第十六話 街長スタンクの憂鬱
第十六話 街長スタンクの憂鬱
サイド 街長スタンク
「街長。また難民です。西のデルオチ村の住民が十七人。内約は大人の男が三人、女が四人、そして子供が十人です」
「わかった。陽光十字教の教会に受け入れ支援の要請を出しておけ」
「街長……」
「わかっている。だがここで街周辺にスラムを作られるわけにはいかん。伯爵には村の再建の為に動いもらえるよう手紙を出しておいた。神父には俺から話す」
「かしこまりました」
文官が出て行くのを目で追い、ため息を一つ。確かに教会に借りを作り過ぎるのはまずいが、そうも言ってられん。俺の椅子を狙っている奴はたくさんいる。部下達の為にも譲るわけにはいかねぇ。
首をゆっくりと回す。パキパキと音がなり、一周するも未だ首や肩のこりは消えず。書類仕事ってのはメイス振り回すより大変だ。
……まったく、まさか血と泥にまみれて走り回っている時期が恋しくなる日が来ようとは。
『スタンク!どうした、早く行こうぜ!』
「……うるさい。いつも俺を置いていくくせに」
まだそっちには行ってやらんさ。精々待たされる側の気持ちを味わえ。
それはそれとして、まいった。
スノードラゴン出現による猛吹雪と魔獣化現象。未だ被害の全容を掴めていないというのに、既にキャパシティーをオーバーしていた。街に普段から貯蔵している食料や金を段階を踏んで放出しているが、それにも限界がある。
兵士も冒険者もフル回転だ。北と西でダンジョンが一つずつ出現したという報告が届いている。どうにかしてそちらにも戦力を向かわせないといけない。
街のギャングどもに呼びかけるか。いくつか便宜を図ってやっているツケを返してもらおう。
それと、難民の中で動ける男をどうにか集めよう。最悪槍を持たせて立っているだけでもいい。街道の守備に回せば少しぐらいなら火事場泥棒への牽制にもなろう。
とにもかくにも人手が足りない。金も、時間もだ。
「街長」
「どうした」
有事につきノックはしなくていいと伝えてある。秘書が書類を手にやってきた。
「二つご報告が。まず難民の中で健康な男のリストを作りました。従軍経験のある者はいませんが……」
「助かる。すまんな」
「いえ」
伯爵に貸してもらった文官は本当に役に立つ。あいにく、昔馴染みは俺とアイツ以外は字もまともに読めねえ。
その分、荒事には頼りになるが。
「それと、アミティエ嬢からお手紙が」
「なに……?」
先日あいつから手紙が届いたばかりだ。ダンジョンが現れたと。
あいつの見立てがそう外れるわけがない。ほぼ確定情報と考え、有力者達と会議し戦力の抽出を検討していたが……何か異変があったのか。
少しだけ、背筋に冷たい汗が流れる。
あの馬鹿、ジョージとワイスが死んでおかしくなってやがった。トチ狂って三人だけでダンジョンに踏み込むなんて愚行してなきゃいいが。
……あいつはたぶん、自分の証明代わりに髪を送ってきたんだろうが、俺には遺髪に思えてならなかった。
そっと、指が震えそうになるのを堪えて手紙を開く。
一通目と見比べるまでもなく、それは間違いなくアミティエの字だった。
『スタンクさんへ。お忙しいところ申し訳ございません。先日ご報告したダンジョンですが、翔太君とホムラさんの三人で無事攻略が完了しました。
本来は直接ご報告すべきなのですが私達は旅を続けねばならず、また二人の事情もありますので大事にはできません。
三人で話し合いをし、ダンジョン攻略の報酬は不要とする代わりに、各所への誤魔化しをスタンクさんにお願いしたくこの手紙を送らせて頂きました。
こう、上手い事私達に教会やギルドの目がいかないよう色々お願いします。
ジョージとワイスの子、アミティエより』
そうかあいつは無事か……。
それはそうと、ダンジョンを攻略した?三人で?というか色々お願いしますってなに?
『スタンク!すまん、色々頼むわ!』
「じょっ」
「じょ?」
「ジョォォォォジィィィ!!!」
本ッ当にお前らそっくりだよ畜生めぇ!!!
* * *
サイド 矢橋 翔太
ダンジョンを攻略して次の日の夕方。森の中でキャンプする事に。次の街には明日あたりつくだろうか。
「そう言えばアミティエさん。スタンクさんには直接報告しなくてよかったの?」
「うーん。ウチらが行って余計に仕事を増やすのもね。それに今行ったらそれ以上にこき使われるだろうし」
そういうものか。
寝床の設営も終わり、食事も終わり鳴子も仕掛けた所でホムラさんが杖を掲げる。
「『ヒートルーム』」
半透明な膜が半径五メートルほどを包み込む。効果は結界内の温度の確保。だいたい二十度以上にキープするんだったか。強度は紙同然で持続時間も二、三時間ほどだが有ると無いとじゃ段違いだ。それでも焚火はするが。光源とかその他の理由で。
四大属性はそういう結界が最初から使えるから少し羨ましい。白魔法は初級じゃ結界系は使えないので。
「じゃー寝るべー」
「はい。じゃあ、順番はいつも通りで」
「うん」
「おやすみー」
木と木の間にロープを張って、そこを起点に枝や布で屋根兼壁を作っただけの寝床だが、最近慣れてきた自分がいる。
最初は土や虫が気になって碌に眠れなかったのに、人間慣れる生き物だな。
「あ、翔太君」
「はい?」
「くかー」
秒で眠ったホムラさんをよそに、アミティエさんが小声で話しかけてきた。
「どうしたの。今日は俺が見張りの一番手だけど……」
「少し、お願いしたい事があってね」
はて。アミティエさんが俺にお願い……。
ドラゴン関係でない事を祈ろう。『解呪できても竜殺し手伝って』系じゃないといいが。
「実はね。魔法を教えてほしいんだ」
「魔法を?」
「うん。一朝一夕で身につくものじゃないけど、それでも何もしなければ変わらないから」
「ふむ……」
「もちろん、タダでとは言わない。ウチにできる事ならなんでも――」
「あ、いや。そういう事じゃなくって」
少しだけアミティエさんが言いかけた事に心が惹かれるも、ぐっと堪える。
アミティエさんにはそういう意味で『手を出さない』と決めている。
自分は、彼女に友情以上の情は抱きたくない。我ながら単純な男だと自負している。もしも彼女と肉体関係を結んでしまったら、きっと俺は彼女を見捨てられない。
それが理由で一緒に竜退治というのは、ごめんだ。もしも挑むなら自分だけの理由で戦いたい。
「前にも話したけど、貰い物の力でさ。そう上手く教えられるかどうか……ちゃんとした師匠を探した方がよくない?」
魔法の理論は頭に入っているし、不思議と消える感じもない。だが魔法を行使する時、俺はどちらかと言うと感覚でやっている。
初めから備わっている機能とでも言うかのように、呼吸するのと同じぐらい自然に発動できるのだ。
だから普通の人への師匠役は向いていないと思うのだが。
「いや、ウチに魔法を教えてくれそうな伝手は翔太君達以外にはいないよ」
「え、そうなの?」
「うん。魔法使いは陽光十字教に嫌われているからね。そもそも彼らは、学問というもの自体を嫌っているから」
「……あー」
一瞬魔法を『学問』って言われて反応できなかった。そうだ、この世界ではれっきとした学問だったな。
それにしても、あの宗教そういう事自体嫌なのか。まあ技術や倫理の発展に学問は外せないし、変革を嫌う彼らなら当たり前かもしれない。つくづく日本人には合わない宗教だが。
「それでも白魔法使いは貴族がお抱えにするぐらい貴重な魔法だからね。一般人は出会える事自体が珍しいよ」
「そうだったね」
前に彼女から聞いた事がある。魔法使いはそれだけで職に困らないと。
貴族は基本的に教会に逆らえないが、それでもなお魔法使いを手元に置いておきたいのだそうな。
白魔法、土木魔法、水氷魔法、風雷魔法、火炎魔法の順番で需要が高く、白魔法は大物貴族や王族が独占しているとか。
「教会は事あるごとに貴族が抱えている魔法使いに、魔法の勉強をやめろと警告しているそうだよ。大抵はせめて一子相伝でそれ以外には広めるな、っていうので妥協しているけど」
「また面倒な……」
どんだけ世界が変わるのが嫌なんだ、あいつら。
「だから、翔太君にお願いしたいんだ。頼める……かな」
「まあ、いいけど。俺も教えるの上手くないから、その辺は勘弁してね?報酬は出世払いって事で」
戦力が増えるのは良い事だ。もしもドラゴンに挑むのなら、手札は多いに越した事はない。
「ありがとう。この恩は忘れない」
焚火に照らされてほほ笑む彼女に、ついドキリとしてしまう。
ダメだ。落ち着け俺。よく考えたら『美少女と勉強会』という全男子高校生の夢とも言えるシチュエーションだからといって、恋に落ちてはダメだ。
勘弁してほしい。男子高校生は惚れやすい生物なんだ。同年代の女子に優しくされただけで好きになっちゃうのに、それが巨乳美少女とかブラックホール同然だ。
「そ、そう言えば俺でいいの?白魔法より、火炎魔法の方が攻撃力あるのに」
「あー……ウチの魔力じゃ火炎魔法を習っても大した事はできないってのもあるけど……」
「けど?」
「ホムラさん、教えるの凄く下手そうだし……」
「たしかに」
「ふがっ」
奇妙な声をあげるホムラさんに苦笑して、焚火に枯れ枝を放り込んだ。
* * *
翌日、次の街が見えてきた。
スタンクさんのいるエルギスから馬車で一週間ほどの距離にある街、『ヴァルピス』。確か交易拠点の一つとして中々に栄えている街だとか。
その街の方から……いくつもの煙が上がっていた。十や二十ではない。かなりの数が遠目にも見えている。
自然と、自分の頬が引きつるのがわかった。
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