30、ラナックの生息域へ
次の日の朝。うるさいアラームの音でなんとか目覚めた俺は、半覚醒のまま階段を降りて一階に向かった。そして洗面所で顔を洗ってリビングに向かうと、母さんと未来がいた。
「あら、今日は早いのね?」
「ちょっと予定あって」
「お兄ちゃんおはよ。……凄い寝癖だけど大丈夫? 直さないの?」
「ああ、今日はゲームの中で約束があるだけだから平気。ふわぁ……眠いな」
欠伸をしながらテーブルに座ると、向かいの席で朝食を食べている未来が俺のことを恨めしげな瞳で見つめてきた。
「なんだよ?」
「なんかお兄ちゃんを見てるとさ、大学生への憧れがなくなるよね。この前大学生の彼氏ができたって友達との話で凄く盛り上がったけど、よく考えたらお兄ちゃんも大学生だよね?」
「そうだな」
未来は俺の適当な返答を聞くと「はぁ」とため息を吐き、よく焼かれたししゃもにマヨネーズをたっぷりとつけて頭からかぶりついた。
「お兄ちゃんが恋ますの修也くんみたいだったら良かったのに」
「恋ます? って何それ」
「今流行ってる恋愛ドラマ! 修也くんが本当にカッコ良くて、主人公のお兄ちゃんなんだけど私の推しなの。主人公の女の子が落ち込んでたら、優しく話を聞いて励ましてくれるんだよ! 頭ポンポンって」
「へぇ〜。そんなやつ現実にいないって。というかさ、それ現実にいたらちょっと微妙じゃね?」
妹の頭ポンポンとか、どうなんだ? 関係性によってはありなのかもしれないけど……
「未来が落ち込んでる時に俺が優しく話を聞いて、頭ポンポンってしたらどう?」
「……ちょっと引く」
「おい、引くじゃんお前。修也くんが良いのはどこ行ったんだよ」
俺のその言葉を受けて真剣に悩んだ未来は、修也くんが現実に現れてくれたら最高って結論に至ったらしい。
「確かに修也くんが現実にいたら良いわよね〜。でもお母さんは会社の社長が良いけど」
「分かるー!! あの社長さん、毒舌だけどかっこいいよね!」
それからは母さんと未来で恋愛ドラマ談義が始まってしまったので、俺は母さんが準備してくれた朝食を黙々と食べ進めることにした。
このししゃも、めっちゃ美味っ。味噌汁も落ち着くな。
朝食を食べ終わった俺は水分補給をしてトイレに行ってから、自分の部屋に戻って『フォレスト・ワールド』にログインした。
ふわっと体が浮くような感覚の後に、宿のベッドの上で覚醒する。ベッドから体を起こすと、窓から見える外の景色が完全に明るくなっていた。
「あっ、マサト来たな」
昨日集合場所として決めていた一階の食堂に向かうと、すでに俺以外の三人は集まっていたようだ。ちょっと未来と話しすぎたな。
「遅れてごめん」
「大丈夫だ。マサトは朝食どうする? ハナはいらないって言うんだ」
「あ〜」
確かに俺達に取っての食事は必ずしも必要なわけじゃない。食事はHPとMPの回復には役立つけど、食事をしないとペナルティが付くとかはないのだ。
朝食は有料ってことを考えると、食べない方が良いよな。
「俺もいいや。朝はあんまり食べないんだ」
「マサトもか!? そんなんで今日は大丈夫なのか?」
「いつも食べないから大丈夫」
俺のその言葉を受けて二人は俺とハナの顔を交互に見つめると、理解はできなくても納得はしてくれたのか、自分たちの分だけ朝食を頼んだ。
「ハナは朝ご飯食べたの?」
「目玉焼きとソーセージとご飯」
「おおっ、良いな。俺はご飯と味噌汁とししゃも」
「ふふっ、和風で良いね」
ラッジ達が注文をしている時に小声でハナと朝ご飯に関する話をして、それからは二人が美味しそうに食べるのを楽しく眺め、食休みをしたところで宿を後にした。
「ラナックがいる場所まではどのぐらいなの?」
「歩いて十分ぐらいで生息域への入り口だな。そこからラナックを見つけるために中でも歩くから、三十分ぐらいのはずだ」
「結構近いね。それなら村がここまで大きくなるのも分かる気がする」
もうラナックの生息域に近いから作ったと言われても不思議じゃない村だな。でもそういうわけじゃないみたいだし、凄い偶然だ。
「マサト、あそこに見えるピンク色の花を知ってるか?」
「どれ?」
「あの小さな花だ」
「ああ、あれか。うーん、初めて見るかも」
まだ距離があって小ウィンドウも出てこないので首を横に振ると、イリナが花の名前を教えてくれた。
「片割れ花って言うんだ。あそこにはピンクしかないけど白もあってな、錬金の時に必ず二対で使うから片割れ花って呼ばれてるらしいぞ」
「え、錬金に使えるんだ! ……採取してきて良い?」
「ははっ、もちろんだ。一緒に行くか」
イリナは楽しそうに俺を促すと、周囲を警戒しながら片割れ花のところまで案内してくれる。俺は女性に守られる男ってどうなんだと思いつつ、この世界は職業があるからなと自分を納得させて足を進めた。
「また生えてくるように、脇芽だけを採取するんだ。慎重にな」
「了解。それにしても、イリナって錬金素材に詳しいのか?」
「ああ、実は小さな頃に錬金術師の絵本を読んで、将来は錬金術師になる! って張り切って覚えたんだ。でも私に無属性の魔力はなくて途中で諦めた。ただあの頃に覚えた知識は今でも役に立つから良かったけどな」
「そうだったんだ……」
よく考えてみれば魔力の属性で可否が決まってしま世界だと、やりたいと思ってもできないことがたくさんあるんだな。
「……イリナは凄いな」
小さな頃に目標があって頑張ってたことも、挫折しても腐らずに別の道を模索したことも、全てが凄くて心からそう伝えると、イリナは照れたような笑みを浮かべた。
――綺麗、だな。
俺は思わずそんなことを口走りそうになり、慌てて口をつぐむ。
「教えてくれてありがとう。じゃあ採取して戻るか」
「そうだな」
それから俺は教わった通りに片割れ花を採取して、十分な量になったところで、イリナと二人でハナとラッジのところに戻った。




