第三十八話 狂った選択
第三十八話 狂った選択
サイド ホムラ
先手をとったのはこちらだった。炎に囲まれいつ酸素が尽きるかもわからぬ現状、そうせざるを得なかったのだ。
「『ヒートウィップ』!!」
体内の魔力を杖へと伝達しながら、壁の炎を掬って放る。大気中の魔力の流れを読み取り、逆らわずむしろ波に乗る様に炎の鞭が宙を舞う。
それに対しベルガーが上四本の脚を前面に掲げた。展開される薄紫色の障壁。
拮抗は一瞬。障壁はあっさりと砕け散り、二本の足を焼き切って胴体に深い傷を作った。
『っ……』
その隙を逃さぬとばかりに踏み込むアミティエちゃん。
複眼を相手にミスディレクションは通じないと判断したか、前に見たものとは違う揺れる様な動きで接近。一瞬遠近感が狂うような足運びから、鋭い剣閃が放たれた。
ベルガーの反応が僅かに遅れ、右上足を盾にするも関節に刀身を滑り込まれ切断。その下の右複眼も切り裂かれる。
今が、チャンス!
アミティエちゃんからの目くばせに堪え、自分も走り出す。
「『フレイムアロー』!」
走りながら碌に狙いもつけずに放った炎の矢。それに大げさな動きで飛び退いたベルガー。できあがった隙間を通って階段から離れる事に成功した。
そのまま二人して走る。
先の攻防は圧倒的にこちらが勝っていた。そう――違和感を覚える程にこちらが勝っていたのだ。
酸素が足りず、時間がない。そんな考えがあったのは事実だが、それ以上に不気味だった。
チラリと、炎に囲まれる地につけた二本脚以外の足を失ったハエの異形へと視線を向ける。
『あぁ……』
その場に立ち尽くし、こちらを追おうともせず己の切断された足を見るだけ。
痛みで動けない?喪失感で呆然としている?そもそも何をされたのかよくわかっていない?
普通に考えればそうなのかもしれない。だが、人間とは違い表情など読み取れない虫の顔は。奴がこちらの理解など及ばない怪物であると告げている。
『アアアアアアアアア――――ッ!!!』
絶叫……いいや、『咆哮』をあげるベルガー。
それを背にひたすら走る。嫌な予感がする。それに呼応するように、大気の魔力に乱れが発生した。
「っ、アミティエちゃん!」
「へ、ちょぉ!?」
隣を走る彼女の腕を強引に掴み、そのまま肩に担ぐ。かなり雑な動きだが、そうする必要があると魔力の流れが告げている!
ぼこりと、石造りの床が盛り上がる。次々床がめくれ上がり、そこから『根』が現れた。
まるで大蛇の様にうねり、のたうつ根。一本一本が人の胴ほどもあるそれらが、城を壊していく。
「なっ、く……!」
現れる根の数々を、大気中の魔力の流れを読み取る事で対応。次にどこから出てくるかをギリギリで見切り、回避。
目を限界まで見開き、ぎょろぎょろと目玉を動かす。食いしばった歯から異音を発しながら、全神経を瞳と両足に集中。そうしなければ、間違いなく死ぬ!
「『ヒートウィップ』!」
進行方向にあった根を焼き切り、城の外へ。背後から崩れ落ちた壁や天井が土煙と衝撃波を後押しに、足を動かした。
出れた!そう思わず口元が緩むが、まだ油断はできない。未だ魔力の流れが危険を伝えてきている。
だが、このまま真っすぐと走りぬけば――。
「は?」
思わず、食いしばっていた歯が開き、喉から気の抜けた声がもれる。
「は、離れろ!城が崩れる!」
「押すなよ!危ないだろ!」
「ベルガーさんは!ベルガーさんはどこに!?」
なんで村人がまだ城の近くにいる。なんで燃えている城から離れていない。
固まる村人たちの向こう側。そこには濃密な霧が迫ってきている。清廉な魔力の進軍。神秘的な印象を受けるそれが、遅れて常人には恐怖の対象になりえると遅れて気づく。
それでも、ギリギリ根の範囲外に村人たちは『大半が』いて……。
「お、お母さん!」
「ジニー、貴女とこの子だけでも……!」
己の事で精一杯な村人たちから、遅れてしまった親子。産後からまだ一夜しか経っていない母親は走る事などできず、赤ん坊を娘に預け逃がそうとしている。
それに気づいたらしい城勤めの者達も、既に遅い。彼らとて他の患者を背負っている。
――まあ、自分には関係ない。
この世界の人間なんて全部『獣』だ。同族だろうが踏み殺し、文字通りの食い物にして、血肉でもって喉を潤し腹を満たす。
違うのだ。『俺』と、『私』と、ここの者達は違う。その命など、道路の傍らで死んでいる野良猫となんら変わらない。
一瞬だけ感傷に浸る事はあっても、すぐに忘れる。そんなどうでもいい存在。
そうでなければならない。だって、そうでなかったら。『俺』があの時行った事は。殺した、彼らは――。
だから。
「誰か、誰か助けて!」
そんな少女の声など無視すればいいのに。
「アミティエちゃん!頼んだ!」
親子に向かって肩に担ぐ少女を投げる。この子なら、どうにかすると思ったから。
前転するように受け身をとり、一切減速せずに親子に近寄って赤子を片手に、母親に肩を貸すアミティエちゃん。それを傍目に、背後へと振り返る。
「はっ――!」
我ながら、狂っているらしい。野良猫の為にトラックに轢かれる様な、そんな主人公じみた心なんて自分は持っていたか?
本当に笑える。馬鹿みてぇ。
「ホムラさん!」
親子を連れ避難するアミティエちゃんの声を背に、杖へと全力の魔力を回す。
いいや――全力以上を。
スキル『捨て身』。その効果は、『自己を贄とした攻撃能力の向上』。
「ぐぅ……!」
杖から生えた黒い棘が手の平を貫き鮮血を散らす。そこから魔力だけでなく命の源泉から、直接なにかが吸われる感覚。
構うものか。通常の威力では足りない。後先なんて考えない。そんな余裕はない!
ただ、今できる最高の一撃を!
「『ヒィィィト、ウィップゥ』!!!」
限界以上の火力で放たれた炎の大蛇。丸太ほどの巨大さをもつそれが、大気を燃やす音を咆哮として暴れ狂う。
触れれば鋼鉄だろうと溶解するそれが、迫りくる根を焼き切り、炭化させ、吹き散らす。
間違いなく自分が出せる最強、最高の魔法。噂に聞くドラゴンとやらだって、喰らわせればただでは済まさない獄炎。
――だが、止まらない。壁一枚で津波を防ごうとでもいうかのように、そんな奇跡は起きない。
正面の根は焼き払われようと、左右からは未だ健在のそれらが迫る。十秒とかからず自分は押しつぶされるだろう。逃げようにも、何もかもを振り絞った体は勝ってに膝をつき座り込む。
それでも、『自分の背後だけは守り抜いた』。
背後から誰かの声がする。アミティエちゃんと、あの親子の声か。振り向く事すらできないが、不思議と無事だろうという確信があった。
「―――」
自分がなんと呟いたのかは、わからない。
恨み言か。命乞いか。それとも別の何かか。ただ、不思議と口角は上がる。まるで、霧が晴れたような感覚。
なんにせよ、ただ勝手に口が動いただけの空気の排出。
そんな、大した意味のない言葉だったのに。
「いいえ」
応える者が、一人。
「それはまだ、早い」
突風が吹く。あまりにも乱雑で豪快と呼ぶのも無理がある、そんな風。
一瞬だけ目を細め、そして気が付けば目の前には背中を見せる男が一人。右手に持った鉈の様な大剣を肩に担ぎ、平然と立つ彼の周りに一拍遅れて粉砕された根がバラバラと広がった。
炎を反射したわけでもないのに鈍く輝くその刀身。こちらを振り返る事もなく、男は――少年は絡み合った根を見上げた。
広がる事を止め、一本の縄の様に絡み合って一体の怪物へと根が姿を変えていく。
もしもそれを生物として当てはめるのなら、きっと幻想の中の存在に当てはめるしかないだろう。
『ガアアアアアアア―――ッッッ!!』
ドラゴン、と。
「丁度いい姿だ。予行練習にはうってつけだな」
左手でこちらにさがる様促した後、少年が剣を両手に握る。
隠す気も無く振りまかれる怒気。正当なる怒りだとばかりに、高らかに。
「さあ、借りを返しに来たぞ……ベルガァァァァ!!」
矢橋翔太が、木で出来た竜へと奴に負けないほどの咆哮をあげた。
震え上がる大気。きっと魔力視など無くとも白魔法の気配を振りまく彼の姿は、まるでおとぎ話の中の勇者の様で。
思わず自分は、呆けた様にその背中から目を離せなかった。
……それはそうと、ベルガーに借りってあったけ?
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