第三十六話 ズレ
第三十六話 ズレ
サイド ホムラ
「こっちだ!こっちに避難を!」
「布を口にあてて……!出来るだけ姿勢は低く……!」
「言ってる場合か!とにかく移動だ移動!」
外から城の人間や患者が避難する声が聞こえてくる。
まあこの世界の人間なんてどうでも……ええい。面倒だ。とっとと逃げろバカども。
自分でも言語化できない感情。ぐちゃぐちゃした頭で考えても仕方がない。とにかく今は、ベルガーとやらをぶち殺す事を考えよう。
「行こうアミティエちゃん。制御室とやらはすぐ近くだ」
「……」
「アミティエちゃん?」
どうしたのかと振り返る。
着地はきちんと成功し、二人して無傷だったはず。その後何事もなく城に潜入して油を撒いて火をつけたのだ。
なにかあったのかと思い振り返るも、アミティエちゃんはいつも通りニッコリと笑っている。
「ウチ、鳥になりたいねん」
「はい?」
「空を自由に飛びたいんや。行きたい所まで、なんにも邪魔される事なく。空へ、空へ、空へ。ああ、ああ。けど青い空だけじゃいやや。赤も、黒も、灰色も。夕焼けを近くで見たい。お月様を近くで見たい」
「あ、アミティエちゃん?」
「雨雲の中を飛びたい。晴天の下を羽ばたきたい。いやや、いやや。それだけじゃいやや。もっと上へ。もっと空へ。狭い。狭い。空は狭い。もっと広い所を飛びたいんや。外へ。外へ。もっと外へ。外へ。外へ。外へ。外へ」
「アミティエちゃぁぁんんん!!??」
いったいどうしたってんだ!?
確かに着地は成功したはず!ちょっと『軌道がズレたから空中で修正したり』『バランスを崩してグルグルと回転したり』『逆噴射が足りなかったから受け身をとったり』したけど無事にたどり着けた。だから怪我はないはずなのに、どうしたと言うのか。
ま、まさかこれもベルガーの仕業!許せねぇ!
「アミティエちゃん。しっかりするんだ。制御装置の操作は君にしかできない。だから、お願いだ」
「はい……はい……」
しっかりとした足取りなのに、視線が空へ向かい焦点が定まっていないアミティエちゃん。
無理をさせたくないが、エイミーから聞いた操作方法が自分にはいまいちわからなかったし、何より自分は戦闘要員。彼女にやってもらう他ない。
アミティエちゃんはどうやら翔太から魔法を習っていたらしい。発動はできないが、それでも魔力の流れは把握したらしく装置を動かすぐらいならできるらしい。
とにかく、制御装置がある部屋に行かなくては。
杖を一振りすれば炎が分かたれて道ができる。四属性の魔法はその場にある属性関係の物を使う事で魔力消費を少なくできる。つまり、魔法の発動以外にも干渉できるのだ。
氷水魔法の使い手は水を操れるし、土木魔法の使い手は魔法無しでも穴が掘れる。それと同じように、自分とてある程度なら炎を誘導する事ができた。
エイミーに渡された地図を頼りに走る。だがその時、突然アミティエちゃんが自分の前に飛び出してきた。
「え?」
自分の呆けた声と、甲高い音が重なる。遅れて、アミティエちゃんが剣の柄で飛んできた針を落としたのだと気付いた。
ぞろぞろと、進行方向の十字路から異形どもが姿を現す。
白と黒の縞模様をした人型。全身が外骨格の様な物で覆われ、両目は虫の様な複眼。口元は横に開き『く』の字型の顎を鳴らしている。そして後頭部からは三十センチほどの触手が伸び、先端が鋭く尖っていた。
そんな姿の異形どもが六体ほど。色や形状からして、間違いなくG5と関係するものだろう。
「エイミーの奴……聴いてねぇぞ……!」
通常のG5やゴーレムが妨害してくる事は想定していたが、こんなのは考えていなかった。
予想外の敵。多勢に無勢。この状況に、自分はどうする?
決まっている。
「ぶっ殺して押し通る!」
どう見ても人間じゃねえ。魔力の流れもグールに近い。であれば、躊躇する理由もない!
自分の声に呼応する様に、アミティエちゃんが剣を引き抜く。
それは翔太から借りてきた片手半剣。肉厚かつ幅広のそれは剣のサイズにした鉈と言っていい。
どう見てもアミティエちゃんの細腕で振るうには重すぎる剣だが――。
『ギィ!』
気づいた時には、先頭でこちらに跳びかかろうとしていた異形の首が刎ねられていた。
瞬く間とは正にこの事。彼女が前に見せてくれた剣舞。剣の重量を利用し、まるで踊るような動きで敵を切り裂いていく。
振り子のように。しかし剣だけを主役とするのではなく、自分自身も存分に動かす死の舞踏。
『ギィ!?』
「飛ぼうや。一緒に。飛ぼう。飛ぼう。きっと遠くへ行ける。どこまでも行けるはずや。だから飛ぼう。さあ崖から飛ぼう。そしたらどこまでも行けるんや。重い。重い。体なんて重いだけ。空へ。空へ。空へ空へ」
……はっ!なるほど、アレは遠回しな『斬り殺されるか跳び下り自殺か選びなぁ!』という殺害予告!
これは私も負けられねぇ!派手にやったらぁ!
「『ヒートウィップ』!『ヒートウィップ』!」
「羽が欲しいんや。軽い羽が。大きな羽が。羽ばたかなくても飛べる羽が。空へ。空の向こうへ。月へ。太陽へ。狭い。狭い。もっと遠く。もっと遠くへ」
炎の鞭が周囲の炎から生み出されて跳ねまわり、その隙間を縫うように剣が躍る。
いかに頑丈な外骨格を纏おうが、所詮は生物由来の物。燃えない道理がない。そして、関節までは覆われていないのなら彼女の剣は止まらない。
「私達を止めたかったら百倍はもってこぉい!」
「止まらないんや。ウチらは止まらない。もっと遠くへ。もっともっと。空に。空に。ああ、地面はいやや。迫る。地面が、ウチを殺しにくる。地面はいやや。ああ、空に。空に」
「ふー!そうだぜ私達は止まらねぇ!」
このふざけた城なんぞ、ぶっ壊してやろうじゃねえの!
* * *
サイド ベルガー
「でぇい、急げこのポンコツがぁ!」
土で作り上げたゴーレムに罵声を浴びせるが、当然ながら返事は返ってこない。その事に苛立ちながら、必死に思考を巡らせる。
謎の放火に村の方角から感じられる謎の魔力。奴らの狙いは私だとして、どうやって攻めてくる?
起動キーは既に押した。簡易版の為制御室からの指示よりも優先度は低いが、それは心配する必要はない。なんせあそこの事を知る人間などこの地にいないのだから。
これにより後一時間ほどで村人に仕込んだ卵が孵化し、内側から食い破ったG5が敵に襲い掛かるだろう。
出来る事なら既に作り上げた人間の死体に埋め込んだ『G6』にまでしたかったが、背に腹は代えられぬ。
そうこうしているうちに、一階の隠し部屋に到着。中にまでは火が回っていなかったらしい。まだ無事な本を袋に詰め込んでいく。
急がなくては……いつ斬りかかられるかわからん!
「ぬっ……!」
城内を探索させていたG6に反応だと?
敵は……二体。人間の雌であると推測。異様な戦闘能力をもってG6達を破壊しているらしい。
完成済みのG6は全部で三十二体。他に回している者も……いや、村の方で感じる魔力も気になる。半数はそちらにもいかせるべきか?
城の外に待機させた使い魔からは、村の中央から謎の霧が発生していると言う。試しにG5を一体送ったがすぐに操作できなくなってしまった。
だが霧自体に大した魔力を感じない……いったいなんだと言うのだ?
何が正解かさっぱりわからん。ええいっ、そもそも私は軍事なんぞ知らんぞ!そういうのは戦しかできん脳みそまで筋肉でできた者どもの仕事だ畜生め!
む?二人組はG6を倒した後移動したようだが、これは私の方に向かっているわけではないな?道に迷ったか?
……いいや。敵を侮った結果死んだ同族は五万といる。これは人間どもが『元からそういうつもりだった』と考えるべきだろう。
となれば、奴らの進行方向上にある重要な物は……まさかっ!!??
「ば、ぶぁかな!ありえん!まさか奴ら、制御室の事を知っていると言うのか!?」
どういう事だ!ありえん。あそこを知る者なぞ、私とシャイニング卿しかおらん。
シャイニング卿がここに来ている?ありえん。奴は別の国にいる。では奴の弟子か何かか?いいや。シャイニング卿の弟子は全員ブライト神聖隊によって捕縛、そして処刑されたはずだ。
では……そうか!
「つながった……つながったぞ!」
なぜ神聖隊の隊長格クラスの男がいるのか。なぜそんな奴らがここに来たのか。なぜG5の制御室を知っているのか。村から発せられる霧はなんなのか。
謎は全て解けた!
「おのれ陽光十字教め!アキラスの犬めがぁ!」
あの男は『隊長格』なのではなく実際に隊長!ここに来たのは帝国が有するとされる特殊情報部隊の調査ゆえ!制御室を知っているのは、捕まえたシャイニング卿の弟子から聞き出したから!
そして、村から発せられる霧こそが『陽動』!!事実、最も中枢に来ているのは忍び込んできた二人組である!
なんという事だ。神聖隊は個々人の高い戦闘能力だけでなく、高すぎる結束力も有名だ。常に二人ペアを作り、互いを恋人の様に信頼しているとされているらしい。相方に情けない姿を見せない為、そして何より相手を護るために誰よりも勇敢に戦うとされる。
そして、一つペアがいたらすぐ近くに部隊が集められているとも噂されている!
内側からG5を停止させこちらの戦力を削り、そして外側から一気呵成に攻め込んでくる。なんとありふれた、しかし効果的な作戦か!
このままでは私が制御室に到着する前に、活動中のG5を止められかねない。であれば、村の外を巡回させている群れを外にいるであろう神聖隊本隊にぶつけるまで!停止される前に、少しでも痛手を与えられればそれでいい!
もはや細かい操作はしておれん。群れのみで動き、一番近い人間の集団を襲う様に指示を出す。
私は急ぎ制御室に向かわなければ。せめてここに忍び込んだカスどもだけでも殺してやる!
許さん、許さんぞ陽光十字教!
魔王様を、我が主を、同胞を!何よりもこの私のプライドを踏みにじったツケ、今こそ払わせてやる!
読んで頂きありがとうございます。
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