第八話 怪異・狂人ネカマ
第八話 怪異・狂人ネカマ
サイド 矢橋 翔太
おち、落ち着け翔太。こういう時こそ冷静にならねばならない。
……あの人も可哀想に。イヒロ村で人の死体をさんざん見たが、それでもこうして直面するときついものがある。
せめて遺体を回収してあげるべきか。いや、食物連鎖としてそのままにすべきか……わからない。なら、自分の思うままに供養だけでも。
そう思って近づこうとし、気づく。
顔は角度的に見えないが、微かに体が動いている?
「生きてるぅぅぅううううう!!??」
助けなきゃじゃん!?
『マタンゴの急所は股の部分にあって』
やるしか、ねえ!
一足にて間合いを詰め、右足を振りかぶる。すまんマタンゴ。この攻撃は、男としてしたくなかった。
だが人命には代えられねぇ!!
「おらぁ!」
1カメ
ドゴォ!
2カメ
ドゴォ!
3カメ
ドゴォ!
キノコの打ち上げ花火じゃコラー!!
少し先で落下したマタンゴが胞子をばら撒いているが、今は無視。急いで倒れている女性を抱き起す。
「大丈夫ですか!?意識はありますか!?」
至近距離で呼びかける。肺に胞子が入ったのか?それとも体当たり?あるいは別の生物に襲われて?
金髪の美しい女性だ。いや、幼さが残る顔から少女と呼ぶべきかもしれない。だが、その顔は青白くうなされる様に目をつぶっている。
外傷は見当たらない。やけに胸元の空いた服に破れたような箇所はなかったし、出血も診られない。
「……お」
「お?」
うわごとの様に、少女が喋る。
「お腹空いた……」
「……はぁ?」
* * *
「はふっ!……はふっ!」
あの後、仕留めたマタンゴを引きずり少女を背負ってアミティエさんの所に。軽く診てもらい、空腹と診断された。
と、言うわけで。現在残ったキノコ鍋にパンを細かくちぎって浸したやつを食べさせている。
最初は手ずから食べさせる必要があったが、今はこうして自分で『箸を』動かしている。
……咄嗟に俺が自分の箸を差し出しちゃったけど、この人迷いなく使っているな。アミティエさんも箸の説明をした時は少し不思議そうだったのに。
細かい話かもしれないが、そこが気にかかる。なにより彼女の容姿と着ている物だ。
まず容姿。黄金のように輝く金の髪をツインテールにし、クリクリとしたアーモンド形の赤い瞳。白い肌に人形めいて整った顔立ち。
服装は黒と赤を主としたもので、肩や胸元がやけに露出しており、彼女の際立ったスタイルを見せつけている。というか胸元は『挟む用ですか?』と聞きたくなる感じにガッツリあいてる。凄い。
それと、あの服からは魔力を感じる。
転移して数日。いつの間にかあった知識と現在の感覚をすり合わせ、MP――『魔力』を大まかにだが感じられるようになった。その結果、アレが魔法の衣服である事がわかる。
アミティエさんから魔道具は高価な物だと聞いている。つまりアレを身に着けているのなら、この人は良いとこの出のはず。
だが座り方は胡坐だし食べ方も雑。とてもじゃないが貴族や大物商人の子とは思えない。
極めつけは本人の魔力。自分よりも数段上だ。これらの事から、この人の素性は何となくだが想像できた。
だから自分がこの人をガン見しているのは警戒の為なんです。決して胡坐をかいたせいでミニスカートの中から赤いパンツが視えているなとか!内腿ってエロイなとか!谷間すげえとか!思って見ているわけじゃないんですよアミティエさん!!!
そんな『しょうがないなぁ……』って呆れと慈愛の目で見ないでくださいアミティエさん!
「ぷはっ!ごっそさん!」
「いえいえ。お粗末さまでした……て言うのかな?」
少しおどける様に尋ねるアミティエさんに、少女は笑う。なんというか、人懐っこい犬みたいだ。
「いやいや!こんな美味いご飯にお粗末とは言えないって!いやー、何日ぶりの飯だろう!助かった!ありがとう!」
「どういたしまして。けどお礼なら貴女を連れてきた翔太君にも言ってあげてほしいな」
「おう!ありがとうな翔太!」
「い、いえ」
なんというか、この明るい感じは逆に罪悪感を覚えるな。邪な視線を向けていた自分が恥ずかしい。
……いや警戒の為に見ていたんだけどね!?だから『仕方がないさ』とばかりに優しい目をしないでアミティエさん!
「まさかこんな所で『同じ日本人』に会えるとは思わなかったよ!」
「あ、お気づきでしたか……」
「そりゃあな。箸を出してくるし、翔太って名前だろう?誰だってわかるわ!」
豪快に笑いながら肩をバシバシ叩いて来た。いや近い近い!?乳が!少し先に乳が!深い谷間がすぐそばに!
「そっちの子も日本人なんだろ?意識が朦朧としていた時に、『ウチ』って自分を言っていたから。それにその訛り。友達に大阪京都兵庫って引っ越してきた奴がいてさ!すぐにちゃんぽん弁ってわかったよ!」
今にも抱き着いて来そうな少女にドギマギしていると、どうやら彼女が勘違いをしている事に気づく。
「ああ、いえ。そちらのアミティエさんは日本人じゃなく、現地の人ですよ?」
「……は?」
その瞬間、少女の顔が固まった。
壊れたブリキ人形みたいにぎこちない動きでアミティエさんを指さしたままこちらを見てきたので、普通に頷いて返す。
「改めて自己紹介を。父は『ジョージ』、母は『ワイス』。イヒロ村のアミティエと申します」
「ひっ」
「ひ?」
「ひぁぁぁぁあああああ!!??」
おおっ、顔から出るもん全部出しながら叫んでいる。まるで噴水だ。
……いやなんで?
「お、終わった……俺の冒険はここで終わるんだ……睡眠薬とか感度30000倍の薬とかさっきのご飯に仕込まれていたんだ……」
「なにその薬死んじゃう」
「なんか眠くなってきた……睡眠薬か……!」
「ただの疲労だね」
「母ちゃん……父ちゃん……ごめん……」
「ご両親は大切にしようね」
「すみませんリアクションに困るんですけど」
「いやわりとよくある話だよ?」
「おうち帰りたい」
やだ現在地は修羅の国みたい。平和な日本に帰りたい。
よよよと泣きながら横たわる少女。さては余裕だな?いやあの顔面崩壊具合は素面か。
それを見ていたアミティエさんが何かを思いついたかのように、ニッコリと笑みを浮かべて少女の前に蹲る。
「大丈夫ですよウチは貴女にそんな酷い事はしません」
「ほ、本当……?」
「ええ、勿論です」
「よ、よかっ」
「ばぁっ!!!」
「いやぁあぁぁあああぁああ!!??」
「アミティエさん?」
「うん」
「やめようね?」
「ごめん。可愛かったからつい」
この人マジで怖がってるからね?心臓止まりそうだからね?
「翔太ぁ~!!お前だけが頼りだよぉ~」
「え、ちょ」
ドタバタと四つん這いで自分の後ろに回り込みしがみ付く少女。いかん、胸が……!やわっこい……!背中に感じるたっぷりとした重量感。もっちりとした柔らかさ。それでいてしっかりと感じる張り。
これが、乳房……!
ああ、やめてアミティエさん!そんな『男の子だもんね』みたいな生暖かい目で見ないで!?お母さんにエロい漫画見つかったみたいな感じがする!違うんですあの漫画はちゃんと分類が少年漫画で!ガチのはスマホの中にしかないから!
「まあ本当に変な薬『は』いれてないよ」
「なんで今『は』って強調したの……?」
「薬は入れたし――胃腸にいいやつ」
おい後半の小声をもっとはっきり言え。
「いやぁぁぁ!!??」
そうなるよね知ってた。確信犯だなあの人。
「あの」
「「うん」」
「話、進まないんで」
「「うん」」
この人達本当に初対面だよね?なんかもう俺より打ち解けてない?
やめよ?そういう仲いい空気出されると俺みたいなのはマジで居場所なくなるからね?もうひたすら隅の方で無言貫いて時間が過ぎるのを待つ、悲しき生命体になるからね?
「……とにかく、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「………」
いや背中には隠れたままなんだ。いや俺はいいけども。
むしろ永遠にそうしていてくれてもいいけど。いっそ世界止まらねえかなこの瞬間から。
「この体勢のままですまん。正直、この世界に来て色々あったから……って、翔太はこの子にどんぐらい話したの?」
「アプリゲーに事前登録したら異世界に飛ばされた事とかスキルやレベルやらガチャやら」
「OK全部だな」
少しは警戒心がとけたのか、少女が俺の背中から離れて隣に座る。
ああ、おっぱいの柔らかさと温もりが……しかしそれを顔に出さない。これ以上アミティエさんからの暖かい目は俺の心に傷ができる。
「実は数日前までこの辺は猛吹雪に襲われていてな」
スノードラゴンですねわかります。アレの被害ここまで来てるのね。
「どうにか魔法でそれをしのいで、森の外に出たんだよ。そこでまず盗賊に会って」
「うわぁ……」
初手盗賊と遭遇とか運なさすぎだろこの人。お祓いにでも行った方がいいんじゃないだろうか。
「どうにか逃げ切れたと思ったら今度は兵士にも追われて……」
「ん?兵士に?」
盗賊はわかるが、なぜ兵士?身分証でも出せと言われた……わけではないだろう。中世に近い世界みたいだし。
単純に怪しい奴と見られたのか。
「いや、兵士で間違いないと思うよ」
「え、そうなの?」
「そうなんだよ」
ゆっくりと頷くアミティエさん。
「たぶん、盗賊や魔獣対策で領主が兵を出したね。そしてその補給先や給金は道中の『潰れた村』や『被災者』だろうね」
「はぁ!?」
思わず声をあげて立ち上がる。
聞き間違いか?そんなのはいくらなんでもあり得ない。
「そう珍しい話じゃないよ。こうも被害が広がった後だと、しばらくはその村から収益は見込めない。むしろ逃げ延びた村人が盗賊化するから、だったらいっそ兵士の給料代わりにしようって話は多いらしいね」
生き残りで女子供は奴隷か売春宿。残った財貨があれば略奪。それ以外は殺してよし。
そんな感じに命令が出たのだろうとアミティエさんが呟く。
「そんなのって……」
「この辺だとムウ・フォン・ノール男爵かな?それに遭遇したんだろうね」
「所属まではわかんねぇ。とにかく転移した時に持っていた財布から銀貨とか金貨ばら撒いて逃げたんだよ」
正直、ひく。
なんだ兵士が自分とこの領地の人間を襲うって。頭湧いてんのか。
……いや。日本の常識で批判するのはよくない、気がする。かなり嫌悪感を覚えるが、だからと言って口に出すのも違うだろう。
眉間に皺がよるのを感じながら、座りなおす。
「言っておくけど、真っ当な領主なら蓄えを解放してある程度は領民を保護するよ。次の収益につながるからね。ただ、その余裕もない領主はやる」
「そう、ですか」
「なんにせよ、そんな感じで追い回されたから異世界人には警戒心もつぞ、俺は」
……なんでもいいが、さっきから一人称『俺』なのか。
いやな予感がする。いやただの『俺っ子』かもしれないけど。
「そう言えば、君の名前を聞いてもいいかい?」
「あ、すまん自己紹介忘れてたわ。俺は『巻山真崎』。大学生だ。元は男だったんだけど、気づいたらこの体でなー。まさかキャラメイクした美少女になるとは……」
ネカマじゃったかー……ネカマの乳で一喜一憂していたのかー……。
少しだけ遠い目をしながら、審議。
……うん。今美少女の体ならよし。セーフ。俺の性癖は守られた。
「うん……うん?それは精神的な話?偶に聞く、こう、女性の肉体だけど精神が男性とかそういう……」
「微妙に違うけどとりあえず元男だと理解してくれればいいよ」
「な、なるほど……?」
珍しくアミティエさんが混乱している。早過ぎたんだ、この世界に『TS』の文化は。
「まあいつまでも『俺』だとややこしいな。予定していたロールプレイするわ」
「え、待って?」
今なんつった?余計に混乱を招く事やろうとしてない?
「んん!……と、いうわけで!今後は炎上系アイドル『ホムラ』ちゃんって事でよろしくお願いしまーす!」
「え……え?」
更に混乱するアミティエさん。いや自分も混乱している。
え、マジの肉体になったうえでそれやるの?正気か?
「おいおいおい~、ノリ悪いぞ~。そこはホムラちゃん可愛いヤッターぐらい言わないとぉ」
「ほ、ホムラちゃん可愛いヤッター」
「サンキューアミティエちゃーん!!いえーい!!」
「い、いえーい」
すげえ、アミティエさんが汗ダラダラ流しながらこっちに助けを求める目をしている。
よし。ならば。
「ホムラちゃん可愛いヤッター!」
「いえーい!センキュー!」
巻山さん改めホムラさんとハイタッチする。絶望の表情をするアミティエさん。すまない。実は俺もキャパオーバーなんだ。
「そう言えば二人はどこか行く予定だったのー?その辺お姉さんに教えたまえよ~」
笑いながら肘でこっちの胸をぐりぐりしてくるホムラさん。この人……ガチだ……!
「アミティエさんのお父さんのお知り合いがいる街に向かおうかと」
「おお!なら私も連れってよ!一人じゃたどり着ける気がしなくてさぁ。ほら、戦力にはなるからぁ」
「は、はあ」
「あ~ん?さては行き倒れてたから信用してないなぁ?アレは森の中だから魔法が使えなかっただけだぞい!」
いや、困惑しているのはそっちではなく貴女のテンションです。
こういうのコミュ障には荷が重いっす。そしてアミティエさんも事務連絡の話は強いけど通常会話は苦手なコミュ障の一種と見た。
いかん。この場にはコミュ障、自棄っぱち復讐娘、狂人ネカマしかいない。俺みたいな凡人に耐えられる空間ではない。
「じゃあ短い間だけどよろしくなブラザー!あーんどシスター!」
「あ、はい。どうも」
一瞬断ろうとも思ったが、一人で放置もまずい。ドラゴンが心配だが、流石にこのタイミングでは来ないだろう。
スノードラゴンなら来た瞬間わかるだろうし、その時に逃げさせればいいか。
差し出された手を握り返す。
「さあ、これから私達の長く苦しい戦いの日々が始まるんだぜぇ!行くぞ野郎どもー!」
「いや明日の昼頃にはつくと思うけど?」
「!!??」
全力の顔芸をするホムラさんに、アミティエさんと二人真顔になるしかなかった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
TSヒロイン?いいえ、珍獣です。