第十九話 方針
第十九話 方針
サイド 矢橋 翔太
「翔太君」
突然肩を掴まれ、アミティエさんが己へとこちらを向かせる。
気が付けばじっと扉を見つめていたらしい。扉を閉める為に動いていた兵士たちも移動した後のようだ。
「見るべきはそちらじゃない。こっちだよ」
そうして彼女が顔を向けて示したのは、教会の内側。
そこには兵士を含め椅子や床に座り込む人達や、それから少し離れていくつかのグループになって固まる人達。
すすり泣く声がいくつも聞こえてくる。そして、扉の向こうからはうめき声が。
「君が助けた人達だ。そして、君の行動次第で死ぬ人達だ」
「それ、は」
「ウチはどちらでもいい。ただ、君は違うんだろう?なら、見るべきはあちらだ」
「……ごめん。手間をかけた」
「べただけど、それは違うんじゃない?と言わせてもらおうかな」
悪戯っぽく笑う彼女に、自分もどうにか笑う。
きっとこういう時、無理にでも笑った方がいい。内も外も泣いていては、何もできない気がしたから。
「ありがとう」
「うん。どういたしまして」
こちらの胸に軽く拳をあてるアミティエさんと笑い合う。
「青春している所わるいけどー、これからどうするよー」
ホムラさんが自分の背後から呟く。いつの間に俺の背嚢に張り付いていたんだ。
「そうだね……まずは、情報を共有しようか。ついでに主導権が欲しい所だね」
チラリと改めて教会を見てみれば、神父らしき人と兵士の一人が何かを話している。そして、その視線は時折自分へと向けられていた。
まあ、こんなでかい剣持って暴れていたら誰でも気になるか。
「じゃあちょっと、翔太君はウチの左側。ホムラさんは右側に立ってくれるかな?」
「いいけど……」
「え、私一人で立つのはちょっと」
「まあまあ。近くにウチも翔太君もいるから」
「うぅ……異世界怖い……」
半泣きになりそうなホムラさんがとぼとぼと右側に立ち、自分がその反対に。明らかにアミティエさんが『ボス』って感じだな。まあ否定はしない。
こちらがそういう風に立ったからか、何人かの視線が自分達に向けられる。
「はい注目してくださーい」
パンパンと手を鳴らしたアミティエさんに全員の目が行く。それらはどんよりと暗いものばかりだと言うのに、彼女はニッコリと笑みを返した。
「ウチはイヒロ村のアミティエと申します。まずこれが最優先事項なので、最初に言わせて頂きます。『彼ら』、グールに噛まれた人。街長が無料で配布したワインを飲んだ人は名乗り出てください。ここにいる彼が治療します」
そう言って指し示されたので、軽く会釈しておく。
まさかなー、と先ほど一息つけた時に思ったが。やはりあのワインのせいか、この騒ぎ。
「ちょ、待ってくれ。突然なんなんだ。というか、この事態になにか心当たりが?」
兵士の一人。先ほどまで神父と何かを話してた顎髭の人が声をあげる。
なんというか、ハリウッド映画に出てくるイケメン俳優みたいだな。アクション系の。普段だったら気後れしそう。今?ドラゴンやらクマやらスタンクさんと比べろと?
「ウチは薬師と狩人の子でして。ああ、いや。ここの兵士さんにはこう言った方が伝わりますか?『雨の日ジョージ』の娘であると」
「なっ……!?」
「あの雨男の……!?」
「嘘だろ……!」
兵士のうち、先の男性を含め三十代ぐらいの人達が反応する。更に他の逃げ込んできた住民の一部や神父もだ。逆にそれ以外は疑問符をうかべているが。
「……なるほど。そう言えばイヒロ村に定住したという話しは聞いた事がある。銀髪の女と結婚したという噂もな」
「ウチの父を知っている人がいてなによりです」
「それで、奴はいるのか。この街に来ているのなら心強いが……」
「いいえ。ですが、ウチはオトンから色々と教わっています。グールも、『吸血鬼』も」
「吸血鬼ですと!?」
反応したのは神父だ。丸眼鏡の下で目を大きく見開き、手に持っていた聖書を強く抱える。
「そんな馬鹿な。奴らは聖人マルーエダと勇敢なる神殿騎士達によって全て封印されたはずです」
「ええ。ですが、各地に伝承は残っているものですよ」
ニッコリと、有無を言わさぬとばかりにアミティエさんがほほ笑む。
いつの間にか場の空気が彼女を中心としている。よそ者で、なおかつ少女であるのに。
「さて。では話を戻しましょう。もう一度言いますが、これは最優先事項です。あのワインを飲んだ人。そしてグールに噛まれた人は挙手を。今治療すれば助かりますので、お早めに」
「……わかった。各員、彼女の指示に従え。街の皆も」
「隊長……」
顎髭の人が言うと、兵士や街の住民から手を挙げる者が出てくる。
「それじゃあ翔太君。お願いね」
「わかった」
彼女に頷いて返してから、そっと前に出る。
アミティエさんの意図はわかっている。自分やホムラさんという『武力』を従え、情報を材料に場を掌握する。
酷く単純な手だが、だからこそ効果はある。何よりここが教会というのが個人的にみそだ。まれ人って事で敵対されるのはまずい。外はあんな状態なのに。
粛々と住民に『ケア』をかけていく中、アミティエさんに魔法を受けた顎髭の人が声をかける。
「それで、君は何を知っている」
「そうですね……先に聞いておきたいのですが、街長の隣にいた金髪の女性に心当たりはありませんか?三十前後の見た目をした、綺麗な人です。かなり育ちがいいと見ましたが」
「知らん。街長は普段俺達警備兵に興味をもたんからな。喋るとしたら小言を言ってくる時だけだ」
「あ、それなら私が……」
おずおずと神父が手を上げる。彼は魔法を受けていないが、そもそも酒を飲んでいないらしい。
それはそうと、こっちに一瞬向けた目が凄く冷たかったのだが。こっわ。
「彼女はエリザベート・フォン・ブラックという貴族令嬢で、未亡人だった所を街長が妾として引き取ったと」
「嘘ですね。ブラック家の娘は現在マリーダという方のみです。身分を偽って潜り込んだというわけですか」
己の顎に手を当てて余裕の笑みを浮かべるアミティエさん。なお、ホムラさんがじりじりとこっちに近づいてきているのだが。キツイだろうけど我慢してください。
「そ、そうなのですか?」
「そうなのです。やはり彼女が黒幕であると推測するのが一番無難ですね。あくまで候補ですが。それと、ウチが吸血鬼と言った理由はこれです」
そう言って、アミティエさんがハンカチを取り出す。あれは確か、アイナさんから渡されたワインをわざとこぼした時に使った物だ。
「ワインには詳しくありませんが、血液なら多少の心得があります。これは間違いなく、血です。正確には、血を混ぜた水ですが」
「なに?いやそれはおかしい。職務中だったので一杯しか飲んでいないが、血はあのように水へ混ざってワインのようには……だから吸血鬼だと?」
あ、真面目に勤務していた兵士の人いたんだ。
「それもありますが、症状ですね」
「症状?」
「外で暴れている彼ら。目が赤く染まり犬歯と爪が異様に伸びている。その上肌は青白くなり、紫がかった染みが出来ている。これらは間違いなくグールの姿です。そして、グールを即席で作れるのは吸血鬼と一部のネクロマンサーのみ。それから、門の近くにいた『アイナ』という女性」
やはり、あの人もぐるかー……。
正直少しだけショックだ。美人だしスタイルもよかったのに……。
「あの女性と目を合わせた段階で、ウチの意識は霧がかかったようにぼんやりとした状態になりました。お祭りに浮かれていただけだと思いましたが……ワインの不審さを流してしまう程度には効いていたようですね」
なるほど。それでアミティエさんは屋根で自分に魔法を使えと。
だが、自分はそんな感覚は……目?
あっ。
「目を合わせていなかったウチの同行者達に異常はなかったので、魔眼であると考えていいでしょう」
ちゃうねん。決してたわわに実った果実に視線がいっていたわけやないねん。谷間という重力に魂を引かれていたとかではなく、そう。警戒。警戒していただけだから、マジで。
……あの時目を見ていたら、異変に気づけたのかな。
「グール。そして魔眼。消去法ではありますが、今回の一件は吸血鬼の犯行であるとウチは考えます、勿論、反対意見や他の予想があるなら歓迎です。知恵は多い方がいい」
「……いや。確かにそれなら納得はいく。ここにいるのは酒を断った神父やシスター、そして少量しか飲んでいない者だけだ。共通点がある以上、君の仮説が正しいのだろう。流石は伝説の傭兵の娘と言った所か」
「恐縮です。まだまだオトンには程遠いですが」
顎髭隊長が認めた事で、完全に住民の人達も納得したようだ。
やはりと言うか、やはりこの場では住民の代表は彼か。
「さて。では神父さんに質問が」
「な、なんですか?」
「『聖水』の備蓄はどうなっていますか?グールにも吸血鬼にも効果的な武器となるのですが」
「そ、それは……」
神父が気まずげに目を逸らす。
「三日前、街長から『スノードラゴンによる魔力濃度の上昇で墓地にレイスが発生した』と依頼され、その時に全て消費しました。だから……」
「なるほど。対策済みでしたか」
聖水。そういうのもあるのか。いやないんだけけどね。
「となると、そろそろ決断をしないといけませんね」
「決断?」
「はい」
笑顔を崩さぬまま、アミティエさんが続ける。
「この街から逃げるか。それとも吸血鬼を退治するか。成りたてのグールは『親』……元になった吸血鬼が死ねば呪縛が解け元の死体に戻ります。どちらにしますか?」
顎髭隊長が目を見開き、それから視線を彷徨わせる。その先には、逃げ込んだ住民達。
「……脱出だ。隣の街まで逃げ、この状況を知らせる必要がある」
「待てよ!!」
怒鳴り声をあげたのは兵士の一人。他の兵士の制止を振り切り、顎髭隊長へと掴みかかる。
「俺の妻や子もまだこの街にいるんだぞ!それを見捨てられるか!」
「状況を見ろ。この戦力ではどうしようもない」
「ふざけるな!自分だけちゃっかり家族を助けて、お前は満足だろうよ!」
「そ、それは……」
顎髭隊長の視線が一瞬だけ、避難してきた住民の一角へ向く。そこには若い女性とそれに抱えられる少女がいた。
「撤退ルートを決めたのはあんただよなぁ!?自分の家族は助けて俺達の家族は捨てるのか!」
「そうだ……そうだよ隊長!」
「お、お前ら落ち着け。隊長だって見捨てたくて見捨てたわけじゃ」
「お前はいいよなぁ。かみさんと仲悪かったんだろ?死んで清々するってか!?」
「な、てめぇ!」
「やめろお前たち!ここで俺達が争っている余裕なんてないぞ!」
えー……これどうすんの。
兵士同士で殴り合い寸前の睨み合いが発生している。これまずいだろ。
治療も終わったし、止めるべきかと動こうとするがいつの間にか傍に来ていたホムラさんが肩に手を置いてくる。
「ホムラさん?」
「アミティエちゃんが集まれってさ。そっち先にしよう」
「……わかりました」
なにか策があるのだろうか?
「待ってください!逃げるとか戦うとか、どちらも危険すぎます!ここは教会に立て篭もり、救助を待ちましょう!」
「それは無理ですよ、神父さん。ここは古い教会ですから、大昔にかけられた『神術』の守りがあります。それでも、長時間は耐えられない」
「なっ、神の奇跡を愚弄するつもりですか!!」
「そういうつもりではありませんよ。まあ、ここに留まるのならそれもいいでしょう。『あなた方の命』です。あなた方が決めればいい」
「なんという言い草か……やはり世界のあるべき姿を乱す魔法使いとつるむ女など……!」
禿げ頭に血管を浮き上がらせる神父を遮る様に、自分が立つ。
攻撃されないなら彼らの教義などどうでもいいが、喧嘩になるのなら勘弁だ。ただでさえ兵士たちが険悪なのに。
「ふむ……失礼。ウチも言葉が過ぎました。謝罪しましょう。まずは、それぞれ考えを纏めましょう。時間は少ないですが、皆無でもない。それぐらいの時間はあるはずです」
「だから教会の守りは盤石だと……!なんと愚かな……!」
怒り心頭といった様子の神父をよそに、二人と共に教会の隅に移動する。
自分が壁になるように立つと、小声でアミティエさんが喋る。
「じゃ、ウチらも決めようか。ちなみにウチは逃げるに一票」
「賛成。逃げよう」
こいつ……。
秒で賛成したホムラさんは別として、アミティエさんに引きつった顔を向ける。
「まさか、わざと対立煽った?」
「三割ぐらい?けど必要な情報をお互い知るには避けては通れなかったと思うよ。さっきも言ったけど、神術による守りも完全じゃない」
神術、ねぇ……。
正直、自分も詳しくはない。白魔法との違いは、その力の大本が『自分』にあるか『神様』にあるか。
白魔法は自分の魔力と知識。対して神術は信仰心。
極論、神術は『治してください!』と神に祈れば人を治せるし、除霊もできる。出力も当然あちらが上だろう。なんせバックに神様いるし。
ただ、アミティエさん曰く現状使える神官は皆無で、おとぎ話扱いだそうだが。実際、ここの住民も『神術』って言葉が出た時に『マジかこいつら』って顔をしていたし。
「ウチとしては、彼らには悪いけど囮になってもらい、そのうちに逃走を考えているけど。それぞれ意見は?」
「のった。私はそれでいいと思う。そうしよう」
「……ごめん。逃げるなら二人だけで行ってくれ」
「翔太?」
「俺は行けない。できる範囲で援護するが、館にいるだろう吸血鬼をどうにかしないと」
残念だが、自分にはそれができない。この街をそのままに出て行く事など不可能だ。
「お前なぁ……」
ホムラさんが苦い顔をする。まあ、当たり前か。
「翔太が優しい奴なのは知っているよ?けどさ、ここはダンジョン程簡単じゃないんだって。正義感よりも命を」
「ああ、いや。そういうのが無いとは言い切れないけど、一番は違います」
「あん?」
「たぶん、目を付けられました」
あの時、明確にあの女……仮称エリザベートは自分を見ていた。
グールと成り果てた人達やそれに混乱する住民へ嘲笑を浮べる一方、自分に対しては強い敵意を向けていたのだ。
強いて言うなら、初日にクマが自分へ向けていた目に近い。強い警戒と、敵意。こいつを一刻も早く殺すという強迫観念めいた確固たる意志。
「俺が逃げたらあいつは追いかけてくる。だから逃げられません。いつ襲われるかわからなくなるなら、ここで殺します」
奴にはこう言ってやりたい。ふざけるなと。
どうして自分があのババアにいつ殺されるかと怯えながら生きなければならない。既にドラゴンに殺害予告めいたマーキングされているんだぞ。キャパはとっくにオーバーしてんだよ。
街をこんな風にして、人々をグールに変えて。その上俺に『殺してやる』と敵意をむき出しにしていたのだ。
端的に言おう。頭にきた。
「あいつは殺します。絶対に殺します」
上等だよ畜生め。一瞬ドラゴンぐらい怖いと思ったが、よく考えたらそこまでじゃねえわ。
我ながら冷静ではない。だが、どちらにせよ奴を野放しにすれば自分の命が危ない。だったら、殺すしかないのだ。
吸血鬼だって言うなら心臓ぶち抜いて天日干ししてやる。
「ちょ、え、マジ?」
「そっか。じゃあウチも戦おう」
あっさりと。それこそ買い物にでも付き合うかの様にアミティエさんが頷く。
「え、え?」
「……かなり危ないと思うけど?」
「だから?」
「……君、馬鹿だろ?」
「翔太君に言われたくないなぁ」
自分の命を軽んじている……だけじゃない。彼女はきっと、あの約束を破る気はない。
「じゃあ考えよっか。吸血鬼退治の方法をさ」
そういつも通りニッコリと笑う彼女の隻眼が、一切笑っていないのがハッキリとわかった。それに対し、こちらも頷いて返す。
あの吸血鬼は、絶対にぶち殺す。
「……マジでぇ?」
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