26、村へ
徒歩五時間ほどで着く場所に行くだけならそこまで準備は必要ないけれど、一応食料をいくつか購入した。飲料水の確保はラッジとイリナが魔道具を持っているらしいので、特に準備はなしだ。
「これで良いのか?」
「ああ、あの村はそこまで遠くないしな。村に着けばそこに食料がある」
「ラナック村って呼ばれてるんだけど、意外と大きな村なんだ。皆がラナック討伐のために泊まるから大きくなったらしいぞ」
「へぇ〜、ラナックを狙う人ってそんなにいるんだ。なのになんでリーングスにほとんど売ってないんだ?」
ふと疑問に思って首を傾げながそう聞くと、ラッジが答えてくれた。
「ラナックは生息域が限られてて、これから行く村はその希少な生息域の一つに近いんだ。だからその場所ではたくさん討伐できても、世界中に流通するとなると数が少なくなるって感じだな」
ラナック自体が希少な魔物ってことか。それは素材も希少になるのは当然だな。
「じゃあ、討伐制限とかはないの?」
ハナが聞いたその言葉に俺も同意するように頷くと、イリナが顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた。そして悩むように口を開く。
「確か制限はないけど、ラナックの生息域に入るには入場料がかかって、退場時に討伐数に応じた金を追加で払わないといけないんだ。その追加の金は数が増えるごとに倍になるから、基本的には誰もが三体とかで止めるんだったはず。ただ私たちは四人だし、必要な個数は五個だろう? それぐらいなら問題ない」
ちゃんと考えられてるんだな。とりあえず、俺たちに関係ないなら良かった。
「それなら安心だね」
「ああ、良かったな」
「じゃあさっそく行くぞ。今日は暗くなる前に村に着きたいからな」
ラッジのその言葉を受けて俺たちは全員で顔を見合わせ、リーングスの街を後にした。こうしてNPCと一緒に行動するのは初めてでわくわくするな。
というかこうして深く関われば関わるほどに、本当にNPCなのかって疑問が思い浮かぶ。人が動かしてるようにしか思えないよなぁ。
「魔物が出てきたら私たちに任せてくれ。二人は生産職だからな」
「ありがとう。心強いよ。そういえば二人の職業は?」
「俺はもちろん剣士だ」
「私は風魔法使いなんだ」
イリナは風魔法使いなのか。ちょっと……イメージと違った。なんとなくだけど、斧とかを振り回してるような感じかと……
「おいマサト、失礼なこと考えてないか?」
「いやいや、考えてない考えてない」
「……本当か?」
「いや、まあ、あの、斧使いとかだと想像してたから、予想外だなって……」
「マ〜サ〜ト〜」
俺の言葉を聞いてイリナは低い声を発すると、俺の両耳を掴んでぎゅっと引っ張った。この体は痛みを感じることはないけど、ちょっと痛い気がする!
「イリナっ、ごめんって……!」
両耳を咄嗟に覆いながら謝ると、イリナは楽しそうに笑って俺の顔を覗き込んできた。
「ははっ、痛かったか?」
「それは大丈夫だけど……」
「そういえば、異世界人は痛みを感じなくて生き返れるんだったな。じゃあもう一回引っ張っても……」
「絶対ダメだからな!」
痛みはないけどなんだか変な感じがするのだ。ゾワっと背中を撫でられたような感じがするというか。
「分かった分かった。マサトはからかい甲斐があるな」
このゲーム世界の俺は、現実より大きくなってるしカッコよくなってるはずなのに、なんでからかわれる対象なんだ。俺の言動がダメなのか? 外見を変えても滲み出るものがあるとか?
俺は楽しそうに笑っているイリナの様子に少し悔しくなり、俺の目線からだと少しだけ下にあるイリナの耳に手を伸ばしてみた。そして痛みを与えるのは違うかなと思って優しく触れると……
「ひゃっ……っ」
イリナは一瞬で顔を真っ赤にして高い声を出した。
「な、何するんだ……!」
「おおっ、イリナのそんな声初めて聞いたな」
「ラッジ! 余計なことを言うな!」
「ははっ、分かった分かった」
イリナはかなり慌てた様子でラッジに噛み付くと、耳をぎゅっと手で抑えながら俺を見上げた。
「マサト、耳を触るのは禁止だ……!」
「分かった。突然触ってごめん」
俺はイリナの女性らしい反応に少しドキドキしつつ、両手を上げて謝った。仕返しって言ったって、ちょっと早まったな。
それからも楽しく話をしながら歩みを進めていると、道の先に魔物が現れた。あれは……ワイルドボアだ。
「マサト、ハナ、俺たちが倒しに行く。二人はここで待っててくれ」
「分かった。気をつけろよ」
「私たちは生き返れるから気にしないでね。二人の命を大切にして」
ハナのその言葉に二人は微妙な表情で頷くと、ワイルドボアに向かって駆けていった。NPCが魔物にやられたらどうなるのか分からないけど……いろんな掲示板を見ていると、死んだNPCには二度と会えないと書かれてることがほとんどだった。
二人が危なくなったら、俺が身を挺して守ろう。インベントリの中身がなくなるぐらい、二人と会えなくなる危険性と比べたらどうってことはない。
俺がそんな決意をしてインベントリから短剣を取り出し構えていると……二人は全く危なげなく、一瞬でワイルドボアを屠った。二人って、強いんだな。




