第三話 スノードラゴン
第三話 スノードラゴン
サイド 矢橋 翔太
「え、いや、え、どういう事ですか?」
「ご飯ができたよ。食べながら話そうか」
「あ、どうも。いただきます」
差し出された木製のお椀とスプーンを受け取り、中に入った狼肉と野菜のスープを見つめる。
何気に狼肉ってはじめてなんだが……むしろ日本人で狼を食べた事がある人って何人いるんだろう。
「どうしたんだい?なにかアレルギーでもあったかな?」
「い、いえ。狼って初めて食べるので……」
というかアレルギーの概念あるんだ。それも昔来たっていう『まれ人』関係だろうか。
「そっか。碌に処理もできていない狼の肉はあまり美味しくないけど、ウチのは違うよ。なんせオカン直伝だからね」
「は、はあ……」
体が未だ冷えているのもあるし、ここは頂くとしよう。
「あ、美味しい……」
「せやろ?」
なんか少し弾力が強い気がするが、それでも思っていたような苦さや臭さはなかった。スープ自体もとろみがあって、味付けが塩だけと思えない。
こちらに自慢げな笑みを浮かべるアミティエさんが、ゆっくりと味わうようにスープを食べる。
「こんな急ごしらえの肉でも美味しく食べられるのは、傭兵をやめて狩人になったオトンを思ってオカンがレシピを考えたから。これでまずいと言われたらオカンに申し訳ない」
「え、あ、すみません」
「なんで謝るのさ。おかしな人だね、君は」
クスクスと笑うアミティエさんだが、先ほど彼女は『オトンとオカンの敵討ち』と言っていた。つまり、彼女のご両親は……。
「さて、『まれ人』って人達はこの世界について知らない事の方が多いのが普通だからね。色々と聞きたい事があるだろうが、こんな状況だ。かいつまんだものになるけど、ごめんね?」
「い、いえ。よろしくお願いします」
「この辺はね、本当なら比較的温暖な気候なんだ。だからこんな大雪が降る事はないんだけど、明らかに普通の天候じゃない。そして、『スノードラゴン』は巣作りの為に周囲の環境を極寒に変える生態をしているんだ」
「そ、そうなんですか」
「そうなのさ」
うんうんと深く頷くアミティエさん。
「あいつらは普段北の大陸にいるはずだけど、偶に若いメスがこっちの大陸に来るらしくてね……で、こっちに来た結果がこの雪山さ。しかもドラゴンはそこにいるだけで魔力を振りまくものだから、それが原因で野生動物が魔獣化するし、魔物も出てくるしで、人がまともに住める場所じゃなくなる。生物の形をした災害だよ」
「……もしかして、アミティエさんのご両親は」
「オカンは少し前から体を壊していてね。雪と魔獣のせいで薬の材料を街へ買いに行く事もできずにそのまま。そしてオトンは村を襲った魔獣の群れとの戦いでね」
「そうですか……」
「そうなのさ」
アハハと軽く笑うアミティエさん。内容に反してそこに悲壮感はない。
だと言うのになぜだろう。外の冷気とは違う、なにか薄ら寒いものを感じずにはいられないのは。
「だからね。ウチは刺し違えてでもあのクソトカゲをぶち殺すって決めたんだよ」
「さ、刺し違えてでもって」
そう言って彼女は脇に置いたボウガンを撫でる。よく見たら隣に抜き身で一本だけ置いてある矢には変な溝があり、そこには黒い塊がついていた。まさか、毒?
「さ、食べ終わった事だし、いこうか。スノードラゴンが産卵する時は人が生身で呼吸もできない温度って言われているからね。時間は敵だよ」
「え、あっ」
いつの間にか互いの器が空になっていた。話をしながら自分も無意識に食べていたらしい。よほど体が温かい食事を求めていたようだ。味もよかったが。
というか、アミティエさんの言う通り吹雪の勢いが増している。この即席のテントもすぐに壊れてしまいそうだ。
彼女はテキパキと片づけを済ませると、また大荷物を背負ってテントの外へと出て行ってしまう。
「ほらこれ。碌になめしてないけど、もう使い捨てぐらいのつもりで持っていくといい。本当に寒いから」
「あ、ありがとうございます」
狼の毛皮を受け取り、マントみたいに羽織っている毛布の上からかぶる。たぶんこんな状況でなければ臭いとか色々思うのだろうが、そんな事が気にならないぐらい温かかった。
それはそうと途轍もなく嫌な予感がする事がある。
「あのー。つかぬ事お聞きしますが」
「なにかな?」
「村への道ってわかります?」
「全然?この雪だとさすがにわからないからね。悪いけど、君の道案内まではしていられない。けどここに留まるよりは、もっとマシな風よけがある所に移動しつつ下山を目指す事をお勧めするよ」
ボウガンを軽く点検し、彼女はこちらに振り向いた。
「ま、ウチがドラゴンを倒したらこの吹雪もじきにおさまるはずだから、それまで待っているのもありかな」
吹雪のせいで彼女の顔がよく見えない。だが、ニッコリと先ほどと同じ笑みを浮かべているのはなんとなくわかった。
「……俺もドラゴン退治に行かせてもらっていいでしょうか」
「えっ……?」
別に同情とか、義侠心ではない。純粋に損得の話しだ。
このまま彼女を行かせて、自分だけ下山を試みるか?たぶん、無理だ。遭難する自信がある。途中の魔獣?とか言うのやクマも危険だ。いくらチートがあっても無謀すぎる。
彼女がドラゴンを倒すのを待つ?ドラゴンの強さがわからない。おとぎ話に出る様な国を滅ぼす存在か、それともでかいトカゲか。だが、気象を変えられる力を持っているのは確か。狼数匹に苦戦していた彼女が勝てる相手とは考えづらい。
と、なると。まだ可能性があるのは自分も行ってドラゴンと戦う。一人よりは二人だ。倒せないまでも、追い払う事ができたらこの吹雪は止むかもしれない。
この三つの中で、たぶん一番確率が高いのは三つ目。だから、自分も行く。
めっっっっっちゃ怖いけどな!!??
行きたくねー、絶対に行きたくねー。だってドラゴンだよ?ケースバイケースではラスボスだよ?弱く見積もっても中ボスだよ?どう考えてもこんな異世界初日に戦う相手じゃねーよ。コンビニじゃねえんだぞ。ドラゴンに挑む難易度って。
「本気かい?かなり危ないよ」
「だって他にまともな選択肢ないですし……」
ぶっちゃけどの選択肢も選びたくねえよ。せめて誰かジークフリートとか聖ゲオルギウスとか専門家さん呼んできてくれ。竜に挑むのがまだ一番生き残れそうとか酷すぎない?
「……それもそうだね。じゃ、行こうか」
「はい……」
内心で泣きべそをかきながら、彼女と共に山を登り始めた。
* * *
あれから十数分ほどか。時間感覚があてにならない状況だが、道中狼やクマなどの襲撃もなく山頂付近までたどり着く事は出来た。
だが決して安穏とした道のりではない。なんせ一歩進むごとに吹雪の勢いは増し、膝まで雪に埋まりながら歩いているのだ。この体がゲームのそれでなければ死んでいた。
むしろ生身だろうに自分の前を歩いて行く彼女が凄いのだろう。身体能力では勝っているはずなのに、まるで追いつける気がしない。
道中でこっそりとステータス画面を確認。残念ながらレベルは上がっていなかった。なんとなく、クマを倒した時や狼を殴った時に経験値的なものが流れ込んだ気がしたのだが、まだ足りないらしい。『MP』は少しだけ回復している。自然回復なのか、これ。
ガチャポイントも溜まっていない。戦力の増加は期待できないだろう。あー……リセマラがあったら最初の十連で『絶対に安全な場所に行けるテレポートマシン』とか出るまで回すのに……!
……そんな考えも、すぐに吹き飛んでいく。この吹雪では弱音をはくのも一苦労だ。口を開ける事すら難しく、無言で雪山をのぼる。前を行くアミティエさんを見失わずに済んでいるのはスキルのおかげに他ならない。
そうして進んできて、唐突に吹雪が止んでいる場所に出てきた。それが山頂だ。空は曇天のままだし、雪もハラハラと降ったままだが、今すぐ命の危険を感じる様な環境ではなくなったのだ。もっとも、気温はそのままだが。
唐突に開けた視界に数秒呆けてしまうが、木の陰に隠れたアミティエさんに倣って自分も隠れる。だが、正直無意味だったろう。なんせ、エメラルド色の双眸がこちらへと向けられていたのだから。
美しい。それがそのドラゴンを見て初めて抱いた感情だった。
艶のかかった純白の体毛。どんな宝石よりも強い輝きをもつエメラルド色の瞳。強靭な四肢の先端には鋭利な爪が生えそろい、ゆらりと長い尻尾が後ろで揺れている。
白い鳥のような翼を軽くはためかせて立ち上がり、こちらを見下ろすドラゴンに、自分はほんの一瞬見惚れてしまったのだ。
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