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四話

「パティ?」


「――クライヴ殿下にご挨拶を申し上げます」


「そんな堅苦しい挨拶はいらないよ。パティは家族なんだから」


 クライヴ・エフ・ローレラン。アレックスの腹違いの弟にして、現皇后の実子。パトリシアと同じ年齢であり、多彩な才能を見せる皇位継承権第二位。

 アレックスが一番気にしている相手でもある。

 本来ならパトリシアの立場としてはあまり仲良くすべきではない相手なのだが、なぜか彼から声をかけてくることが多いのだ。


「クライヴ殿下。私のことを愛称で呼ぶのはおやめくださいと、何度もお願いしているはずですが……」


「どうして? 僕にとって君は家族なんだから別にいいじゃないか。可愛いパティ、今日も君の笑顔が見れて僕は幸せ者だね」


「……そのようなこと、むやみやたらに言うものではありません」


 いまだ幼さの残る見た目ながら、整った容姿をしているためか、そんなことを言われると少しだけ気恥ずかしさを感じてしまう。

 隠すように照れるパトリシアに気がついたのか、クライヴは嬉しそうに笑った。


「むやみやたらになんて言わないよ。パティにだけだよ」


「……もう、結構です」


 このやりとりも何度目だろうかと早々に諦めた。多分なにを言っても彼は愛称で呼ぶのをやめないのだろう。

 ため息をつきそうになるのをぐっと堪え歩き出すと、同じ歩幅で隣をついてくる。


「今日はなにしに来たの? 兄上に会いに?」


「……そうですね。アレックス殿下とお話を少し」


「なら今兄上はどこに?」


「……御用があったようで、先程お別れいたしました」


「……ふーん。パティを置いて、ねぇ」


 いつものことと慣れてしまった感はあったのだが、周りからすれば確かに変なのだろう。

 彼がパトリシアを見送ったのは、一体どれほど前のことだろうか。


「お忙しいのですよ。今は特に、奴隷解放の一件がありますから」


 仕方ないのだと心の中で言い訳をして皇宮を立ち去ることに、今では少しの寂しさ程度で済んでいるのだ。

 だから大丈夫だと笑みを浮かべれば、クライヴは真剣な瞳にパトリシアを映した。


「ダメだよ。そうじゃないのに大丈夫だと偽るのは、いつか必ずパティが辛くなってしまう。僕は君にいつまでも笑っていてほしい。そんな悲しそうな笑顔じゃなくて」


「…………クライヴ殿下」


「笑いたくないなら笑わなくていいよ。今は、ね」


 優しさが、傷ついた心にそっと寄り添ってくれる。つらくても悲しくても、パトリシアは未来の皇后として仮面をつけなくてはならない。

 それは幼いころからキツくいわれてきたことであり、心に決めていたことでもある。

 なにがあっても、笑みだけは絶やしてはならない。

 けれど彼は、そんなパトリシアのことをわかっているからこそ言ってくれるのだ。

 自分と一緒の時だけは、その仮面を外してもいいのだと。


「クライヴ殿下はお優しいですね」


「僕が? ならそれはパティにだけだよ」


「そうですか?」


「そうだよ」


 彼が皆に優しいことは知っている。特に騎士や使用人などの仕える立場の人たちからの人気が高い。

 それだけで彼がどれほど周りに目を配っているかがわかる。

 そんな人がこんな戯言をいうなんて。


「では、そうだと思っておきます。クライヴ殿下は私にだけお優しいのだと」


「――……うん、そうだよ。パティだけ、ね」

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