第八十四話 大和共和国
第八十四話 大和共和国
サイド 矢橋 翔太
「さーさ!驚くのも無理からぬ事とは思いますが、立ち話では済まぬ事もありましょうぞ」
「う、うむ。そうであるな、如月殿」
どうにか再起動したドーラムさんに、頭についた土を払いながら笑いかけるギルマス。まさかあのままひっくり返るとは……。
「とりあえず、今度こそ移動の号令を出してきます。それと、陛下への説明もしなくては」
「ああ、リースラン国王陛下には『儂の一人』が説明を済ませておるので、問題はありませんぞ」
「……は?」
「まあ」
「こういう事ですじゃ」
「!?」
ひょいっと、別のギルマスがどこかから跳んできた。翻った袴を押さえ、ブイサインまでしている。そろそろドーラムさんの心臓が心配になってきた。
説明を求める様に、彼がこちらを見てくる。
「分身をつくる魔法。あるいは魔道具がある。そう思って頂ければよいかと」
「うむうむ!ヤバッシーの言う通りですぞドーラム殿!」
「そうじゃそうじゃ!この程度で驚いていては我が国ではやっていけませんぞ!」
いや、俺も滅茶苦茶驚いているんだけど。マジでそうなの?
そう思い菊池さんや大西さんを横目に見れば、彼らもうんうんと頷いていた。マジかー。
なんか、もうドラゴンの心配とか消し飛んでるんだけど。スノードラゴンとか、ギルマスからしたらイモリと変わらなくない?
複雑である。複雑ではあるが、同時に安心感も覚えている。前に菊池さんが言っていた様に、ギルマスの下なら安全なのだろう。
とりあえず移動の準備ができるまでの間に、イリスをベッドにでも寝かせてくるか。
ギルマスや大西さんに会釈してから、馬車に向かおうとする。
「ああ、ヤバッシー」
「え、はい」
そう思っていたのだが、突然ギルマスに声をかけられた。
先ほどまでの気の抜けた様な顔から一転、彼女の表情はどこか冷たく、硬い。
「後で話しがあるでのー……儂の部屋に来ておくれ。使いは出すゆえ」
「……わかりました。呼ばれましたら、すぐに向かいます」
こちらを見つめる黄金の瞳は、どこか申し訳なさそうに揺れている気がした。
* * *
イリスを馬車にある彼女の部屋に置いてから、また外に出たのだが……。
「なあ翔太殿。お主も転移とやらが出来るのか?」
「お、ヤバッシー空間跳躍とかできる系かのう?だったら色々頼みたいのじゃが」
「いやできませんけど」
何故か爺とロリババアに挟まれていた。せめて片方だけにしてほしい。強いて言うのならロリババアだけにしてほしい。
いや、本音を言おう。巨乳美女に挟まれたい。なんで爺とロリなんだよ。
「なんじゃー、つまらんのー」
「精進するのじゃヤバッシー。ワンチャン頑張ればいけるかもしれんぞヤバッシー」
「いや無理です」
助けてアミティエさん。
だが、アミティエさんはどこか疲れた様子でイリスの看護についてしまった。そしてホムラさんも転移酔いとか言って馬車に引きこもってしまうし。
巨乳が……おっぱいが足りない。このままではおっぱい欠乏症にかかってしまう。
……俺も疲れているのかもしれない。なんだ、おっぱい欠乏症って。
ここ最近アミティエさん、ホムラさん、イリスと巨乳とばかり行動し過ぎて、おっぱニュウムの過剰摂取だったか?くっ、まだ清い身なのに!
「それにしても……よもやこの様に和やかな光景が西側にあるとは」
そう言ってドーラムさんが周囲を見回す。どうでもいいけど馬乗ってもっと後方にいってほしい。なんで俺の隣歩いてんの?
だが、彼の言いたい事も分かる。
圧倒されてしまった巨大な壁に意識がもっていかれていたが、その周囲の平原にはちらほらと村や雑木林が見えていた。
自分程の視力はなくとも、ドーラムさんが見える位置にも村がある。何気に、滅んでいないし襲われてもいない村を見るのは初めてかもしれないな、俺。
「む?如月殿、アレはなんだ?」
ドーラムさんの言葉に視線を向けてみれば、そこには二メートル半の石像が歩いていた。
ぱっと見、石でできたロボットが金属製の槍と盾を持っている様に見える。それが十体ほど。村の周りを進んでいる。
「ああ、アレは警備用のゴーレムですな」
「警備用のゴーレム?」
「ええ。知っての通りこの辺りも魔獣や魔物がよく現れますので、壁外の村々の守りとして使っておるのですよ」
「ほほぉ……」
「十体を一班とし、通常八班が同時に巡回する様、二十四時間体制でシフトを組んでおりますぞ。まあ、その辺の雑魚程度なら追い払えますとも」
「それは、また……」
一班十体なら、常に八十体がうろついているのか。で、シフトって言っていたから合計はもっと多いんだろうな。
「……なあ、翔太殿。アレ一体はどの程度の強さだ?」
なんで俺に聞くよ。
「少し強いですね」
「というと?」
「一体一体が同じ大きさの熊ぐらいです」
「めっちゃ強いじゃん」
口調が壊れてますよ近衛隊長殿。
「はっはっは!まあそれぐらいはないと案山子にもなりませんからな!いくら『国民ではない』と言え、これぐらいはせんと」
「え?」
国民ではない?
「ぬ?大和共和国なる国は、国外の民まで守っておられるのか?」
「さよう。最初は物好きな『同胞』が守っていたのじゃが、正式に作物の取引などもしておりますからな。商売の為にもある程度の治安は維持せんと。民意もありますので」
「民意、ですか」
ドーラムさんが難しい顔で唸る。まあ、革命があったばかりの国に仕えていた人からすれば思う所もあるか。
「さ、門に到着しましたぞ」
ギルマスの言う通り、壁にある巨大な門の前に到着した。
先ほど見かけた石のゴーレムとは違う、金属製のゴーレム達を脇に控えさせた扉が一人手に開いていく。この門もまた大きい。縦は八メートル、横は十二メートルぐらいあるんじゃないだろうか。
その分厚い門があくと、中からたくさんの人の声が聞こえてくる。
「安いよ安いよ!今日は缶詰が特売だ!」
「古い武器買い取ります!折れた剣を新品の剣に買い替えませんか!」
「こちらの魔道具。なんと少しの魔力で焚火ができちゃう優れもの!」
なんというか……かなり活気がある。
こちらを物珍しそうに見る者達もいるが、それ以上に商売やらなんやらでかなり賑わっていた。
先頭をいく大西さんが大通りを歩いていく。真っすぐと伸びた道の先には、これまた大きな壁と門がある。
なるほど。そういう所はこの世界の街と同じ作りなのか。まあ、魔物やら何やらで物騒だしな。
だが国と言うだけあって、とにかく広い。これ、次の壁につくまでに結構歩くな。背の高い建物が少ししかないから、壁自体は視えているのだけれど。
「しょ、翔太殿、如月殿。これは、どういう事だ?」
「ドーラムさん?」
ぎょっとした様子で周囲を見回すドーラムさん。それを、ギルマスがどこか面白そうに見ている。
「何か不思議な事でもありましたかな、ドーラム殿」
「なぜ、魔道具がああも売っている。いや、大店ならわかる。だが、道沿いの露店で……それに値札に書かれている文字はなんだ?どこの通貨だ?」
「通貨?」
自分も疑問に感じて値札を見てみると、そこには『ゼニー』という単価が。
ゼニー……ああ、銭。
「ほほ。魔道具と言っても多少便利な程度。職人が暇つぶしや練習に作った物に過ぎませぬ。通貨に関しましては、我が国独自の物を使っておりますので」
そう言って扇子で口元を隠しながら、もう片方の手で一枚のコインを見せてくるギルマス。
中央に『桜の木』が描かれ、彼女がくるりと裏返すと『一万ゼニー』と刻まれていた。
「独自の通貨?しかしそれでは」
「両替どころもありますので、皆さまの持ち込んだ貨幣と交換可能ですぞ。興味がありましたら、また後日見て回ってみるのもいいでしょうな」
「……教会は、なんと?」
「なにも」
冷や汗を流すドーラムさんに、ギルマスは下からのぞき込むように笑う。
その笑みはこれまでの飄々としたものでも、親しみやすいそれでもない。獲物を見下す狡猾な肉食獣めいた笑みだった。
「我らは『まれ人』の集団であり、ここは『まれ人』が作り、そして住む国。相容れる事はありますまい」
「……戦争になりますぞ。帝国が黙っていない」
「おお怖い。あまり怯えさせんでくだされ。見ての通りか弱い女子ですぞ?」
おどけて笑うギルマスと、眉間に皺をよせ汗を流しているドーラムさん。
見た目だけだと子供が大人をからかっている様にしか見えないのだが、スキルが彼女の戦闘能力の一端を理解しているので、こっちとしては冷や汗ものだ。
まあ、両者の言い分はわかる、だが、教会が『なにもしない』というのが、少し気がかり……あー。
前にあった合わせ鏡での会話を思い出す。そういや、ギルマスが教会相手になんかやらかしたって言っていたっけ。それでかー……。
初めて、陽光十字教に同情した。映画で怪獣に襲われた街みたいな事になってるんだろうなぁ……。
「それよりもヤバッシー!何かもうちょっとリアクションはないのかのう!」
「え、俺ですか?」
「もちのろんじゃよ若人よ!」
バンバンとこちらの腰を叩いてくるギルマスに促され、何の気なしに視線を巡らせた。
「……え?」
そうだ。自分にとって当たり前すぎて、気づかなかった。いいや、わかっても疑問に思えなかった事が、あった。
口から、ポロリと言葉が漏れ出る。
「コンクリだ。それに窓ガラスも……」
「なに!?ガラス!?こんな所で!?」
道路や少し遠くに見える大きな建物はコンクリートで出来ているし、家々の窓にはガラスがはめ込まれている。
日本であれば、特に珍しくもない光景。家の外壁も塗装されており、違和感なんてない。
ここが、異世界でなければ。
「あ……」
驚愕の声をあげるドーラムさんの横で、頬に感じた物に驚いて指を這わせる。
そこには水滴があって、ようやく自分が泣いている事に気づいた。
「よく頑張ったの、ヤバッシー。本当に……よう頑張った」
ぽんぽんと、今度は優しく腰を叩かれる。その小さい手が、とても温かい。
一瞬だけ迷って、すぐに目元を拭う。
「……失礼しました。お見苦しい所を」
「なんじゃい。もっと泣いていても構わんじゃろう。童のくせに」
「いえ……涙は、日本に帰った時にとっておきたいので」
「そうか。生意気な小僧じゃわい」
「……すみません」
「かー!威勢をはるなら最後まではらんか!こーれだから最近の若いもんは!」
ふざけた口調に戻った彼女に、小さく笑う。
どうやら、かなり気を遣わせてしまったらしい。この世界にきて三カ月ほど。この人は大人として、まだ子供の俺を安心させてくれようとしていたのだ。
そう考えると、かなり失礼な態度をしてしまっていた。勝手に怖がって、勝手に委縮して。曲がりなりにも自分を助けようとしてくれている人にする反応ではない。
「すみません。ギルマスさん」
「だーかーらー。そこは謝るのではなく……いや、待て?儂も若いぞ?儂はピチピチの女子小学生!難しい話しわかんにゃい!よし、ヤバッシー!肩車じゃ!儂のおさな可愛い所を全方位にアッピルしなければならん!!」
……本当に気を遣っていたのだろうか、この人。実は一から十まで素では?
とりあえず、肩車をしたらその瞬間某犬鎧の人物に何をされるかわからないので、丁重にお断りした。
なので、お願いだから道路に寝転がって駄々をこねないでほしい。あ、大西さんがマジギレした顔でギルマスさんに向かっている。俺しーらね。
* * *
その後、まあ色々あった。
どうもこの大和共和国は計三枚の壁があり、一番外側に囲まれた『外区』。二番目の壁がある『中区』。そして最後の壁で隔てられた中央にある『内区』。
中区に入った段階で、リースランの王家とその供回り以外はそこにある宿泊施設で待っていてほしいとなったのだ。何でも、内区に立ち入りを許されているのはギルマスさんや幹部と言われる人達の承認があった人のみだとか。
当然近衛の人達は反発したが、ドーラムさんが王家の護衛につくのと、キリングさんがまとめ役として残る事でおさまってくれた。
……アミティエさんとイリスも中区で待つよう言われたのは、俺も少し不満だったが。
そして内区。中央に西洋建築の城があり、周囲に家々が並んでいる。中の案内はまた後日行う次第となり、ギルマスさんの分身たちはリースラン王家を連れて城の中へと入っていった。
自分達は新しく入って来た事前登録者用の宿泊施設に案内される予定だったのだが……。
俺だけが、個別にギルマスさんの分身から城に呼び出された。それも、例の空間転移を使って。
「すまんな。疲れておるだろうに」
「いえ。ギルマスさんこそお忙しいようで……」
「うん。めっちゃ忙しい。けどがんばりゅ」
個人用の応接室と彼女が言った場所。そこで彼女と対面でソファーに座りながら、頬が引きつりそうになる。
「あの……いいんですか?」
「え、なにがじゃ?」
「『本体』がこっちにいて……今、リースラン王家と対談中では?」
そう、目の前にいるギルマスさん。『本体』である。
どういう事だよ……普通王家への対応に回すべきだろ。なんでただのパンピーの方に来てんだよこの人。
「着いたばがりじゃし、あっちは軽い挨拶だけじゃよ。まずは一晩休んでもらわんと。それに、本物と偽物の区別はつかない様じゃからの」
ひらひらと手をふる彼女に、本当に大丈夫かよと内心でツッコまざるを得ない。
「それより、大事な話しがあるんじゃ。儂本体が直接話さなければならんと思う程度にはな」
ギルマスさんの顔に、笑顔はない。かといって余裕の類もなければ、敵意もない。
あるのは、本当に『申し訳なさそう』な、そんな感情。
「単刀直入に言おう。儂は、スノードラゴンを殺さない」
告げられた言葉は、俺の背にひやりとした物を流し込むものだった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
凄く大雑把な大和共和国の状態
壁外
難民とかが勝手に作った村々。取引と最低限の警備はしている。
外区
入国や居住を許可された異世界人向けの区画。
中区
事前登録者の紹介があった人用の区画。
内区
事前登録者と、ギルマスや幹部達に紹介された異世界人だけ入れる区画。




