1、ログイン
――ここはゲームではない、異世界である。
そのキャッチコピーと共に売りに出され、数週間でゲーム業界の歴史を変えたとまで言われている『フォレスト・ワールド』
俺は今日、そのソフトを発売から半年遅れでやっと入手することができた。この半年は長かった……発売前の告知PVで絶対にこのゲームが欲しい! と思った俺は、大学受験真っ只中である高校三年の夏に、両親に土下座で頼み込んで大学合格祝いの前借りとしてゲームを買ってもらったのだ。
しかし結局はあまりの人気に生産が追いつかず、受け取れたのは大学には無事合格し、明後日に入学式を控えた三月の終わりのことだった。
「真斗、ゲームばっかりやってないで入学式の準備もしなさいよ。買ったスーツは出してあるの?」
「大丈夫大丈夫! あとでちゃんとやるからー!」
俺は母さんの言葉に適当に返事をして、郵送で届いたゲームを持って二階の自室に駆け上がった。そしてさっそく段ボールを開けると……中から、夢にまで見た『フォレスト・ワールド』のゲーム一式が出てくる。
「これだよこれこれ! ついに手に入った……!」
このゲームはここ十年で一気に発展したVRMMOの一つだ。しかし今までのゲームとはクオリティが何倍も違うらしいと、この半年間で大盛り上がりを見せている。まるで本当に異世界に転移したような、そんな感動を味わえるのだそうだ。
俺はVRゲームをするときに使う特殊なリクライニングソファーの上にゲーム一式を並べ、さっそく大元となる機器にセットを開始した。一般的なゲームなら小さなメモリーを機器に差し込むだけで良いのだが、このゲームは他にもいくつか準備が必要らしい。このいくつかの機器によって、リアルな世界が再現できるのだそうだ。
「えっと、これで大丈夫だよな?」
間違えて壊れでもしたら最悪なのでもう一度説明書を読み込んで、問題ないと確認してからソファーに座った。そしてボタンを操作してソファーを動かし、頭にゲーム機器を装着したら、全ての準備が完了だ。
深呼吸をしてからソファーの横に付いているゲーム開始の赤いボタンを押すと……ふわっと体が浮いたような感覚があり、次の瞬間にはゲームの中の世界にいた。
「うわぁ、このゲームの初期部屋めっちゃオシャレ」
基本的にVRゲームは初回ログイン時に、名前や容姿など様々な設定を決めなければならない。その設定をする場所を初期部屋と言うのだが、ただ真っ白の空間だったり草原だったりと手を抜いているゲームも多い中、このゲームはいわゆる貴族の屋敷みたいな場所だった。
『フォレスト・ワールドへようこそ。ゲームを楽しんでいただく前に、皆様には各種設定を決めてもらわなければなりません。まずは貴方様の容姿の設定からお願いいたします』
ゲームシステムの声が聞こえたと思ったら、部屋の中に俺と全くそっくりなアバターが現れた。まだ服装は決めてないからか下着姿だ。
『まずは貴方様の現実の容姿を反映させていただきました。こちらから自由にご変更ください。お手元にあるパネルで変更可能です』
容姿はどうするかな……異世界に行けるっていうのがコンセプトのゲームなんだから、やっぱり別人になりきるのが楽しいだろう。ちょっとだけ身長を伸ばして鼻を高くして、幼く見られる原因となっている丸い瞳を切れ長のかっこいい瞳にして、受験勉強でひょろっと筋肉が落ちた体に少し筋肉を追加して。
あとは……ちょっと足も長くしよう。手も大きくして指を長く綺麗に。あと髪型は黒髪短髪じゃ面白みがないから、一度やってみたかった藍色の髪に。おっ、ピアスなんてつけられるんだ。シンプルなシルバーピアスをつけてみよう。
「うわぁ、これ誰? めちゃくちゃカッコいい」
ちょっとやりすぎたかなぁ……まあ、ゲームだし良いか。こういうのは絶対もっと派手なやつがいるし、このぐらいなら目立たないだろう。
確定ボタンを押すと、目の前にいるアバターがピカッと光って容姿が固定されたのが分かった。
『容姿が確定となりました。次に職業をお選びください。職業は途中で変更可能ですが、変更した場合はレベルが一からとなりますのでご注意ください。パネルに一覧を載せてあります』
手元のパネルを見てみると、何十もの職業がずらっと並んでいた。こういうのって悩むよな……変更可能だから気軽にって思うけど、レベル制のゲームでレベルが一からになるって相当な覚悟か、かなりの初期段階じゃないと難しいだろう。
剣士、槍士、弓士、斧士など物理攻撃系の職業から、火魔法使い、水魔法使いなど各種魔法使い系。あとは錬金術師、薬師、鍛冶師など生産系がある。
「俺はバトルを楽しむタイプじゃなくてアイテムの収集とかを楽しむタイプだから、生産職一択だと思ってたんだけど……こうして見ると魔法系も惹かれるな」
リアルだと噂のゲーム世界で魔法を使えたら、本当に魔法使いになった気分になれそうだ。生産系で魔法って使えないんだろうか。
そう思ってパネルにあったヘルプを読んでみたところ、魔法使い系の職業以外で魔力を持てるのは錬金術師らしい。ただ錬金術師の魔力属性は無属性というもので、例えば火魔法を使うには火属性の魔力が必要なので、無属性では一般的な属性魔法は使えないらしい。
要するに、無属性の魔力は錬金にしか使えないってことだろう。
それじゃあ魔法が使える生産職とは言わないよな。でも、錬金術師なんて楽しそうだ。アイテム収集を楽しみたいのなら一番に候補にすべき職業だと思う。
「ここは……錬金術師にしてみようかな。そして目指せ、このゲームにある全てのアイテムをコンプリートだ!」
やばい、テンション上がってきた。俺ってコレクション欲がかなりある方なんだ。アイテム図鑑とか魔物図鑑とかそういうのがあると、全てを埋めたくなってしまう。
そうと決めたらもう迷わず、俺は錬金術師を選択して確定を押した。すると……目の前にあった俺のアバターが、錬金術師らしいローブを羽織った状態に変化した。
やっぱりイケメンって何を着ても似合うんだな。自分のアバターなのにそんな感想を抱いてしまう。
『ありがとうございます。では最後にプレイヤー名をご入力ください。こちらは変更不可となっておりますのでご注意ください』
名前か、この容姿ならカッコいい横文字の名前とかにしても……いや、それで呼ばれたら毎回恥ずかしくなりそうだ。やっぱりいつも通りが一番かな。
「マサト……っと」
真斗の名前をカタカナにしただけの安易なネーミングだ。俺はほとんどのゲームをこの名前でプレイしている。
『マサトですね。かしこまりました。ではこれにて初期設定は完了となります。先程まで操作していただいていたパネルはウィンドウと言いまして、ゲームの中でも自由に開くことができます。HPやMPの確認やプレイヤー同士のチャット、インベントリなども全てウィンドウから操作可能ですので、転送されましたらまず初めにご確認ください。ログアウトやヘルプなどのメニューもウィンドウにございます。――では、始まりの村に転送いたします』
ゲームシステムのその声を聞いた俺は、目の前が真っ白になってまたふわっと少しの浮遊感を感じて、次の瞬間には……長閑な田舎の広場らしき場所に立っていた。