35、納品
三限を学部の友達と受けた俺は、カラオケの誘いを断ってすぐ家に帰った。そして『フォレスト・ワールド』にログインして、宿の中で融解ポーション作りに勤しむ。
鍋に普通の水を入れて魔力を注いで魔力水を作り、それを熱して素材を入れていく。火の温度は沸騰するほどに高くして、ヒーリ草は一本だけで良い。香石は一つずつゆっくりと三つを溶かす。夜光華は花びら一枚ほどで問題はない。そしてラナックの角は、一本全てを入れる。
「全部が溶けるのに時間がかかるんだよなぁ」
正直に言ってこの時間は少し暇だ。ゲームの中で音楽が聴ければ良いのにと思ったりもする。でもあんまり別のことを考えてると、混ぜながら少しずつ注いでいる魔力が途切れて失敗するんだよな。
それからひたすら鍋をかき混ぜること二時間半ほど、やっと融解ポーション三本が完成した。これで合計六本だ。毎回魔力がほとんどなくなるから結構大変だった。
このポーションを作れる錬金術師が少ないって話だから、俺のMPが100を少し超えたぐらいだと考えると、この世界の人達はMPが100を超えない人が多いってことだよな。
「そう考えると、俺たちってこの世界の異端だな」
完成したポーションを瓶に詰めてしっかりと封をしたら作業は終わりだ。俺は時間を確認して、ハナにフレンドチャットを送る。
『融解ポーションの作成終わったけど、もうログインしてる?』
『凄く良いタイミング、今ちょうど宿から出たところだよ』
『それなら良かった。どこかで落ち合おうか』
『うん。ラッジと会った市場の近くに広場があったよね? そこで良い?』
『確かにあったかも。了解、これからそこに行くよ』
ハナとの待ち合わせ場所決めた俺は、融解ポーションがしっかりとインベントリに入っていることを確認して宿を出た。この五本で五百万ペルグだっていうんだから、なんだかもう桁が凄すぎてよく分からないよな。
イリナたちには十万ペルグで売ったけど、あんまり安く売るのも他の錬金術師との軋轢を生むってことで、他の人には相場で売るのだ。
足早に広場まで向かうと、すでにハナは到着していた。
「お待たせ。ちょうどタイミングが良くて良かったよ」
「驚いたよね。講義の課題が出たからそれをやってて、終わって少し早いけどってログインしたら、すぐにマサトから連絡が来たから」
「そうだったんだ。そういえば講義の課題、俺も出てたなぁ」
一週間後の講義までに終わらせれば良いなら余裕だって思ってたけど、そんなこと言ってたらすぐに一週間が過ぎそうだ。それに講義は毎日あるから、最悪は毎日課題が積み上がっていくし。
「俺も今日ログアウトしたらやるかな」
「マサトもあるんだ。このゲームと現実の生活を両立するのって意外と大変だよね。楽しいから良いんだけどさ」
「分かる。楽しいから続けられるよな」
ハナとそんな話をしながら路地に入ってイリナの家に向かうと、ラッジがイリナのアパートの下で俺たちを待っていた。
「あっ、マサト、ハナ!」
「もしかして、ずっと待ってた?」
「いや、そろそろ来るかなと思って少し前からだ。この辺は似たアパートが多くて道に迷う可能性もあったしな」
「確かに分かりづらい場所かも」
「だろ? ……それで、できたか?」
ラッジが小声で発したその言葉に俺が頷くと、ラッジは途端に顔を明るくした。そしてすぐにイリナを呼んでくると、四人で融解ポーションを渡すために罹患者のところを回ることになる。
最初は娘さんが魔力凝固症に罹っているというお宅だ。俺たちが来訪を告げると中からドタバタっと足音が聞こえてきて玄関のドアが勢いよく開き、母親なのだろう女性が出てきた。
「おばさん、持ってきたぜ」
「ほ、ほ、本当かい……? 融解ポーションがあるのかい?」
「ああ、ここで出すのも微妙だし、中入っていいか?」
「も、もちろんだよ」
期待に頬を紅潮させながら、しかしまだ信じきれないという様子の女性は俺たちを震える手で中に誘導した。そしてリビングでさっそく融解ポーションを渡すと……その場で泣き崩れる。
「ほ、本当に、ありが、とう……っ」
「おばさん、良かったな。泣いてないで早く娘さんに飲ませてあげようぜ」
ラッジが優しい声音で言ったその言葉に女性は泣きながら頷くと、俺たちを寝室に案内してくれた。寝室のベッドに横たわる娘さんは……イリナよりかなり病状が進行しているみたいだった。
足は完全に固まっていて、腕はなんとか動くけど指は全く動かないらしい。そんな娘さんは部屋の中に入ってきた母親と俺たち、そして融解ポーションを見て、瞳から涙を溢れさせた。
「そ、それ、融解ポーション……?」
「そうよ……っ、あなたは、元気になるわ」
女性は娘さんの上半身を抱えて起こすと、口元に瓶を運んで少しずつ飲ませていった。そして全てを飲み終えたところで……娘さんは徐に指を動かして、自分の力でベッドの上に座る。
「う、動く、体が動く……!」
しばらく動かしてなかったからだろうぎこちなさはあるけど、普通に全身を動かせている。ベッドから足を下ろして……立ち上がることもできるみたいだ。良かったな。
「本当に、本当にありがとうございます……!」
「いえ、俺はできることをしただけですから」
こんなに感謝されるとなんだかくすぐったいな。やっぱり戦闘職もカッコ良いけど、錬金術師になって良かった。
それから二人が落ち着いたところで百万ペルグを受け取り、俺たちは深く頭を下げる二人に見送られて家を出た。




