第二十三話 三者三様
第二十三話 三者三様
サイド 矢橋 翔太
眉間に皺をよせ、今にもこちらを食い殺さんばかりに睨みつけてくる吸血鬼、カーミラ。
ああ、上等だよ。怒っているのがお前だけだと思うな。ここに一人、お前の心臓を抉りだしたくてしょうがない男がいるぞ。
「……娘らよ。その害虫を始末しろ。最優先命令だ」
「「「はい、カーミラ様」」」
アイナさんを含めた、やけに露出の多い服装をした四人の女性。彼女らがカーミラの声に応えると、その姿を変えていく。
皮膚を突き破り、衣服を引き裂いて現れた四体の狼男。いいや、『狼女』と呼ぶべきか。
ちょうどいい。元の姿だったら、きっと剣が鈍っていた。
「妾の玉身に傷をつけた事、最期の瞬間まで後悔するがいい」
白い肌に火傷のような跡を負った、カーミラが嗤う。
なるほど。確かに全身を焼かれて片腕をもがれれば怒りもしよう。だが、
「お前がそれを言うか、クソ虫……!」
頭の奥でチリチリとした感覚。今にも血管が千切れそうだ。
だが狼女どもは待ってくれない。こちらの声などお構いなしに、咆哮をあげながら跳びかかってくる。
背後には壁。まだ少しふらつく両足では避けきれず、先頭を走る狼女の体当たりを剣の腹で受け止める。
「くっ……!」
まるで車にでも轢かれたのかと言いたくなる程の衝撃。背中が壁を突き破り、長い通路へと吹き飛ばされる。
縦横共に広い廊下だが、しかし『山剥ぎ』を振るうのに相応しい大きさかと問われれば足りないだろう。
別の武器に持ち替える?否。
追撃とばかりと走って来た狼女に横薙ぎの斬撃を放つ。切っ先が綺麗に白く塗られた木の壁を打ち壊しながら進み、ほとんど減速せずに怪異へ迫る。
『アハッ』
聞こえてきたのは、女の声。これは、アイナさんか。
刃が触れる直前で狼女が全身を霧へと変える。空ぶる刀身。そして霧を突き破って別の個体が突っ込んできた。
「このっ」
咄嗟に体を右にずらしながら左手を盾にして頭を護る。前腕に衝撃。通り過ぎざまに爪を振るわれたのだ。
並みの槍なら通さない革鎧が切り裂かれ、下にあるスキルで守られた皮膚までが抉られる。
だがまだ動ける。血と痛みを無視し、遅れてやってくる二体にそのまま左手を向けた。
「『ターンアンデッド』!!」
『『ギャンッ!!??』』
短く悲鳴を上げながら仰け反り、黒い体毛をまき散らしながら弾かれた様に飛んでいく狼女たち。
それを見届ける間もなく、直感に従って片手で剣を掲げた。衝撃。通り過ぎた個体の蹴りが剣腹に入ったのだと遅れて知覚する。
そして自分の頭上で霧が形を取り戻すのを直感で理解。目の前の個体を蹴り飛ばしその勢いを利用してさがると、自分がいた場所を爪が通り過ぎる。
「らぁ!」
爪先で峰を蹴り上げる事で刀身を下から上へ。アミティエさんから教わった奇襲めいた斬撃を繰り出す。
『ムダナ――』
「『万相の手』」
『ゲァァ!?』
再度霧になろうとした狼女だが、それを無視して刀身が奴の左腕を斬り飛ばす。
右腕に鈍痛。やはりこのスキルは体に響くか。
魔力は有限。肉体も不死身とは程遠い。されど、それらを無しには戦えそうもない。
――いいや、それよりもカーミラはどこだ。最優先事項を忘れてはならない。
前後から計四体の狼女に挟まれ、剣を構えながら思考を巡らせる。両手に握る『山剝ぎ』が、いつも以上に重く感じる。フードの前部分で覆われた口を必死に動かして空気を肺に流し込んだ。
『ハハ!なんだ、礼儀知らずの毒虫かと思っていたが、ただの羽虫だったか。息が上がっておるぞ?』
「自己紹介なら後にしろよ、クソ虫」
『ふふ……減らず口を。どれ、無知なお前に良い事を教えてやろう』
どこから見ている……直感を信じるなら、狼女どもの目か。視覚の共有。ファンタジーだな。
『こやつらはついこの間妾の血をくれてやった若輩者。未だ人の味を知らぬ者ばかり。それゆえに日の光を浴びても活動できたわけだ。この意味がわかるか?お前が手こずっている娘らはな、妾のような真の』
「おおおおおおお!」
言葉を遮り、眼前の狼女に大上段で斬りかかる。天井を引き裂きながら大剣を振り下ろし、そのまま床を打ち砕く。
それでも止まらない。飛び退いて回避した二体を追撃。まずは片手となった個体を潰す。
『……話を最後まで聞く事もできない。よほどの蛮地から来たと』
「そこぉ!」
後ろから迫って来た二体へと振り向きざまに剣を振るう。スキルも使っていない刃に、しかしその二体は急停止した上で更に後ろへさがる。
見ただろう、お前らは俺が霧となった同胞の腕を落とす瞬間を。だからこうして振るうだけで、そうも大仰に避けなければならない。
形勢は不利。されど勝てない事はない。
『貴様……!』
「どうしたクソ虫。自己紹介なら後にしろと言っただろう。殺虫剤でも自分にかけて待っていろ」
『……殺せ。そいつを殺せ!早く!早くしろ役立たずども!』
『『『オオオオ―――――ン!!』』』
カーミラの声に応え、狼女達が雄叫びをあげる。
それでいい。これでいいのだ。
アミティエさんのオーダー通り。まあ、自分は口喧嘩など碌にした事がないから、思った事をただ口にしているだけだが。
せいぜい俺を見ていろ、クソ虫。さもなくばお前の心臓を縁側にでも干してやるぞ。
* * *
サイド アミティエ
「急ぎぃ!どんどん掘るんや!雑でもええ!指定した場所に、早う!」
「「「はい!!」」」
女も子供も関係ない。ひたすらに『街長の館にはりついて』作業をし続ける。
男衆や比較的大柄な女衆が、杭と槌を壁へと叩き込む。
杭の方を打撃に合わせて捻る採掘技法。オトンが村に持ち込んだ技術の一つらしい。
イヒロ村には本来ない知識。というか、農村には普通採掘の知識なんてない。正確には、『この世界の』農村にはと言うべきか。
うちの村にあったコンクリートで整備された用水路や井戸は他の村にないと知ったのは、村共用の浴場が珍しい物だと知ったのは、防疫という考え自体異端だと聞いたのは、いくつの頃だったか。
『アミティエ。知識はね、きっと一番大切な武器なのよ』
オカンがウチによく言っていた事を思い出す。
街の本屋は貴族の次男三男や大きな商人用の物。そして全てが『陽光十字教』の検閲済み。こと『技術』や『新しい発想』というものを、あの宗教は異様に毛嫌いする。
それでもオカンはウチに惜しみなく色んな事を教えてくれた。わざわざ子供のウチにもわかりやすく、飽きない様に工夫して。
いつかきっと、この知識がウチを助けてくれると信じていたから。
それはきっと、こういう形ではなかっただろうけど。それでも今、使わせてもらいます。
「アミティエさん!はぐれが!」
見張りの子供の声を聴き、すぐさまボウガンを構える。その先には、ホムラさんの方には行かずに彷徨っている一体のグール。
そいつがこちらを向いた瞬間に、眼球へと矢を撃ち込む。
「雑魚は任しぃ!あんたらは作業を続けるんや!」
「「「はい!!」」」
「坊主!ようやった!次も頼むでぇ!」
「う、うん!」
「上手くいっとる。計画通りや!」
声をかけながら次の矢を装填する。士気の維持の為にも外せない。一射一射が緊張で吐きそうだ。
そう、上手くいっている。上手くいっている、はずだ。
時々やってくるグールは『はぐれ』だ。吸血鬼がウチらに気づいたわけではない。ただできたばかりの眷属だから指示が徹底できていないだけ。
グールは全てホムラさんの陽動に釣られた。そして、突然雷鳴が響いたと思ったら白い霧が教会に向かった後、すぐに稲光がした部屋に戻っていった。
今も屋敷の中からは咆哮と破壊音が。燃え盛る正門側からはグールの大合唱が響いている。ウチらの作業音をかき消してくれている。
作戦通りだ。大丈夫……大丈夫……!!
「あ、アミティエさん!またはぐれが!二体も!」
「安心しい。ウチがいる」
先ほどとは別の子供。小さな少女の頭に軽く手を乗せた後、静かにボウガンを構え、引き金を絞る。
軽い音と共に放たれた矢が夜を通り過ぎ、グールの眼球を射貫く。
もう一体。そちらがこちらを認識し唸り声をあげて近づいてくるが、淡々と矢を装填。放つ。
二体目を倒れ、こちらを見上げる少女にニヤリと笑ってみせる。
「な?大丈夫やろ?」
「うん!!」
スタンクさんが昔言っていた事を思い出す。
『一度戦うと決めたのなら、勝ったと確信した顔でいろ。どんだけ不安で吐きそうになっても、覚悟をしたなら笑っていな』
ええ、わかっていますとも。
この住民たちはウチが引き込んだ。隠れるでも逃げるでもなく、戦う場へと連れてきた。
だから笑ってやろうじゃないか。
「皆で勝とうや。あの腐れ吸血鬼に」
そっと、ポケットの上から『ある物』へと触れる。
硬い感触。それを頼りにする様に、もう一度指を這わせた。
* * *
サイド ホムラ
「『ヒートウィップ』」
放たれた炎の鞭が、荷車に追いつきそうなグール共を弾き飛ばす。
「す、すげえぜホムラさん!」
「い、生き残れる。生き残れるよな!?」
自分と共に荷車に乗り、槍や木の杭で近づくグールを押し返す兵士達がこちらを見てきた。
やめろ。『俺』を見るな。お前らが、見るな。
「……次、来ますよ」
「お、おう!」
「死んでたまるか……死んでたまるか……!」
フードを更に深くかぶる。こっそりとため息をついて、軽く周囲を見回す。
一応の目的地としていた正門は炎上。一部が砕けて瓦礫が周囲に散らばっているので、どうあっても突破は無理だろう。
そうでなくとも、街中のグールが来たのかと言いたくなるぐらいに大集団が追ってきている。
グールの足は決して速くない。ちゃんとした馬車ではなく、商人が使っていたと思しき荷車だがそれでも整備された道だ。二頭だてのこちらが追い付かれる事は本来ならありえない。
だがグールは後ろだけでなく正面や側面からも来る。それらの対処をしているうちに、後方からのに追いつかれるのだ。
「う、うわぁ!前にも!前からも来る!」
「……『ヒートウィップ』」
そう考えているうちに、前からも来た。運転をしている兵士の声に眉をひそめながら、杖を振るう。
アミティエちゃんの言う通り相性がいいのだろう。物理的な破壊力以上が加わっているようで、グールの体が面白いぐらいはじけ飛ぶ。
「す、すげぇ!」
「流石ですホムラさん!」
「いいから……集中してください」
「「「はい!!」」」
吐き気がする。
どれだけ尊敬や安堵の目で見てこようが、こいつらだって状況が少し変われば『俺』にそんな視線は向けなくなる。
『おい、女だ!』
『捕まえろ!みぐるみはいで売り払え!』
『逃がすな!追え!追えぇ!』
『死んだら切り分けて食えばいい!』
ひたすらに、逃げるしかなかった。咄嗟に財布を振り回して、ひたすらに走った。
『おいおい他にも生き残りがいたのか』
『保護だぁ?なんで俺らがそんな事しなけりゃならん』
『それより見ろよ!こいつ上玉だぜ!?』
『ちょうどいいや。俺ご禁制の本にあったダルマってのを試したかったんだ』
逃げた。全力で逃げたけど、疲れ果てた体は思う様に動かなくて。馬を相手には速度が足りなくて。
後ろから射かけられた矢が背に当たり、服のおかげで無傷ながらも転んでしまった。
ニタニタと笑いながら、気持ちの悪い視線を向けてくる兵士達に、『私』は。
『燃える!?熱い、熱いぃぃいいいい!!』
『いやだぁ!死にたくない!いやだぁ!』
『こ、この化け物!化け物ぉ!』
『人殺し!この人殺しぃ!』
気づけば、魔法を使っていた。
馬から降りて近づいて来た兵士が無造作に胸へと手を伸ばそうとした時。『私』は恐怖のあまり全力で魔法を使ったのだ。
人殺し?ふざけるな。
見たぞ。保護を求めようと話しかける時、お前らが妊婦を馬の後ろに縛って地面に引き回していたのを。
見たぞ。せめて孫だけでもと少年を抱える老婆を、子供もろとも足蹴にして弄んでいたのを。
お前らは人間じゃない。見つかって、震えながら保護してくれと言った『私』に向けた視線を、『私』は見ていた。
翔太に会いたい。アミティエちゃんに会いたい。
翔太はこの世界で会えた唯一の『人間』だ。アミティエちゃんは高校からの友人に喋り方がそっくりだ。大阪京都と関西圏を転校していたという友人も、あんなちゃんぽん弁だった。
アミティエちゃんから、『いざとなったらその兵士達を囮に逃げて』と指示されている。
言われるまでもない。なんで『人語を喋る獣』の為に『私』が死なないといけないんだ。
「ま、また来た!」
「ホムラさんお願いします!」
「……『ヒートウィップ』」
まだ使えるから、使う。あいにくと馬の扱いなんて知らない。
こいつらはあの時の兵士とは別人?知っているさ。けど、こいつらだってそう変わらないに違いない。この世界の人間擬きは、『私』達とは価値観が違う。
きっとこいつらだって、『私』が使えないと思ったら殺そうとするんだ。命も尊厳も踏み潰して、笑うんだ。あの時見た妊婦のように。
人殺しと睨まれる。怪物と恐れられる。獲物として見下される。
だから見るな。『俺』を、『私』を、見るな。
「日本に……帰りたいなぁ……」
人間の世界に、帰りたい。
読んで頂きありがとうございます。
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初日から生と死のジェットコースターに乗せられて絶賛命を狙われている系ちょっと不眠症気味男子高校生!
親も故郷も全て失った復讐者系隻眼美少女!
性別が変わったせいで自己認識がバグっていた所に凄惨な殺人現場に出くわし自身も殺されそうになって皆殺ししちゃった系ts娘!
我ら!!!




