第二十一話 武器
第二十一話 武器
サイド 矢橋 翔太
「これがこの街の地図です……」
「ありがとう、神父さん」
不承不承といった様子で奥から持ってきた机に地図を広げる神父さん。
きっと真面目で、人望もある人なのだろう。少なくとも街中がお祭り騒ぎになっても戒律だからとお酒を断り、籠城しようという言葉に大半の住民が従うぐらいには。
だが、今や彼は少数派。教会内は異様な熱気が渦巻いている。
「では街長の館がここ。そしてこの教会の位置がここですか」
「ああ。大通りを使えばすぐだが、そのぶん店や家も多い。グールになっちまった奴らは多いはずだ」
兵士達がまるで彼女こそ隊長であるとでも言うように、すんなりと答える。
二十や三十といった年齢の屈強な男達が、十代の少女相手にそれだ。事情を知らない者から見たら、いいや。事情を知る自分でも不気味に思う光景だ。
「強行突破は可能ですが、吸血鬼を討つ前に後ろから襲われる可能性が高い。そして、我々の武器はあまり多くないのが現状ですね」
自分達の装備以外だと、兵士達が持っていた槍や剣ぐらい。それも破損が多く、バリケード作りに余った教会の長椅子から木の杭めいた槍を会議に参加していない住民が作っている。
ちなみに自分はアミティエさんの後ろに侍り、更にその後ろにホムラさんがくっついている。
「……ここがこの街のギャングが根城にしている所ですか?」
そう言って、アミティエさんが教会から少し離れた所を指さした。
「あ、ああ。知っているのか?」
「いいえ、ただ単にギャングはこういう所に居を構えたがりますから。裏手に入り組んだ路地がありますので。ふむ……利用できますね。ここで武器を調達します。よろしいですか?」
「「「了解」」」
一斉に頷く『四人』の兵士。それを満足気に見回し、アミティエさんが続ける。
「ではポールさんはここで教会の守りを。他はウチらと一緒にギャングの拠点に乗り込み、武器の確保に動きます」
「「「了解」」」
「すぐに出発します。時間は有限ですよ」
教会の裏口へとアミティエさんが歩いて行き、皆それについていく。
その途中一度足を止め、顎髭隊長に体を向け軽く会釈した。
「ポールさん、ここをお願いします。その手腕、頼りにさせて頂きますので」
「……ああ」
顎髭隊長、ポールさんに教会を任せ、計七人で外に。裏口も最低限のバリケードを作ってあり、塀もある。
だがその少し先にはグール達のうめき声が響いていた。教会全体が囲まれているらしい。
「では行きましょう。道はこちらの二人が開きますので、他の皆さんは後方のカバーを」
「「「了解」」」
剣を手にホムラさんを抱えて堀を跳び越え、そのままグールを踏み潰し周囲を剣で薙ぎ払う。
「『ヒートウィップ』」
更にホムラさんの魔法で包囲を押し広げ、止まる事無く自分が切り込む。
「よし、そのまま前進!一直線に目的地へ向かいます!」
「おう!」
後ろに彼女らがついてくるのを感じながら、グールの波へと突撃。
――正直、まだ割り切れていない。
『あー』
うめき声をあげて掴みかかってくるグールを横薙ぎに叩き割り、道を作って更に前へ。
それでもお構いなしとばかりに突き進んでくるグールを蹴散らすが、その中には、女子供の個体もいる。
自分の半分の背丈の子供がいる。まだ若い娘がいる。ほどけた抱っこ紐をぶら下げた女性がいる。
斬りたくない。殴りたくない。
その弱音を飲み下し、手足を動かす。あっさりと、自分の内心とは裏腹にただの突進で蹴散らし、剣を一振りするごとに二、三体が纏めて倒れていく。
「包囲を突破!」
「そのまま直進!二つ目の十字路を左!」
「わかった!」
アミティエさんの声に応えながら走る。吐き気は飲み下せ。弱音は忘れろ。今は進め。
生きるのだ。生きねばならない。何よりも今は自分の命が惜しい。胸中に燻ぶるどす黒いもの全て、余す事無くあのクソババアの心臓にぶち込んでやる。
そうして駆けて行けば、またすぐに敵集団が迫ってくるのが見える。
「ホムラさん!」
「任せろ!『ヒートウィップ』!」
集団中央へと炎の鞭が飛んでいき、六、七体まとめて焼き切られ燃え盛る。
その炎を避ける様に走り、そのままの勢いで壁を走る。
イメージするのは、いくつもの映画で見たアクション俳優のそれ。状況に合わせて改変し、再現する。
壁を蹴って走ったのは数メートル。それでもって集団の側面へと到達し、壁を蹴りながら大剣の切っ先を振り下ろす。
側転をするようにしながら振り下ろされた刀身が一体を両断し、その勢いをのせて隣の個体に蹴りをいれて下敷きに着地。
他の者らが反応するよりも早く、石畳に埋まった切っ先を跳ね上げて横薙ぎに振るう。
曰く、グールは動きが鈍く思考能力も低い。ただ術者の単純な命令に従うのみ。
だから集団であっても側面からの突撃には強くない。方向転換が遅いのだ。そして、突撃地点に向き直る頃には自分は既に奥へと切り込んでいく。
それでも元の肉体であればこの様な芸当は不可能だろう。万一側面を取れても、すぐに数の暴力で食い殺される。
だが、この肉体は超人のそれなれば。
「ぜぇああああああ!!」
がむしゃらに剣を振るう。型などありはしない。ただただひたすらに、一方的な暴力でもって蹂躙する。
今だけは、一匹の獣となるのだ。
「ホムラさんはそのまま援護!ウチらはこっちに来る奴らを対処します!二人一組、絶対に近づかせるな!」
「「「了解!」」」
二組となった兵士達は片方が槍を改造した『さすまた』の様な物でグールを押しとどめ、もう一人がその頭に槍を突き込む。
アミティエさんの情報で、グールの牙には同族を増やす呪詛が。爪には遅効性の麻痺毒があるとわかっている。そして脳を破壊する以外止めるのが面倒な相手だとも。
その対抗策がアレらしい。そういった対策の正解はわからないが、それでも結果は出している。
自分も己の役目を遂行しなければ。いかに膂力で圧倒しようと、一カ所に留まればすぐに飲まれる。
直感に従い死角だろうが自分に近い順に切り倒し、踏み砕く。時折飛んでくる魔法の熱を感じながら、剣を振るった。
交戦から一分もたたず、敵集団は散り散りにかき乱された。
「道が出来た!進め!」
「「「おおおお!!!」」」
一々全てを滅していてはきりがない。ある程度道ができれば、そこを通って目的地を目指す。
それと似たような事を繰り返す事、四度。遂にギャングの拠点へと到着する。
街長の館ほどではないが、十分に屋敷と言える大きさだ。立派な壁と門があり、それが硬く閉ざされている。
「翔太君!」
「おう!」
剣を肩にのせ一度の跳躍で門を超え、内側から乱雑に閂を外す。そこに雪崩れ込むようにアミティエさん達が入るのを背に、屋敷の方へ意識を向ける。
『うー……』
『ガァァ!!』
「ここもかよ……!」
外のグールよりもいくらか大柄な者達が飛びかかってくるのを、剣の一閃で迎撃。重い。数はそこまでじゃないが、他より力が強い気がする。
後ろでアミティエさんが閂をさしなおし、ボウガンを構える。
「中のグールを掃討する!槍は放棄、剣で行くで!」
「「「了解」」」
兵士達に槍から剣へと持ち替えさせ、屋敷の中へと踏み込んだ。己も剣を腰のに切り替えて、中へ。
時間が惜しい。今はただ、前へ。
* * *
「ふぅ……」
一際大柄だったグールの頭をかち割り、一息つく。この短時間で人型のものを叩き割るのに慣れてきた自分がいる。その事実に吐きそうだ。
「警戒を怠らない様にしてください。マイケルさんとニックさんは門を見張って。ジャックさんとコニーさんは庭の探索を。ウチらは中を見回ります」
兵士達がアミティエさんの指示に従って動き出すと、彼女が大きなため気をついて壁に背中を預ける。
「つ、かれたぁ……思ったより、きっついわこれぇ……」
「お疲れ様」
「お疲れアミティエちゃん。大丈夫……じゃないよね」
「はい……まあ……」
少し遠い目をした後、小さいため息一つついてアミティエさんが姿勢を正す。
かなり無理をさせている。この子はまだ、十五歳の少女なのだ。自分とそう歳の変わらない、本来なら大人に守られるべき存在だ。
それが、彼女が主導し、指示を出して、何人もの命を直接預かっている。それがどれほどのプレッシャーか。
「とりあえず、中を探索しよう。使える物があるはずだから」
「……わかった。ごめん、きつい役を任せて」
「いいよ。それぞれ役割がある。ウチにできる事をしているだけ。生きて、仇をとるためにね」
ニッコリと笑うアミティエさんに、こちらも頷いて返す。今は、これ以上は言えない。
自分達を不安げに見るホムラさんに首で促して、屋敷の中を探る。
「それにしても、こいつらどうして門を閉じていたのに死んでるんだ?」
「たぶん噛まれた人が逃げ込んだんじゃないですか?そのまま内側でグール化して」
「ああ、ゾンビものあるある」
ホムラさんとそんな事を話しながらも警戒は続ける。
あちらこちらに飛び散る血痕と肉片。質の悪いB級映画めいたその光景は、しかし間違いなく現実で。その臭いを容赦なく伝えてくる。
自然に眉間へと皺が寄るが、ホムラさんは不快気にしながらも比較的普通に見えた。
そう言えば、魔法を放つ時も躊躇が見えない気がする。いや、自分が射線に入りかけると慌てるのだが……グールに向かっての攻撃に迷いがないのだ。
「あの、ホムラさんは」
「うん?」
「あった」
どうして平気そうなんですか?
そう聞こうとして迷った瞬間、アミティエさんの声がかぶせられる。
……雑念だ。今は、問いかける時じゃない。
視線の先には厳重そうな扉があるが、その入り口は少し開いていた。そっと剣先で扉を開け、中に。どうやらグールはいないらしい。
部屋の中には剣に槍。斧と言った武器がずらりと並んでいた。ちょっとした武器屋だ。
「これ、全部ギャングが用意したのかよ……」
「おっかないですね……」
銃刀法なんてない世界だが、それでもひく。どこと戦うつもりだよ。
「ギャングなんて舐められたらそれで終わりだし、偶に地方から上がって来た馬鹿やよそ者がやらかすからね。色々対策をしているものらしいよ?」
「そういうものなの……」
「そうそう。そして、そういうものだから『彼』の取引相手にもなったりするんだ」
「え?」
アミティエさんが、部屋の奥から引っ張り出してきた木箱を開ける。
木くずが敷き詰められ、そこから出てきた物に自分は見覚えがあった。
直に見た事はない。それでも、本やテレビ越しなら何度も使われている所を見た物。
「だ、ダイナマイト!?」
紙で包まれた棒状の物体。導火線がつけられたそれは、間違いなくダイナマイトである。
「うん。これがシャイニング卿の印。彼の活動資金の一部はこうして稼がれているらしいよ」
そう言ってアミティエさんが木箱の蓋に書かれた『日の出』の絵を見せてくる。
「やっぱシャイニング卿ってやばい奴では???」
もう何回目だろうか。これを言うの。
「さ、色々と持って行こう。大きい街のギャングだからあると思っていたけど、助かった」
「え、これを吸血鬼にぶつけるの?」
「まさか。もっと有効活用しないと」
弾むような声音で返すアミティエさん。やだこの子怖い。
「姐さん!」
「うん?どうしました?」
いやどこの任侠だ。
兵士とアミティエさんのやり取りに顔が引きつりそうになりながら、屋敷の庭へと案内される。
「まさか残っているとは」
そこは少し大きめの小屋。入れば、二頭の馬が止められていた。小屋の近くには荷車まで置いてある。
「ギャングってこんなのまで持っているの……?」
「いや。たぶんその辺の商人から奪ったんじゃないかな?で、これを使って逃げようとするも囲まれて小屋に隠れて、しかしグール化して馬に蹴り殺された、と」
そう言ってアミティエさんが指さした先には、馬の後ろで頭から血を流して倒れている恰幅のいいグールが。
グールは人以外も殺して食べるらしいので、馬が残っていたのは本当に幸運という事か。
「爆弾に馬……荷車。うん、予想以上の成果かな。これなら、アレができる」
アミティエさんが少しだけ考えた後、こちらへと顔を向けた。
「翔太君。ちょっとおつかい、頼まれてくれる?」
館の方から、時間を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
夜はまだ、終わらない。
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