第七話 行き倒れ
第七話 行き倒れ
サイド矢橋 翔太
イヒロ村を出てから三日目。突然だが、自分のステータスを見てみよう。
名前:矢橋翔太 状態異常:マーキング(竜) 種族:人間
HP:25 MP:28 合計LV:10
STR:30 VIT:32 DEX:30 MAG:28 SIZ:18
スキル
『初級白魔法』 LV:2
『身体装甲』 LV:2
『状態異常耐性』 LV:2
『獣の直感』 LV:2
『万相の手』 LV:2
称号とか刻印は省くとして、だいたいこんな感じだ。
キャラメイクの時考えたコンセプトは『自己完結型』である。基本的に硬く、そして回復もできる。不意打ち対策もでき、大抵の相手に攻撃する手段もある。
正直火力不足なスキル構成だが、そこはゲームをプレイしながらアイテムで補えばいいと思っていた。今なら『マグヌス・ラケルタ』がそれだ。
なんでこんなキャラメイクをしたか。単純にネット上でコミュるのが面倒そうだったからである。基本的にソロ専だ。
では、実際このステータスを持つ自分が一人でやっていけるかと言うと。
「いやー、翔太君は力持ちで助かるよ」
「いやいや。こちらこそ助けられているので……」
無理です。
自己完結で行けると思えるのはゲームの中だけ。現実となってしまった今、一人で生きていくのは不可能だと個人的に思っている。
「けどいいのかい?ウチの分まで荷物を持ってもらって」
「これぐらいは、うん。全然大丈夫なので」
現在街道を歩いているのだが、その道は現代っ子の基準だとあまり整備されているとは言い難い。
むき出しの地面なのはいいが、全然平らじゃないし草だらけで普通に道を外れてしまいそうだ。横の地面と道の境がわからん。
アミティエさんに先導してもらいながら、ずっしりと肩に食い込む荷物を背負いなおし、左手で握る大きなバックも確認。
確かに彼女が申し訳なさそうにするだけあって、重いのだろう。というか一見『夜逃げかな?』と言いたくなる大荷物だ。まあ実際家を失って移動しているわけだし、そう間違ってもいないが。
だが自分の肉体は正にチート。
確か事前登録の時に見たステータスの基準で、STRは『10』が成人男性の平均。『20』がそれこそ重量挙げの世界記録保持者。『25』となればクマである。
そして今の自分は称号の影響もあってクマ以上のパワー。そしてタフネス。人が持てるぐらいの荷物ならどうという事はない。ちなみにアミティエさんもリュックを一つ背負っている。運ぶと言ったが、これぐらいは自分でと断られた。
ぶっちゃけて言おう。現状俺のお役立ちポイントがそれだけなんだよね!!
まず地理。異世界で土地勘とか言われても困る。
次に常識。今の所他の人とは会っていないが、異世界の社会常識が足りないのでいらない不和を招くかもしれない。
そして食事。これが思った以上に大変。
そもそもの話し、俺の調理技術は小学校の家庭科レベル。味噌汁やカレーとかなら作れるけど、それはスーパーで材料を買ってこれる前提。
間違ってもその辺の森に入っては食べられる山菜や木の実を見つけてきたり、普通の紐と木の枝でリスやら小鳥やらを捕まえられる技術なんてない。
というか狩りむっっっず。身体能力は間違いなく大抵の生物より高いのに、まるで捕まえられない。ネイチャー系の番組で腹を空かせているクマとかってこんな感じなのか……。
動物は当たり前だけど逃げるし隠れる。しかも街道沿いとは言え森の中に入られては、自分では簡単に振り切られてしまう。
たぶん向こうから襲い掛かって来たのならスキルのおかげで気づけるし、近くにいるなら注意すれば見つけられる。
だが逃げられたら本当に無理。むしろアミティエさんなんでそんなホイホイ捕まえられるの?
「あ、そろそろ森に入ろうか」
「はい」
彼女の言葉に従い、横の森へと入っていく。
鉈を手に前を歩く彼女に、ふと疑問に思った事を尋ねた。
「そう言えば、なんで森に?」
この三日間、ちょくちょく街道を逸れて森の中を通っているのだ。
最初の頃はそもそも街道とそれ以外の区別がよくわかっていなかったので特に不思議とは思っていなかったが、今なら一応判別がつく。
アミティエさんが歩きながら首だけ振り返る。
「近道なのもあるけど、それ以上に森の中の方が安全だからだよ。普通森の奥には人が入ってこないからね」
「……人の方が森の生物より危険って言っているような」
「場所によってだけど、今回はそうだね」
「おぅ……」
マジかぁ。
「それって盗賊とか、って事ですか?」
「半分正解だよ。この辺もスノードラゴンの被害に合っているはずだから、いくつもの村が潰れたと思う。そこを盗賊とかが漁っていると思うよ。そういうのに遭遇したくないからね」
「なるほど……」
火事場泥棒に対して不快感を覚えるも、じゃあ今からしばきに行くか。とも言えない。そこまでの正義感は持っていないつもりだ。警察……この場合兵士?の仕事である。
それに、人間相手には戦いたくなかった。
盗賊がいるなら自分達は間違いなく狙われる。二人だけというのもあるが、アミティエさんがなぁ……。
ちらりと彼女の体を見れば、そのスタイルの良さ一目でわかる。
初対面の時は『家の防寒具着れるだけ着てきた』って感じだからわからなかったが、今は肌の露出こそ少ないものの比較的軽装だ。
160センチちょっとの身長に、スラリとした手足。腰もしっかりくびれているのに乳と尻はかなりでかい。太ももも長ズボンばかりで直接は見る機会がないが、それでもムチッとしているのはわかる。なのに足首に向かって細くなり、長さもあってスラリとした美脚だ。
セミロングの銀髪をポニーテールにまとめ歩く姿は正に漫画のヒロイン。こんなん盗賊からしたら襲わないはずがない。
こちらの視線に気づいてか気づいていないのか、アミティエさんが話を続ける。
「そういう事をする人達は本当に切羽詰まっている人が多いからね。二人だけで近づいたら絶対に襲われるよ」
……ワンチャン盗賊以外も盗賊化するんじゃねえかな、この人の場合。
「……半分正解というのは」
「それはね。怖い人は盗賊だけじゃないからだよ」
そこで言葉をきり、アミティエさんが手で止まる様にサインしてきた。
「……見てごらん。静かにね」
言われるがままに彼女の視線の先を追うと、そこには三本のキノコが『歩いていた』。
口から洩れそうな声を飲み下し、様子を観察する。
二足歩行のキノコ。端的にそれを表すならこう言うしかない。子供ぐらいのサイズのキノコが歩いているのだから。
太さは小さめのドラム缶ぐらい。傘も相応に大きく、目も鼻もないのに木にぶつかる事もなく森を進んでいる。
「アレは歩きキノコ。『マタンゴ』だよ。食べると美味しいから、獲っておこうか」
え、あれ食えるの?
そう問いかける視線を笑顔で封殺し、アミティエさんが小声で続ける。
「上から襲うと胞子を出してくるからね。それで病気になる事は滅多にないけど、万一を考えて素手では狩らない方がいい。だから、これを使う」
そう言って彼女が取り出したのは、先が緩く結ばれただけのロープだった。
「慣れると簡単に獲れるから、ここでよく見ていて。他に大型の生物が現れたら教えてね」
頷いて返すと、アミティエさんがするすると音もなく森の中を移動し、太目の枝を通してから地面にロープを置いた。
あんなので引っかかるのだろうか。そう思っていると、彼女は懐から小袋を出しロープの輪っかの所に軽く振るった。中の粉末が地面にこぼれ落ちる。アレは……土?
すると、マタンゴが三体とも彼女がしかけた縄の方へ向かってくるではないか。ポテポテと無防備に歩いている。
先頭の一体。その足がロープの輪に入った瞬間、木の枝にひっかけてあった縄を引っ張るアミティエさん。マタンゴの一体が、逆さに生えたキノコみたいな足を縛られて宙づりになった。
他の二体がバタバタと逃げていくのを見送り、ロープの先を別の木に縛って戻って来た。
「はい。これで捕獲完了。じゃ、胞子を吐かせようか」
「え、なんであんな簡単に……」
「それはね、マタンゴの習性を利用したからだよ」
アミティエさんが先ほどの袋を取り出す。
「この中には栄養豊富な腐葉土を入れてあるんだ。これがマタンゴにとっての餌になる。そして、彼らは目も耳もないけど、足裏に鼻があって栄養のある土や動植物の死体を探すんだ」
「足裏に鼻が?」
「そうだよ。口でもあるね。さ、まずは胞子を出させよう。風上に立って石をぶつけるんだ。やってみて」
「は、はい」
その辺で手頃な石を拾い、軽く投げつける。するとマタンゴがバサバサと黄色い胞子をばら撒きだした。
この位置は距離もあって胞子は届かず、奴の真下や風下だけに落ちていく。
「あの……胞子って散ったら増えませんか?あいつら」
「増えるよ?」
「いいんですか、それ」
「うん。マタンゴは魔物の一種だけど、益獣の一種でもあるからね」
「益獣に?」
益獣って、ようは人間にとって都合のいい獣の事だが、魔物なのに?
ゲームとかのイメージと、アミティエさんから道中聞いて来た魔物のイメージはそう遠くない。人を襲う危険な生物だ。
ちなみに『魔獣』は普通の獣が何らかの理由で強烈な魔力を浴び、肉体が活性化する代わりに狂暴化したものを言う。
対して、『魔物』は生まれつきに魔力を人より多く保有する生物。中には非常に高い知能をもつ種族も存在する。それこそ『吸血鬼』や『魔人』とか。
「そうだよ。魔物の中ではかなり珍しい部類だね。マタンゴがいる森はとても元気なんだ」
そう言って彼女が近くの木の根っこを指さした。
「オトンが聞きかじったのを、オカンが清書したメモ。それを見せてもらっただけだけど、植物の根っこには大抵『菌』が付着しているんだ。それが地面から植物が栄養を吸うのを助けてくれているらしいよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。と言っても君の世界でもそうかは知らないけど」
いや、確かめようにもそんな事調べようとも思った事ないし。比べようもないんだが。
こういう時スマホとかあったらなぁ……。
「マタンゴは森や山の中を歩き回って、色んな菌を動かしていく。アレが歩いた場所は何故か木が元気になるんだ。そして若い木の邪魔になる木とかも腐らせて倒してくれる。だからマタンゴが森にいると、そこは恵みが豊になるんだ」
「へー……けど食べるんですね」
「うん。増えすぎても困るし何より美味しいからね!キノコの王様って言われるほどだよ!」
「はい!」
美味しいか否か。それが重要である。
「胞子も出きったみたいだし、止めをさそう。マタンゴの急所は股の部分。あ、ちなみに名前とは関係ないよ?」
「あ、はい」
ジタバタと暴れるマタンゴを自分が抑え、そこにアミティエさんがナイフを突き立てる。
……なんだろう。まったく関係ないのだが、下半身がヒュンッてした。
「じゃ、今日はキノコ鍋にしようか」
「はい……」
股間にナイフが突き立ったままのマタンゴを見ないようにしながら、そっと頷いた。
マタンゴ……お前の犠牲は、無駄にしない!
* * *
今日のキャンプ地を決め、マタンゴの解体に。
「マタンゴは捕まえるより解体する方が大変なんだ」
「はぁ」
「こんな姿でもキノコには違いないからね。縦に裂くのは簡単だけど、横向きだと途端に難しくなるんだ」
そう言ってマタンゴの死体……死体?を差し出してくるアミティエさん。
「申し訳ないけど、そこは翔太君にやってほしい。私だとよほど大きな刃物じゃないと切り分けられない」
「あ、わかりました」
「頭の傘の部分と、両足を切り落としてほしいんだ。両足は毒が溜まっていて食べられないけど、傘の方は乾燥させれば薬の材料になるからね」
「はえー」
言われるがままマタンゴにナイフをたてる。
なるほど、確かに刃が進みづらい。断面がどうしてもギザギザになってしまう。
「おお……やっぱり力強いね」
「ありがとうございます」
まあチートなのだが。
というかこっちを見ながら既に火と他の食材用意しているのか。早くね?やっぱこの人手際がプロだよ。
「傘の部分はこの網に挟んで吊るしていこう。歩いているうちに乾燥するからね。足は後で森に埋める。人には毒だけど、土に埋めて置けばそのうち森の養分になるからね」
傘部分を網に挟むと、マタンゴの胴体?部分にアミティエさんがナイフを縦に入れていく。
「マタンゴの急所は股。それはこの外皮部分を通して神経が通っているんだ。言うなれば股に脳みそと心臓があるんだよ。マタンゴの可食部は、外皮の内側」
縦には簡単にナイフが通っていき、あっという間に白い身が出てきた。いや、キノコだし『身』と言っていいか知らんけど。
けどその白い部分は大きさこそ違うが、自分でも見覚えのあるキノコの物に思えた。
「後は普通のお鍋と一緒だね。切り分けて、鍋で干し肉を戻したものや山菜と煮るだけ。一度には食べきれないから、今日の夜にとっておこう」
それから十分ほどでマタンゴの鍋が完成した。
「おお、美味そう」
「せやろー」
ニヤりとアミティエさんは笑う。なるほど、これは彼女のお母さんから教えてもらった料理なのだろう。
まだ短い付き合いだが、この人はお母さん譲りの料理を褒められると『せやろー』と言うのだ。もしかしたら、生前のお母さんの口癖だったのかもしれない。
お父さんからうつった関西弁で自慢げに言う母親を、この人はずっと見てきたのかもしれない。
……よそう。この想像は失礼だし、なにより勝手に自分でメンタルダメージが入る。
「頂きます」
両手を合わせ、お椀によそって貰ったのを頂く。ちなみに箸はアミティエさんがその辺の枝から簡単に作ってくれた。すげぇ。
「おお、美味い。キノコの出汁が出ているみたいだ」
干し椎茸でもないのによく出汁が出ている。これは白米が欲しくなる味だ。肉とキノコを一緒に頬張って、そこにご飯をかき込みたい!キノコの王様って言われるだけはある。
あぁ~、なんでここには硬いパンしかないんだ。せめて玄米ぐらいあってくれ。
「……翔太君って、無宗教じゃないっけ?」
気温は高くもなく低くもない。そんな中日中に食べる鍋がこうも美味いとは。
そうキノコ鍋に感動していると、アミティエさんがこちらを不思議そうに見ていた。
「え、ああ、はい」
「けど毎回お祈りをしてから食べるよね。それが少し疑問なんだけど……」
自分の分のお椀とスプーンを手に首を傾げるアミティエさん。くっ、相変わらず顔がいい。
「あー……これは習慣というか、生活に宗教が一体化しているそうな。うちのお国柄なんですけどね」
前に聞いた事がある。『日本人は無宗教とか言うのに、食前食後に感謝の祈りを捧げ、年末年始に祝い事をし、五月には先祖の祖霊を祀る。お前らは変態か』と。外国の人からすると不思議らしい。
だが別に大抵の人はそこまで信仰心でどうこう、ではないと思うのだ。生活の一部になっているからそうするだけ。なんなら宗教をチャンポンにするのが日本だ。
まあ、それ以外にも意味はあるが。
「後はまあ、『頂きます』や『ご馳走様』は作ってくれた人や食材になった生き物への感謝もありますので」
「なるほどねー」
「あ、ちなみにこっちだとどうしているんですか、食前食後って」
「あまり言う人はいないねー。やたら長い聖句しかないから。きちんと言うのは宗教家や貴族とかかな?」
「あ、そうなんですか」
なんというか、異世界は思ったより宗教観薄目なようだ。少なくとも一般人だと。
「いただきます……うん。やっぱり美味しい」
こちらを真似る様に手を合わせてから鍋を食べるアミティエさん。
なんにせよ、マタンゴの鍋は美味かった。
* * *
マタンゴの足を埋めに、小さいスコップを持って森を進む。できれば胞子を撒かせた所近くに埋めるのがいいらしい。
すぐに埋め終わったので鍋の片付けをしているアミティエさんの所へ戻ろうとした時、『獣の直感』に反応があった。
これは……自分が狙われている感じではない。アミティエさんも違う。別の誰かが襲われているのか?
少しだけ迷って、こっそりと見に行く事にした。距離は近い。一分もかからずスキルが反応する場所に到着した。
状況次第では助けなければ。たぶん自分の手に負えないような生物じゃないはず……!
意を決して木の陰から様子を窺った。
「………」
なんか、女の人がうつ伏せに倒れている。
そして、その上で一体のマタンゴ突っ立っているのだった。
「……?………!?………!!??」
一瞬状況がわからず、しかしすぐにアミティエさんの言葉を思い出す。
『栄養のある土や動植物の死体に――』
人が死んでるぅぅぅううううう!!!???
読んで頂きありがとうございます。
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