18、ゲーム世界の食事
飲み物だけは先に運ばれてくるようで、どんな味なのかを話しているうちに、すぐ店員の女性がグラスを三つ持って戻ってきた。
「はい、フルーツジュースだよ。盛り合わせはちょっと待ってね」
「ありがとな」
「色は紫なんだ……」
「なんか、毒々しいな」
「この前聞いたんだけどな、リュンラン? っていう果物がこの色らしいぜ。その果物がフルーツジュースの一番の主で、他にいくつか入れてるんだってさ」
リュンランか――初めて聞いた名前だったので図鑑を調べてみると、図鑑に載っていなかった。ということは、基本的な植物には入ってないってことだ。
俺は図鑑にある+マークをタップして、リュンランという名前とその説明を書き込んだ。図鑑は基本的なものだけ載っていて、それ以外はこうして自分で増やしていく形式なのだ。
こういうのってテンション上がるよなぁ……いずれ、この世界にあるすべてのものを網羅した図鑑を作りたいな。
「ん! 美味しい!」
リーナが瞳を見開いて頬を綻ばせたので、俺もさっそくとフルーツジュースを口にした。すると視覚から想像できる味とは全く違う、とても爽やかな甘さが口の中に広がる。
「本当だな。これは美味い」
「だろ!」
「ナイトーが言ってた説明が理解できるな……蜜柑なんだけど、蜜柑じゃない。蜂蜜漬けの蜜柑をジュースにして、ゆずを少し加えた感じ?」
「おおっ、それ凄く正確な説明かも!」
俺の言葉にリーナが大きく頷いてくれて、それから俺たちは雑談をしながら少しずつフルーツジュースを楽しんだ。そして半分ぐらいなくなったところで、さっきの女性が大皿に乗った料理を持ってきてくれる。
「はい、盛り合わせだよ。ごゆっくり〜」
「おおっ、すげぇな!」
おつまみ盛り合わせに載っている料理は、串焼きや焼肉など見たことがあるものは半分ほどだった。残りの半分はよく分からない丸い何かとか、真っ黒な麺みたいなやつとか、何かの果物? みたいな派手な赤色のやつとかさまざまだ。
「これさ……料理を楽しむだけでもこのゲームをする甲斐があるな」
「分かる! これ誰が考えてるんだろうな。考えた人が地球でこれを再現したら、馬鹿売れじゃねぇ?」
「現実でもこのゲームの世界に浸れるって、例えばこの居酒屋を現実でやったりしたら大繁盛間違いなしだよね。だって私は絶対に行くもん」
「俺も行くな」
「俺も。というか、そのうちそういうイベントありそうだよな。広い会場で数日限定かもしれないけど」
ドームを借り切ってゲームイベントをやるのとかは、近年のスタンダードだ。ほぼ確実に数年以内に開かれるだろう。
「確かにな。じゃあさっそく食べていいか? 冷めたらもったいないぜ!」
「そうだな。俺は……この黒い麺みたいなやつから」
フォークで巻き取って恐る恐る口に運ぶと……かなり弾力のある食感だった。よく噛むとコリコリと噛み切ることができる。
これ、めちゃくちゃ細いタコの足って感じだ。シンプルな塩味なんだけど、癖になって美味しいかも。
「え? ……これ、すっっぱい!!」
リーナが口にしたのは、小さなイチゴぐらいの大きさの真っ赤な何かだ。相当酸っぱかったのか、リーナは涙目でフルーツジュースに手を伸ばす。
「そんなに?」
「うん。……それに、なんか変な味がする。腐ってる、みたいな」
「なんだそれ?」
「ははっ、嬢ちゃん大丈夫か? ニウを初めて食べたんだな。それは大人の味だぞ」
隣の席で酒を飲んでいたおじさんが、楽しそうに声をかけてきた。この赤いやつはニウっていうらしい。俺も少しだけ齧ってみると……確かにかなり酸っぱいし美味しくない。
でも何となく馴染みがあるような……ああ、めちゃくちゃ濃いぬか漬けに酸味を足した感じかな。それに納豆成分も少し追加されている。
「これって発酵食品?」
おじさんに聞いてみると、おじさんは瞳を見開いてから頷いてくれた。
「坊主凄いな、よく分かったな」
「何となく風味がそんな感じして。何を発酵させてるんだ?」
「木の実だな。そのまま食べると硬くて苦くてとても食べられたもんじゃないんだが、発酵させるとこうして柔らかくなるんだ」
「うわっ、これは苦手だな……」
ナイトーも食べたのか、顔を顰めてニウと呼ばれた赤い何かを凝視している。
「ははっ、もう少し年取ってから食べてみるんだな。酒のつまみにはいいぜ」
「……そうする。おっちゃん、これ食べ残しでよければ食べるか?」
俺たちの顔を見たナイトーがもういらないだろうと判断してそう提案すると、おじさんは「いいのか?」って嬉しそうに残っていた五つのニウを自分の皿に移した。
「ありがとな」
「おうっ」
それからも俺たちはおじさんと話をしながら食事とジュースを楽しみ、一時間ほどで居酒屋を後にした。
そしてナイトーが宿泊しているという宿に向かって俺たちも部屋を借り、そろそろログアウトの時間だ。
「じゃあ、また明日な」
「おうっ! ゲーム内でも現実でも、気軽にチャットしような」
「うん。色々と連絡するね。大学もこのゲームもまだまだ分からないことばかりだから」
宿の部屋に入ってウィンドウを開いてログアウトを押すと……数秒後には、自分の部屋で意識が覚醒した。ゲーム用のリクライニングソファーから降りて体を伸ばすと、一気に眠気がやってくる。
「ふぁぁ、寝るか」
スマホを開くと二人からおやすみとチャットが来ていたので、俺もスタンプを送信してすぐベッドに入った。




