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(本編)そして令嬢は消えた

 パトリシア・ヴァン・フレンティアはローレラン帝国公爵の娘であり、次期皇太子妃として名高い令嬢である。

 黒く艶やかな髪に、紫色の瞳。その見た目は美しく、頭脳明晰な彼女は皇帝にその意見を求められる存在であった。

 次期皇太子妃として、美貌も、血筋も、知能も、立ち居振る舞いも、これ以上の存在はいないと思われていたほどである。

 ――だが。

 そんな令嬢がある日、王都から姿を消した。

 皇宮にも、公爵邸にも、お気に入りのお店にも目撃情報はなく、事情を知らぬものたちは【例の件】でいづらくなり、地方へと逃げたのではないかと噂をしている。

 そう、【例の件】はそれほどまでに大きな出来事であり、人々の関心を買うにはじゅうぶんな問題であった――。




 王都がそんなことになっているとは露知らず、パトリシアは辺境の地【アルバゼイン】へと来ていた。

 馬車で休み休み五日かけてやってきたこの場所は、王都とは違い自然豊かで美しい港町である。

 生まれて初めて見た海に、目を輝かせたほどパトリシアはこの地が気に入っていた。

 当たり前だ。ここで新たな一歩を踏み出すのだから。


「パトリシア様。お荷物を運びました」


「ありがとう、セシル卿。あなたのおかげで、無事着くことができました。……ごめんなさい、こんなところまで付き合わせてしまって。あなたは皇室付きの騎士なのに」


「お気になさらず。私は未来、皇后となるあなたに仕えるべく日々精進しておりました。……それが少し、変わっただけです。それに、これは皇帝陛下の命でもあります」


「…………そうね」


 優しい皇帝陛下。

 道中を案じ、馴染み深い騎士をつけてくれたのだ。

 赤い髪に灰色の瞳を持つライアン・セシルは男爵家の次男であり、剣の実力から皇室の騎士として名高い存在である。

 そんな彼のおかげで盗賊に襲われることもなく、比較的安全にここまでくることができた。

 本当に、感謝をしなくては。


「しばらくは、お会いできないけれど……。セシル卿、皇帝陛下にお礼をお伝えしてください。おかげで無事に辿り着けました、と」


「…………それは、パトリシア様からお伝えした方が皇帝陛下もお慶びになるかと思います」

「一介の令嬢が皇帝陛下にそう簡単に謁見できないわ」


「…………かしこまりました」


 そう、いままでのように簡単に会うことなどできないのだ。

 優しくて偉大だった皇帝陛下。

 大切なあの人を父と呼びたかった。

 穏やかで優しい皇后陛下。

 憧れだったあの人を母と呼びたかった。

 けれどそれは、もうできない。


「…………さて、ここが私が通うアカデミーね」


 その紫色の瞳は、巨大な建物を見つめた。

 そこは各国から若く未来ある少年少女が集まる、学びの場、アカデミーである。

 パトリシアがずっと憧れて、けれど訪れることはないと思っていた夢の場所。


「はじまるのね。私の人生が……」


 

 パトリシア・ヴァン・フレンティアは、ローレラン帝国公爵令嬢である。

 それ以外では――ない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一話からここまで、長かった。
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