12 その呼び名「アイアンハンド」
スズが声を出すや、二十五番ドクロの男が怪訝な表情をする。
「おい、おまえ女なのか……ってことはまさか……」
これは完全にバレた流れである。
そこでリュウが叫んだ。
「スズ、逃げるぞ!」
リュウはモエモエを空中に放り投げる。
「ひえ〜」
そして自らの背中でキャッチ。
そのまま走り出す。
慌ててスズもそれに続く。
スカル団の連中がそれを追う。
「待ちやがれ!」
だが後を追ったのは二人だけ。
ニ十五番の男は一人の男に何かを指示していた。
その指示された男は、違う方向へと走って行った。
仲間に知らせる為だ。
そしてニ十五番の男はというと、路地裏へと入って行く。
リュウとスズは、人を掻き分けながら通りを駆け抜ける。
後方をチラリと確認したスズが言った。
「追って来てるのは一人だけっす。ここは別れた方がいいっすね」
「ああ、俺も同意見だ。次の交差点で左右に別れるぞ」
そして交差点に差し掛かかろうという所で状況が変わった。
先回りした男が一人、リュウ達の前に立ち塞がったのだ。
「おおっと、ここから先は行かせねえぜ」
挟み撃ちだ。
それならば、行きたい方向を突破するまでとリュウが判断。
「スズ、そいつを蹴散らせ!」
「了解っすよぉ」
スズが笑顔で前方の男に迫る。
男は素早く腰に手を回すと、刃渡りニ十センチ程のナイフを抜いて見せた。
そのナイフのブレードには、魔法陣が描かれている。
何らかの魔法が呪符されているナイフだ。
しかしスズは躊躇しなかった。
男がスズの胸元へナイフを突く。
スズはなんと、そのナイフを素手で掴む。
そして手首を返す。
するとピキンッという金属音と同時に、ナイフを根本から折ってしまった。
思わず声を上げる男。
「こ、こいつ、素手で超高密ナイフを折りやがった」
だがそれで終わらない。
スズが男の腹へ勢い良く手を伸ばす。
すると肉が裂ける様な、嫌な音が聞こえた。
男の動きが止まる。
そしてスズは笑顔のまま、男の腹から血で染まった“何か”を引きずり出した。
「がはっ……」
男は血を吐いて、前のめりに倒れていく。
「うわあ、バッチィっすねえ」
まるで魚を捌いたあとの様に、掴んだ“何か”をそこら辺に捨てるスズ。
驚いたのは後方から追って来た男だ。
普通その光景を見たら、大抵の者は恐怖で身がすくむ。
だが驚きはしたが、立ち直りが早い。
この男もそういった世界に生きる人間なのだ。
「くそっ」
男は銃を取り出した。
すると周囲に出来ていた人集りが、スッと引いていく。
この街の住人は、こういった荒事には慣れている様だ。
大騒ぎする者は一人もいない。
そこで路地から現れた男が、銃を手にする男を制止した。
「132番、銃は使うな。他の組連中に当たったら事だ」
そう言って出て来たのは、頬にドクロの入れ墨のあるニ十五番の男だ。
路地裏を抜けて来たのだ。
二十五番の男の方が上役なのだろう。
132番と呼ばれた男は素直にそれに従い、銃を仕舞う。
さらに二十五番の男から指示が出る。
「154番が仲間を呼びに行ってる。時間を稼げ」
そう言うや二十五番の男が、コンバットナイフを引き抜いた。
同様に132番の男もナイフを引き抜く。
銃が使われないと分かると、再び見物人が周囲に集まって来た。
そこでリュウがスズに質問する。
「スズ、敵は二人だけみてえだけどよぉ、どうする?」
するとスズは血だらけの手で、頬を拭い腰を低くする。
「その答え、聞きたいっすか」
「いいや、もう分かったぜ。俺は邪魔そうだから、モエモエとここで見物してるな」
「了解っす。直ぐに終わらせるっすね」
それを聞いた132番の男が声を上げた。
「舐めてんじゃねえぞ!」
132番の男がナイフを縦に横にと振り回し、スズに喰らい付こうと前に出た。
二十五番の男が制止する。
「正面からやり合うんじゃねえ!」
だがその言葉は遅すぎた。
スズの右手は、132番の男のナイフを持つ手首を握っていた。
「全然ダメっす。闇雲に振り回せは良いってもんじゃないっすよ」
そう言うや、握った手首を握り潰した。
「ぐぎゃあああっ」
男は握り潰された腕を抱えて、その場にうずくまる。
完全に戦意を喪失しているのだが、そこでスズは容赦などしない。
うずくまる男の首を掴み上げ、二十五番の男から視線を外さないまま、手に力を込めた。
ボキッと何かが折れる音が聞こえ、男は静かになる。
「はい、一人目終了っす」
二十五番の男は、ナイフを構えたまま動かない。
「どうしたっすか。戦わないっすか」
笑顔で挑発するスズだったが、男はその挑発には乗らない。
あくまでも仲間が到着するまでの、時間稼ぎに徹するつもりの様だ。
男が時間稼ぎの為か、話を振ってきた。
「貴様がアイアンハンドか?」
“アイアンハンド”とは、スズの二つ名で、ハコバス会社に入る前の呼び名だ。
だがそこでリュウが忠告する。
「早く終わらせろ、仲間が来ちまうぞ」
「そうっすね……」
突然、スズが低い姿勢で男に迫る。
男がそれに反応して、ナイフをスズの顔面に合わせる。
それに対してスズは、左手を顔の前で広げた。
ナイフがキンッと火花を発して弾かれる。
スズはナイフを手の平で跳ね返したのだ。
「くそっ!」
男は右足での蹴り上げを試みる。
しかしその足をスズの手の平で止められた。
「ぐうっ」
男から呻き声が漏れた。
止められた右足が、あらぬ方向へ曲がっている。
右足を引きずり下がろうとする男。
スズは笑顔でその男に歩み寄ると、腰を曲げて折れたであらう男の足を眺めた。
「それだと多分っすけど、高級ポーションが必要になるっすよ。可愛そうだから楽にして上げるっす」
リュウからは「スズ、遅えぞ。早くしろ」と言葉が掛かっている。
男は精神が完全に折れてしまった。
その場に座り込み、地面を見つめて笑い出す。
「ふははは、ははは……」
「こいつヤバいっす」
「何でも良いから早く終わらせろっての」
スズが下した判断は、男の顔を蹴り上げただけだった。
恐らく命は助かるだろう。
リュウがつぶやく。
「甘ちゃんだな」
リュウの言葉はスルーして、スズがリュウの背中に視線を移す。
「モエモエ気絶してるっすね」
「どおりで静かだと思ったぜ。まあ良い、早いとこズラかるぞ」
こうして三人は、街の人混みの中へと消えて行った。