第十七話 ヴァルピスの宴
第十七話 ヴァルピスの宴
サイド 矢橋 翔太
街から複数上がっている煙。そしてこの辺でもスノードラゴンのせいで治安は悪化している。
そこから導き出されるのは、一つだけ。
「ちょ、え、助けに行かなきゃ!」
「はぁ!?逃げるよ早く!巻き込まれたら危ないよ!?」
「――いや、あれは襲撃じゃないね」
「「はぁ?」」
「お祭りだよ!!!」
弾ける様な笑顔で、アミティエさんがこちらに振り返った。
* * *
アミティエさんに引き摺られる様にしてヴァルピスに近づいていくと、彼女の言が正しい事を理解する。
「飲め飲め!今日は街長様の奢りだ!」
「カイラール様ばんざーい!」
「安いよ安いよ!串焼き一本銅貨二枚だ!」
街の周囲にはエルギス同様に壁があり、門もあるのだが……そこに門番がいない。頑強な問は全開にされていた。
というか、門の傍に見える詰め所で普通に酒盛りしている兵士が見えるのだが、大丈夫かこの街。
「わー、わー……!」
そして何やらテンションが跳ね上がっているアミティエさん。可愛い。
「わ……わ……」
こちらは何やらテンションだだ下がりを通り越してマイナス行ってそうなホムラさん。少し怖い。
「こんな時にお祭りって……いいのか?」
「何を言っているんだい翔太くん!こういう時こそだよ!」
「うお」
ズイっと顔を近づけてきたアミティエさんに驚くが、お構いなしに彼女は続ける。
「大変な事があった時、辛い事があった時。そういう時こそ皆で物を持ち寄って騒ぐものなんだよ!騒いでいれば周辺の獣も警戒して近づかないしね!」
キラキラと右目を輝かせて力説してくるが……。
「……本音は?」
「お祭り楽しい!!!」
「そっかー」
めっちゃ聞いてほしそうだったので尋ねたら、凄い声量が返ってきた。
そんな彼女の声さえ埋もれてしまうぐらいに街中は騒がしい。それも笑い声が大半で、あっちこっちでどんちゃん騒ぎが起きている。
「わわ……わわわ……」
本来ならお祭りって聞いたら真っ先に反応しそうなホムラさんだが、異世界の人ばかりの現状は厳しいらしい。いつもより目深に外套を被って俺の背嚢に張り付いている。
逆に、アミティエさんはいつも以上にハイテンションだ。この中では一番冷静な人だし普段ならこの状態のホムラさんを気遣いそうだが、今は童女のようだ。
「お祭りは楽しまなきゃ損だよ損!翔太君もホムラさんも楽しもう!」
「そうですよ旅のお方!」
「えっ」
突然、自分達の目の前に少女が飛び出して来た。結構混んでいるはずなのに、その足取りは軽い。両手にいくつもの木のジョッキまで持って。
古い酒場の女店員とでもいう様に肩や胸元まで露出した服で、金髪の少女が満面の笑みを浮かべている。
中々に美形だ。スタイルもいい。上から見下ろすと深い谷間に視線が吸い寄せられる。
「えっと、君は……」
「私はこの街の酒場で働いているアイナと言います!見た所旅のお方達と思い声を……うっわ、でっか……」
女性、アイナさんの視線が自分の背に向かう。
自分が背負う金属製の背嚢。もうコンテナと呼びたいソレの左側には、『山剝ぎ』が固定されている。なんせ腰に提げるにはでかすぎるので。
「ああ、これはとある商人から運搬を頼まれまして。展示用だとかなんとか」
という事にしている。こうでも言わないと不審すぎるので。
「そうなんですか……まあ、それはさておき!私普段は酒場で看板娘をしているのですが、今日は街長に雇われて給仕をやっているんです!」
「街長に?」
興味をもったのかアミティエさんが話に加わってくる。
「はい!スノードラゴンによる吹雪の被害こそ受けませんでしたが、この地域でも魔獣の発生。そして家や畑を失った人達も少なくありません」
「……そうだね」
「だからこそ!街長のカイラール様は今日一日誰であれ自由にこの街で楽しむ事で失った悲しみを乗り越え、一致団結してこの困難を乗り越えようと祭りを開いたのです!街のお金とカイラール様のポケットマネーで全商品値下げですし、貯蔵していた食料も大盤振る舞いで炊き出しもやってます!なにより!」
そう言ってアイナさんが手に持っていたジョッキを突き出してきた。
「この街特産のワインを無料で飲み放題!全て街長の奢りです!」
「は、はあ」
彼女の勢いに少し気圧される。半ば強引に三人そろって握らされたジョッキ。そこにはなみなみと赤いワインが注いである。
「ささ、ぐいっと!たくさん飲んで、そして大安売りしている商品を買ってお金を落としていってください!宿も紹介しますよ!?」
「いやそれが狙いかい」
「あ、口が滑りました!」
カラカラと笑うアイナさん。なんとも愛嬌のある人だ。
それにしてもこのワイン。妙にいい匂いがするな。お酒なんてよくわからないが、このワインはとても美味しそうで――。
なんか、ぞわぞわする。
「どうしました?もしかして赤ワインはお嫌いで?」
「あ、いや、そもそもお酒に慣れては」
「おお!でしたらなおの事このワインを!喉ごし爽やか!ほのかな酸味にブドウの甘さでとても飲みやすいワインとなっております!」
「え、えっと……」
わからない。なんで自分はこのワインを飲みたがらない?
いや、未成年というのもあるが、なんでだ?自分でも言語化できない。言うなれば、勘?
「………」
ふと、アミティエさんと目があった気がした。
次の瞬間彼女の左手が僅かに動く。
「おわぁ!?おらのロバが!?」
「おい、あぶねえだろ!」
「なんだなんだ?」
「喧嘩か!?」
「いいぞー、やれー!」
アイナさんには見えない角度で飛んでいった小指の先ほどの小石。それが道を通っていた荷車をひくロバの目に入り、ちょっとした騒ぎを起こす。
元より酔っ払いだらけの状況。小さい騒ぎがすぐに大きくなっていく。
「喧嘩!?こうしちゃいられないよ二人とも!喧嘩と酒は切っても切れない間柄!喧嘩を肴に飲むのが通なんだ!」
そう言ってワインを豪快にあおり、しかし横から見れば唇を硬く閉じていて顔の周りや首筋だけにこぼしている。
だがこれなら、アイナさんには雑に飲んで口端からこぼしているだけに見えるだろう。
「さ、行くよ!特等席を探さなきゃ!」
「あ、ちょ」
「ワインありがとう!貴女もいい場所見つけてね!」
そう言ってこちらの手を掴んで駆け出すアミティエさん。追加でその辺のおっちゃんにぶつかってワインをこぼさせ、『ごめんなさーい!』と謝り走り抜けていく。
チラリと振り返れば、アイナさんがワインをこぼした男性に新しいジョッキを差し出しているのが見える。しかし、すぐに人に紛れて彼女の姿は見えなくなってしまった。
* * *
「それで、このワイン何か仕込まれていたの?」
大通りから離れあまり人のいない路地裏に入るなり、アミティエさんが空になったジョッキを手に尋ねてくる。
「……わからない。けどなんとなく嫌な物だと思って」
「ふむ……けっこう被っちゃったけど炎症や痒みはなし。ウチには普通に良い匂いのワインとしか思えないけど……」
口元をハンカチで拭うアミティエさんに、自分も返答に窮する。
獣の直感なのか?たぶんそうだと思うのだが、反応が微細過ぎて断言できない。
「まあ、旅人に酒を飲ませて悪さをする人は多いからね。相手が女性と油断したら、奥から怖いお兄さん達が出てくるっていうのは有名な話さ。今回もそうかもしれないね」
「そう……かも」
自分の勘を信じるなら、アイナさんが酒に睡眠薬か何かを仕込んでいたと考えるのが妥当だ。
もっとも、自分が持っていたワインは路地に駆け込む途中でこぼしてしまったので確認できないが。
「そう言えばホムラさんは飲んでないですよね?」
彼女の性格的に一気飲みしておかしくないので、確認の為顔を覗き込む。
「ふっ……私が突然知らない人から出されたお酒を飲むわけないじゃん。怖いし」
おう。めっちゃ顔が蒼白だった。そんなに嫌だったかお祭り中の異世界の街。持っていたはずのジョッキもどこかに落としてきたらしい。
「これでも数々の飲み会を渡り歩いた身。その辺の危機意識はしっかりしているホムラちゃんなのさ」
「……なんというか、お疲れ様です」
「うん」
とりあえず全員飲んでいないし、ジョッキも空だ。その辺にジョッキの回収ボックスがあったので入れておく。
「ま!こういう罠はお祭りの楽しみの一つさ!お酒には気を付けて街を回ろう!まずは出店をはしごだよ二人とも!」
「え、マジで?」
「こういうのが出るのが普通なのさ!それで祭りを楽しめないなんてありえないよ?」
普通警察……じゃない兵士に危ない酒を出す人がいるって通報しない?
と考えたが、そう言えばこの街の兵士も皆酔っぱらっていた。これ、今襲撃とかあったらどうするんだろう。
「ほら早く!今日という日は二度とやってこないんだよ!?」
「ちょ、うお」
こちらの手を握って駆け出すアミティエさん。背中の鞄にホムラさんがしがみ付くのを感じながら、大通りに。
なんというか、アミティエさんの様子が少しおかしい。いつもの彼女とは思えないぐらいハイになっている。
……よく考えれば、彼女はまだ十五歳の女の子だったな。
彼女が遭遇した出来事の数々を思い出し、小さくため息をついて並び歩く。
「ほら、あんまりはしゃぐと転ぶよ」
「大丈夫大丈夫!鍛えられているから!」
ニッコリと笑う彼女に、自然と自分も笑みを浮かべていた。
……それはそうと今、俺は美少女と手を握っている。白く小さく柔らかい。なんかスベスベする。
どうしよう。俺手汗とか出てないかな?に、握り返してもいいのかな。これって実質デートじゃないの?
* * *
それからまあ、はしゃぎ回った。
出店を冷やかして回ったり、串焼きやスイーツ。果物を絞ったジュースを飲んだり。殴り合いの大喧嘩を見物したり。
そうして祭りを満喫するアミティエさんの隣を歩き、ようやく彼女の年相応な笑顔というものを見た気がする。
「あ、翔太君ホムラさん!あれ、大道芸人の人達だよ!」
そう言って引っ張られて行けば、道の一角で何人かの人達が芸をしているのが見えた。
「よ、ほっ、はっ」
「さあここに水の入った桶をおいても~零れなーい!」
横倒しになった樽の上でジャグリングをする人。組体操みたいな事をしながら水の入った桶を頭の上に載せる人。
人だかり越しにそれらをキラキラとした目で見つめ、周りの人達と同じように一喜一憂する彼女が、少しだけ眩しくて。
「……なにか、思い入れが?」
「え?」
そんな事聞いてしまったのは、完全に無意識だった。
「あ、いや。ごめん。変な意味じゃ」
楽しんでいる人に言う言葉じゃない。あまりにも普段と違う彼女に、つい口が滑ってしまった。
「……懐かしいから、かな」
少しだけいつもの調子に戻りながら、彼女が大道芸人達を見つめる。
「小さい頃、オトンやオカンと一緒に街に遊びに行って、そこでよく見かけたんだ。『どんどんどん、ぱふーぱふー』って。そんな音がしたと思ったら、色んな人が凄い芸をしていくのさ」
「それ、は……」
「ああ、別に悲しいんじゃない。楽しいんだ。まるで、あの頃に戻ったみたいで」
自分の手を握る彼女の手に、少しだけ力が籠められる。
「付き合わせてごめんね?あんまり楽しくない、よね。君達の世界の娯楽と比べたら」
「そんな事はない」
「そう……?」
「ああ。凄く楽しい」
外国の、というか違う世界のお祭りだけど、この空気だけでもどこか心が浮足立つのがわかる。
楽しそうに笑う人々。はしゃぐ子供たちに、それを微笑まし気に見つめる親たち。年若いカップルが初々しくも笑い合い、老人たちは旧友と語り合う。そして馬鹿どもは酒を浴びるように飲んで騒ぐのだ。
こういう空気は、自分も好きだ。
「よかった……本当に」
「うん。こちらこそ、ありがとう」
生きているのだ、皆。
この世界に来て嫌な記憶ばかりだけれど、それでも。いい思い出だって、あったから。
「ここに……」
「うん?」
背後から聞こえてきた重々しい声に振り返る。
「ここに……死にかけている奴がいるんだけど……?」
「うおっ、ゾンビ」
ホムラさんが今にも死にそうな顔をフードの下から覗かせていた。
「ちょ、大丈夫ですか」
「だいじょばない。死ぬ。無理。メンタルが逝く」
「す、すみません連れまわしちゃって。移動しましょう」
「翔太……お前に最後のアドバイスだ……」
「え、なんですか」
「女の子と歩く時は……横目で乳をガン見しない方がいいぞ……」
「冤罪ですよ!?」
……たぶん!!
がっくりと脱力して背嚢にもたれかかるホムラさん。くっ、言いたい事だけ言いやがって。
「違うんですよアミティエさん。いやね、決して貴女に邪な目を向けていたとか、先ほどの話しに嘘があったとかではなく。かと言って楽しかったはそういう意味というわけでも」
「言い訳乙」
「置いてきますよ!?」
「めんご」
さては意外と余裕だなこの狂人ネカマ!
「ぷ……あははは!!」
自分達の様子にか、あるいはあちらで芸をしている大道芸人に対してか。
アミティエさんが、本当に楽しそうに笑っていた。
* * *
気が付けば日も沈んでだいぶ経つ。この世界は夜になったらもう寝るのが当たり前なので気づかなかったが、すっかり月が輝いている時間になっていた。
それでもなお、街は明るい。あちらこちらで炊き出しやら何やらしているからだろう。
酒もまだまだ尽きないようで、あちらこちらで飲み会は続いている。
それにしても、この世界は子供までお酒を飲んでいるから驚いてしまう。十かそこらの子供もだ。
といっても、普段は度数の低いエールだそうだが、今日は街長が振る舞う赤ワインを美味しそうに飲んでいた。
特に、目立って倒れたり体調を崩す人は見受けられない。自分が嫌な予感を覚えたのは、やはりアイナさんが薬でも仕込んだのだろうか。
「……少し、妙だね」
「アミティエさん?」
自分と同じように周囲を見回し、先ほどまで『どんどんどんぱふーぱふー!』と酔っていないのに酔っぱらったみたいに騒いでいた彼女が、今はいつも通りの顔に戻っている。
「いくらなんでもあのワインが尽きていないのがおかしい。この街はかなりの人口だし、今は被害にあった村々から避難している人達もいる。いくら街長が酒蔵を押さえていても、これほどの量を賄えるのは不思議だね」
「そうなの?」
ぶっちゃけ酒蔵とかその辺の事はわからないが、アミティエさんが言うのだからそうなのだろう。
「まあ、だからどうしたって話しだけどね。密造酒かな?それにしては色や匂いからして、随分出来がいいと思うけど」
「うーん……」
「とりあえず宿探そうよ……引きこもろうよ……」
「あ、はい」
相変わらず瀕死な様子のホムラさん。いや、一度宿をとってそこに彼女を置いて行こうと思ったのだが、一人は嫌だとついてきたので。
少し申し訳ない事をしたかもしれない。まあ自分も祭りに浮かれていたと許してほしい。
「おお、街長だ!」
「え?」
人の流れに合わせて動いていたからか、はたまた一番屋台が密集していたからか。いつの間にか街長の館前にある広場に来ていたらしい。
館のバルコニーから、恰幅のいい男性が妙齢の美女を連れ立って姿を現した。
街長の方は豪華な服を着ている以外は普通の人っぽいが、隣の金髪赤目の女性はかなりの美人だ。三十前後だろうか?ドレス姿が良く似合っている。
「あれ、奥方様は?」
「誰だあの別嬪さん」
街の人達に美女の方は見覚えがないらしく、疑問の声が出る。
もしかしなくても街長の愛人だろうか?だとしたらよくこの場に出そうと思ったな。日本だったら即裁判沙汰だぞ。まあ異世界だけど。
それにしてもかなりの良家の出なのだろう。立ち姿に気品が漂っている気がする。
「諸君!大いに飲み。食べて、楽しんでくれたと思う!だがそろそろ酒宴は終わりにしよう!」
所々不満の声が出るが、まあそりゃそうだ。むしろよくこんな夜中まで騒いだものだろう。
それが住民もわかっているのか、出てくる不満も駄々みたいなものだ。誰も本気では行っていない。
「うむ!勿論皆もまだ騒ぎ足りないだろう!だが時間ももうすぐ23時の鐘が鳴る。この街の歴史は酒造りと密接に関わり――」
なにやら長い話しになってきたが、それは無視して懐中時計を取り出す。
それほどズレてはいないと思うが、念のため時間を合わせておこうと思ったのだ。ゼンマイ式はその辺ちゃんとしなきゃと、テレビで聞いた気がするので。
そう思い弄っている間も街長の話しは続く。
「――そして、魔王様一の家臣である『カーミラ』様が聖人『マルーエダ』と戦ったのもこの近くだとされている」
魔王?
気になる単語が出て、ようやく顔をあげて街長の方を見る。
そして、目が合った。
「え……?」
街長ではない。その隣、金髪を夜会巻きにした赤と紫のドレスを着た女性の方。
その深紅に輝く瞳がこちらを捉えていたのだ。真っすぐと、まるで射殺す様に。
怖い。なんだこれは。まるでドラゴンに睨みつけられた時の様に、全身が凍えるような感覚。圧倒的強者を前にした、食われる立場は自分だと本能的に理解させられる恐怖。
「あ、が……!?」
声が出ない。凄まじい圧迫感に喉が引きつる。
「翔太君?」
「翔太……?」
アミティエさん達も異変に気付いたのか、視線がこちらへ向く。
「―――」
目が離せない。そう思って視線を交差させ続けた女性の瞳が、一瞬だけ輝いた。
「っ!?」
目の前で星が弾ける。強い衝撃に首を仰け反らせそうになりながら、堪える。本能が『アレ』に隙を見せるなと告げている。
攻撃された?いいやそれどころの話しではない。目をつけられた!
「十分に楽しんだダロウ。故に、いい加減我ら『人間』の祭りは終わり――」
街長の声が響く。彼のグラスを持つ手が高々と掲げられた。
「二人とも、今すぐここから逃げないと――」
「彼女の宴が始まるのだ」
一息にワインを飲み切った街長の体に異変が起きたのは、その直後だった。
「あ、あ゛ぁ……」
ガクリと頭を落とした後、体を小さく痙攣させたかと思えば勢いよく顔を上げる。
大きく開かれた瞳。血走った両目の瞳孔は赤く染まり、剝き出しになった犬歯が伸びていく。
口端からダラダラと涎を流す様は獣同然で、理性の欠片もありはしない。誰が見ても尋常ではない様子に、街の者達も困惑の声をあげる。
「な、なんだアレ?」
「う、うわぁぁ!?」
それに続くように、悲鳴があちらこちらから響いてきた。
見回せば、周囲でも街長同様に変化を起こす人々が現れたのだ。その数は僅かなタイムラグを挟んで急速に増えていく。
「これは……!?」
「え、なに。何が起きてんの?どっきり?」
目を見開いて腰のナイフに手をかけるアミティエさんと、混乱した様子のホムラさん。その二人に意識を割きながらも、自分の視線は例の女性へと向けられる。
再度視線がかち合って、彼女の笑みがこちらに向けられる。
先ほどまでの貴人然としたものではない。
「―――」
こちらを見下ろし、嘲笑を浮べる姿がハッキリと見て取れた。
読んで頂きありがとうございます。
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