第四十四話 巨獣退治
第四十四話 巨獣退治
サイド 矢橋 翔太
「誰かが……」
自然と腰の剣へと手が伸びる。
頭に浮かぶのは初老の男の皮を被っていた魔人、ベルガー。トレントの集合体からは遺体が発見されず、未だに行方知れずの魔族。
まさか、あの魔人がまた別の場所で実験をしていたと?
「まあ、前者の方が可能性高いけどね。意図的に魔物を作るなんて、ウチは聞いた事がないよ」
「そっかー」
まあ直感が危機を伝えているでもないのに、今から張り詰めてもしょうがない。
とりあえず『やたら強い獣がいる』程度に構えているとしよう。
「それと、この足跡。かなり乱雑だね」
「それが何かおかしいの?」
「うん。普通のクマはああ見えて慎重な生き物なんだ。若いクマが好奇心で罠にかかる事は偶にあるけど、この獣もそうかもしれない。あるいは、知能が低下しているか」
「つまり、罠が使えると」
「だね」
それはいい。真っ向勝負にこだわる必要なんてないのだから。
「じゃあ、罠で動きを止めた所に私と翔太が攻撃を仕掛けるとか?」
「どうだろう。この巨体の持ち主に対応する罠を即席で用意するのは難しいかな。けど、森の中はあちらのテリトリーだ。足跡を追うよりは、待ち構えた方がいいね」
「了解。待ち伏せはどういうのにするかもう決めてあるの?手伝う事ある?」
「うーん、そうだなー……」
アミティエさんが少し考えた後、こちらに顔を向ける。
相変わらずの可愛らしい顔立ちでニコリとほほ笑まれたので、こちらも笑い返した。
わー、なんかやな予感するー。
* * *
「ふん!ふん!」
おかしいと思うなぁ!?
両手に『山剥ぎ』を持ち、ひたすらに村の近くで素振りをする。
現在時刻は夜である。月明りが自分を照らし、フードを被って剣を振るう不審者を映し出していた。
(本当にこんなので釣れるの?)
(普通のクマなら釣れないね。けど、例の獣はわざわざ村を襲った。それも反撃されたのに繰り返しね。よほど好奇心が強いか、執着心があるんだと思う)
視界の端で、アミティエさんとホムラさんが小声で会話しているのが見える。二人とも勿論木の陰に隠れていた。
俺も普通そっちだと思うじゃん?素振りだぜ?
『例の獣を釣る為に、翔太君が目立つ行動をして餌になってほしい』
そう言われた時は耳を疑ったものである。人の心とかご存じない?
村の周囲での立ちションを命じられ、その後にこれだ。怒っていいと思うなぁ。あ、手はキチンと洗いました。
まあ、それはそれとして。
「ふん!ふんふん!ふん!!」
(翔太君。雑になっているよ。肘の位置をもっと意識して)
「ふぅん!」
こっちが聞こえているからって小声で指導されるんですが?
(集中だぞ、集中だ翔太。剣に集中するんだ)
集中させてくれ。獣に。
柵の向こうで、火もつけずに月明りでこちらを隠れて見ている村の男衆が真顔になっている。見ろ、どう見ても『助けを求める相手間違えた』って顔だぞ?
そんな事が開始から十分ほど続き、少し腕が疲れてきた頃。
「っ……」
素振りを止め、代わりに半身となって構える。
『■■■■■■■―――!!』
ビリビリと空気震え、木々がざわめく。
来たのだ。人食いの獣が、己が領地を汚した別の獣を食い殺すために。
のそりと、木々の隙間からその獣が姿を現す。
全体的なシルエットは、クマに近いだろう。しかし爪は異常なまでに発達し、頭には一本角。強靭な四肢や首回り。そして背に白い体毛を蓄え、特に背の物は鬣の様に風に揺られている。
赤く光る両目が爛々と闇夜に輝き、ズラリと並んだ牙の隙間から白い呼気を放つ。
だが最も特筆すべき点は、その大きさだろう。
頭の位置が五メートルほどの高さにあり、足の一本が大人二人がかりでも手が回らない程に太い。
低い唸り声をあげながら進み出てくる獣。なるほど。これは村人が『怪物』と呼ぶだけはある。
どっしりと腰を落とし、剣をやや高めに構えなおす。
こちらを敵として見ているのか、獣が真っすぐとこちらを睨みつけてくる。上等だ。
お前なんぞドラゴンよりは恐くない。
「害獣駆除の時間だ」
巨獣が、跳ねた。
その大型トラック以上の巨体をまるでウサギの様な軽快さで跳躍させ、月光を反射させる爪を振りかぶって降ってくる。
その姿を捉えながら、こちらも跳躍。迎撃ではなく回避のために横へ向かい、その一撃をしのぐ。
着地と同時に振り下ろされた前足が地面を抉り飛ばした。耕されるどころか踏みしめられてきた土は多数の石もあってかなりの硬さだと言うのに、今は砂場の土でもすくった様にまき散らされている。
飛び散る土砂に木々を盾にする事で防ぎ、それでも巨獣の体を見続ける。
基本に忠実に。攻撃してくる部分だけでなく、常に全体を捉え他の攻撃への警戒や、反撃への準備を行う。
アミティエさんから教えてもらった事を、実践していく。強くなる為に。生きる為に。
悲鳴をあげる村人たち。こちらの状況はわかっていないだろうが、それでも飛び散った土や石。そして獣の輪郭は見えたのだろう。
それに対し巨獣は無視。あちらもこちらを見据えて、再度飛びかかって来た。
今自分が立つ場所は木々の隙間。並みのクマなら通る事ができる間隔も、しかしあの巨体では引っかかる。
だがそうはならない。小枝の群れなど避けて通る必要もないと、巨獣が木々をなぎ倒しながら迫って来た。
速い。剣を油断なく構えながら後退。たとえ後ろ向きに動こうが、『獣の直感』がルート上の障害物を伝えてくれる。
こちらを追いかけて走る巨獣。その爪は見た目以上の破壊力を発揮し、邪魔する物全てを引き裂いて振るわれた。
前足、そして噛みつきによる連撃。息をつかさぬとばかりに攻撃が繰り出されていく。
あの巨体。それも木をひき倒しながらだと言うのに、その速度は衰えない。並みの自動車かそれ以上の速度で動き回る体だ。爪などの末端部はどれだけの速度なのか。
また、単純に一歩がでかい。小回りはこちらが勝れど、そんな物は関係ないとすぐに追いついてくる。
「くっ」
爪で切り裂かれた木の破片がこちらへと飛んできた。
どうやら、多少なりとも知恵は回るらしい。
破片と言えど人の頭ほどあるそれら。散弾銃もかくやと言う速度と密度もあって回避は難しい。咄嗟に剣を盾のようにして受ける。
だが、そこで初めて巨獣が身を『沈めた』。
ここまで見せてこなかった、前足まで使った準備態勢。そこから繰り出されるのは、至極単純な体当たりだ。
だが、後ろ足がメインだった先ほどまでの追撃ですら自分が振り切れないほど。四肢全てを使ったコレは回避など不可能だ。
盾のようにしていた『山剥ぎ』を斜めにしながら、後ろへと跳ぶ。それとほぼ同時に巨獣が突っ込んできた。
「が、ぁぁ……!」
あまりの衝撃に腕が軋む。砲弾のように吹き飛ばされ背が次々と木々にぶつかり、それらを壊しながらバウンドして飛距離を伸ばす。
数秒の飛行。木々を抜けて崖へと出る。
崖と言っても、坂道を多少切り立たせた程度。十メートルもないそれを落ちる様に降りながら、体の向きを変えて足先を斜面に向ける。
巨獣もまた森を出て自分の上をとる。強靭な四肢でもって斜面を蹴りつけ、重力も合わさりこちらを猛追してきた。
でかい。速い。力がある。なるほど、強い。
手に持った『山剝ぎ』を振るう。相手は獣ではなく斜面に。掻くように振るったそれが体の落下する向きを変える。
すぐ横を通り過ぎる巨体。爪先がそれにかすめながら、ほぼ同時に地面へと足をつけた。
土煙を突き破り、間髪入れずにこちらへ跳びかかってくる巨獣。それの下を潜り抜ける様に回避し、クルリと体を回転。後ろ足を切りつける。
行き掛けの駄賃程度の一撃。片手で放ったそれは芯を捉える事はなく、厚い毛皮に引っかき傷を作るだけだった。
だが、微かにその足に血がにじむ。痛みからか怒りからか、巨獣の唸り声が一層低くなる。
奴へ向き直り両手で剣を握りなおし、走った勢いを殺す為土煙を微かにあげながら足裏で地面を削ることで止める。
睨み合う事、一秒。
短く、しかし自分達にとっては呼吸を整えるには十分な時間でもって。獣は駆け自分は剣を振り上げる。
「『フレイムアロー』」
――正々堂々たる戦いでは、ないのでな。
自分と獣の丁度中間地点に炎の矢が飛来し、炸裂した。
威力ではなく光量にこそ重きを置いた一矢。その炸裂は閃光弾に等しかった。
夜の闇の中互いの姿を見失うまいと目を凝らしていた自分達は、一瞬視界を白に覆われる。
「今ぁ!」
「「「おおおおおおおおお!!」」」
しかし、自分は直感で持っておおよその状況を把握した。
崖とも坂道ともとれる斜面を勢いよく落ちる一本の丸太。昼間のうちにこの『山剝ぎ』でもって加工した、先端を尖らせた破城槌もどき。
それを村の人間を集めて運び、落とした。
「『エンチェント:フレイム』」
その先端に魔力で編まれた炎が宿り、真っすぐと巨獣の前脚へと突き刺さった。
『■■■■■■――――ッッ!!??』
悲鳴を上げて倒れる巨獣。いかにあの巨体とて、質量の暴力には地に伏せた。
だが、死んでいない。足の一本を潰されようがその身は未だ捕食者であり、被捕食者である人間など片手間に食い散らかす事ができるだろう。
それをさせない為に、俺が来た。
目がまだ本調子ではないまま、斜面を駆けあがる。真っすぐと上ではなく、獣に向かって斜め上へ。
剣を肩に担ぎ、全力で足を動かす。ここは未だ『森の中』。であれば、自分の放つ一撃ではこれより上の物はない。
残る三足で立ち上がろうとする巨獣へと、斜面を蹴って跳んだ。
全身の筋肉を引き絞る様にして、『山剝ぎ』を月下に晒す。
『■■■■■■■■■■■■―――!!』
まだ目が見えていないだろうに、獣が跳ね起きた。その巨体を逸らし、上空へと跳んだ自分へと爪牙を向ける。
その爪を受ければいかにこの身と言えど引き裂かれる事だろう。その牙を受ければ肉塊へと変わるのだろう。
だが、右の前脚のみでは足りない。
「おおおおおおおおおお!」
体を高速回転。遠心力の加わった大剣にて爪を打ち砕き、牙をへし折り、その頭蓋へと渾身の一撃を叩き込む。
一本角に這うように叩き込まれた刀身。毛皮も骨も引き裂いて内へと食い込んだ。
赤黒い血を空に引いて巨獣が倒れる。その顎を蹴り飛ばして剣を引き抜き、こびりついた血に構わず肩に担いで着地。
倒れた獣を見据える事数秒。経験値が入る感覚を覚え、小さくため息をついて剣を掲げる。
それが合図となり、割れる様な喝采が響いた。
「ふぅー……いやぁ、うん。強かった」
背中の鈍痛に苦笑しながら、倒れふす巨獣を見つめる。
勝ち取った戦果に、誇らしい感情がやってくる。そこでようやく気付いた。
もしかしたら、戦いの中、自分は……。
「……」
そっとフードの前留め越しに口元へと触れる。
超常の力を、あり得ざる存在へ振るう己に……『愉悦』を感じていたのかもしれない。
自分の口元は、少しだけ笑っていた。
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