第四十七話 理由
第四十七話 理由
サイド 矢橋 翔太
「別の世界からの、まれ人……?」
思わずそうこぼせば、楽し気に髑髏頭、ゴルドは背中を反らせて笑う。
「おいおい!そんな驚くなよ。まさか世界はこことお前の故郷の二つしかないって?そんなのは股にぶら下げている玉だけの話しさ」
カタカタと歯を鳴らし、ゴルドは続ける。
「いや、驚いたんだぜ俺も。青い空と改造しなくても歩き回れる空気ってのが実在した事にな!異世界様様だぜ!」
「……すみません。状況がよく飲み込めないんですが、とりあえず剣をしまってもらえます?」
「え、やだ。俺達これから殺し合うかもしれないんだもん」
その言葉に、ゆっくりと『山剝ぎ』の柄とレバーに手を添える。
「それは、どういう意味で?」
「いやなに。ちょっと提案があるんだが……単刀直入に言おう。お前ら、俺と一緒に魔族につかねぇか?」
「……つまり、貴方は魔族側だと」
「おうとも!」
隠す気もないとばかりに、両手を広げて胸を張るゴルド。
相変わらずその様子は陽気なものだ。殺し合いをするかもと言った口で、饒舌に話しかけてくる。
「俺にも山よりも深い事情と、海よりも高い志があったのよ!この世界に来たばっかの頃は!あ、今の笑う所な」
「………」
「うっわつれねえの。モテないぜそんなんじゃ」
やれやれと首を振るゴルド。
事情……彼の全身に視線を滑らせる。
「やん!視線が嫌らしいぜ翔太君よぉ。男同士でもセクハラって成立するんだぜ?」
「魔族についたのは、その容姿と体が理由ですか?」
「スルーかよ、悲しいねぇ。だが答えはNOだ。この姿は魔族側についてからさ。元は中々にナイスガイだったんだぜ?今も味のある顔だがな!」
カタカタと笑うゴルド。それを見ながら、奴だけでなく周囲への警戒を続ける。
後ろの方ではアミティエさん達が構えてくれているが、今やここは奴のホーム。何が仕掛けられているのやら。
「理由。理由ねぇ……『勝ち馬』に乗るのに、複雑な理由なんて必要かい?」
「勝ち馬ですか。魔族側が勝つと?」
「おうともさ。お前さん陽光十字教の事はどこまで知ってる?特に帝国でふんぞり返っている『法王』についてはさ」
「……変化を嫌い、この世の安寧をうたっているとか」
「その通りさ!お前の世界にもあったんじゃねえの?暗黒時代ってやつがさ!」
暗黒時代。たしか、古代ローマやギリシャで発明された技術や考え方が部分的に失伝。あるいは停滞してしまった時代だったか。
あいにくと、ゲームや漫画でしか知らないが。
「大まかにしか知りません。しかし、アレは悪天候や戦乱。疫病などが主な原因です。それにより文化的な発達が」
「ああ、ああ!そんな教科書通りの答えは聞きたくないね!俺が言いたい事は別さ!『今の陽光十字教は意図的に暗黒時代を作ってる』って言いたいのさ!」
「……否定は、しません」
背後で、アミティエさんが周辺の罠を探っているのがわかる。恐らく撤退ルートも同時に組み立てているのだろう。ここに向かう途中考えていたルートは破棄したようだ。
なら、もう少し会話を続けよう。
何より、この人の話に興味がある。
「文化の発展は悪!技術の発展も悪!科学は学問自体が悪!歴史とはガキの絵日記みてぇに変わりばえのない、淡々としたものではなくてはならない!それが法王様のお言葉さ!……で、これなんでそんな事を言いだしたと思う?」
首を左側へ九十度曲げながら、ゴルドが問いかけてくる。
不気味なその仕草に、わざわざリアクションをとってやる義理はない。そして、恐らく奴が求めているだろう答えを返す。
「『まれ人』が原因とでも?」
「せいっっっっかい!」
バチバチと剣を持ったまま拍手をするゴルド。ああ……やっぱりか。
この世界は、宗教家と言えば『知識人』が多い。その上の方となれば『権力者』や『為政者』ともとれる立場だ。事実上の領地を持っているとも聞く。
そして、為政者の視点から見て自分の知る『現代』はどういう場所か。もっと言えば、王侯貴族や宗教家はどういう立場となっているか。
「俺がこの世界に来た頃はよう、まれ人は発見され次第貴族や教会に『保護』されていたのさ。両手足に豪華な鎖を飾られて、首にはおしゃれなネックレスを巻かれてな!」
まるでジョークでも言う様に、ゴルドは続ける。
「そしてキンキンに冷えた水をもういらねえって思えるぐらい馳走しながら、聞いてくるんだ。『お前達の世界の歴史と技術を教えろ』ってね!どうせなら上手い酒と綺麗なねーちゃんに聞かれたかったぜ」
技術と、テストケースの答えを欲しがったのだろう。
俺やこの人の世界で起きた出来事がそのままこの世界で起きる事はない。しかし、似たようなケースを知っているのと知らないのでは、わけが違う。
「俺の世界も、お前の世界も、そしてこの世界も。神様の思し召しか生物としてはそっくりだからな。俺らの世界で起きた歴史も技術も参考になるらしい。で、俺のダチがげろっちまったのさ」
ゴルドが剣を自分のうなじにあて、左手で刀身に触れる。
「産業革命。民主制。政教分離。核戦争。どれか一個ぐらいはお前の世界でも聞いた事がある単語があるんじゃねえの?」
「……ありますね。わりと」
「やっぱなー!どこの世界も歴史が進めばそういう事もあるさ!」
ああ、なるほど。それは当時の王侯貴族も宗教家も、顔を青くして対応を変えただろうさ。
俺の知る範囲でも、王様が支配している国は存在する。
だが、世界一の大国はどうか。そもそも大半の先進国と呼ばれている国は、王侯貴族とも呼べる存在が国を牛耳っているのか。
そして、そもそも宗教家はどこまで政治に関わっているのか。
「その後はお前さんも察しただろう?当時の皇帝も法王も大慌てさ!で、俺はダチの尊い犠牲で逃げ延びたってわけ」
「それが、どう魔族の勝ちにつながるので?」
「単純さ。学びだよ」
ゴルドがもう一度こちらを指さしてくる。
「魔族は一度『負けた』。完膚なきまでにズタボロにな。そして思っただろうよ。どれだけ栄華を極めようが、変わらないという選択肢は毒であるってな」
「つまり、人間が槍と弓で戦う中、魔族はミサイルでも持ち出してくると」
「いいや……もっと素敵で『自由』なものさ」
両手を広げ、ゴルドが吠える。
「こっから先は有料コンテンツ!教えてほしけりゃ会員登録が必要なのさ!今なら初回特典で俺からのハグもついちゃう!ワーオ!お得ってもんじゃねえぜ!」
「……一つだけ、質問が」
「なんだよまだお話しが必要かい?契約書は最後の一行までしゃぶりつくしたいタイプ?」
随分と気前よく教えてくれたものだ。お喋りが好きなだけでは、ないのだろうな。
ああ、この男の言う通りだ。『勝ち馬』に乗るのは当たり前。元より右も左もわからない異世界だ。どちらの陣営も大して知らない。だったら、どちらにつくも自由だろう。
しかし。
「そこに、『人間の』居場所はあるので?」
それは『魔族の国』だろう。
目の前の男の世界が、どのような世界かは知らない。ただ、似たような世界と言うのなら、知っているはずだ。人種差別という言葉を。
人間同士でも肌や出身で差別が産まれる。それなのに魔族は平等だとでも?あいにくと、自分が知る魔族は真逆の者達だった。
抜刀しながら目をむければ、ゴルドが肩をすくめる。
「お前さん、やっぱモテないだろ」
ほぼ同時に、二人そろってその場にしゃがみこむ。
「――勘が良すぎるのは嫌われるぜ?」
互いの頭上を火の塊が飛んでいく。高速で飛来したそれらがぶつかり合い、炸裂した。
空気が弾け熱風を叩きつけてくる中、両目はしっかりと開いたままにしておく。
ゴルドが背にしていた古びた塔。一階の壁を体当たりで粉砕し、そこから牛ほどの大きさをした犬――いいや、二つ頭の獣『オルトロス』が出てきたのだ。
ずらりと並んだ歯の隙間から炎を溢れさせながら、金の毛並みを風にたなびかせ紅色の瞳を爛々と輝かせている。
「いいできだろう!?俺の自信作さ!」
「動物愛護団体にでも殺されろ!」
互いに吠えながら、炎が炸裂した場所を避ける様に回り込んで切りかかる。
奴が持っているのは粗雑な作りの片手剣だった。それこそ、その辺の農民でも護身用に持っていてもおかしくない程度。
当然のように、『山剥ぎ』がゴルドの剣をへし折る。そして刀身が奴の肩に迫り――。
「っ……!」
「ああ、やっぱ見抜かれたか」
跳ね上げた左足の脛が奴の放った拳を防ぐ。
重い。ミシミシと異音を発する足に痛みを感じながら、衝撃を利用して後退した。
やはり奴の本来の武器は剣ではない。アミティエさんから散々武器の手入れは教わったのだ。あの剣が粗末に扱われていた事は一目でわかる。
アッパーの様な姿勢から背筋を伸ばし、ゴルドは軽く首を回す。
「いやほんとさ、嫌なんだぜ暴力なんて。俺達は文明人だ。血と闘争で積み重なった文明を享受してきた仲間じゃないか。もう争いなんて十分だろ?」
奴の右胸につけた機械が唸りを上げる。それはまるで鉄を削るような不快な音で、聞いているだけで生物としての恐怖を駆り立ててくる。
そして奴の体が、『燃えた』。
ホムラさんでも、塔の近くに陣取るオルトロスでもない。その機械を中心として奴の体が燃えだしたのだ。
平然と立ったまま、ゴルドの体を炎が舐めとる。そして、継ぎ接ぎだらけの皮膚が完全に焼け落ちた。
「だからよぉ、兄弟」
黒い肉体に骨の外骨格。瞳のない眼窩に紅い光を灯し、ゴルドが一歩前に出る。
「大人しく死んでくれや」
「断る」
きっぱりと答えながら、剣を構えなおす。
左足は未だ鈍痛を訴えてくるが、戦闘に支障はない。会話に少し緩んでいた脳が引き締まるのを感じる。同時に、脳内麻薬とでも言うべきものが絞り出されるのがわかった。
「死ぬのは嫌だ。俺は、絶対に生きて元の世界に帰る。だから」
肩に『山剝ぎ』を担ぎ、重心を落とす。
先ほどまで、普通に会話をしていた相手。あるいは、条件次第では交渉ができたかもしれない相手。
理性が剣を握る手をほぐそうとする。感情が次に告げる言葉を止めようとする。
だが本能は止まらない。
目の前の男が『人ではない』のであれば。自分を殺そうとする存在であると言うのなら。
「お前が死ね」
ガチリと、どこかでスイッチが切り替わる音がした。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.つまり何があって今の陽光十字教はああなったの?
A.だいたい三百年ぐらい前の事。
皇帝
「だーはっはっは!研究開発に予算を回さなくても技術が手に入るなんて気持ち良すぎだろ!」
法王
「これも神様の思し召しですよ!だから寄進をまたよろしくお願いしますよ皇帝陛下」
皇帝
「わかっておるわかっておる!さあ、次のまれ人は何を知っておるかな!」
法王
「流石は陛下!なんと熱心な!ではうちの神殿で用意した『シスターへの教育』は後回しにして、報告書を読むとしましょう!」
皇帝
「産業革命……?王政の廃止……?民主制……?核戦争……?」
法王
「せ、政教分離ぃ……!?」
皇帝
「……なあ法王」
法王
「はい陛下」
皇帝
「技術の進歩って、クソじゃね?」
法王
「私もそう思いました。きっとアキラス様もそれを教えてくださる為にまれ人をよこしたのです」
皇帝
「はい研究者は全員処刑な!資料も全部焚書!」
法王
「これはアキラス様の意志ですからねー。まれ人とかばっちいですよ。えんがちょですえんがちょ」
だいたいこんな感じです。ゴルドさんはこの世界よりも技術の発展が早かった代わりに核戦争も早かった世界です。




