13、再びゲームへ
既読になって数秒後、すぐに拓実から返信が来る。
『ごめんごめん、飯食ってて気づかなかった。二人が俺のとこに来てくれるなら、それがありがたい! ちなみにユーテからこの街は、歩いて二時間ぐらいだぞ』
『そのぐらいなら行けるね』
『なんて名前の街?』
『リーングス!』
街の名前をスマホで調べてみると、確かにゲームを始めたらまず向かうべき街と書かれている。レベルが三十ぐらいまではここで活動するのが良いらしい。
『じゃあ梨奈、一緒にリーングスまで行くか』
『おっけー! 何時ぐらいにログインできる? さっきは九時って言ったけど、もう少し早くても大丈夫だよ』
『俺は……八時半ぐらいならいける』
『じゃあ八時半ね!』
『了解、じゃあまた。拓実はどうする?』
『俺は十時過ぎにリーングスの街の入り口にいることにする。待ってるからな』
そこでチャットを終わらせた俺は、そろそろ湯船にお湯が溜まり始める頃だろうと、入浴準備を始めることにした。恋愛ドラマがちょうど良いところのようで、母さんと未来はテレビに夢中で俺のことなんて全く気にしていない。
「先に風呂入るよー」
一応そう声をかけたけど、気のない空返事が返ってきただけだった。恋愛ドラマの何がそんなに面白いんだろうな……二人はいつも楽しそうに見てるけど、俺にはどれも同じような内容にしか思えない。
湯船を見に行ったら半分ぐらい溜まっていたので、さっそく風呂に入ってできる限り早く体を洗う。そして髪を乾かすのが面倒なのでタオルで拭いて歯磨きをしたら、寝る準備完了だ。
時計を見てみると……おっ、まだ八時を少しすぎた時間だ。
「じゃあ俺、二階行くから」
「はーい。ゲームしすぎないようにねー」
「了解。あっ、父さん帰ってきてたんだ。おかえり」
「ただいま」
大好物のカレーを嬉しそうに頬張る父さんと挨拶だけして、二階の自分の部屋に駆け上がった。ここからは楽しいゲームの時間だ。
スマホで早めにログインできそうって梨奈に連絡をして、返信は待たずにすぐログインする。
ふわっと体が浮き上がるような感覚から数秒後に……俺はユーテの宿屋で目を覚ました。部屋の中は暗くて、窓からの月明かりだけが光源だ。
「でも、現実の夜より明るいんだよな」
夜でも活動しやすいようにって、月明かりが明るくなるように設定してくれてるのかもしれない。実際に暗くなってから外に出てみたけど、光源を持たなくても問題なく活動できた。
「うぅ〜ん、とりあえず外に出るか。あと宿の人に村を出るって伝えないと」
忘れ物がないかを確認してから部屋を出て宿のカウンターに向かうと、そこには夜番なのか一人だけ男性が座っていた。
「こんばんは。これからお出かけですか?」
「はい。ただ出かけるというよりも別の街に行こうと思っていまして、まだあと数日間は部屋を借りているのですが、他の人に貸していただいて大丈夫です」
「そうなのですね。かしこまりました」
「これ鍵です。数日ですがお世話になりました」
「ありがとうございます。――あっ、少しお待ちください」
俺が宿から出ようとすると男性に引き止められた。なんだろうと思って振り返ると……男性は、カウンターの中からサンドウィッチを差し出してくれる。
「これ、持っていってください。この時間だとお店もやっていませんし、お腹が空くでしょう? 数日分の宿代をお返しすることはできませんが、これだけでも」
「あ、ありがとうございます」
まさかこんな心遣いをしてもらえるなんて……本当にこのゲームの中は、ゲームだとは思えない。申し訳なさそうな笑みを浮かべているこの表情も、こういう心遣いも全て設定やAIなのだろうか。
俺は男性にもう一度お礼を言ってから宿を出た。そして村の広場に向かって歩みを進める。この村に目印があるといえば広場ぐらいだから、梨奈も広場に向かうはずだ。
「あっ、真斗ー!」
「え、梨奈!? めっちゃ早くない?」
広場が視界に入ったところで梨奈に呼びかけられ、俺は驚いて思わず足を止めてしまった。
「真斗のチャットを見てすぐログインしたの。そしたら私の方が早かったみたいだね。あっ、真斗はゲームの中でもそのままマサトなんだ」
梨奈は俺の頭の上を見てそう言った。そこにプレイヤー名が表示されてるんだろう。
「覚えやすくて良いかなと思って。梨奈はリーナなんだな」
「うん。こういうファンタジー世界に合ってると思わない?」
「めちゃくちゃ良いと思う」
そういえば拓実のゲーム名を聞くの忘れてたな。本名じゃなければ顔で判断するしか……いや、そういえばこの世界って容姿変えられるよな。そしたら最悪分からない可能性もあるんじゃないか?
「あれ? リーナ、なんで俺のことマサトだって分かったんだ? 名前を読む前から俺だって分かってたよな?」
俺も容姿を変えてるはずなんだけど、何か見分け方とかあるのかな。
「確かに結構見た目変えてるよね。でも面影あるし、普通に分かるよ」
「そんなもんなんだ。リーナは、ほとんど変えてない?」
「うん。私はちょっとだけ顔を小顔にして、髪の毛を伸ばしたぐらいかな」
リーナって元々可愛い容姿だから、変えなくても全く問題ないんだな……羨ましい。俺のリアルももうちょっとカッコ良くなってほしい。
「じゃあマサト、フレンド登録しようか」
「あっ、そうだった。フレンド登録って……おおっ、近くにいるとリクエストが送れるんだな」
「本当だね。じゃあ私が送ってみても良い?」
「良いよ」
リーナが俺にもウィンドウを見せながらフレンドリクエストを押すと、俺のウィンドウの方に『リーナからのフレンドリクエストが届いています』と表示された。
「おおっ、凄い。見る?」
「うん」
ちなみにこのウィンドウ、NPCには見えないことになってるけど、プレイヤー同士なら許可を出せば他人のものも見える。
リーナが俺のウィンドウを横から覗き込んだので、俺はリクエストを許可という項目をタップした。
すると……ピコンっという音と共に、フレンドリストにレーナの名前が追加された。これでゲームの中でも連絡が取れるな。
「チャット送ってみるね!」
『こんにちは』
「おっ、来たよ」
『届いてる?』
俺も返信してみると、レーナがふふッと笑ってまた返信が来た。
『完璧ー!』
『良かった』
『スタンプとかも送れるみたいだよ。これ、可愛くない?』
そんな言葉と一緒に送られてきたのは……短足の猫が毛玉を転がしているスタンプだった。めちゃくちゃ可愛いけど、これどのタイミングで使うんだろう。
『これとかも良くない?』
『あっ、可愛い!』
それから俺達はしばらくスタンプで遊んで、五分ぐらいしたところでハッと我に返って、さっそくリーングスに向けて出発することにした。
ゲームを始めてから初めての拠点移動だ。新しい街、楽しみだな。




