第五十話 願い
第五十話 願い
サイド ゴルド
『ゆっくり、ゆっくり運べよ……!』
外に出している『戦闘用』ではない、『作業用』の人形に抱えられて隠し通路を移動する。あちらに全力で魔力を送っている分、こちらの操縦は少々難しい。だが、その分あちらは半分ほど自動操縦になっているのは救いか。こちらの思念が途切れても少しぐらいなら動くはず。
ガラス越しに見える古びた通路が、酷く長い道のりに思えてならない。自分の足で歩けたのなら、また違った風に思えたのだろうか。
ゴポリと、容器を満たす液体が音をたてる。それがやけに大きく聞こえると思いながら、人形へと思念で指示を出す。
この改造された肉体だからこそ、人形の二体同時操作が出来る……なんて、まあ嬉しくはない力である。それを使い、逃げ延びなければならない。
いつだってそうさ。配られるカードはいつだって平等じゃないし、そのカードの使い方だってルールはねぇ。だから、どんな手を使っても生き延びなければならないのさ。
戦闘用の人形から聞こえる翔太君の言葉。反吐が出る。どうせ俺の世界よりも遥かに恵まれた場所から来たくせに、上から目線でほざきやがって。
お前に何がわかる。わからないさ。俺もお前の事なんて知らない。知ったこっちゃない。
この塔はくれてやる。俺が逃げた後にここに入って、じっくり楽しみな。ご機嫌なクラッカーをしこたま用意してある。楽しんでくれよ。
爆発オチは古い映画じゃ定番だったらしい。すげぇじゃねえか、翔太君。これでお前も銀幕のスターさ。
そう心の中で呟いて、必死に冷静になろうとする。
『ご両親は悲しんでいるだろうなぁ』
『っ……!』
思念が乱れる。作業用の人形がぐらりと揺れて、慌てて制御に集中した。
流石に床に落としただけで壊れる造りはしていないが、それでも勘弁願いたいものだ。実は高所恐怖症なんだぜ、俺は。
一度床に自分を置かせ、人形に通路を埋める土嚢をどかさせる。俺と人形が通れるスペースがあればいい。上の所をちっと動かすだけでいいんだ。
だから大丈夫。時間はある。大丈夫だ。
本当は、こんな通路使いたくなかったぜ。だってそうだろう?前の家主が作ったもんだ。『隠し通路』なんて呼べないね。なんせ他人に知られているんだからな。
だがこの研究所は無駄に頑丈な造りをしてやがるからな。リフォームすらまともにできねぇ。それどころか、ちょっと弄ったら自爆だのなんだのの危機に陥ったのは軽いトラウマだ。
まあ、幸いな事にここを作った奴は国際指名手配犯。この通路の事を知る奴なんざ、そうはいない。よっぽど死神に愛されてなきゃ、偶然この通路を知る奴が殺しに来るなんて不運はありえないね。
人形がある程度土嚢をどかしたようだ。視界共有でそれを確認し、俺を抱えさせて出来上がったスペースを通る。
ようやく地上だ。階段をのぼって鍵を開け、ゆっくりと扉の外へ。
ああくそ……こえぇ。こんな事なら見張り用に魔物を配置しとくんだったか?
いいや馬鹿か。出口に見張りを置いたら、余計に秘密の通路じゃなくなるじゃねえか。
次にどこかで隠れ家を作る時に、今回の経験を活かさねえと。停滞も怠惰も、死ぬ理由には十分さ。アップグレードは欠かせねえ。
通路から離れて木々の中へと入る。向かうなら……リースラン王国だな。あそこでは今俺の上司が動いている。とんでもねぇ失態だが……しょうがねえ。
いいや、いっそこのまま雲隠れしちまうか?だが契約書の強制力がどこまであるか未知数だしな。
『どうしちゃったんだよ翔太ぁ。お前普段そんな口悪くないだろぉ……』
半泣きで実験体から逃げ回っていた嬢ちゃんが、翔太君にそう泣きついた。
はっ!やっぱガキだな。どうやら普段は随分猫をかぶって――。
おい、待て。まさか。
そう思った時には、頭上から何かが降って来た。人形からとび出た体液で容器が汚れるが、どうにか視認する。
頭上にある太い木の枝。そこから巨大な剣が落ちてきたのだ。黒と緑の刀身が、まるで怒りをあらわにする様に魔力を放っていた。
その柄には縄が巻かれ、これがトラップだと理解した。作業用の人形を頭から股にかけて両断してやがる。
ほぼ同時に容器の下部から脚を展開。緊急用の多脚装備。まさか使う事になるなんぞ……!
虫のように走りながら、容器の中で目玉を必死に動かす。ああ、くそ。最悪だ。まさか、この世界の住民に……『蛮族』に罠を張られるなんざ!
くそ、くそ、くそ!どこから来る!あのクソアマ!畜生!
バキリと、脚の一本が壊れた。射貫かれたのだと、半瞬遅れて理解する。
あー……ああ。そうだな。こういう時は、理不尽で唐突なもんだって相場が決まっているよなぁ。
俺の番が来ちまったか。出来る限り、列の後ろに回ろうとしてきたんだがなぁ……。
バランスを崩し地面を容器が転がる。自分の今の姿は、どうなっているのだろう。最後に見たのは何年前か。目玉と片耳しか五感が残されていないこの体は、どうなっているのだろう。
少しでも、両親の姿を感じさせるものはあるのだろうか。
今になって後悔が押し寄せてくる。こいつらと出会った段階で、降伏していたら話しは変わっていたのだろうか。
こんな事なら、前の世界であのクソ上司をぶっ殺していればよかっただろうか。それとも、相打ち覚悟で法王や皇帝を殺しに行くべきだったのか。
ああ、けど……そうだな。
『なあ、嬢ちゃん……せめてよぉ、殺すならさ』
叶うはずもない願いを、容器に取り付けたスピーカーから吐き出す。
『俺を殺すのは……あの、クソガキにしてくれねえかなぁ』
少し離れた木々の隙間から、半身を出してボウガンを構える隻眼の少女。大した魔力も感じない、人外の力も持たない、この世界の人間。
そんなのに、殺されるぐらいなら。せめて、同族に殺されたい。
返答は、自分へと絞られた引き金だった。
* * *
サイド 矢橋 翔太
「オオオオオオオオオ!!」
壊れた様な雄叫びを上げて、ゴルドがラッシュを繰り出す。
それを容赦なく体に浴び、肺から空気が押し出され内臓が悲鳴をあげる。
先ほどまでの攻防とは違う、防御も回避も考えない特攻。それを前に、技量差が露骨に現れた。
「が、ごぉ……!」
破壊速度に治癒が間に合っていない。スキルと魔法による守りを突破し、肉が潰れ骨が軋みを上げる。
飛びそうになる意識を保ち、反撃で拳を突き出す。それが相手の腹を打ち強引に距離を作り出すと、追撃ではなく『壁』になる為走った。
「ずぁ!」
ホムラさん目掛けて跳びかかった犬みたいな魔物を空中で頭を掴み、そのまま棍棒の様に振り回す。
次々と肉塊に変わる魔物ども。そして、彼女も必死な様子で魔法を唱えている。既に山は炎が回り、危険な状態となっていた。
だというのに、魔物どもは止まらない。どれだけ殴られようが、焼かれようが、こちらへ突っ込んでくる。
『ガアアアアア!!』
「ちぃ!」
大口を開け突撃するオルトロス。その双頭を両手で掴み、地面に衝撃で足を産める。
二つの頭の境。そこに赤い機械を発見した。
「ホムラさん!」
「っ、『フレイムアロー』!」
『ギャン!?』
炎の矢が機械に炸裂。オルトロスがびくりと体を痙攣させ、その隙に足を地面から引き抜いて、勢いそのままに膝を叩き込んだ。
浮き上がる奴の体に拳を叩き込んで、炎の中に。その体毛を燃やされ苦悶の声をあげながらのたうつ姿に、再生の兆しは見えない。それから数秒もしないうちに、突然口から血を吐いて動かなくなった。
やはり、あの機械が急所か。わかりやすい。となれば……いいや、考察は後回し!
「どぉ」
「またっ……!」
「けぇええええ!」
木々を跳躍し、斜め上から拳を放ってくる髑髏頭。その拳を辛うじて回避するも、口元を隠すフードのとめ具がはじけ飛ぶ。
着地と同時に、跳ねる様にして繰り出される拳打。それを首を捻って回避すれば、頭突きが額に直撃する。
「どけよ、ガキぃ!」
「どけません!」
膝蹴りが腹に入り体がくの字になりかけるも、耐えて組み付き足を動かす。
強引なタックル擬き。それで相手を塔から引き離し、木の幹へと背中を叩きつけた。
「うおおおおお!」
「ぐ、くぅ……!」
後頭部や背中に振り下ろされる肘鉄を耐えながら、更に奴を振り回す。
魔力切れ寸前のホムラさんに近づく魔物へと投げつけ、叩き潰した。
自分の下で潰れた魔物を無視し、ゴルドが起き上がる。だが隙だらけだ。反射的に動いたらしいホムラさんの杖がそちらに向いた。
「死、ねるかぁああ!」
「ひっ……」
ゴルドの咆哮に、ホムラさんが怯む。その隙をついてわきを抜ける奴へ、俺は全力で足を動かした。
「ぃ、かせるかぁ!」
斜め後ろから腰にしがみ付くようにタックルし、押し倒す。
すぐさま放たれる肘鉄が鼻に突き刺さる。もろに入った。骨が折れて血が溢れる感覚。
構うものか、死にやしない。
肘を掴んで押さえつけ、上から奴の頭をその辺の石を握って殴りつける。一撃で砕ける石と、地面へとめり込むゴルドの顔面。
掌に石の破片が残ったまま強く握り込み、後頭部に追撃する。
「あ、ぁあ!」
二撃、三撃と入った所で弾き飛ばされた。奴が地面を殴りつけ、その反動で自分ごと吹き飛ばしたのだ。
腰から木の幹に衝突。よろよろと立ち上がるゴルドに、こちらも両足で地面を踏みしめる。
視界の端で、ホムラさんが炎の鞭を振り回すのが見える。だが、魔力視のない自分でもわかるほどに彼女の残り魔力は少ない。もう時間がないのだ。かく言う自分も、魔力切れは近かった。
付与魔法で折れた鼻が治るのを感じながら、駆けだす。
互いに拳を握りしめ、全力をかける。もう時間がないのは同じ事。この一撃で決着をつけ――。
「――あっ」
「えっ」
自分の拳が、あっさりと彼の顔面を撃ち抜く。対して、骨の外骨格を纏った拳は力なく顔の横を通り過ぎて行った。
吹き飛ばされるゴルドの体。いいや、あえてこう言うべきなのだろう。『人形』と。
木に背中から衝突。受け身もとらずにぶつかった木に、背中をズリズリと引きずって腰を地面に落とす。
糸の切れた彼は動かない。そして、周囲の魔物たちが痙攣し、血をまき散らして倒れていく。
……どうやら、終わったらしい。
「……ふぅ」
鼻血を拭いながらホムラさんの方を確認。ローブが魔物の爪で引きちぎられた所らしいが、怪我らしいものは見受けられない。杖をついて呆然と周囲を見回している。
アミティエさんは……たぶん、大丈夫だろう。きっとあちらにはこれといった敵戦力は残っていない。
「あーあ……終わっちまったか」
力なく四肢を投げだしたままの人形が、カタカタと口を動かす。
「ええ。俺達の勝ちです」
「がっかりだぜ翔太君。あれだけイキっといて、女の子に手を汚させるなんて」
「悪いとは思いますよ。けど、これしか貴方に勝つ方法は浮かびませんでしたから」
あいにくと、作戦を練る時間なんてなかったのだ。むしろ即興でここまでやったのを褒めてほしい。
特に挑発とか、得意じゃないのだ。カーミラは血が足りない癖に血が頭に上りやすい奴だったからなんとかなったが、今回はかなり綱渡りだった。
「はいはい。言い訳だな、お互い」
「ええ……今更ですけど、色々と好き勝手言ってすみませんでした」
動けない彼に、腰を曲げて頭を下げる。
これは自己満足だ。彼を死に追いやった結果は、変わらない。そんな相手の謝罪など不要かもしれないが、俺がしたかった。
「貴方の在り方は、尊敬はしないけど共感はします。死ぬのは、嫌ですものね」
「……そうさなぁ。お前の壊れ方は、俺と似ているかもしれないからな」
そうだ。俺達は、ほんの少しだけ似ている。
だから、目の前の彼が人形であると気づけた。
この世界で、何度も死の危険というやつを味わった。その影響なのだろう。自分でも少し『ズレて』しまったのはわかる。
アミティエさん曰く、ジョージさんのお友達にもいたそうだ。戦場での死の危険を忘れられず、生きると言う事に異常な執着を見せるようになった人が。
現代日本なら、あるいはPTSDとか言われるのかもしれない。まあ、俺は詳しく知らないけど。
だから、彼の飄々とした言動に違和感を覚えた。そして、咄嗟に出た『シャイ』なんて言葉に、取っ掛かりを感じたのだ。
後は、別に語る事もない。アミティエさんにぶん投げただけ。
「本体がやられちまった。この人形に残った思念も、あと少しで消える」
ギシギシと、顔をあげてこちらを見上げる髑髏頭。その顔には大きなヒビが入り、それはどんどん広がっている。
「よお、人殺し。どんな気分だ?」
「あまりいい気分ではありません。けど、よかった」
「あぁ……?」
あの時……ここから逃げたのであろう巨獣と戦った時、自分は『楽しかった』のだ。
一歩間違えれば死ぬかもしれないのに、まるで妄想をそのまま具現した様な状況に愉悦を感じてしまっていた。
圧倒的全能感。自分は特別なのだという愉悦に、酔わずにはいられなかった。
けれど。
「貴方との戦いは辛いだけだった。それに、安心しました」
自分は、『人間』との戦いに喜びを感じない。それが、知れてよかった。
「だから、ありがとうございました。貴方には不快かもしれませんけど」
「……やっぱ、お前狂ってるよ。いいや、狂っちまったのか」
たぶん、そうなのだろう。
自分は普通の男だ。どこにでもいる高校生だ。けど……今は、少しわからない。
もしかしたら、大多数の人は同じ状況に身を置かれたら、自分と同じ様におかしくなってしまうのかもしれない。ただ、それを確かめる術はない。そもそも自分と同じ人間なんていないのだから。
生き残る為ならなんだって出来る。けれど、超常の力を振るう事に愉悦を覚える。それでいて、人間との戦いに不快感を覚える。
中途半端な、クソ野郎が俺なのかもしれない。
「……取引だ、翔太君。いい事を教えてやる」
「内容によります」
「俺をここに連れて来た奴の情報。代わりに、この人形の止めだけでも、お前がしてくれ」
その言葉に、逡巡もなく頷いて返す。目が見えていないだろうに、それがわかったのか。髑髏を崩しながらゴルドが続ける。
「リースランで活動していた俺に、ハエ頭の魔族が話しかけてきた。名前は、『ベルガー』と名乗っていたよ。二週間前の話しさ」
「っ……」
小さく息をのむ。
あの男、死体が見つかっていないから生きているとは思っていたが……。
「そいつはここを『好きに使え』と言って、その代わりにリースランで俺が使っていた拠点を要求してきた。塔の中に、そこの地図が隠してある」
「……ええ。わかりました」
「おれか、ら、は、以上、だ。やくそ……く、を……」
時間なのだろう。下顎だけを残し、髑髏が剥がれ落ちる。
そこには、炭の様に黒く塗りつぶされた誰かの顔があった。目も鼻もなく、辛うじで人間の物だと理解できる『残骸』。
拳を握り、剥き出しの顔へと振り上げる。
「おやすみなさい。ゴルドさん」
――この感触は、しばらく忘れられないだろうな。
熟れた実を潰した様な音が、耳に残った。
読んで頂きありがとうございます。
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