第二十八話 窮地
第二十八話 窮地
サイド 矢橋 翔太
「アミティエさん……ルートの変更を提案したいんだが」
「奇遇だね、ウチもそう思っていた所だよ」
「おいおい三人とも気持ちは一緒じゃん。運命だぜこれは」
三人そろってじりじりと後退する。やってられるかこんなもん。
一対一なら問題ない。だが明らかに二桁を超えている上に、この密度では最低でも二体を同時に相手どらなければならなくなる。
断言できる。これは尋常な事ではない。アミティエさんの様子から、トレントが群生するなんて事は普段ないのだというのは明白だ。
シャイニング卿か?シャイニング卿が何かやらかしたのか?だとしたらやっぱとんでもない危険人物では?
「とりあえずゆっくり移動しようか。トレントは時々石を投げるなどの遠距離攻撃をする場合があるらしいからね」
「「了解」」
地図を見た感じ、ここを迂回するのならかなりの遠回りになってしまうが致し方無い。死ぬよりはマシだ。
だがその時、直感が後方からの危機を察知。その半瞬後、耳障りな音が届いて来た。
羽が高速で空気を叩き、空を飛ぶ音。羽虫の飛行音なのだが、音からかなり距離があるはずなのに妙に大きく聞こえる。
三人そろって、顔が引きつりそうになりながら振り返った。
「げぇ……」
思わず口から声がもれる。
虫の大群が飛んでいた。初めて見る虫なのだが、一匹の大きさが二十センチはありそうだ。色は白と黒の縞模様で、赤い目を鈍く輝かせている。
かなりの数だ。それこそ、まるで黒い雲が動いていると錯覚するほどである。
「ホムラさん。焼き尽くせますか?」
「ごめん無理。多すぎ」
「ですよねー……」
前門のトレント。後門の謎の虫。どちらもバーゲンセールもかくやと言う数が揃えられている。
はっはっは。ふざけろ畜生め。これ絶対自然現象じゃないだろ。
「とにかくこの位置はまずい。左方向へ走ろう。翔太君は右から来るトレントの攻撃に、ホムラさんは虫に。ウチが先導する」
「「了解」」
言うが否やアミティエさんが走り出し、自分とホムラさんが両サイドを固める。
その足音に反応したのかトレント共が触手をぶわりと持ち上げ、虫共は動く生物を追う習性かこちらへ向かってくる。
あるいは、これもまた誰かの思惑通りなのか。
「くっ!」
トレントの触手が勢いよく石を投げてくるのに、大剣を盾にする事で対処。左手で柄頭近くを持ち右肩に剣の腹を寝かせて傾斜をつける。
剣越しに伝わる衝撃に足がぐらつきそうになる。投げつけられる石は人頭大もある物ばかりで、ぶつかる度に硬い音が響いて来た。
「『ヒートウィップ』!」
もはや山火事がどうのと言っていられないと、ホムラさんが上空の虫めがけて炎の鞭を放つ。
一撃で数十匹落ちているだろうに、一切勢いを衰えさせず虫共が迫る。燃えながら落下する虫だが、水分を多分に含んだ樹木ばかりのおかげで火事にはなっていない。もっとも、ずっとそうとは限らないが。
アミティエさんのペースに合わせているとは言え、彼女も森の中とは思えない速度で走っている。だと言うのに、未だ右手側にはトレントが、左側からは虫が追ってきていた。
そして、とうとう追い立てられるようにトレントの範囲内に片足が入る。
「っ、おお!」
近づいて来た触手を切り払う。切っ先が普通の木にも触れるが、諸共切れるので多少は問題ない。
だがこれはまずい。今のままではトレントの集団へと飛び込まなくてはならなくなる。
どうする。どうすればいい。
そう思考を巡らせている時、アミティエさんの声が響く。
「あそこや!ついて来て!」
「っ、わかった!」
アミティエさんの指さす先は、何もない様に見えた。だがすぐさま頷いて返す。
「え、いや、何もなくない?ちょ、やばいってほんと!」
「大丈夫や!地図の通りなら、ここに……!」
慌てた様子のホムラさんに応えながら、アミティエさんが突然その場にしゃがみこんだ。
いったいどうしたと言うのか。
「くっ……開かへん。しゃあない、翔太君!この地面に思いっきり剣を叩き込んで!」
「了、解っ!」
背中に石が飛んでくるのも構わず、彼女の方へと振り返り剣を大上段に構える。よくわからんが、地下に何かあると見た!
言われるがままに、彼女がさっきまで作業していた場所に剣を振り下ろす。切っ先に感じたのは、土ではなく金属の硬質な感覚。
そして甲高い音をたてて、何かが壊れるのを感じた。弾け飛んだ破片は……金属製の錠?
「手伝って!扉を開く!」
「おお!」
アミティエさんがナイフを鞘ごと地面に突き立てると、てこの原理で『なにか』を持ち上げた。
映画で見る様な、地下へと続く扉だ。すぐさま自分も爪先をつっこんで、片足で扉を跳ね上げる。
「うわっ、なんちゅう馬鹿力」
「アミティエさん、中に入るのか!?」
「もちろん!行くで!」
「わかった、ホムラさん!」
「おおおおお!?だぁいぶ!」
慌てて扉の内側。下へと続く階段に飛び込んで扉を閉める。直後、ガタガタと分厚い扉に何かが大量にぶつかる音が響いて来た。あと少し遅かったら虫どもにたかられていただろう。
ホムラさんが無言で杖先にライターほどの火をつける。地味に器用だな、この人。
火に照らされて見えたのは、金属製のあちらこちらが錆びた長い階段だった。未だに上からは虫がぶつかっているのか、はたまたトレントの攻撃か。激しい音が続いている。
あまり広いとは言えない階段。なんとなく俺とホムラさんの視線がアミティエさんに向いた。
「……ここはシャイニング卿の作った隠し通路。彼は色々な人に追われているから、出来る限り隠れ家の出入り口は秘密にしたがるそうなんだ。けど、オトン達はかなり信用されていたらしくて、隠し通路の入口にある目印を教えてもらっていたらしいんだ」
「なるほど、それで」
「とりあえず、下におりよう。ここじゃ落ち着いて話せない。下の方に行けば他にも扉があるから、少しは安全なはずだよ」
「わかった」
「私もう疲れたぁ……翔太ぁ、おんぶぅ」
「このスペースじゃきついですよ。立って歩いてください」
「うぇ~……」
いやしたいけどね、おんぶ。その乳を背中で味わいたいけども。今シリアスだから。めっちゃシリアスだから。
……自分が先導して自然に振り返れば下からホムラさんのパンツとかアミティエさんの下乳見れねえかな。
「わっ、どうしたの翔太君。突然柄で自分の頭を殴りだして」
「いや、たぶん疲れているだけだわ。気にしてなくて大丈夫だから」
「そ、そう」
ホムラさん、アミティエさん、自分の順で細い階段を下りていき、少し開けた場所に。部屋か何かの入口らしく、テレビで見た潜水艦とかのを彷彿とさせる扉が目の前にあった。
しまうタイミングを逸した『山剝ぎ』を壁にたてかけ、自分が扉のハンドルを回していく。こちらもさび付いているようで、かなり硬い。
どうにか開く事ができたので、中に。
「ここは……」
暗くてよくわからないが……そこそこ広いらしい。高校の教室ぐらいか?とりあえず『山剝ぎ』を鞘におさめ、後ろのドアをきっちり閉めておく。
気を抜いていたら外のドアをトレントに開けられて、そこから虫の大群が。なんてミラクルはごめんである。
「ちょっと待ってね……たぶんこの辺に……」
「アミティエさん?」
「あった」
ガコン。そんな音をさせて彼女が何かのレバーをおろすと、機械音みたいなのがなりだして部屋に明かりがついた。
咄嗟に腰の剣へと手をかけるが、どうやら『発電機』が起動して天井の『照明』がついたらしい。
なんだ普通の事だなぁ……待てや。
「え、え……」
「翔太。もしかして私達、日本に帰れた」
「いや、残念ながら違うみたいですけど……」
発電機っぽいのは魔力で動いているっぽいし、照明も蛍光灯とかではなく石が光っているだけらしい。
それでも、あまりにもここまで見てきた異世界の様子とはかけ離れていた。
「おお、これがオトンの言っていた魔力で光る石……って、二人とも、どうしたの?」
「ああ、いや。なんでもない」
「そう……?」
いけない。なんというか、日本を思い出して目頭が熱くなりそうだ。まだ、この世界に来て一カ月そこらしか経っていないのに。
感傷に浸りかけた時、突然壁の一部が開いた。
今度こそ剣を抜いてそちらを見やる。もしも『家主』だった場合間違いなく危険人物だ。勝手に侵入したのはこちらだが、それはそれとして警戒させてもらう。
だが、出てきたのは人ではなく、二メートル程の『カプセル』。紫色に光る液体に満たされており、やけに近未来的なデザインをしている。
「あれは……?」
ゲームだったら中から生物兵器でも出てくるパターンだ。直感は危機を知らせていないが、剣を構える。
どうやら自動的に開くらしい。カプセルがハッチを開ける。紫色の液体が床へと広がっていった。
そこから出てきたのは、一人の少女。
濡れそぼった翡翠色の髪。ゆっくりと開かれた、同色の瞳。端正に整った顔立ちに白い肌。華奢な体つきをしている。生物兵器には見えない。
いいや――ある意味において、少女は紛れもなく兵器である。
「おっっっっぱい!!!!」
今日一番の声が出た気がする。
そう、少女は全裸だった。
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