第一話 ステータス
第一話 ステータス
サイド 矢橋 翔太
「ひぃ……ひぃ……!」
吐く息が白いのかもわからない。一メートル先さえ見通せない猛吹雪の中歩き続ける。
遭難時の基本は『その場にとどまる』事。だがそんな事言っていられるか。こんな所、まだ体が動くだけ不思議なぐらいの寒さなんだぞ。
状況の把握なんてする余裕もなく、ひたすら歩く。心なしか傾斜がある気もする。ここは山なのか?
その状況で歩いていくと、くそったれな神様の思し召しか。はたまた時折響く『虫の知らせ』とでもいうべき何かのおかげなのか。
「ど、洞窟……!?」
一も二もなかった。迷うことなくその洞窟に跳び込み、雪が入ってこない位置まで進む。奥行は十メートルほどだろうか。出入り口の方が低く、奥に向かって緩やかな上り坂になっている。天井の高さは三メートルぐらいか?暗くてよくわからん。
……いや、よく考えたら見えすぎじゃないか?さっきの移動中といい、この体は少し変だ。なんせ、自分の様な現代っ子がこんな格好で洞窟まで歩いて来られるのだから。
「さぶっ……」
僅かに状況は好転したが、未だ命の危機なのは変わらない。洞窟の中も凍えてしまいそうなほど寒い。体も雪まみれだ。
何かないかと、そう思いながら転移させた神様とやらの言葉を思い出す。
『作成したゲームのキャラクターとなって』
「す、ステータス」
ほとんど自棄になってそう呟けば、なんと目の前に半透明なものが現れた。ホログラムめいたそれは、確かにゲームのステータス画面そっくりだ。
「は、はは……」
マジでファンタジーかよ。少しだけハイになるのと同時に、頭の隅で『これで救助が来てくれる可能性はゼロになった』とも考える。状況は悪化した気がした。
名前:矢橋翔太 種族:人間
HP:22 MP:23 合計LV:5
STR:25 VIT:27 DEX:25 MAG:23 SIZ:18
スキル
『初級白魔法』 LV:1
『身体装甲』 LV:1
『状態異常耐性』 LV:1
『獣の直感』 LV:1
『万相の手』 LV:1
称号
『事前登録者』
刻印
なし
「マジか……」
これは間違いなく自分がキャラメイクした時の構成だ。これでもかなり悩んで決めたのでそこそこ覚えている。
確かステータスの各数値。これは『SIZ』こと体格が男性で平均『17』で、それ以外は『10』前後。限界値が『20』だ。それをあっさり超えているのは、まあゲームのお約束とでも言えばいいのか。
そして『SIZ』に関してはこの数値に×10センチが身長だったはず。この数値が馬鹿にならない。なんせ直接の物理攻撃やHPに影響する数値なんだから。上げ得とも言われるステだ。ただしあまり大きくすると隠れないといけない時にデメリットが発生するが。
……いや、今はステータスなどどうでもいい。精々自分がやたら健脚だった理由がわかっただけだ。
やばい。もしかしたら冷静な判断ができていないかもしれない。元々できがいいとは言えない脳みそを必死に回転させる。
何か打開策……確かスキルのうち『初級白魔法』は回復と除霊。『身体装甲』はダメージカット。『状態異常耐性』は毒や呪い等への対抗判定で補正と時間経過で回復判定。『獣の直感』は緊急時の逃走判定補正と、罠や敵攻撃への察知判定補正。そして『万相の手』は幽霊とかの非実体存在への物理攻撃スキル。
この状況で使えそうなのは『獣の直感』『初級白魔法』『身体装甲』か。貢献度も今の並び順。洞窟を見つけられたのはたぶん『獣の直感』のおかげだ。
このスキルでどうにか暖をとれる手段が見つかれば……ダメだ。流石にそこまではわからない。『身体装甲』で多少なら寒さも緩和できるようだが、『LV:1』では気休め程度だ。
何かないか。そう思ってステータス画面を見ていると、『事前登録者』という『称号』が気になった。
キャラメイクの時こんなのなかった。『事前登録者』って、まあそういう意味だろうが。
待てよ?そう言えば事前登録者が増えるごとに特典があった気がする。そして一万人以上だったら『初回ガチャ10連無料』とか色々あった気が……。
なんでもいい。使えるのなら利用してやる。手足は震え、歯はガチガチと音を鳴らしているのだ。
どうすればいいかわからず、とりあえず『事前登録者』という表示に触れてみる。するとステータス画面が切り替わり、『初回無料10連』と『単発』という画面になった。
まんまゲームのガチャ画面だ。もう笑えてくる。
確かこのゲームのガチャは『刻印』とアイテムが出てきたはず。この状況を打開できる何かが出てくれれば……!
「神様仏様ガチャ様どうか救いを……!」
そう祈りながら、『初回無料10連』というのをタップする。
瞬間目の前の地面に碧い魔法陣の様な物が現れると、激しく発光。思わず目をつむると、そこには十個の影があった。
『☆1:毛布』『☆1:麻の男物衣服』『☆2:鉄の片手剣』『☆1:火打石』『☆1:干し肉』『☆1:乾燥パン』『☆2:麻の男物衣服』『☆5:マグヌス・ラケルタ』『☆1:銅の片手剣』『☆2:大型リュック』
「も、毛布……!」
置かれていた毛布に飛びつき、すぐさま体を包み込む。たったこれだけで温泉にでも入ったみたいだ。その場に蹲る様にして少しでも体全体が包まれるようにする。
それから数分ぐらいだろうか。視線だけで置かれていた物を確認していたが、ようやく体を動かし始めた。
まず麻の服と火打石。外に出て薪等を探す気にはなれない今、とりあえずこれを燃やして暖を取ろう。雪に濡れた今の衣服は……脱いで『☆2』とやらの方と交換するか。こっちの方が出来はいい気もするし。
ただ、なんか着心地が悪い。サイズは合っているのだが、現代日本の衣服を知る身からするとやはり粗い。
背に腹も変えられぬと、出来るだけ毛布の中で着替える。服を脱いだ瞬間感じる凄まじい悪寒。辛い。マジで辛い。なんで自分がこんな目に。
泣きそうになりながらも、火打石を打ち鳴らす。前にキャンプ番組で見たのを思い出しながら、数回目で成功。『☆1』の方の衣服を燃やし始める。
だが量が少ない。これでは近いうちに燃え尽きてしまうだろう。
濡れた方の衣服を火の傍に固めて少しでも乾く事を祈る。これが乾けば火にくべられる……はず。
腰のベルトに二本の剣を吊るし、最初から持っていたらしいナイフと財布……なのか?銀貨や金貨の入った小さい革袋も吊るしておく。
ふと。一度鉄の剣を革の鞘から引き抜き、鏡代わりに自分の顔を確認してみた。
『before』
どこにでもいう平凡フェイスのモブ。これといった特徴皆無の平凡な高校生。
『after』
なんという事でしょう。大人びた雰囲気ながら幼さも残る紅顔の美少年が映っているではありませんか。黒髪黒目ながらよく見たら瞳孔が銀色に輝いているミステリアスボーイ。
うん。どう見ても自分がキャラメイクした姿だわ。つまりこれは今はやりのゲームキャラ転移。いや転生?なんにせよチートで異世界でハーレムでやったー!
「喜べるかこの状況!?」
思わず魂のシャウト。誰だって突然猛吹雪の雪山に放り出されたらこうもなる。
リュックに布にくるまれた乾燥パンを放り込み、干し肉の方は食べる。ついでに肉に巻かれてた布も火にくべた。少しでも燃えてくれ。
素人知識で『とにかく栄養』と思い硬くやたらしょっぱい肉を食べながら、『マグヌス・ラケルタ』と見た瞬間感じたシールを手に取る。
長さは二十センチいかないぐらいか?白い紙に張り付けられたシールで、カクカクと鋭角な赤い線で描かれたトカゲみたいだ。
これが刻印、というやつなのだろうか。たしか『アナザーワールド』のガチャのレア度は『☆1』から『☆7』だったはず。で、10連は一つだけ『☆4』以上が最低保証だったか。
どういう効果を……あ、紙の裏に書いてあった。
『MPを最低10消費。ダメージはMAG+消費MPで判定』
……え、これだけ?
とりあえず攻撃魔法的な何かというのはわかった。この状況で有用かはわからないが、とりあえず使ってみるか。
確か、ゲームの設定だと刻印を体につければいいのだったか?攻撃魔法っぽいし、右腕にでも貼ってみるか。
そう思って右手に貼り付けてみる。思ったよりも綺麗に貼れた。すると、シールが腕に溶け込んでいくではないか。
「うわっ」
言いようのない違和感に思わず声が出る。なんか気持ち悪い。
溶け込んでシール自体は消えたが……試しに力んでみると赤い文様が浮かび上がった。ここから魔力を注ぎ込めれば使えるのだと、不思議な事に本能で理解する。
なんとも気味の悪い感覚だったが、攻撃手段があるとなんとなく気が楽になる。本当なら日本に帰れないかもとか、突然陥れられたこの状況に泣き言の一つもあげる所なのだが、そんな余裕がない。
なんせこんな雪山で洞窟なんて、どう考えても野生動物の……野生……。
「バカがよー!?」
どう考えても野生動物の巣じゃん、ここぉ!?
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!』
「ひっ」
入口の方から嫌な予感がすると『獣の直感』が伝えてきた直後に、そんな声が聞こえてきた。
燃える衣服のおかげでその姿がよく見える。
黒い毛並みに光を反射して輝く双眸。フスフスと鳴らされる鼻と、その下に覗くズラリと並んだ鋭い牙。体格は自分よりも見るからに大きく、四つの足にはそれぞれ鋭利なかぎ爪がある。
端的に言おう。クマだ。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!』
誰が見ても怒っている。そんなクマがこちらに向かって突っ込んできた。速い。けど異様に高い身体能力と『獣の直感』のおかげで反応が間に合い、顔面めがけて振るわれた右フックを掲げた左手でガードする。
「あがっ!?」
だがガードしたと言っていいのだろうか。そんな疑問が出るぐらいに俺の体はあっさりと壁に右肩から叩きつけられ、攻撃を受けた左手とぶつかった右肩が激しい痛みを訴える。
『ボルッ……!?』
「ひ、ひぁ……!」
ほとんど半狂乱になって右手をクマへと向けた、後になって思ったが、もしかしたらクマもこちらに怯えていたし、ひっかいた感触がおかしくて驚いたから動きを止めていたのかもしれない。
だが、今こうして死にかけている自分には関係なかった。
「ま、『マグヌス・ラケルタ』!!」
使い方は、刻印を貼り付けた時に無意識だが理解していた。
砲身である右手を対象に向け、魔力を流し込む。それに答えてコンマ1秒の遅れもなく掌に赤い三つの突起がある円が発生。その中心にできた球体が勢いよく発射される。
至近距離。そのうえ動きを止めていた事もあって反動で腕が上がっても、光弾はクマに直撃した。
とんでもない轟音が洞窟内に響き渡り反響する。その音でかえって冷静になりパニックが解けた自分が目にしたのは、黒い煙をあげながら前のめりに倒れるクマだった。
クマの顔面に着弾した赤い球体。野球ボールほどの大きさだったそれが出した威力は凄まじく、クマの頭どころか胸辺りまでが大きく抉れ飛んでいた。
どう見ても死んでいる。それにホッとしていると、途端に左手の激痛が襲ってくる。
「ぐ、ぅぅ……!」
恐る恐る傷口を見てみれば酷い有り様だ。自分の骨なんて初めて見た。というか見たくなかった。
左手に引かれた太い三本線からは止めどなく血があふれ出し、その奥にちらりと白い物まで見えている。
「『ヒール』『ヒール』!」
慌てて白魔法を使う。何故か頭の中にある魔法の知識を使えば傷口にかざした右手が淡い緑色を放ち、その光に触れた傷口が癒えていく。
二回ほど魔法を使うと出血は止まり盛り上がった肉が傷口を覆い隠した。傷跡こそ残っているし、少しだけ皮が突っ張るような気もするが死にはしないはず。
だが少し不安なので『ケア』という状態異常解除の魔法も使っておいた。野生動物の爪って変な病気ありそうだし。
だが倒せてよかった。最初のガチャで『マグヌス・ラケルタ』を引けたとは運がいい。
……いや、よく考えたら吹雪の中スタートからの逃げられない場所でクマと戦闘とか不幸過ぎない?死ぬよ?難易度おかしくない?
そう思いながら、恐怖と痛みを誤魔化す為の脳内麻薬なのか異能を手に入れた興奮かはわからないが、上気した顔で倒したクマに近づく。傷口が焼け焦げているおかげかそこまでグロく感じない。少し不思議な気分だ。
そう思いながらクマの死骸を眺めていると、『獣の直感』に反応があった。入口からそれほど遠くない位置に、何かいる。
慌てて洞窟の入口に向かい顔を出す。相変わらず吹雪で碌に見えないが、それでも黒い影が複数いるのがわかった。
『ブオ゛、ブオ゛オ゛オ゛……!』
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』
「あ、ああ……!」
クマだ。間違いない。他にもいたのだ。それも一頭ではない。最低でも二頭はいる。
急いでここから逃げなければ。残りMP的に勝てるわけがない。素人に剣でクマと戦えと言うのか。
すぐに引き返してリュックに生乾きの服を詰めて、毛布をマントみたいに羽織ると首の前で結んだ。そしてクマの死骸を無視し火を踏み消して外に。もう肉眼で見えそうなぐらいの距離まであのクマたちが来ている。
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛!』
「っ……!」
できるだけ声を出さない様にして、走る。前にクマと会ったら『騒がず目をそらさないでゆっくりさがれ』と聞いたが、そんな事を実践できる状況じゃない。というか、その対処法だって効くクマと効かないクマがいるとか。
一目散に逃げながら振り返る。追手は来ていない。だがその視線がこちらに注がれているのはわかった。
まずい。興味を持たれて襲われたら死ぬ。
そう思って足を速めたのがまずかったか。ボコリと足元から音がして、『獣の直感』に反応。そして浮遊感。
「あっ」
視界不良に積もった雪。経験不足に焦り。その他諸々の条件が重なった結果。
自分は気づかないうちに崖にやってきていたあげく、出っ張っていた雪を踏み抜いてバランスを崩し真っ逆さまに落下するのであった。
読んで頂きありがとうございます。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。




