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事前登録したら異世界に飛ばされた  作者: たろっぺ
第二章 異変の始まり
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第二十五話 夜明け

第二十五話 夜明け


サイド アミティエ



「っ……!?」


 なんや。そう叫びそうになるのを、どうにか堪える。曲がりなりにも指揮官となった者がそう易々と慌てた姿を見せてはならない。


 突然館から響いた轟音。今までの物より格段に大きくなったそれと、ほぼ同時に振って来た大小様々な瓦礫の数々。幸いな事に瓦礫が自分達に落ちてくる事はなかったが、土煙が一時的に周囲を包む。


 それにせき込む間もなく、突風。土煙を打ち払い、月光に照らされた夜空が視界に飛び込んできた。


「なっ……ぁ……」


 冷静を装うにも、限度がある。


 それはあまりにも大きな『怪物』だった。体長だけで五メートルは優にあり、広げられた翼にいたってはその倍以上。正に天の女王とばかりに力強く空を飛んでいる。


 あんなサイズの存在が空を飛んでいるなど、自分はドラゴン以外に知らない。血の気が引き、足が崩れ落ちそうになる。


 だが、耐えろ。そんな事になればそれこそ死んでしまうぞ。


「っ……ふぅ」


 口内で頬を噛み、その痛みで強引に気を引き締めなおす。


 どうやらあの怪物はよほど館にいる『誰か』にご執心らしい。視線は常に内部へと向けられ、何度も突撃を繰り返しては館を破壊している。


 だが、流石に街の住民達も落ち着いてはいられない。


「あ、ああ……!?」


「なんだよ、あの化け物!?き、聞いてねえぞ!?」


「ま、間違っていたんだ。神父様の言う事を聴けばよかった……!」


 士気は完全に崩壊している。かといって、彼らを穏当に引き戻す手段が浮かばない。


 引きつりそうになる顔をどうにか取り繕って、大声を上げて逃げ出そうとした若者の足元へと矢を撃ち込む。


「わ、わぁ!?」


「静かに。奴に目を付けられたいんか?死ぬで?」


「ぅ……!」


 よかった。どうにか全員理性が働いてくれたか。泣いてしまった子供は親兄弟が口を押さえて、どうにか声が響かないようにしているようだ。


「見てみぃ。あいつ、館の中で鬼ごっこに夢中や。あんなでかい図体で、館を壊しながら追っかけとる」


 そうだ。あいつはまだ館に張り付いている。中にいる『誰か』と交戦しているのだ。


 つまり、翔太君と。彼はまだ生きている。戦っている。


「計画は続行や。ここで逃げても、行く先なんかあらへん。どこかしこも化け物だらけ。ウチらは勝つ。勝つしかない」


 もはや脅迫同然のそれに、住民達の士気は戻せない。


 だが、せめて統制だけでも行う。


「安心しぃ。と言っても信じられへんやろ。だから、自分の頭で考えればええ。ウチに従ってあの怪物をぶち殺すか。それとも、死人となるか」


 さて、ここから先は賭けになる。かなり強引な二択だ。住民達に『この二つしかない』と思わせ、それ以外の行動を制限しなければならない。例えば、裏切りとか。


正直、どこまで通じるのやら。だが、どうなろうとウチはここで作業を続けるつもりだ。一人だけになったとしても。


 矢橋翔太君。彼には、借りがある。恩がある。情もある。何よりも、約束をさせられた。



『誓ってほしい。仇を獲るまでは死なないと』



 ウチに生きると誓わせた。尊敬し、敬愛し、失った両親に誓う事になったのだ。


 だったら、筋を通してもらおうではないか。


「ウチに生きろと言ったんや。せやったら、あんたも死ぬのは無しやで。もしも死んだら、もう一回ぶち殺したる」


 お互いに、目的を果たすまで死なない。死なせない。


 ウチは竜を殺すまで。彼は呪いを解くその日まで。


「勝つで。皆でな」



* *  *



サイド カーミラ・フォン・ブラッドペイン



 何故だ。何故まだ死なない。


 天井を突き破り、館の外へと出てからの急降下。一撃で城壁をも打ち砕くそれを、器用に調整して奴のみを殺さんと振るう。


 だが、また避けられた。まるでこちらの動きがわかっているかのように、ちょこまかと瓦礫や家具の裏に隠れてやり過ごす。


 ありえない。一度や二度ならそんな奇跡も起こり得る。だが、こうも続けば奇跡ではなく必然だ。


 優れた戦士だとでも言うのか?いいや、それにしては動きが稚拙だったはず。専門外だが、それでもわかる程に奴の動きは雑だった。ではなんだ。まさか、『ただの勘』などとは言うまい。


 どういうカラクリだ。いったい何をすればこうも避けられる。


『ちょろちょろと。やはり羽虫は鬱陶しいな』


「はぁ……はぁ……羽虫はお前だろうが。ブンブンと空を飛んで……!」


『減らず口を。いつまで喋る余裕があるかな』


 声のした場所に急降下。逃げる位置も予測し、斜めに爪を振るう。


 濡れ紙の様に引き裂かれる壁や床。調度品が宙を舞い、その中をボロボロになりながら白魔法使いが転がり、そして駆ける。


 まただ。また躱された。


「余裕がないのは、お前もだろう。随分と『腹を空かせている』んじゃぁないか?」


『っ……!』


 なぜ、こやつ……!


 僅かに魔力制御が乱れ、肉体に鈍痛が走る。


「お前、俺の血を美味しそうに舐めていたよな。あの怒り様だ。自分の部下を諸共に殺す事を、恥じと思う程度のプライドはあるんだろう。なのに、剣を向ける俺まで無視して血を舐めた」


『黙れ……』


「あげくの果てに、散々毒虫と罵り警戒した人間に向かって降伏勧告。わかりやすいよ、お前」


『黙れ!!』


 減らず口を閉じさせようと勢いよく突撃する。まだ比較的無事だった屋根を踏み抜き、あの男を踏み潰さんと足を振るう。


 だが、それも紙一重で避けられた。息を乱しながらも、あいつは土煙を破って駆けている。


「はぁ……はぁ……!神父さんから、聞いたよ。千年は封印されていたんだろう!その力、その体。確かに強力だが――随分と、無理をしているんじゃぁないか?」


『おのれ……!』


 このような羽虫に見透かされた。それが何よりも屈辱だった。


 たとえ高貴たる一族にあるまじき振る舞いだろうとも、こやつを早く殺す必要があった。それ故にあのような奇襲をしたのに、仕留めきれなかった。


 理由は、正にあの毒虫が言い当てた通り。妾には、余裕がない。


 千年もの間血を摂取できず、眠る事で精神の崩壊を防いでいただけの時間。それにより、妾の体は全盛期と比べれば見るも無残に落ちぶれた。


 この姿とて、本来なら十倍のサイズとなっていただろう。それだけ小さいというのに、こうして変身しているだけで貯蔵した血がとてつもない速度で消耗していく。


 人間と同じサイズで戦えば、今の弱り切った妾では万が一もありえる。それを警戒し、たとえ結界を敷いた館を壊す事になってでもこの姿になったと言うのに、攻めきれない。


 館の外に出た肉体が次の瞬間には崩壊しそうなのを、魔力で縫い合わせて強引に動かしている始末。吸血鬼の頂点に立つ者として、あまりにも情けない。


 不死の力を有する妾が、短期決戦を挑まなければならなくなっている。


『いい加減、死ぬがよい……!』


 だが、それらの理由を差し引いても長引かせるわけにはいかない理由がある。『アレ』がきてしまうのだ。我ら吸血鬼たち最も恐れる、『アレ』が……!


 やむを得ない。計画を大幅に遅らせることになるし、現代の神殿騎士共に討たれる可能性が上がるが……それでも、全てのリソースを吐き出す覚悟がいる。


 口内に魔力を循環させ、牙の一部を霧に変化。それらの中でより激しく魔力をこすり合わせた。


 バチバチと妾の口から電撃が漏れる。それに気づいたか、白魔法使いが目を見開いた。


『燃えろ、人間』


 雷轟。


 今出せる全力の一撃。さあどうする。まさか雷速を超えられるわけではあるまい。


 強烈な光の中、しかし吸血鬼の優れた五感は、雷撃が放たれる直前に奴が剣を『こちらに向かって』投げたのを捉える。


 大の男ほどもある剣が、勢いよく空を舞った。ほぼ同時に放たれた雷は白魔法使いへと向かわず、あの剣へと直撃する。


 魔法の武器であると当たりはつけていたが、とんでもない強度だ。弾き飛ばされはしたものの、壊れる事なく庭の方へと落ちて行く。


 だが、これで奴の武器はなくなった。今のあの羽虫は、毒を持つだけで牙も針もありはしない。


 稲光で一瞬目をくらませたらしい白魔法使いに、急降下。それでも避けようとするのは、いくらなんでも感心する。


 だが無意味だ。妾がただ避けられていただけだと思うな。


 奴の行動パターンを大まかにだが予測。たとえ回避行動をしようとも、周囲に散らばった瓦礫と妾の攻撃範囲を考慮すれば逃げ場などない。


 ようやく、妾の爪が奴の背中を捉える。まだ浅いが、人間にとっては致命的。べしゃりと、血をまき散らしながら男は壁に叩きつけられた。


 ああ、もったいない。こやつは気に入らないが、血の味と栄養だけならどのような乙女よりも上等だろうに。


 残念だ。これをタンクではなく、殺処分にしないといけないとは。


 そっと、館へと降り立つ。いい加減空を飛ぶには魔力が厳しい。一刻も早く休息をとらねば。


 たしか白魔法使いの連れにやたら魔力のある女と、銀髪の乙女がいたはず。アレらはどうにか生け捕りにして、タンクに……いやまずは寝床を用意せねば。


 足元で館がギシギシと音をたてるが、まだ大丈夫だ。結界を敷く時に構造は理解している。『限界ギリギリ』まで壊してしまったが、もうしばらくはもつ。なんなら、今日一日もてばいい。


 変身は解かない。あの毒虫を殺すまでは、まだ油断してはならない。


『どうした。今更臆したか?』


 物陰から出てこない白魔法使いに呼びかける。これ以上館を壊すのは本当にまずい。『アレ』を確実に防げ、かつ妾の寝床に相応しいのはこの街にここしかないのだ。


 体の一部を霧へと変え、それらを槍の形に整えて射出。轟音をあげて瓦礫の一部を弾き飛ばす。


 そうすれば、息も絶え絶えと言った様子の白魔法使いが現れた。


 ――ああ、なんと甘美な匂いか。


 全身に裂傷。とくに背中はべろりと皮がむけ、中の赤く染まった身をさらけ出している。衣服にしみ込んだ血は並みの人間の致死量を超え、周囲になんとも食指を動かせる匂いを振りまいていた。


 いかん。理性が、歪む。成りたての新参者の様に、血に酔ってしまう。


 千年にもおよぶ飢餓。ここ数日の静養でようやく落ち着いてきた体に、これはまさに毒だ。


「別に、隠れてはいない。それを、探していただけだ……」


 呼吸するのも厳しいとばかりに、途切れ途切れに白魔法使いが口を動かす。


 奴の視線は妾――の足元にある、振り子時計。


「お前に、感謝する事があるとしたら――」


 いやな予感がする。これ以上こやつに何かをさせてはならない。


 本能が告げる警告に従い、しかし館を壊し過ぎるのはまずいと理性で抑えて、手加減をした霧の槍のみを放つ。


 一本だけでも鎧ごと人の兵士など殺められるそれを、十本。かつては千を超える槍を操れたというのに今はこれだけ。


 己へ殺到する槍を前に、しかし男はとんでもない暴挙に出る。


「二十三時の鐘に、このバカ騒ぎを合わせてくれた事だよ」


『なっ……!?』


 あろうことか、逃げるでも迎撃するでもなく、こちら目掛けて走り出したのだ。


 予想外の動き。大半が外れるも一本は奴の体へ届く。それを前に、白魔法使いは己が左腕を盾とした。


 当然のように腕を貫通するが、しかしそこまで。その下の心臓を貫く前に勢いが止められる。


 馬鹿な!この人間、頭がいかれているのか!?


「『ターンアンデッド』!!!」


『が、あああああああああ!!??』


 至近距離から浴びせられた『陽光の疑似再現』。それが肉体を焼き、武器に変えていた部分を霧散さえる。


 痛い……熱い……!


 体が蝕まれながらも、足を動かし白魔法使いを蹴り飛ばす。激痛に視界が明滅しながらも、確かにとらえた。


 左腕を砕き、その下のあばらをへし折った感覚。あれで動ける人間など――。



『悪鬼滅殺。あの山育ちに負けるわけにはいかんのだ。その首を手柄とさせてもらうぞ』



『っ……!!』


 ありえない。『あの男』と同じであるはずがない。もう一人、あのような『化け物』がいてたまるか!


 限界ギリギリまで壊れた館。もう時間がない。流石にアレで白魔法使いは死んだはず。そうでなくとも動けまい。


 今は『アレ』をしのぐための場所を――。



――ドォォォォォォォォン………!!



『は?』


 突然、間延びするような轟音と、強烈な衝撃が足元を襲う。


 なんだ、何が起きた。崩れる?館が?ありえない。まだ妾の一撃程度なら耐えられる強度が……いや、それどころではない。


 なんでもいい、どこかに隠れなければ!霧になって瓦礫の下にでも、地面深くでも!


 だが、体が思う様に動かない。羽は痙攣し、霧となろうにも焼いて固められた様に体は散る事はなく。


 それは、直前に白魔法を受けたが故に。


『おのれ、おのれぇぇぇええええええ!!』


 あの男、あの男これが、これがぁああああああああ!!!



* *  *



サイド 矢橋 翔太



「ごふぅぅぅぅ……」


 肺から、空気が漏れる。


 強い耳鳴りと、かすむ視界。もはや痛覚すら機能せず、ギシギシと異音をあげる体を動かして上にのった瓦礫をどかした。


 左手が、動かない。自分の体はどうなっている。四肢のどこかは欠損したか。あるいは腹に風穴でもあいたのか。願望としては、痛いだけで五体満足であってほしいのだが。


 限界を超えたダメージに、脳が理解を拒んでいると、数瞬遅れて理解する。


 自分の状態すらわからない。わからないが、やるべき事だけはわかっている。


 指が二本ほどおかしな方向に向いている右手を動かし、腰の剣を引き抜いた。それとほぼ同時に、自分のすぐ近くで大きな何かが立ち上がる。


『ぎざ、ま、貴様ぁぁ!よくも、よくもぉおおお!』


 耳をつんざく咆哮。それだけで膝をつきそうになるのを堪える。


 ダメだ。ここで倒れたら、きっと死んでしまう。死にたくない。死にたくない。


 生きたい。生きて、帰りたい。


『死ねぇ!この毒虫がああああ!!??』


 死の宣告が、しかし悲鳴へと変わる。


 かすむ視界。しかし、目を覚ませとばかりに光が飛び込んできた。


 そう――日の出だ。


『あ、あああああ!!ヲルヲニ、ヲルヲニクルヅグゥ!!??』


 少しばかり晴れた視界に、背から日光を浴びて苦悶の声を上げる吸血鬼の姿が映る。


 両の足は炭化し砕け、必死に日陰を作ろうとする翼は次々に穴が開いて陽光を通していく。


 ぎょろりと、その深紅の瞳と目が合う。


『ゲスム、ケスムヅカフゥ、ああああああ!!』


 奴の右腕が振り上げられる。それを避けようにも、体が思う様に動いてくれない。魔力も底をついた。陽光に焼き尽くされるよりも先に、奴の剛爪が俺を引き裂くだろう。


 だが、その直前で動きが止まる。一本の矢が吸血鬼の体に突き刺さったのが見えた。


 禍々しい、呪詛と毒を詰め込んだ見覚えのある矢が。


 呪詛によって蝕まれ、動きが止まったのはほんの一瞬。されど、その一瞬が日光による刃を煌めかせた。怪物の腕が、灰へと変わる。


「『エンチェント:フレイム』」


 そして、自分が構えた剣に焔が宿った。


 ああ、どうやらまだ。自分は死ななくていいらしい。


「お゛」


 肺から血の混じった息を出し、足を動かす。


 ほとんど倒れ込むようなその動きは、必死に足を回すも前にしか進めない。


 だが今は。今だけはそれでいい。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」


 もはや人の声とは呼べぬそれをあげ、ただ剣を構えて突き進む。


 燃え盛る炎の熱を感じながら、しかしこの身が焦がされる事はなく。凍り付くように冷たい指先を温めてくれる。


 戻り始めた五感が絶叫をあげ、しかしそれを塗り潰す咆哮を響かせるのだ。


『シヲヌ、シヲヌブクヌ……!?』


 切っ先が分厚い皮を貫き、その奥へと進む。肉を抉り、骨をかき分け、その最奥。心臓へと届く。


 根元まで突き刺さる刃。上から悲鳴が轟き、しかし藻掻こうにも奴の体は限界を超えている。


 死にたくない。自分は死にたくなんてない。絶対に、生きていたい。


 ただ生物の根源的願いの元、剣を振るう。


 俺が生きる。その為に、


「し、ねぇえええええええ!!」


 心臓を貫いた剣が、肋骨の隙間を縫うように振り抜かれた。


 限界を超えたのは、こちらも同じ。剣は根元からへし折れ、勢いそのまま体が崩れ落ちる。


 もはや、指一本動かす事もできない。ただ、倒れ伏したまま視線を上へ。


『ああ、ああああああ……!?ムウオスム!ヲルヲフ、ヲルヲ、フ……』


 その終わりは、あっけなく。まるで悪夢の類だったのかと言う様に。


 強大な怪物は灰へと変わり、風に流されて飛んでいく。


 日の光に舞う灰を眺め、そっと瞼をおろした。



読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.魔族語ってどうやって読むの?

A.魔族後は五十音で二文字ずらしただけです。面倒に思った方はカーミラの場合『やられる敵役のテンプレセリフ』をいれて頂ければ大体あっていると思います。


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