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十二

 学生食堂は、校舎一階の端っこにある。大学に併設されてるような立派なやつじゃなくて、広さもレイアウトも他の教室と一緒。西向きの壁にはちゃんと黒板もあって、そこに日替わりメニューがチョークで箇条書きされている。それによると本日のおすすめランチは、麻婆豆腐とチキンの竜田揚げ。廊下を隔てた向こう側が調理室になっていて、そこで食券と料理を交換してもらう仕組みだ。

 食堂内には白い対面式の長テーブルがならんでおり、今の時間、利用者はまばらだった。おれたちは窓際のすみっこを陣取り、中里が紙パック入りのコーヒー牛乳を二つ買ってきた。

「須藤くんはたしか、瀬戸とは家が隣りどうしなんだよね」

 席へ着くなり中里がそう切り出してきた。「瀬戸」と呼び捨てにされたことに、胸がチクンと痛む。

「そうだけど……べつに付き合ってたとかそういうんじゃないからな。いわゆる幼なじみってやつで、まあ一緒に遊んだり通学したり。うんと小さいころには、おたがいの家に泊まりに行ったこともあるけど」

 会話の意図を先取りしたつもりだったけど、どこか言いわけがましく聞こえてしまうのは気のせい? しかもこういうときって、しゃべればしゃべるほどドツボにハマってゆくんだよね。

「ほら、アニメやドラマだと、幼なじみが恋人へ発展するパターンってよくあるじゃない。でも実際にはそんなことなくて、おれとキヨシ……あ、瀬戸さんね、は全然そういう関係じゃなくて、例えるなら、なんていうかな、うーんとあれだ、テレビアニメのトムとジェリーみたいな?」

 ちゃんと話のニュアンスが伝わっているのか不安になってくる。中里はうなずくでもなく、ただじっとおれの顔を見守っていた。やだな、こういう雰囲気。会話もなんとなくそこで途切れてしまって、おれは早くもこの場から逃げだしたい気分になっていた。

 調理用の白衣を着たおばちゃんたちが、空いているテーブルを片づけ始める。

 黒板に書かれたメニューが消されてゆく。

 手持ち無沙汰でコーヒー牛乳のパックをいじっていると、中里がようやく口を開いた。

「ぼくは今でこそこんなデカいなりをしているけど、子供のころはチビのもやしっ子で、いつも近所の悪ガキどもにイジメられていたんだ」

 ヤバイ、なんか自分語りが始まったぞ。黙って聞かなきゃならない場面か。こういうの苦手だな。逃げちゃおうか。でもコーヒー牛乳おごってもらったしな。

「うちの斜め向かいに同い年の女の子がいてね、いつもイジメっ子からぼくをかばってくれた。その子はぼくとは真逆で、とても明るくて活発で、おまけにケンカも強くて、陰気なぼくを気にかけてよく遊びにも誘ってくれたよ。じつはボールの投げかただって、もとをただせばその子に教わったんだ」

 中里がクスッと笑う。エース・ピッチャーの誕生秘話にしては、ずいぶんと可愛らしい話じゃないか。どうでもいいけど、笑うと頬にえくぼできるのな、こいつ――。

「小学校へあがるとやっぱり上級生に目をつけられて、よく学校帰りを待ち伏せされた。小突きまわされて、ランドセルの中身をぶちまけられて、意気地のないぼくはただ泣いてるだけ。で、あるとき彼女が偶然そこに居合わせて、大変なことになったんだ」

 なにか苦い思い出でも飲み下すように、中里は一度だけストローに口をつけた。

 おれもつられて牛乳パックへ手を伸ばす。

 校内放送が、生徒の下校をうながす音楽を奏で始める。

「まったく驚きの光景さ。あのときのことは、今でもありありと思い出すことができるよ。なんたって女の子が自分よりはるかに大きな男子につかみ掛かっていったんだからね。しかも三対一だよ。叩かれても、突き飛ばされても、めげないで向かってゆくんだ。……けっきょく転ばされて大怪我してしまったんだけど。二ヶ月くらい腕にギブスはめてたっけなあ」

 あれ? と思った。なにか引っかかるものがある。でも、まさかね……。

「ぼくにとっては友だち以上の、そうだなあ、正義のヒロイン? まあ憧れみたいな存在だったかな。だから小学二年の夏に彼女が転校してしまったときは、本当に悲しかったよ。もう一生会えないかもしれないって考えたら、胸が苦しくて夜も眠れなかった」

 小学二年の夏……じゃあ、やっぱり。

 そっと中里の顔を窺う。彼はまっすぐおれの目を見返しながら、うなずいてみせた。

「彼女の存在に気づいたのは、この学校へ来て一年以上も経ってからのことなんだ。ずっと野球づめの毎日だったし、ぼくはふだん女子生徒のことなんて気に留めないからね。二年へ進級したクラス替えのとき、隣りの教室に張り出された名簿を見て、心臓が止まるくらい驚いたよ。だって、清志子なんて名前、そうあるもんじゃないだろう?」

 まあ、清志郎から「郎」を取って「子」を付けただけだからな。ネーミングのセンス最悪だよな。

「それでもまだぼくは半信半疑でさ、教室の窓からこっそり彼女を覗いてみたりしたけど、よく分からなかった。小学二年のとき以来だからね。ずいぶんキレイになっていたし、たしかに面影はあるんだけど、今一つ自信が持てなかった。それで佐伯くんに頼んで手紙を渡してもらったんだ」

「じゃあ、あのときの……」

「そう、きみが彼から預かったのはラブレターなんかじゃないよ。瀬戸が、本当にぼくの知る女の子かどうかを確かめるための手紙さ」

 なるほどね、そういうことか。キヨシの幼なじみは、おれひとりじゃなかったというわけだ。すべてのことが腑に落ちて、おれは妙にサバサバした気分になった。

「告白したのはキヨシ……じゃなくて瀬戸さんのほうから?」

「いや、こっちから付き合ってくださいってあたまを下げた。そしたら彼女すごく複雑な顔で黙り込んでしまって、それでぼくは、ひょっとしたら瀬戸には恋人がいるんじゃないかって思ったんだ」

 中里が刺すような目で見つめてくる。

 ほらァ、やっぱりさっきのおれの話ぜんぜん伝わってないじゃん。

 ここはなにか「キヨシのことヨロシク」的なことを言ってやったほうが、こいつも安心するのかなと思った。

 でも、やめた。

 彼の目が、余計なお世話だと言ってるように見えたから。



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