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十二話

 デビュタントは滞りなく行われた。

 パトリシアもアレックスとダンスを披露し、仲睦まじさを演出できたと思う。


「……演出、ね」


 そう自ら思ってしまうくらいには、やはり関係悪化は無視できないほどになってしまっているのだろう。

 わかっているのにどこか納得したくなくて、見ないようにしたい気持ちの方が大きかった。

 だがそうもいかない。

 ミーアにはなにもしなくても、アレックスとは一度きちんと今後をどうするのか話しておかなくてはならない。

 それはデビュタント後、二人の様子を見ていた父、フレンティア公爵からの指示でもある。


『いつまでも隠し通せるものではない。いつまでも見て見ぬ振りできるものでもない。皇太子殿下がどうなさりたいのか、話をしなさい』


 流石に父からの誘いは断れなかったのか、アレックスはフレンティア公爵邸までやってきた。

 家族揃って食事をして、たわいない話もする。

 父もアレックスも微笑みながら当たり障りない話をするその様子は、未来の義理の親子としては素敵な光景なのだろう。

 だがしかし、お互い腹に抱えているものは絶対あるはずなのだ。

 だがそれを決して見せない姿はさすがだなと、思わず感心してしまったほどである。

 そして食事の席は終わり庭園を歩く。

 満点の夜空の下はとても気分がよかった。


「本日はお越しくださりありがとうございました。特に母と弟妹たちは、なかなかアレックス様にお会いする機会もございませんので喜んでおります」


「そうか。私も久しくこれていなかったから、招待を嬉しく思う」


「またいつでもお越しください」


 二人の間に流れる空気は穏やかで、ここ最近の中ではとてもいい雰囲気だった。

 このままでいたいとは思いながらも、父が与えてくれたこの機会を逃すわけにはいかない。

 深呼吸を繰り返し心を落ち着け、ゆっくりと振り返った。


「――アレックス様は、今後どうなさりたいのですか?」


「……どう、とは?」


「あの女性を側室になさるおつもりですか?」


 それとも、皇太子妃に望むのか?

 そう問いたかったけれどやめた。そうだとはっきりと言われたら、どういう反応をしたらいいかわからなかったからだ。

 己の弱さを痛感しながらもなんとか口にした疑問に、彼は不服そうにしながらも返事をした。


「ミーアをか? それはあり得ないだろう」


「…………ありえない、とは?」


「彼女が側室になることはない。そもそも側室を娶るつもりもない」


「では……」


「なにもない。彼女もそんなことを望んではいないだろう」


 彼がなにを言っているのか、全く理解できなかった。

 側室にするつもりはない?

 ではやはり皇太子妃にでもするつもりなのかとも思ったけれど、彼の言い方的にそうではないらしい。

 でも本当にそれでいいのか?

 ミーアが話しかけてきた時、確かに感じたのだ。

 ――彼女の中にある強い欲望を。


「……彼女とはその話はしたのですが?」


「する必要もないだろう。当たり前のことじゃないか」


 確かに庭園で二人で会った時に、彼女はパトリシアを軽視してきたのだ。

 皇宮での掟を知っていて、それなのに話しかけてきた。優しいだのなんだのは言い訳に過ぎず、彼女の中で下に見ているのだ。

 アレックスに愛されていない女として。

 ある意味牽制とも取れる行動をしてくる人が、なんの欲もないわけがない。


「私は側室はとらないし、妻は君だけだと最初から決めている。……そこを不安に思っていたのなら、申し訳なく思う」


「……」


 違う。

 あまりにも見当違いすぎて言葉にならなかった。

 そこを不安に思っていたのは確かにそうだけれど、そもそも根本の話なのだ。

 パトリシアは彼女の存在そのものに危機感を感じていたというのに、彼はそこに気づいてはくれないらしい。

 なにも与える気がないのなら、最初から夢など見せてはならないというのに。


「……本当に、彼女は思っていないのですか?」


「ミーアは思慮深く欲のない女性だ。欲しがるものはパンやフルーツなどの食べ物ばかりで、宝石などは受け取ってもくれない」


 当たり前だ。彼女の立場でそんなものを持っていては、いつ誰に奪われるかわかったものではない。

 ならば自らの血と肉になるものの方がずっといいと考えるだろう。

 それこそ皇太子妃になれば、簡単に手にできるものなのだから。

 たったそれだけのことで無欲であると、そう断言できるわけじゃない。

「だから安心するといい。彼女とはそういう関係ではない」

 そういう関係とはなんだ。部屋に呼んだのではないのか。

 もし仮にそういう関係ではないのならば、なおさらそんな無責任なことをしてはいけない。


「彼女と、その話をなさってはいただけませんか……?」


「……なぜだ。君はもしや、自分の地位を脅かされると怯えているのか? 私がここまで言っているのに?」


「そこではありません。彼女がいらぬ期待をしないようにした方がいいと思ったから申しているのです」


「君こそいらぬ心配をするな。彼女は身の程を弁えている」


 弁えてるならそもそも、婚約者のいる皇太子とそんな噂されるような関係にはならないだろ、と思うのに口には出せなくてただ強く拳を握り締めた。

 やはり言葉は届かないらしい。

 黙り込んだパトリシアに話は終わったと思ったのか、アレックスは庭園の先へと向かってしまう。


「……」


 このままではダメなのに、言葉に詰まってなにも言えない。

 ここ最近はずっとこうだ。上手く頭が回らず、思考がこれ以上考えるのを止めようとしてしまう。

 このままではよくない方向に進んでしまう気がしているのに。


「どうにかしなければ」


 アレックスがダメならば、後の方法は一つしかない。

 パトリシアは満点の星空を見上げ、深くため息を吐き出したのだった。

 

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