〇一
なんでも彼女の両親が、RCサクセションの大ファンだったらしい。
伝説的な日本のロックバンドだ。
で、子供ができたら名前は「清志郎」にしようと心に決めていた。
「まさか女の子が生まれるとは思ってなかったのよね」と苦笑するおばさん。
「うん、想定外だった」とおじさんも相槌を打つ。
「なんでやねん」とツッコミを入れたくなる。
こんなつまらない理由で、彼女は「清志子」と名づけられた。
キラキラネームというより、ヤケクソネームだ。
「きよしこ」なんて語呂が悪いから、クラスの女子はキヨコちゃんと呼ぶ。
でも、おれは敢えて「こ」のほうを省略することにしている。
「おういキヨシ、早くしろ。のんびりしてるとまた遅刻だぞ。ガチャピンにどやされるぞっ」
玄関から首だけ突っ込んで、リビングのほうへ声を張りあげる。毎朝おなじみの光景だ。
「ふぁうい、今行ふ」
気の抜けた声がしてしばらくすると、制服の白いブラウスを着た女の子がトタトタやってくる。口には歯ブラシを突っ込んだままだ。
「おまえ、まだ顔も洗ってないのかよ……」
「はんふん待っへ。ふぐ終わらへるはら」
「なに、ふざけたこと言ってんの」
「はんふん、はんふん」
指で数字の三を作って、また奥へと引っ込んでしまう。
「やれやれ……」
スマートフォンで時刻を確認した。ホームルーム開始の予鈴まで、あと三十七分。全力疾走しても、学校までは三十分フルにかかる。ダメだ、このままじゃ間に合わない。
「おうい、まだか。悪いけどおれ先に行くからなっ」
「もう、ダメだってば」
紺色のブレザーをはおりカバンを手にしてドタドタ駆け戻ってくる。前髪がまだ濡れたままだ。
「ねえ、あたしのヘアピン知らない?」
「そんなもん知るわけないだろう」
「困ったなあ、あれがないとあたしイマイチ調子出ないのよね」
いつもおかっぱあたま(本人はショートボブだと言い張る)に差しているヘアピンは、ゆいいつ彼女が身に着ける女の子らしいアイテムだ。大きめの星の飾りがふたつ付いていて、これがいつも日の光をキラキラ反射させている。だから晴れている日には、遠くにいても彼女の存在をすぐに見つけることができる。
「もうおまえだけ後からゆっくり来いよ。ヘアピン見つけてさ」
「今日はダメなの。ヘアピンはあきらめる」
「なんで?」
「自転車パンクしてる」
「はあ?」
キヨシはおれの自転車の荷台にまたがると、スカートのすそが翻らないよう股の下へ押し込んだ。
「ほら行くよ。学校まで全力疾走!」
「てめ、ふざけんなよっ」
一瞬荷台から蹴落としてやろうかと思ったけど、仮にも相手は女の子なのでぐっと堪える。言いたいことは山ほどあったが、まずは学校へ向かうのが先決だ。渋々サドルにまたがる。踏みだしたペダルは、しっかり二人分の重さを伝えてきた。ダメだ、これじゃ絶対間に合わない。今日もまた、こいつとセットで叱られるのか。
キヨシのほっそりした腕が腰に巻きついてくる。
「おい、あんまりくっ付くなよ」
「なんで? しがみついてないと振り落とされるじゃん」
「くそ、重いな、おまえ少し太ったんじゃ――痛ででっ」
ちぎれそうなくらい耳を引っ張られた。
「軽口たたいてないで、さっさと漕ぐ!」
「ちっくしょう」
隣の家に住むキヨシという幼なじみは、まあだいたいこんな感じの女の子だ。