2、あまりにもリアルな世界
頬を撫でる風は少し冷たく、風に乗って運ばれてくるのは土の匂いと植物の匂いだ。地面の土の感触は硬めの乾燥した土で、上を見上げれば青い空が広がり雲がぷかぷかと浮かんでいる。
「これは、凄すぎる……」
ゲームの世界だなんて信じられない。今まで何度かVRゲームをプレイしてきたけど、リアルな世界と謳っていても、やはりどこか作り物感が拭えないものばかりだった。
空があっても描かれた空を見ているような印象を受けたり、土を踏みしめても硬い床を歩いている感触だったり。
しかしここは……そんな違和感はかけらもない。完璧な世界だ。それに辺りを見回せば普通の村人らしき人たちが歩いていて、その動きにも全く違和感がない。
プレイヤーは頭の上に名前だけが表示されるようになっているから、表示されてないのは全てシステム上の人間であるノンプレイヤーキャラクター、通称NPCのはずだ。
本当に凄いな……AIってどこまで進化してるんだろう。でもやっぱり話しかけてみたら、さすがに違和感があるのだろうか。他のゲームでNPCに話しかけると、受け答えに違和感があって決められた返答しかしなかったり、同じ場所をずっと繰り返し歩いていたりする。
「あの、すみません」
俺はあのキャッチコピーはどこまで本当なのかと、近くを歩いていた親子に話しかけてみた。
「なんでしょうか? あら、また異世界からのお方? 別の世界との通路がこんな小さな村の広場に繋がったなんて驚きよね〜」
「はい。異世界から来ました」
このゲームは世界樹が地球でいうところの宇宙の役割をしていて、世界樹の葉っぱ一つ一つに世界があるという設定だ。そしてその世界間は道で繋がって、転移で行き来ができる。
俺たちは新たに繋がった世界から来ている異世界人、ということになっているらしい。この村がある世界は他の世界と比べるとかなり小さくて、村がいくつかに街は一つしかない。ゲームではこの世界を始まりの世界、そしてこの村をはじまりの村と呼ぶ。
一応正式名称もあってさっき説明書で読んだけど、ここは第五世界にあるユーテという村だ。ちなみに世界樹に今ある世界は全部で十二個。第十二世界まであるそうだ。このゲームの大目標はその第十二世界にいる魔王討伐らしいんだけど、まだマップ公開もされてなくて、情報はほとんど出ていない。
「冒険者ギルドを探してるならこの道をまっすぐ行って右手側にあるわよ。貴方達の世界は危険が多くてこちらに逃げてきているんでしょう? こちらの世界で安心して暮らしてね」
女性はそう言ってにっこりと微笑んでくれた。新たに繋がった世界から俺たちが続々と現れる理由は、俺たちの世界が滅亡の危機に瀕しているからということになっているそうだ。
この辺は受験勉強の休憩で設定を読み漁ってたから、完璧なんだよな。他のゲームだと容量の関係で曖昧になっていることが多い細部まで緻密な設定がなされているところも、このゲームの魅力だ。
「ありがとうございます。行ってみます」
「お兄ちゃん、おかみのいろカッコいいね!」
二人と離れようとしたら、小さな女の子にそう言って呼び止められた。NPCの方から話を振ってくるなんて……そう驚きつつも、女の子に視線を向ける。
「ありがとう。これ藍色なんだ。近くで見る?」
「うん!」
しゃがみ込んで髪の毛を女の子の前に出すと、女の子は俺の髪をぎこちなく撫でてくれた。その感触はリアルと全く変わらなくて、思わず感動で固まってしまう。
「お兄ちゃんのおかみ、サラサラだね」
「……ありがとう。君の髪型も可愛いよ。お母さんがやってくれたの?」
「そう! おかあさんね、わたしのおかみくるくるしてくれるの!」
女の子はそう言って嬉しそうに飛び跳ねた。NPCとここまでリアルな会話ができるなんて、ゲームの世界だってことを忘れるな。これはニュースで、のめり込みすぎて現実が疎かになる人がって危惧されてたのも分かる。
「良かったね」
「すみませんね〜、付き合ってもらってしまって」
「いえ、とても可愛い子ですね」
「ありがとうございます」
それからもいくつか言葉を交わしてから、俺は親子と別れて冒険者ギルドがある方向に向かった。このゲームはメインストーリーというものはあまりなく、異世界で自由に生きようというのがコンセプトだ。なのでここからは何をしても自由なんだけど、冒険者登録をして依頼を受けてお金を稼ぐのが定石らしい。
俺は歩きながらウィンドウを確認してみることにした。半透明のパネルが目の前に現れると、そこにはさっきゲームシステムが言ってた各種機能があって、一番上にレベルとHP MPが表示されている。レベルは当然1でHPは7、MPは15みたいだ。
そしてその下にメニューがあり、試しに異次元収納であるインベントリを開いてみると……中にはお金が一万ペルグだけ入っていた。
「おおっ、ちゃんと重みがある硬貨だ」
インベントリから取り出してみた硬貨は鈍い光沢があって手のひらに重みを感じられ、金属の匂いまで僅かに感じることができた。他のゲームだと良くてプラスチック的な質感、悪いとステータス画面上に数字のみの表示なのに、本当にリアルだな。
それからもしばらく歩みを進めていると、目の前にこの村にしては大きな建物が現れた。看板の文字はこの世界の言語なので読めないけど、その近くに小ウィンドウで冒険者ギルドと表示されている。
言語まで作ったっていうんだから本当に凄いよな……話してる言葉もNPCは異世界語で、互いに翻訳されてるだけだって何かの記事で読んだ気がする。まあそれは確かめようがないし、眉唾物の話な気がするけど。
「よしっ、行くか」
俺は看板からドアに視線を移し、冒険者ギルドのドアに手を掛けた。そして期待に胸を高鳴らせながら、ドアを開いた。