第六話 因縁
第六話 因縁
サイド 矢橋 翔太
マーキングって……そんな恨まれるような事……いやガッツリ心当たりあるわ。顔の左半分焼いたら誰だって恨むわ。
嘘やん。嘘と言ってお願いだから。
「今はたぶん、襲ってこないと思う。そもそも竜の時間感覚がわからないから断言できないけど。ただ、あの竜が生きている限りは……」
無言でステータスを開く。
レベルはそれぞれ一つ上がっていた。それはいい。クマを倒した時に経験値が入るような感覚はなかったから。ドラゴンについては殺してないからノーカンなのだろう。
そしてやけに『称号』が増えている。
『竜払い』
SIZ以外の基礎ステータスに常時+5。竜種との戦闘時更に+3。
『ラッキーパンチ』
基礎ステータスの合計が自分より上の相手と戦闘時、初撃の命中判定に補正。
うん。これらはいい。いい事ばかり書いてあるから。ただ問題はその次。
『竜との因縁』
竜種との遭遇率上昇。敵対。あるいは友好的な関係にあった場合、好悪どちらかの感情が上昇しやすくなる。
はーん。つまりあのスノードラゴンから自分は因縁をつけられていて、奴が持つ恨みとかが増幅されやすいと。ほーん。あー、あと名前の横に『状態異常:マーキング(竜)』ってあるわー。
……うん。
「神は死んだ!!」
つうか死ね!!!
「うわ、突然教会を敵に回すような事を言うね。まあそう言いたくなる気持ちもわかるけど」
「すみません興奮し過ぎました大丈夫俺は冷静です」
そう言いながら、あぶら汗を掻きつつ胸の跡に『ケア』を唱える。だが消えない。待ってこれ状態異常なんでしょ?治って?
あ、駄目だこれ。『白魔法』と『状態異常耐性』合わせても対抗判定で負けてんだわ。わー、ドラゴンってすごーい。絶滅しろクソトカゲ。
「なんというか……ご愁傷様?」
「嘘だぁそんな事ぉぉおおおおお!!」
びちゃびちゃになった地面の上に膝をつき、空を見上げる。
こちらを馬鹿にしてんのかと言いたくなるぐらい、綺麗な快晴だった。
「……ごめんね。ウチがもっと強かったら」
「いえ……アミティエさんのせいではありません」
八つ当たりしたい気持ちもあるが、同行すると決めたのは自分だ。
というか一番悪いのはドラゴンである。次に女神。主にこいつらが諸悪の根源だ。ドラゴンは大人しく別の大陸にいろよお願いだから。神様はすぐに家へ帰して。
ダメだ、ポジティブに考えよう。今ネガティブになったら延々と落ち込み続ける自信がある。無理にでもいい方向に考えよう。高校で友達ができずどうしようと思い買った『ぼっちでもクラスの人気者!』って本にそう書いてあった。
……いやこれ無理じゃないかなぁ!?
「ふむ……けど。これはもしかしたらお互いの目的が合致するかもしれないね」
こちらに視線を合わせて、アミティエさんが苦笑いを浮かべる。
「呪いを解く一番の方法はかけた相手を殺す事。君がドラゴンに狙われない生活を送りたいなら、奴を殺す必要があると思うんだ」
考える。正直、今の感覚からして自分ではあの呪いを解くにはレベルが足りない。逆を言えば、レベルさえ上がれば解けると思う。
問題は時間と、自分の精神状態。そして周りの事。
ドラゴンの時間感覚なんてアミティエさんの言う通りわからない。十年後かもしれないし、明日かもしれない。
そしていつ襲われるとも知れないプレッシャーを抱えながら、自分はどれだけの間正気を保っていられるだろうか。現代っ子のメンタルを過大評価しないでほしい。
最後に、周りの事。自分のせいで誰かを巻き込んでしまう。なんて殊勝な事を考える余裕はない。だが、周りにこの呪いの事が知られたら間違いなく排斥される。というか自分ならする。
結論。のんびりレベル上げしている余裕……なくない?
自分に残された道は三つ。一つ、スノードラゴンを殺す。二つ、急いでレベルを上げる。三つ、どうにかできる人を探す。
どんな選択肢を取るにせよ、自分にはこの世界の住民の協力者が必要だ。なんせ俺には異世界の『常識』がない。
現地の人で、なおかつこちらの事情を知っている人が好ましい。それでいて何かしらの技能を持っていれば最高だろう。
と、なると。
目の前でニッコリと笑い、こちらに手を差し伸べた彼女と力なく握手する。
「これからよろしく、翔太君」
「……はい。どうぞよろしくお願い致します」
片や少し申し訳なさそうに、片や今にも口から魂が抜け出そうになりながら。こうして奇妙な同行者が決まったわけだ。
……うん。
「おうちかえりたい……」
お母さん、お父さん。俺の心は限界です。
* * *
握手をした後、二人で『イヒロ村』へと向かった。
村につく頃には既に雪はなくなり、地面がぬかるみと水たまりだらけとなっていた。それに若干の不快感を覚えつつも到着したのだが……。
自分には、ここが村とは思えなかった。
村全体を覆う柵らしき残骸はあるが、そのほとんどが壊されている。家々は雪の重みで潰れたのか、あるいは大型の獣に壊されたのかも判別がつかない。
そして、あちらこちらに転がる『人だった物』。それは丸々残っている場合もあれば、パーツだけの状態もある。
漂ってきた悪臭に顔をしかめ、あまりにも凄惨な光景に吐き気を覚えた。
「うっ……」
どうにか喉元まで上がってきた胃の内容物を飲み下しながら、できるだけ死体を見ない様にして彼女の後ろを歩く。村には人の気配が一つもしなかった。
先ほどまでの、未来に不安を感じながらも今を生き残れたという浮かれた気分はもうない。ひたすらなまでの不快感と嫌悪感。ドロリとしたものが胸中を埋め尽くす。
なんだこの光景は。自分はこんなものを知らない。知りたくもない。知らずに、生きていたかった。
不思議と泣きそうになりながらも、一軒の家に到着する。
元は立派な造りだったのだろう。木造が多い村でも、レンガで作られた頑丈そうな壁。しかし、今はその大半が壊れている。
そう言えばアミティエさんが言っていた。お父さんは村を襲った魔獣どもと戦い死んだと。まさか、これほどだったとは。
壊れかけの玄関を開けて、アミティエさんがこちらを振り返る。
「ごめん。しばらく待っていてくれないかな。ここは居づらいだろうから、森の方に。今なら獣や魔獣も近くにいないと思うから」
「はい……」
小声で『ただいま』と言った彼女を見送り、数秒だけ迷ってから森の方へと行こうとした。
だが、数歩進んだだけで足が止まる。
「……くそっ」
眉間に自分でもわかるほど深い皺をよせながら、道具を探すため意を決して周囲を見回した。
* * *
「……これは、まさか全員分やったのかい?」
日が赤らみ始めた頃、背後から聞こえた声に振り返る。
「アミティエさん……」
彼女は自分の少し先にある地面を見て、目を見開いていた。
それもそうだろう。かなりの範囲が掘り返され、土でまた埋めなおされているのだから。
だが全員というには語弊がある。自分が埋めたのはおよそ34人。村の規模を考えたらもっといるはずだ。一緒に埋めた手足の組み合わせで別人のがあるのか、はたまた獣が既に持ち去ったのか。
……一番いいのは生きていて自力でどこかに避難したとかだ。それが望み薄だとは、理性ではわかっているけれど。
「いや、まずはごめん。気づいたらこんな時間になっていたよ。荷物を整理していただけのはずなんだけどね……」
「構わないよ。俺も、色々心の整理がしたかったから」
言うなれば自己満足だ。わかる範囲で遺体を回収し、埋めて供養してやろうと思った。野ざらしにして、獣に食い荒らされるのは嫌だったから。
まったく知らない人達の、凄惨な遺体。獣に食われ、雪解け水で濡れた遺体はかなり辛いものがあった。正直、三回ほど吐いて胃の中が空になっている。
だが、それでもやりきったのは自分の心の安定の為に必要だったと思う。
もう頭の中が滅茶苦茶だ。我ながらまともな精神状態ではない。異世界に飛ばされ、二回も死にかけて、生き延びてホッとしたと思ったら今度は呪い。止めに滅んだ村だ。これで冷静でいられる奴がいるなら、そいつは既に壊れている。
自分は、壊れるのが嫌だったから。
「一応、二つ穴を用意したけど……」
ご両親を埋葬するかと視線を向けるが、アミティエさんが首を横に振る。
「いいや。気遣いありがとう。けど、いいんだ。供養はもうしたから」
彼女の後ろの空を見れば、黒い煙が一本のぼっている。確かアミティエさんの家があった場所だ。
……彼女なりの別れを済ませたのなら、それでいい。
村で拾った木と鉄のスコップで、空っぽの穴を埋めていく。隣でアミティエさんも鍬を手に手伝ってくれた。
そうして全てが終わって、自然と大きなため息が出る。肉体は未だ動けそうなのに、精神的に疲れ果てた。
前にどこかで『お葬式は残された人の為にも必要』と聞いた事があった。
葬儀なんてあまり話した事のない親戚のぐらいしか知らないけれど、今ならわかる。確かに、必要なのだ。区切りとでも言うやつが。
「……君は優しいね、翔太君」
「いいや。ただの自己満足だよ。俺はこの人達の死が悲しいんじゃない。ただ、気分が悪かっただけだと思う。こういうの……見慣れないから」
「それでも、ありがとう」
「……いえ」
血に汚れ、その上から土に汚れた自分の手。それを見下ろしてもう一度大きなため息をつく。
なにやってんだろ、自分。
「……よし!じゃ、手を洗ったら比較的マシな家を探して一泊。それから一番近い街に行こう!」
「……元気ですね」
「落ち込んでいては何もできないからね。やらないといけない事は山ほどある」
にっこりと笑うアミティエさんに、自分もどうにか笑って返す。たぶん、引きつっている歪な笑みだろうけど。
「そうですね……」
「街にはオトンの知り合いがいるから、その人に話も通さないと。君に色々この世界の事を教える必要もあるからね」
「よろしくお願いします」
そうだ。感傷に浸っている場合じゃない。
何はともあれ自分は生きねばならないのだ。他人の死なんて知った事かぐらいの心でないと、この先やっていけない。
……いや、少しは気にしよう。主に精神安定的に。怒りも悲しみも、きっと必要な感情だから。
つらつらとそんな事を考えながら、アミティエさんに続く。
――ああ、そう言えば。『生き残る』なら言っておかないといけない事があった。
「アミティエさん。協力関係を築くのはいいんだけど、言っておきたい事があるんだ」
「うん?なんだい?薬師の娘としてすぐにでも手を洗いたいんだけど……」
「あ、すみません。すぐに済む……と思う」
内容が内容なので言いづらいし、何よりこうも女子と長時間過ごすのは初めての体験なので勝手がわからない。ここまでは色々必死で、そういうの気にしている余裕なかったけど。
「アミティエさん」
こういうのはうじうじするよりは、きっぱり言った方がいい……のかな。そう自分に言い聞かせ、できるだけ背筋を伸ばしてから口を動かした。
「俺は貴女の『自殺願望』に付き合うつもりはない」
一瞬だけ、時間が止まった気がした。
「……うーん。もしかしてウチ、なにか言ってた?」
「ああ。スノードラゴンが飛び立っていく時に」
この人、色々と自棄になっている気がする。この反応的に図星なのだろう。
そうなっても仕方がない経験をしたと思う。同年代だと思うから、十代半ば。日本だったら中学生か高校生。それで家族も故郷も失ったのだ。自暴自棄になるなと言うのは心苦しい。ましてや赤の他人なのだから。
だが、赤の他人としてでも言っておきたかった。
あいにくと、彼女の痛みは共有できない。理性ではわかってもそれだけだ。それ以上は、俺の勝手な想像になる。
そんな関係だからこそ、心中に付き合うのはごめん被る。
「困ったな……一応、君を巻き込んで死のうとか考えていないよ?」
「こっちとしては土壇場で満足して死なれるのも困る」
いや、実際その状況にならないとわからんけど。
本当に困った様子で、アミティエさんが続ける。
「ウチも、別に進んで死のうと考えているつもりはないよ。ただ『必要なら死ぬ』覚悟はしているつもりだけど」
「……ごめん。信じきれない」
だったら何故、クマに圧し掛かられた自分を助けるために毒矢を刺しに行ったのか。
この人の『必要なら』はどこまで適応される。両親の仇をとる為ならなのか。あるいは『死ぬには丁度いい理由ができたら』なのか。
……いや、少し自分も興奮し過ぎた。冷静になろう。
「すみません。色々助けてもらったのに」
「いいさ。助けられたのはお互い様だもの」
少しだけ視線を彷徨わせたアミティエさんに、一度落ち着こうと深呼吸する。
「誓ってほしい。『仇を獲るまでは死なない』と。そうしたら、俺も信用できると思うから」
「……ちなみに、誓わなかったら?」
「遭難覚悟で単独行動する」
何も知らないこの世界。一人で行動するのはかなり危険だが、それでも信用できない仲間よりはマシだ。
……マシだよね?やだ、めっちゃ不安になってきた。
お願いだから言ってください。誓って、はよ。ウサギは寂しいと死ぬと言うけど俺も死ぬぞ?つまり俺はウサギだった?
「うーん。流石に、恩人が遭難して死ぬのはいやだね」
もういっそ『うさぴょんぴょん!』と言いながら土下座してやろうかと考え始めた所で、アミティエさんが苦笑いを浮かべた。
どうやら俺の『助けて』オーラが通じたらしい。勝ったわ……なにに?
彼女が右手を顔の横にあげる。星空の下、宣誓をするために。
「唯一神であり全ての母たる『アキラス』に誓おう」
「あ、すみません神様に誓うのはちょっと……」
なんかやだ。ぶっちゃけこの世界の神様には恨みしかねえし。
キョトンとした後、アミティエさんは少し考えて、静かな笑顔を浮かべる。
「……なら、父母に誓おう。ウチは、二人の敵討ちを完遂するまで死なないよう全力を尽くす。勝手には死なない。最期の瞬間まで抗い続ける。……これで、いいかな?」
「ああ。ありがとう」
ただの口約束。そう言われてしまえばそれまでだが、『誓った者』への思いは楔となるはず。
何よりこれを信じられないならこれからどうすればいいのか。書面による契約だけを信じて、それで生きていけるのか。
「じゃ、改めて行こう。なんであれご遺体に触れた後は必ず身を清めろと、オトンもオカンも口を酸っぱくして言っていたからね。その後、ご飯にしよう」
「わかった。その……戦力外かもしれないけど手伝うので」
「えぇ……どっちを?」
「いや料理をね!?」
「勿論、わかっているとも」
クスクスと笑う彼女に調子を崩され、頭を掻きそうになる手を引っ込める。流石に今この手ではまずい。
何の気なしに、自分の来た道を振り返る。
異世界転移一日目。ゲームだったらチュートリアルと言われそうな時間。それが今、ようやく終わりを迎える。
だがこれはゲームではない。人が生きて、死んでいく。その中で自分は決して例外などではない。
たった一日で、そんな事は嫌という程に刻みつけられた。
「『父母』、か……」
アミティエさんには聞こえないぐらいの声で、呟く。
自分は絶対に生きて帰る。もう一度家族に会いたいから。
「ほら、これ以上そのままは本当に体に悪いよ」
「……うん。今、行く」
その為に、食べて、寝て。そして歩こう。
今日を生きる為に。
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