第十三話 ダンジョン
第二章異変の始まり
第十三話 ダンジョン
サイド 矢橋翔太
はたして、森に半魚人は住んでいるのだろうか。
三体の半魚人を前に高速で思考を巡らせていく。
どう見ても化け物な外見をしているが、銛を持ちボロ布とは言え股間を隠している。つまり、文明を持っている可能性があるのだ。
何よりここは異世界。魔法があってドラゴンがいる。数は少なく人類と交流はないが『エルフ』や『獣人』もいると聞く。
であれば、自分がすべきなのは――。
「こんにちはー!!!」
挨拶。そう、挨拶である。
古今東西あらゆる国で、初対面の誰かと出会ったのなら挨拶をするのがマナー。それは異世界の街でも同じだった。
『ぎょ』
「ですよねー!」
突き出された銛を避けながら剣を引き抜く。
知ってた。だって『獣の直感』が普通に反応していたから!けど万が一って思うじゃん!こっちは数日前まで『人食い鬼ですか?』って聞きたくなる顔の街長を見ているんだから!
「敵襲ー!半魚人三体!」
アミティエさん達に知らせようと大声を張り上げ、そのまま先頭の一体へと斬りかかる。
人型に近かろうが、文明がありそうだろうが、攻撃してきた化け物に遠慮する理由はない。
ドラゴンにクマと、何度も死の危険に瀕してきた。もはや、人外であれば攻撃する事に躊躇はない。
続けて繰り出された銛を避けながら、その脳天に剣を振り下ろす。
ここ数日アミティエさんから剣の握り方を教えてもらっていただけあって、幾分かマシになった太刀筋。それが半魚人の頭を首辺りまで叩き割る。
そして――青い液体のような何かが溢れて半魚人が消え失せた。
「は?」
斬った感覚はある。獣の直感も反応していた。けど、倒したはずの半魚人が幽霊みたいに消えてしまったのだ。
呆然とするが、スキルは未だ危険を知らせている。直感により右から来た銛をよけ、左のを籠手で受ける。
この装備は伊達ではない。並みの槍なら貫通を許さないほどだ。
だが問題は、なんで斬られた半魚人が消えたのか。幻覚?霊体?……わからない。わからないが……。
「おらぁ!」
敵なのは変わりない。というか余裕がない。棒立ちしてたら死ぬ。
顔面狙いで突き込まれた銛を剣で弾き、強引に距離をつめて頭突きをする。アミティエさん直伝の傭兵殺法!またの名を喧嘩殺法!
顔を仰け反らせた半魚人の顔横にあるエラに指を突き込んで襟でも掴む様にし、体を振り回してもう一体が放った突きの盾に。
仲間の背中を貫いて咄嗟に銛が抜けなくなった奴の頭を、右手で握る剣でかち割る。そしてバランスを崩したところに喉を貫いた。
最後に串刺しになって倒れた奴が立ち上がる前に、その頭を思いっきり踏み砕く。これで三体とも倒したはずと、周囲の警戒をしながら小さく息をつく。
「翔太!無事か!?」
「翔太君!」
それとほぼ同時にアミティエさん達がやってきて、少しだけ安堵の息を吐く。
「こっちは大丈夫だ。そちらは?」
「いや、特に襲撃はなかったよ。それより、半魚人って?」
「今倒した所なんだけど……」
自分の足元を見つめる。そこには自分が強く踏み込んだ足跡しか残っておらず、半魚人の死体もその持ち物も落ちていなかった。
まるで白昼夢にでもあったような感覚。薄気味の悪い。
「いや、なんもないけどー?」
「本当に見たし、戦ったんですけどね……幻覚だったんでしょうか」
「ステータス確認してみたらいいんじゃない?というか私にも見せて」
「はい……」
他人にも見える様に意識しながらステータスを開く。ホムラさんと二人で覗き込むが、例のマーキング以外には何もなかった。
「うーん……魔力濃度は心なしか濃くなっている気がするけど……やっぱ見間違いじゃない?」
「いえ、そんなはずは」
「……まさか、たまり過ぎて幻覚を!?」
「脳天かち割りますよ」
「メンゴ♪」
ふざけた事をぬかすホムラさんの横で、アミティエさんが首を捻っていた。
「アミティエさん。なにか、森の中で出現する半魚人の幽霊とかってこの辺にいないか?」
「んなのいるわけないってぇ!」
「……ここは昔、湖だったはずだよ。そして、そこには半魚人の住む洞窟があった」
「えぇ!?」
驚愕に目を見開くホムラさん。自分も驚いている。
まさか、幽霊が実在するのか?いや白魔法の一つ。『ターンアンデッド』は霊体や動く死体への特攻魔法。存在は確かにするのだろう。
だが実際遭遇するとなると……。
「えぇ……私、幽霊とか苦手なんだけど……」
「確かに幽霊と言えば幽霊だけど、レイスとかではないね」
「れいす?」
「悪霊とかのモンスターです。それじゃあ、あの半魚人は?」
「『ダンジョンのモンスター』だね」
「「ダンジョン!!!???」」
ホムラさんと二人、大声が森に響き渡った。
* * *
『ダンジョン』
かつてあった魔物の集落や要塞が、土地にたまった魔力によって再現された物。
この世界の万物に魔力は存在し、大気中にも魔力は流れている。そして、その濃度が一定以上になると『ダンジョンコア』を作り出し、それを起点として土地の記憶に残った魔物を再現しだすのだ。
ダンジョンコアは主に、その土地に埋まっている魔道具か、そういった物がなければ地脈から溢れた魔力が結晶化するのが基本である。
そこから溢れ出てきた魔物はレイスと違い実体を持ち、常人でも戦う事ができる。
だがしかし。所詮は魔力の集合体。死ねばまた大気へと戻るので、倒しても死体は残らない。ダンジョン内部の物はコアになった物以外全てそうだ。
と、言うのがこの世界のダンジョンについてらしい。
野営地に戻り、念のためいつもより多めに鳴子などを配置して話しているのだが、ついテンションが上がってしまう。
「ダンジョン……ダンジョンかぁ……」
「胸が躍るなぁ、兄弟!」
ホムラさんが肩をばんばん叩いてくる。今回は同意見だ。それと貴女の胸は物理的に踊っています。ありがとうございます。
ダンジョン。ファンタジーではもはやお馴染みとなった言葉だが、それはロマンの塊であるからに他ならない。
数々の罠。出現する敵。そして奥にある宝物。冒険者ドリームの舞台!正に冒険。サクセスストーリーの第一幕。
荒くれ共が日々ダンジョンで日銭を稼ぎ、帰って来ては酒をあおる。時折正義感や夢を抱いた若者たちが、ダンジョンを踏破しようと挑むのだ。
「?……なんで二人ともそんなに喜んでいるんだい?」
「だってアミティエさんダンジョンだよ?ロマンとお宝の塊じゃないか!」
「ひゃっほー!第一発見者なら財宝も手つかず!そのまま丸ごと平らげてやるぜー!」
「実入り悪いよ?」
「「えっ」」
「兵士からも冒険者からも嫌われているダンジョンだけど……そちらの世界では違うのかい?」
どゆこと?
「えっと、どういう事だいアミティエちゃん。ダンジョンって言ったらお宝が眠っている場所でしょ?それこそダンジョンコアとか」
「確かにダンジョンコアは高値が付く事が多いけど……道中の魔物は強い上に倒したら消えてしまうから、道中の苦労を考えたらだいぶマイナスになるよ?」
「Oh……」
なるほど。よくゲームや漫画で見る、倒したモンスターからはぎ取りしたりドロップアイテムとかがないと。
戦うだけ戦って、最奥にあるダンジョンコアのみ。そして彼女の口ぶりから察するに……。
「ダンジョンを攻略するだけの人員と装備品。その他諸々を考えると、どう考えても損しか残らないから、ダンジョンは嫌われているんだ」
「ですよねー……」
テンションだだ下がりである。
「えっと……じゃあ放置してく?」
「いや……ダンジョンは放置すると周囲の魔力を上昇させて、その範囲を広げていくしモンスターの数も増えるんだ。早めに対処しないといけない。たとえ損をする事になっても、被害が少ないうちにね。まあ主に動くのはそこの貴族や兵隊さんだけど」
「なるほど」
となると、スタンクさんに報告か。
「この近くに確か村があったはず。そこはスノードラゴンの被害はほとんどなかったはずだから、そこに言ってスタンクさんに報告してもらおう。ただ……」
「ただ?」
「今のエルギスに、ダンジョンに対応できる余裕があるかどうか……」
不安気に呟くアミティエさん。
確かに。自分達が出る時も街の前には避難民と思しき人達が大勢いた。更に言えば、スノードラゴンの影響で魔獣化した生物達もいる。家を失い盗賊となった人達もだ。
というか、魔力濃度の上昇も状況的にドラゴンの影響だろう。となると、ここ以外もダンジョンが出来ているかもしれない。
それらへの対応で兵士も冒険者も碌に動かせない可能性が高い。
「といってもねー。私達が気にする事じゃないよ。ここは行政に任せて、私達は巻き込まれないうちに行っちゃおーう」
「そうだね……近くの村に知らせを出してもらおう。ウチの名前を出せば、あの人も無視はしないはずだから」
「……待った」
ここを立ち去ると決めたらしい二人を、小さく手をあげて止める。
「どったー?」
「……翔太君。もしも同情で動こうというのなら、やめた方がいい。それはきっと、お互いの為にならないから」
「いや、そうではなく」
「え?」
いやアミティエさん、貴女が思っているほど俺はお人好しではない。
勿論スタンクさんには恩があるし、その近くの村とやらがダンジョンの被害にあうかもしれないという懸念がある。
だからといって、その為だけに危険をおかすのは無理だ。
「ぶっちゃけ……ダンジョンが集落規模なら倒せるんじゃ?このメンツで」
「……え、そうなの?」
アミティエさんが首をかしげるが、自分としてはいける気がする。
「街の兵士たちが徒党を組んで踏み込むのなら予算も時間もかかるだろうけど、この三人で突入するのなら、どちらも問題ないんじゃ?」
「おいおいおいおい~。翔太く~ん。君が義理人情の人だってのはわかってる。けどね、それでも私達がリスクを」
「あいつら倒したら経験値入りましたし」
「二人とも!スタンク何某に受けた恩を今こそ返す時だよ!ダンジョンなんて私達だけでぶっ飛ばしちゃおう!!」
「ですね!」
ホムラさんと硬く握手する。そうこなくては!
「経験値……ああ、あのスキルとかいう」
「ああ。しかもガチャポイントも少しだけ入った」
「待ってろよダンジョン!この地域の平和は、私達が守る!」
確かに、肉体も装飾品も残らないならリスクとリターンが合わない。
だが、自分達には違う。
殺したら消えるから罪悪感を特に抱く事もなく。経験値とガチャポイントを入手でき、なおかつ踏破したらダンジョンコアまで手に入る。
正にロマンとお宝の山。それがこの世界のダンジョンだ。
「アミティエさん。もしよかったら一緒に来てくれないか?もちろんタダでとは言わない。ダンジョンコアの優先権は貴女に渡してもいい。ホムラさんもそれでいいですか?」
「もちのろんだぜブラザー!早く行こうぜ、日が暮れちまうよ!!」
「うーん……」
アミティエさんが少し悩んだ後、小さく頷く。
「うん。あくまで様子見がメインで、少しでも無理と思ったら撤退。それでいいならウチはのった」
「よぅし!行くぜ二人とも!宝の山が私達を待っているぅー!!」
「おぉぉおおお!!」
「お、おー」
レベル上げはどんな状況であれ必要だ。更にガチャポイントはなおの事。
それはそうとコアを壊さずにずっと狩りし続けるのはダメ?スノードラゴンの件を忘れたかって?そもそも長居はダンジョンの拡大で包囲されるかも?そっかー。
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