第二話 似非関西弁
第二話 似非関西弁
サイド 矢橋 翔太
「うわっ!?」
ボスン。そんな音をたてて雪の中に突っ込み、慌ててかき分けて体を這いだす。
上を見上げれば十数メートル先に出っ張りが見える気がする。あそこから落ちたのか。よく五体満足だったものだ。
この高低差ならクマたちも追ってはこないだろう。それに吹雪だから臭いもそこまで残っていない……と思いたい。
だが安心できる状態ではない。毛布と少ないが食料があるとはいえ、状況は最悪。また吹雪の中をあてもなく彷徨わないといけない。
どうにか人里に出れないものか。そう思って歩き出すと、ゴウゴウという吹雪の中に何かが聞こえた気がした。
「……!………!!」
「うん?」
「……なや!……の、狼……!」
「ひ、人!?」
間違いない、人の声だ!
迷うことなく声が聞こえた方角に走り出した。よかった、人に出会えればこの推定雪山から降りられる!助かるのだ!
そう思って走った所で、『獣の直感』に反応。
『ガッ!』
「え、わぁ!?」
『ギャイン!?』
咄嗟に振るった左腕が何かを叩き落した。一瞬だけ見えたけど、あれは狼!?
「誰や!」
「え、あのっ」
動揺している所にかけられた言葉に咄嗟に返事がどもる。この声は女性か?
ここまで碌に休まる暇もない中の出来事に混乱が続くが、しかし相手はお構いなしに言葉を続けた。
「なんでもええ!大声だし!」
「は、はい!」
大声!?なんで大声!?
疑問に思いながらも、ほとんど反射で従う旨を伝えた。そこでようやく気付く事ができた。そう、彼女の口調に。
「か、関西弁!!??」
『ぎゃうん!?』
結果的に大声を上げる事になったわけだが、なんとなく狼たちが逃げていくのがわかった。これも『獣の直感』か。
いやそれよりも関西弁だ。それが緊急時に出てくるのなんて関西の人ぐらいじゃないか?それ以前に、関西弁を知っているという事は――。
「に、日本人ですか!?」
「は?」
吹雪でよく見えない声の主に大声で問いかける。風の音に負けないぐらいの声量で。
「俺も日本人です!アプリゲームに事前登録したら、突然!貴女もですか!?」
「なに……今は先に枝を集めてきて!なるだけ葉っぱがついてる長いやつ!」
若干標準語に戻るが、イントネーションが関西なまりっぽい気がする。
「へ?」
「凍え死にたくなかったら急いで!うちは毛皮をはがす!走れ!」
「はいぃ!」
わけがわからんが、言っている事は正しい気がしたので従って走り出す。
だが葉っぱがついた枝?そんなのこんな雪山にあるのか?
そう思いながら走ったのだが、すぐに木にぶつかった。近くで見上げてみればしっかりと葉がついている。どういう事だ?
いや疑問なんて後だ。鉄の剣を引き抜いて届く範囲の枝を切り落としていく。高い身体能力のおかげかこの状況下で素人が振るった剣でもあっさりと枝が落ちてくる。それを拾い集めて先ほどの場所へと戻って来た。
「持ってきました!」
「上出来や!縄でテントにしよるさかい、支えて!」
声の主の言う通りにしていると、彼女はテキパキと縄と思しき物を巻きつけて枝を束ねると、推状のテントみたいな形にしてみせた。
そして背負っていたリュックから袋を取り出して中に入ると、雪の積もった地面にばら撒いていく。アレは、灰?その上にこれまたリュックから出した薪を並べているようだ。
その並べたのに火をつけるのかと思えば、こちらが持ってきた枝をナイフで切ってくみ上げ始めた。
口も手も挟む間もなく、彼女は火をつけて拠点の設営と焚火を用意してしまったのである。白い煙が一瞬テント内を包み込むが、すぐに一本の柱になって天井の部分から外へと流れていった。中には温かい空気が広がっていく。
こんな葉っぱと枝だけの壁や天井でも、これほど暖かく感じるのか……。
「ふぅ……その辺に狼の毛皮が二つあるから、片方はうちがやるからもう片方をテントにかぶせといてな。あんたの獲物やから」
「え、あ、はい」
言われるがまま、視界の悪い中毛皮をテントに被せてからテントへとお邪魔した。
なんとなく狭いイメージがあったのだが、座るだけなら大人が二、三人普通に入れるかもしれない。地面にはいつのまにか葉っぱや樹皮が敷かれている。これなら座ってもあまり濡れなさそうだ。
焚火を挟み、ようやく声の主であった彼女の姿を目視する。
モコモコとした毛皮の帽子から覗く肩にかかるぐらいの鮮やかな白銀の髪に、エメラルド色の瞳。肌は白く滑らかでピンク色の薄い唇がよく映える。
体つきは布と毛皮を纏ったかなりの厚着なのでわからないが、華奢な印象を受ける。目鼻立ちの整った顔立ちもあって可憐な少女にしか見えないので、これまでの言動とのギャップを感じてしまう。
そして、彼女はこれまた先ほどまでと違い穏やかな雰囲気で、ニッコリと笑っていた。
「ありがとう。助かったよ本当に。こんな所で『魔狼』の群れなんかに襲われたから、死ぬかと思った」
「ま、まろう?」
まろう……まろう……魔狼?というか訛りがあるけど標準語?
「おや、知らないのかい?機会があったらあの狼達の背中を見てみるといい。結晶が何本も突き出た、魔獣の証があるからね」
「魔獣……」
ゲームでしか聞かないような単語だが、自分の現状が現状なだけにそういう物なのかと納得する。
「あれで三回目の遭遇だったからね。オトンから貰ったこの特別製のボウガン以外の武装はほとんど使い潰してしまったから、本当に危なかった」
そう言って彼女が、己の隣に置いたボウガンを軽く叩く。木と金属を使った物で、側面に小さい滑車みたいなのがついていた。なんとなく前にテレビで見たボウガンショップのに似ている。
「その、お詳しいんですね。魔狼とか魔獣とか」
「こんなのは常識だよ。それより、なんだったっけ……にっぽん?」
「あ、そうですよ!俺も貴女と同じで日本人です。まさか同じ境遇の人とこうして出会えるなんて……」
彼女が最初焦ったように喋っていたのは関西弁だし、未だって言葉が通じている。少し訛りがあるが、それも関西の人のやつだろう。
異世界あるあるの言語チートって感じでもない。読唇なんてできないが、相手の口が言葉と連動している事ぐらいはわかる。
「そうかー……うん。単刀直入に言わせてもらうね?ウチはその『にっぽん』とやらも『あぷり』とか言うのも知らないんだ。同郷か何かと思っているようだけど、ウチはイヒロ村のアミティエっていう者なんだ」
「……へ?」
何を言っているんだ?もしもこの人がいわゆる異世界人ってやつなら、どうして関西弁で……。
「け、けどその方言は」
「喋り方ならオトンから教えられたものだよ。オトンも傭兵だった頃に別の人から教わったものだから、にっぽんとやらは知らないと思う」
マジか……マジかぁ……。
勝手に期待しておいて失礼なのだろうが、落胆を隠せない。このわけのわからない場所で、同じ境遇の人間に会えたと思っていた。よくよく考えてみたら関西弁というより『なんちゃって関西弁』な気もする。今はイントネーションだけだけど。こう、語尾が上がる感じの。
いや、よく考えたら元々関西弁に関する知識なんてねえわ。
……だがポジティブに考えようと強引に切り替える。
見方を変えれば現地の人と友好的に接触できた。それは数多の異世界物を読んできた身としては、かなり大きなプラスであったと思える。
「あの、色々と聞きたい事が……」
「そうだね。うちもどう説明したらいいかわからないし、最初はそっちに質問して貰った方がいいか。ご飯作りながらでいいかな?」
「あ、はい。勿論です。というか手伝います」
「構わないよ。これは君が仕留めた狼の肉だから、これぐらいはさせてね。うちが仕留めたのは毒が回り切ってしまったから食べられないし」
「は、はあ」
そう言って彼女は鍋を出して水をはり、火で温める傍ら肉や乾燥した野菜を用意していく。
「えっと、まずここはどこですか?」
「ここは『ファルスト王国』の東にあるイヒロ村の近く。まあ、田舎とだけ覚えてくれればいいよ」
「じゃあなんで関西弁を知ってるんですか?お父さんに教わったにしても、随分と……もしかして、そのお父さんの知り合いって俺と同じところから来たんじゃ」
「それはウチも知らないね。君……ああ、そう言えば名前を聞いてなかった。なんて名前なんだい?」
アミティエさんが円形の木の板で出来たまな板で野菜を切る手を止め、こちらを見つめてくる。
なんというか、美人にそうもまじまじ見られると変な気分だ。
「あ、すみません。矢橋翔太って言います。翔太が名前で矢橋が苗字です」
「苗字があるのかい?もしかしていいとこの出?」
「いえ、俺の故郷では皆苗字を持っているので。普通の家の生まれです」
そうか、アミティエさんが名前なのっただけなのは、この世界って苗字持ちって貴族とかその辺だけなのか?なんか偶に漫画で見るけども。
「そっか。なら翔太君。君みたいな『別の世界』から来た人はごく稀だけど存在する。総称して『まれ人』って呼ばれるんだけどね?そういう人が残したものの一つが、この喋り方さ。ウチのオトンは傭兵だったから、周りに舐められないようにしなければならないのでね。迫力あるだろう?大人の男の人が使えばだけど、ね」
「な、なるほど」
「さて、そろそろなんでウチみたいな可憐な少女がこんな危険な場所に来ているか教えてあげないとだね」
可憐な少女……いや、実際そうだけど自分で言うのか。
「端的に言うと、オトンとオカンの敵討ち」
「えっ」
「この山の頂上に『スノードラゴン』ていうのがいてね。そいつを討伐に来たのさ」
「えっ」
敵討ち?ドラゴン?
「……えっ」
自分、異世界に飛ばされてからまだ一時間も経ってないんですけど?
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