第十八話 グール
第十八話 グール
サイド 矢橋 翔太
「全員退避!ここから離れなあかん!」
「っ」
アミティエさんの声に意識を周囲へと引き戻す。
明らかに尋常な様子ではない人達が、他の住民に襲い掛かっている。そして、その手はこちらにも伸びていた。
「ちょ、落ち着いてください!」
『ガァ!』
肌を紫がかったものに変えながら牙をむく男性。明らかに犬歯と爪が伸びている。その腕はあまり運動が得意には見えない姿とはかけ離れた膂力を持っていた。
それでも、クマよりも強靭な肉体は片手で押さえ込む事に成功する。膝をつかせ上から抑え付けながら必死に呼びかけた。
「落ち着いて!目を覚ましてください!」
「翔太君!それどころやない!ここからっ」
「アミティエさん!?」
アミティエさんの左手が女性に捕まれる。その女性も明らかに尋常な状態ではなかった。
「ちぃ!」
みしりと、そんな音が彼女の左手からした気がした。
それをかき消すように大きな舌打ちをしてアミティエさんが右手でナイフを引き抜くと、噛みついて来ようとする女性の左目に一切の躊躇なく深々と突き刺す。
「ちょっ」
思わず声をあげるが、その間にナイフは抉るように引き抜かれアミティエさんが女性の肩を蹴って引きはがす。
「ぼけっとすんな!おどれの命まず守らんかい!」
「っ……ごめんなさい!」
謝罪と共に押さえつけていた男性の顔面へと膝を叩き込み、アミティエさんに合流。自分の背嚢にホムラさんがひっついたままなのを確認しながら、改めて周囲を見回す。
まるで獣の群れだ。肌を薄っすらと紫がかったものに変え、瞳を赤くする人達が暴れ回っている。ぱっと見、動きは遅いが力が強いようだ。
「アミティエさん、治療を」
「先に移動や。一息いれられる所にいかな」
「わかった」
彼女とホムラさんを両脇に抱える。
「……ん?」
「舌を噛まない様に!全力で走って跳ぶ!」
「え、ちょ」
直感的に、街長の館とは反対方向に駆ける。数メートルして跳躍。横から飛び出し襲い掛かって来た男性を跳び越え、その肩を踏みつけて再度跳躍。
足元からバキリと音がし、嫌な感触を覚えるがあえて無視。近くの屋根の上へと着地する。
勢いよくいったのと、重量により屋根に穴が開きそうだったがとりあえず囲まれるのは避けられた。一応周辺で一番頑丈そうな家に跳んだが、それでも三人分は重いらしい。
視線を街長の館へと向ける。そこには既にあの女性はおらず、狂乱した街長がバルコニーから落ちて広場を這いずっていた。
「二人とも大丈夫ですか?とりあえずアミティエさんは治療しないと」
「おぉう……お腹がぐいっときた」
「うっぷ……よろしく頼むわ」
「あ、ごめん」
流石に雑過ぎたらしい。二人ともお腹を押さえて吐きそうになっている。
とりあえずアミティエさんの左手に『ヒール』を使い、傷を癒す。
「どう?まだ痛む?」
「大丈夫や。ありがとうな。それより、もう一個頼むわ」
「え、ああ。お腹に」
「ちゃう。毒とか呪い解くのあったやろ。アレやって」
「っ、『ケア』」
アミティエさんの頭に手をかざしてそう唱えると、彼女が深く眉間に皺をよせる。
「ああ……そういう事。頭の霧が晴れた気分や」
「アミティエさん、どういう事だ?」
「詳しくは後。二人は変な毒や呪いは受け取らんか?」
慌ててステータスを開いて確認するも、自分とホムラさんには特に何もなかった。
「大丈夫そうだけど」
「同じく」
「なら移動しよか。アレらは『グール』。人を殺して食べるのが特徴の動く死体と思ってくれたらええ」
「う、動く死体って。というか人が魔獣に?」
「待って。私まだ頭が混乱してるんだけど」
「そういうのは後や。弱点は白魔法と火炎魔法。そして頭部の破壊。牙と爪に注意。毒がある。まずは教会に逃げ込むで。この街の教会は古いから、魔性への対策がされているはずや」
「ちょ、だからもう少し詳しく」
「わかった。行こう」
「翔太?」
ホムラさんが混乱するのもわかるが、今はそうも言っていられない。
自分達が立っている家屋にもグールが群がってきているし、壁に張り付いている奴を押しのけたり踏みつけたりで、後続が昇ろうとしているのが確認できた。
街長の隣にいた女も気になる。今は、まず落ち着いて話せる場所に移動すべきだ。
「屋根から屋根に飛び移るか?」
「いや、それは駄目や。翔太君の重量やといつ屋根を踏み抜くかわからへん……いや、いっそウチとホムラさんだけ屋根伝いに移動するから、翔太君は地上を移動できん?上から支援したる」
「わかった。俺は地上を行くからナビゲートと援護を頼む」
「ちょ、それ翔太危なくない?」
「ウチらがいたら全力で剣振れんやろ。行くで、時間がない」
「了解」
「……ああ、もう!わかったよ!」
山剝ぎを納める鞘のレバーを降ろし、展開。右手で柄を握り引き抜く。
まともに振れば体が流れるこの剣だが、それでもこの数を突破するにはこいつが手っ取り早い。
深呼吸を一回。鉄さびめいた臭いを感じながら、群がるグールの中へと跳び下りる。
「――ごめんなさい」
着地地点の『個体』を踏み潰し、そのまま回転する様に一閃。まとめて首をはね飛ばす。
いやな感触だ。半魚人を斬り捨てた時とは違う。何より、こちらは返り血も死体も残るのが最悪だった。
だが迷う暇はない。左手を掲げ、魔力を流し込んだ。
「『ターンアンデッド』」
掌から発せられる『陽光の疑似再現』。正の生命エネルギーと言われるそれを浴びたグールが数体まとめて崩れ落ちた。
初めて使うが、光を浴びせれば複数体削れるか。
「西の方角に行く!翔太君はしばらく直進、二つ目の角で右!」
「わかった!」
ちょうど魔法で数を減らした方角。剣を両手に握りなおし、突貫する。
正面の一体を頭頂部から胸までを叩き割り、下から跳ねるようにして横に振り回して三体ほど吹き飛ばす。
倒す事よりもルート確保を優先。とにかく体のどこかに当てられればどかせる。
「どぉけぇ!」
大声を上げて、前へ。
顔に返り血がかかる。剣が血肉で宙に尾を引き、足元には死体を量産していく。
一息で十体以上を蹴散らし、指示されたルートを駆ける。
『アー……』
『ガァァ!!』
次々と、先ほどまで笑っていた者達が牙をむき出しに襲い掛かってくる。老若男女問わぬとばかりに、中には自分よりも年下の、幼いと呼ぶべき子供まで。
「くそ……!」
剣が、鈍る。爪が体をひっかくが、鎧を貫通する事はない。そもそも、スキルのみでも傷つく事はないだろう。
それでも数体で組み付かれれば動きを封じられる。手加減などできはしない。
「くそぉ!」
単純な悪態ばかりが口から出る。
死にたくない。死にたくないが、殺したくだってない。
人型の、いいや人だった物を斬り捨てるたびに自分の中で何かがすり減るのがわかる。
「『ヒートウィップ』!」
自分の後ろで強い熱を感じる。見なくとも、ホムラさんからの支援攻撃とわかった。
「そろそろ右や!今は生き残る事だけ考えればええ!」
「……わかってる!」
乱暴に剣を横に振り抜き、『ターンアンデッド』を発動。進路上の敵を倒し、死肉を踏みつけ走り続けた。
「ちくしょう……」
ギシリと、己の口から音がした。
* * *
「はぁ……はぁ……」
教会付近に到着。近くに飛び移れそうな家がなくなり、地上に降りたアミティエさん達と合流。周囲にいたグールを切り払う。
「すぅ……」
静かな呼吸音の直後に、アミティエさんが矢を放つ。その一撃がグールの眼球に直撃し脳を破壊していた。
視界の端でなんとも器用なものだと思いながら、彼女に近づこうとするグールを斬り捨てる。
「『ヒートウィップ』!」
反対側では、ホムラさんが後方からやってくる集団に向かって魔法を放っていた。炎が弱点というのは本当らしく、その破壊力も相まってグール達が五、六体纏めて炭化させられている。
「ちょいちょーい。きりがないね、本当に」
「そうです、ね!」
切り伏せた個体を見ない様にしながら剣を振るう。それでも直感で這いずってきている個体はわかるので、それらは足で踏み砕く。
「このまま教会の中に入ろう。そこなら多少はしのげるはずだよ」
「了解」
「はいはーい」
幾分か落ち着いた様子のアミティエさんに応える。
教会。当然陽光十字教のそれなのだが、大丈夫なのだろうか。それともファンタジー世界だけあって、教会では邪悪なるものは浄化できるとかあるのか?
なんにせよ、教会の正面まで到達する。だが敷地の周りには頑丈そうな塀があり、鉄柵の門には閂がしてあった。奥に見える扉も固く閉ざされている。
もしかしなくても、既に別の人達が逃げ込んだ後らしい。
「翔太君、肩借りるよ」
アミティエさんがそう言うと、俺の肩を手で掴むなり勢いをつけて跳躍。そして先ほどまで掴んでいたこちらの肩を蹴って正門の内側に。
二メートルはある扉をずいぶんとまあ。
場違いにも感心していると、内側からアミティエさんが扉を開けてくれた。これなら壊さずに入れる。
「『ターンアンデッド』」
「『ヒートウィップ』」
それぞれ魔法を行使し周囲のグールを一掃。自分達から五メートル近くの範囲が屍で敷き詰められる。
「二人とも、中に!」
「ああ、今――」
「待ってくれ!!」
中に入ろうとした時、遠くから声がした。
人の声だ。弾かれたようにそちらを見れば、馬が引く荷車が一台とそれを護る様に動く兵士たちがいた。
「俺達も中に!中に入れてくれ!」
「待て!待ってくれぇ!」
必死にこちらへ向かって来ているが、彼らを遮る様にグールが群がっていく。
兵士は見た所五人。馬車の上には女子供。とてもじゃないが突破できるようには見えない。
「突撃する。援護を!」
「え、マジ?」
「わかった。けど深く行きすぎないようにね」
困惑するホムラさんを置き去りに、突貫。グールの集団へと斬りかかる。
「おおおおおおおお!!」
三体まとめて首を刎ね、更にその勢いのままもう一閃。少しずれて首ではなく胸の当たりにあたるも、二体ほど斬り倒す。
剣の勢いに体が流されそうになるのを筋力で堪え、左手を前に。
「『ターンアンデッド』!」
道が開けた。こちらが何かを言うより早く、集団がそこに飛び込んでくる。
「あ、ありがとう!」
「いいから急いで!」
既に魔力は半分を切っている。あまり余裕のある状態ではない。
どこから湧いてきたと言いたくなるような数が未だこちらに押し寄せてきているのだ。これでは先にこちらの体力が尽きる。
だが、それでも。
「ああああああ!!」
疲労を誤魔化す様に吠えて、剣を振るう。
無我夢中としか言いようがない。半ば狂ったように戦い続ける。
「っ!」
しかし気合だけでどうにかなるはずもない。手元が狂い頭ではなく肩から胸に入った剣を、その個体が刀身にしがみ付いて止めてきた。
重量が増した剣を引くよりも早く、自分目掛けてグール達が群がってくる。
「このっ」
腕で振り払い、魔力を循環させる。
たとえ剣が封じられても、白魔法で――。
『うー……』
「っ……」
ちょうど振りかぶろうとした拳の先に、いやに小さいグールが。
歳の程は、まだ十にいくかどうか。その左手はだらりと下げられているのに、指は固く閉じられウサギのぬいぐるみが握られている。
子供の、死体が動いている。
「『ヒートウィップ』!」
「づぁ」
突然感じた高熱に怯む。自分に群がろうとしていたグール達の一部が焼き払われたのだ。あの子供も一緒に。
それでも体は、自分の心を置き去りにするように動いていく。
剣にしがみ付いていた個体の目に矢が突き刺さると同時に蹴り飛ばし、自由になった刀身を一閃。周りのグールを振り払う。
「こっちや!はよう!」
「ごめん!」
いつの間にか正門は閉じられ、その隙間からアミティエさん達が援護をしてくれていた。その向こう側ではちょうど教会の扉が開かれる所だ。
剣を肩に担ぎ、グール達に背を向けて走る。たかが二メートルの門など一足で跳び越え、彼女らと共に教会の中に。
頑丈そうな扉が兵士たちにより勢いよく閉められる。その隙間から、グール達の方を見た。
こちらに手を伸ばしてうめくグール達が、まるで助けを求めている様だと錯覚しそうで。
彼らの足元に転がる焼け焦げたぬいぐるみへと、妙に視線が吸い寄せられた。
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