことはある、ということだろう。

 当たり前だ。

 彼の未来を、パトリシアが潰したのだから。

 ゆっくりと顔を上げれば、彼と目があう。

 

「そのような顔をしないでください。悲しくない、と言ったら嘘になりますが、パトリシア様を憎んだりなんてしていません」

 

「……悲しい、ですか?」

 

「――そうですね。とても」

 

 セシル卿の顔が、少しだけ歪む。

 視線を逸らした彼は、一瞬だけ泣きそうな顔をしたように見える。

 それは謝罪に行ったあの日見た、別れ際の笑顔と似ていたように思えた。

 けれど彼はそんな表情もすぐに変えて、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべる。

 

「私は、パトリシア様の笑顔を守りたかった」

 

「――、」

 

 ふわりと、二人の間を夜風が通り抜ける。

 肌寒さに震えそうになりながらも、彼から目を離すことができなかった。

 

「ご友人と一緒にいらっしゃるパトリシア様の笑顔を見て、思い知りました。皇宮で見ていたものは、あなたが努力された結果なのだと。……それは、心からのものではなかったのだと」

 

 仮面をつけていた。

 自分の笑顔を、パトリシアはそう思っていた。

 皇宮ではいつでもそのお面をつけられるように練習していた。

 必要な時にはまるでそれが本物のようにかぶる。

 確かに今、パトリシアはその仮面を持っていない。

 彼は悲しげに、しかしどこか誇らしげに笑う。

 

「皮肉なものですね。守りたいと思ったものは、その資格を失ってからやっと見られた」

 

「……セシル卿」

 

「だから悲しいと思うけれど、憎んだりしません。私が生涯で忠誠を誓うのは、パトリシア様だけですから。そんな方を恨んだりなんてしません」

 

 どうしてそこまで、と声に出そうになるのを下唇を噛みしめて止める。

 その言葉はあまりにも彼に失礼だと気がついたからだ。

 彼はパトリシアを守るために騎士になった。

 それは変えようのない事実であり、この後もそれは続く。

 専属騎士が二人に渡り主人を持つことはない。

 セシル卿はまだパトリシアと正式な契約を結んではいなかったけれど、誰よりも騎士として生きてきた彼がそこを違えることはないのだろう。

 今になって、クロウの言葉が身に染みる。

 

『あんたが自分勝手な行動をしたせいで、どれだけの人が迷惑してるかわかってるのか? どれだけの人が傷ついたと思ってる?』

 

 本当にその通りだ。

 パトリシアの選択一つで、彼の夢を壊したのだから。

 謝っても謝りきれない。

 自身の選択を間違えたとは思っていないけれど、でもこれは……。

 

「――、セシル卿、私は……っ」

 

「いけません」

 

 思わず涙が溢れそうになりぎゅっと眉間に皺を寄せた時、セシル卿の指先が瞳のすぐそばをただよう。

 まるで涙をぬぐうような仕草に、しかしその指はただ空に触れるだけだ。

 彼は今度こそ悲しげに眉を寄せた。

 

「今の私はパトリシア様の騎士ではありません。あなたの涙を拭う資格はないのです」

 

「――っ、」

 

 ぎゅっと瞳を強く閉じる。

 この期に及んで、まだセシル卿にあまえようとしていたのか、と。

 己の選択を後悔していないのなら、ここは泣くところでも謝るところでもない。

 ぎゅっと拳を強く握り締めると、パトリシアは顔を上げる。

 涙を無理やり止めるため歪になってしまっても、仮面ではない笑顔を彼に向けた。

 

「ありがとう、セシル卿。私も生涯で唯一、あなたという騎士を持てたことを誇りに思います」

 

 たった一人。

 この世で唯一のパトリシアだけの騎士。

 その言葉は彼へと届いたのか、大きく見開かれた瞳はやがてゆっくりと弧を描き、嬉しそうに笑った。

 さきほどまでの悲しそうなものとは違う、ほんのりと目元を赤らめた心からの笑顔。

 彼はその微笑みのまま膝を折ると、手を差し出してきた。

 

「私もパトリシア様の唯一の騎士になれて、誇りに思います」

 

 彼の手に手を重ねれば、そっと口づけされる。

 敬愛のキスは何度もされていたのに、なんだか少しだけドキッとしたのは内緒だ。

 彼はすぐに顔を離すと立ち上がり、先へ進もうと手で示した。

 

「私の夢はある意味で叶いました。なので次はパトリシア様の夢が見つかるように祈っております」

 

「……ありがとうございます」

 

 彼と共に歩き出しながら思う。

 彼の夢はきっと、パトリシアの騎士になることだ。

 だからそれは叶わない。

 けれどパトリシアの幸せを願ってくれているからこそ、そこを言うつもりはないのだろう。

 パトリシアの夢も、彼の夢も叶えばいいのにと、そんな都合のいいことを思ってしまう。

 

「……あ、流れ星」

 

 キラキラと光星々が一つ、二つと流れていく。

 美しい光景に、そっと胸の前で両手を握る。

 願うことはただ一つ。

 大切な人たちの夢が叶いますように、と――。

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