第七十六話 ゴング
第七十六話 ゴング
サイド 矢橋 翔太
スタンクさんの隣で『デュランダル』を構え、こちらに向かってくる革命軍兵士達に眼光を浴びせる。
「が、あぁ……!?」
「ひ、ひぃ!?」
硬直する彼らから視線を外し、スキルを意識して止めながら王族の方へと顔をむけた。
「君達は……」
「話しは後です、陛下。今は脱出を」
そこでは魔法を解いた大西さんが素早く王家の拘束をほどき、田中さんが周囲の兵士達を蹴散らしていた。
やっぱり強いな田中さん。前動作が最小限に抑え、剣や拳を振るっている。身体能力の高さもあって、常人では何をされたのかもわからないだろう。
「お、お前は!ラルゴに怪我をさせた奴!」
偶然眼光から漏れていたのか、アレックス何某がこちらを指さしながら怒鳴っている。
そうだ、ラルゴがいない。奴はどこだ?
「俺を無視するな!くそ、槍を貸せ!」
奴が固まっている革命軍兵士から槍を奪おうとしている間にも、状況は動く。
この広場は、王城に面している方角以外全てに大きな道がある。その三つの道から、大きな怒声が聞こえ始めたのだ。
「詐欺師を出せぇ!」
「どうなってんだよこれはよぉ!」
視線をそちらに向ければ、微妙に覚えのある顔が先頭に立ち民衆を先導しているのが見て取れる。
彼らの顔によほど覚えがあったのか、スタンクさんが苦笑を浮かべた。
「あいつら……まったく」
そう、隠すまでもなく傭兵団の人達である。
アミティエさん発案なのだが、元より革命軍は組織内ですら統制が取れていない。つまり、民衆や末端はそれこそ何が起きているのかもよくわからないのだ。
だと言うのにこの王都の荒れ様。煽れば動かせると、彼女が言ったのである。現在街中に傭兵団の人達が散っており、あっちこっちで民衆や革命軍にある事ない事吹き込んでいた。
……発想がテロリストめいている気がするけど、俺に害はないから、ヨシ!
「革命したら生活がよくなるんじゃなかったのかよぉ!どういう事だぁ!」
「なんで俺の村が革命軍に襲われてんだよ!?民衆の味方じゃなかったのかぁ!」
「アレックスが貴族の子供ってマジかよ!?本当は外国の貴族にこの国を売る為に革命を起こしたって聞いたぞ!」
三方向それぞれ別の事を言いながら、広場に押し寄せる集団。しかも時折革命軍で配られていたマスケット銃みたいなのも発砲され、あっという間に広場が混乱の渦に巻き込まれる。
扇動された集団を押しとめようとする革命軍兵士。突然の武装勢力の出現にパニックになる民衆。紛れ込んだサクラの流布に反応したフリをして怒鳴る他のサクラ。近くの革命軍に跳び膝蹴りを入れる音楽家。
その光景にあんぐりと口を開けるアレックスの背を、スタンクさんが蹴り飛ばして民衆の中に落とした。
「がぁ!?」
「おめぇらぁ!革命の救世主、アレックス・ミトスが全ての質問に答えるってよぉ!」
スタンクさんの大声に近くの民衆や革命軍が奴に殺到する。こっちに槍を向ける奴もいるが、適当に睨んで黙らせた。
「どうなってんだよおい!?」
「アレックスさん、指示を!」
「お前裏切っていたのかよ!」
「金返せ!」
「ちょ、落ち着いてくれ!今は逃げようとする王族を、ぶべぇ!?」
「そうやってまた騙すのかよ!」
「おい、やめねえか!俺達の救世主だぞ!」
「さては王族派だなてめぇ!」
対応しようとするアレックスを殴り飛ばすビルギットさんそっくりな人と、それを棒読みで止めようともみ合いになるマードックさんにそっくりな人。
殴り合いが波及する群衆を無視し、台から降りて大西さん達と合流する。
「大西さん、そっちは」
「手筈通りだよ。そろそろ――」
広場の一角。そこからいくつもの銃撃音が響いた。
ぶわりとその辺りに広がる白煙。それを突っ切って、サーベルを持った騎士たちが馬に乗って駆けてくる。
「姫様ぁあああああああ!!」
「マリアンヌ……!」
喉が裂けんばかりに吠えながら白馬を走らせるヌーヴェルさんに、王女が満開の華の様に顔を綻ばせた。
混乱する革命軍はまとまった動きができず、彼女らはあっという間にここへ到着した。
更に騎士達の後ろでは王族派の兵士達がボルトアクション式のライフルを撃ちまくっている。素人の自分から見てもぎこちない動きだが、それでもマスケットよりは遥かに装弾が速い。
指揮官の不在。そもそもが烏合の衆。部隊が入り乱れての銃撃。そして騎兵。これだけやれば、もはや彼女らを邪魔する事など革命軍には不可能と言っていい。
それはそうと、見ていてくれましたかヌーヴェルさん。俺の華麗な登場シーンを……!恰好よくスタンクさん助けましたよ!
そう内心で鼻息を荒くしながらも、口には出さず周囲の警戒を続ける。こういう時、静かに仕事をする男がモテるって前に映画で言ってた!
雄叫びを上げて剣で斬りかかってきた革命軍の武器を両断し、至近距離で眼光をあびせ気絶させる。
「姫様……!」
「マリアンヌ!!」
馬から跳び下りる様に地面へ足をつけたヌーヴェルさんと、リースランの王女が抱き合う。身長差の関係で王女の足が浮くが、そんな事は関係ないと彼女たちは強く抱きしめ合った。
あの空間、凄くいい匂いしそう。そして互いに押し付け合った胸が変形している。あの王女十二歳ってマジ?いや、王妃の胸を見れば納得できるか。遺伝ってすげぇ。
王女はE……いやFか?王妃にいたってはそれ以上。ホムラさんクラスか?
「姫様、申し訳ございません。御身を……!」
「いいの、マリアンヌ。いいの……貴女がこうして迎えに来てくれた。それだけで……!」
「姫様……!」
「今は、リリィって呼んで……」
「……リリィ」
あれ?なんか顔近くない?
熱っぽく見つめ合う両者。そのまま唇が近付き―――。
「「ん……」」
「 」
百合の花が咲きました。
どういう事?ねえこれどういう事???
「説明しろアレックス!!!」
「ごはぁ!?」
咄嗟に近くの石を拾って立ち上がったアレックスの頭にぶん投げる。ヒット!寝てろバーカ!
……落ち着け、落ち着け俺。素数を数えるんだ。素数は俺と同じ孤高の数字。彼女なんていない、童貞たちの数字なんだ。
「お前達、なにを……」
「いいではないですか、あなた。今ぐらいは。日頃から『殿方は殿方同士で。令嬢は令嬢同士で』と言っていたマリアンヌですもの。これぐらいの褒美はあっていいでしょう?」
少し困った様子の王様と、コロコロと楽しそうに笑う王妃様。
なるほどねー、完璧に理解したわ。理解したくなかったけど、理解しちゃったわ。
「つまり、俺は薔薇な感じに見られていたって事ですかスタンクさん!!??」
「知らねえよ。つうかうるせえよ馬鹿」
そんな冷たい視線で見ないで!?傷心中なの!!
「翔太ぁー!」
「っ、ホムラさん?」
広場の傍に見える背の高い建物。その窓から上半身を乗り出して、撤退の援護の為魔法を放つホムラさんがこちらに叫んでいる。
まさか、彼女の方からラルゴたち魔族を捕捉したのか?なんにせよ重要な情報に違いない。聞き逃すまいと意識を向けた。
「ドンマーイ!!!」
「やかましいわ!?気遣いありがとねちくしょう!!」
どうでもいい内容だったわ、くそが!無駄にいい笑顔なのが強化された視力のせいでめっちゃわかる!
「さ、陛下!こちらに!」
「うむ。すまぬ、苦労をかけたな……」
「謝らないでください。頭を下げるべきは我らなのです。しかし、どうか今は御身の身を助けさせてください……!」
「すまぬ……いいや、ありがとう」
ドーラムさんに促され、リースランの旗が上げられた馬車へと国王一家が乗り込んでいく。あ、違うわ。王女だけヌーヴェルさんと白馬に乗ってる。
……逆に考えるんだ。美女執事と美少女お姫様の百合、尊いって。
よし、モチベーション持ち直した。やれるわ。
「ふん」
「がぁ!?」
とりあえず馬車にマスケット銃を向けていた革命軍数名に突っ込む。剣をぶつけたり踏み潰さない様に注意しながらでも、あっさりと蹴散らせた。
やはり、普通の人間であればどうとでもなる。アミティエさんみたいな達人なら別だが。
となると問題はラルゴ達魔族。大西さん達も奴こそを一番警戒している。さあ、どこからくる。
「翔太ぁ!」
角材で革命軍の兵士を殴り倒し、武器を奪いながらスタンクさんがこちらに吠える。
「ラルゴは下からくるぞ!ああいう手合いはそういう事を狙う!」
「根拠は!」
「俺の勘だ!」
「了解!大西さん、例の地下通路のある場所は避けましょう!」
「……わかった!」
一瞬だけ逡巡するも、大西さんが頷いて王族派に駆け寄り指示を飛ばした。一応、地下通路の上を通らないルートも決めてはいた。
だが、そういったルートはどうしても道幅や曲がる回数に問題が出てくる。状況次第でやむを得ないとなったら使うと会議では決まったが、これはその『やむを得ない』だ。
この広場も地下がある。ここから離れなければ。先頭に田中さんが立ち、次に騎兵隊。そして馬車と続いて自分と歩兵が走る。殿は俺が努めよう。
あっさりと民衆の壁を引き裂き、田中さん達が突破する。自分達の背後や左右では炎が人々の真上で爆ぜていた。爆音と光、そして熱に驚き恐怖する人達は、こちらに構っている余裕はないらしい。グッジョブホムラさんとイリス。
これが軍隊相手なら色々と話しも変わってくるだろうが、彼らは指揮官のいない暴徒だ。咄嗟の対応はできない。ドーラムさんの言った通りだ。
だが、これも予想通りながら――遅い。俺達が。
王都を抜けようと足を動かすが、現在王都中の民が広場の方へと駆けこむ様に誘導されている。流言は様々だが、複雑な工作はできないと踏んでとにかく広場に向かわせる様にしていた。
その弊害か、人の波に逆らう様に自分達は進まないといけない。先頭にいる人達が道を切り開いてくれるが。後続との速度差も考えてその速度は騎兵や馬車の利点を活かし切れていないのは素人目にも明らかだった。
「スタンクさん!」
「おお、アミティエ!」
何故か俺の横を並走していたスタンクさんに、王都で扇動をしていた傭兵団の人達とアミティエさんが集まってくる。
よかった、皆も無事だったか。
「スタンクさん……よかった……本当に……!」
エメラルド色の右目に涙を浮かべるアミティエさんの頭を乱暴に撫でて、スタンクさんが笑う。
本当に一週間以上も牢に繋がれていたとは思えないほど、活き活きとした声で彼は彼女の心配を笑い飛ばした。
「俺もまあ、流石に死ぬかと思ったがな!だがこうして生きてる!傭兵ってのはそれが全てだ!」
「うん……!うん……!」
「ま、礼ぐらいは言ってやるよ、小僧」
ふふんとこちらに視線を向けてくる彼に、周囲を警戒しながら小さく肩をすくめる。
「別にいいですよ、こっちも色々ご迷惑をおかけしましたし」
「かー、そういう所で大人に甘えられねえとは。いい傭兵になれねえぜ?」
「いやなりませんよ?なる予定ないですからね?」
俺は将来……将来、何になるんだろう?
日本に帰って、高校を卒業して、大学に通って。そこからが浮かばない。そもそも何の大学に行くのかも、考えていなかった。
……まあ、今はいいか。
「翔太君、ありがとうな。スタンクさんを助けてくれて……!」
「いえいえ。当然の事をしたまでですよアミティエさん。見ていてくれましたか、俺の雄姿……!」
「え、ごめん。あっちこっち走りまわっとったから、全然見とらんかった」
「あ、はい。ですよね」
現状野郎どもとホムラさんにしか見られていないんだけど、俺の活躍シーン。
もっとさ、あるじゃん。格好良く処刑を止めて『キャー、カッコイー!』って黄色い悲鳴を浴びる感じのシチュエーションが。
「おい、俺の命の恩人が黄色い声を求めてるぞ。かけてやれ」
「「「キャー、カッコイー!!」」」
「チェンジで」
野太いだみ声が多数聞こえてきた。うっぜ。
「それより、アミティエさん」
「うん、羽音が聞こえてくる」
空に視線を向ければ、曇天が広がっていた。黒に近い灰色の雲は日光を大幅に遮断し、王都を薄暗くしている。
これならば、全開とはいかずとも『奴ら』は十分に暴れられるだろう。
「大西さん!」
「魔族がくるぞー!」
「総員、警戒態勢!」
俺の声に馬車の方から大西さんの声が響き、それに続いてキリングさんの声が聞こえてくる。
その直後、空に奇怪な鳴き声が響き渡る。
『ギェエエエエ――ッ!!』
体毛のない狼男めいた姿に、背中から蝙蝠めいた羽を生やした魔物、吸血鬼。
それが見える範囲でも五体。恐らくそれ以上の数が王都の端々からこちらに集まってきていた。
狙いは当然の様に王族を乗せた馬車。上空から急降下し、その屋根を破壊しようとしてくる。
「撃てぇ!!」
そうはさせじと後列の部隊から弾丸が放たれる。立ち込める白煙と鉛玉に吸血鬼達は嫌がる様に高度をあげるか、バランスを崩して近くの家に突っ込んだ。
だが、それだけだ。奴らは特定の条件を満たさなければ殺せない。弾丸を受けて家屋に突っ込んだ奴も、雄叫びをあげてすぐさま空に飛んでいった。
再度の襲撃を狙い上空を旋回する奴らに、馬車の屋根に上った大西さんが杖を向けた。
「『チャーム』」
黒い光弾が吸血鬼の一体に当たったかと思えば、そいつが突然他の吸血鬼を攻撃し始めた。更に彼は黒い霧の様な物を馬車の上に展開。上空からの視線を切る。
混乱する吸血鬼達をよそに、馬たちは駆け銃を持つ者達が空に鉛玉を放つ。『第一波』は、やり過ごす事ができた。
続けて、『魔獣の眼光』に反応。一瞬だけアミティエさんに目配せすれば、彼女が頷いてくれた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
曲がり角を曲がった直後、急停止から反転。右掌をそちらに向ける。
直後、轟音。曲がり角で過ぎ去った建物を突き破り、黒い巨体が飛び出して来たのだ。
「『マグヌス・ラケルタ』」
浮き上がる光輪は二つ。通常の倍の魔力を込めた紅い魔弾が奴目掛けて放たれた。
「チぃ!!」
舌打ちをしながら、黒い魔物――ラルゴが、顔の前で腕を交差させた。
あの時の魔法同様、ただの目くらましと思ったか?それとも自分の硬度なら耐えられると思ったか?
「が、ああああ!!??」
爆音と共に土煙が周囲を包む。衝撃波にのってこっちまでやってきたそれらを無視し、剣を構えた。
「て、めええええ!」
響き渡る怒声が空気を震わせ、粉塵を蹴散らしていく。
黒煙から現れたラルゴは二本の脚でしっかりと立ちしながら、しかしその両の前腕を大きく抉れさせていた。
白めのない瞳がこちらを見据えるが、そこからの感情は読み取れない。だが、その剥き出しの牙から表情は感じ取れた。
「お久しぶりですね、ラルゴ」
「ふざけた真似をしやがって……この劣等種がぁ……!」
口角に唾の泡を作るほどに怒り狂う奴を前に、剣を構えなおす。
騎士がやる儀礼的な物の様な立ち姿。胸の前で柄を握り、切っ先を空に向ける。刀身の腹を見せるこちらに、怒りを露にしながらもラルゴは飛びかかってこなかった。
そうだろうさ。お前はこういう時、咄嗟に警戒が先にくる。それが直感でわかるから、こうして悠長に準備ができるのだ。
眼前にある『デュランダル』の刀身。黄金のそれは磨き上げられた鏡の様に、俺の目を映す。
その状態で、『魔獣の眼光』を起動した。
「お、おおおおおおおおおお!!!!」
雄叫びが、自然とあふれ出る。
刀身に映ったその瞳に本能的な恐怖が溢れ、しかし『眼』に関する干渉ならばスキルそのものがその効果を遮断する。
結果として、あふれ出る脳内麻薬。まるで鏡に映った自分の姿をお化けと間違う子供の様に、脳は眼前の脅威から逃れるために限界を超える事を許容する。
「なんだぁ?叫んだだけで強くなるのは、劇場の中だけだぜ、ガ――」
奴が警戒しながらも小馬鹿にする様にして口を開いた時には、既に駆けていた。
体が跳ねる。いつもよりも数段加速した踏み込みに、この眼はしっかりとついてくる。
いいや、逆だ。ようやく、眼に体が追い付いた。
「ギィ!?」
袈裟懸けにラルゴの体を切り裂く。まだ、浅い。
ほぼ反射なのだろう。反撃として放たれた拳を下がって避ける。予想よりも跳び過ぎたのか、彼我の距離は大きく開いた。
拳が掠めたのか、頬が少し熱い。感覚で血が一筋流れたのを感じた。だが、それもすぐに癒える。
「て、めぇ!どんな手品を!」
「すぅ……『エンチェント:シルバーコート』『エンチェント:リジェネ』」
異様に五月蠅い心臓に眩暈を覚えそうになるが、術式を組み立て、発動。白い燐光が自分を覆う。
さあ、第二ラウンドだ。ラルゴ。
「ここで、殺します」
「ほざけよ、人間風情がぁ!」
傷口から白煙をあげるラルゴへと駆ける。今度は視線がかち合うのを感じながら、剣を振りかぶった。無言のまま『万相の一撃』を発動させる。
同時に、異様な膨張をしながら振るわれる奴の右腕。
ぶつかり合ったそれらが、開幕の合図とばかりに轟音をあげた。
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