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事前登録したら異世界に飛ばされた  作者: たろっぺ
最終章 大和共和国前進す
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第百四十八話 生きる為に

第百四十八話 生きる為に


サイド 矢橋 翔太



 衝突し、拮抗は一秒にも満たず。お互いに弾かれて距離をとる。


 しかし距離をとった後の構えを視れば、どちらが今の一合で有利だったかなど明白だった。


 マントと両足から放たれる魔力で強引に姿勢をたもつ自分と、大気中の魔力で軽くステップでも踏む様に下がる魔王。


 深呼吸を一回。


 ……ああ、まったくもって嫌になる。


 多くの魔物を討ってきた。それにより得た『称号』が、眼前の存在に反応し、高ぶっているのを感じる。


 入れ墨の様に刻まれた、あの緑色の光。アレは研究所で見た四天王イゼルのソレだ。だが違和感もある。イゼルにとってあの力は『芯』の部分にあった。だが、こいつは『つなぎ』に思えてならない。


 あくまで勘だ。そのうえで、こう思えてしまう。


 称号により強化されたこの身だというのに、眼前の存在に負けている。純粋な格という点で、圧倒的なまでに。


『――こうして顔を合わせるのは、初めてか』


 鉛色の魔人が口を開く。皮膚と同じく血潮を感じさせない色をした唇を、ゆっくりと振るわせた。


『貴様の話はよく聞いている。それゆえか、初対面という気がせぬ』


「お前みたいな知り合いはごめん被る」


『それは余も同じだとも。貴様が理不尽にも殺してきた同胞たちの恨み、ここで晴らさせてもらう』


「『理不尽』……?」


 一瞬、戦闘中だというのに呆けそうになる。だが、逸れかけた意識を本能が強引に引き戻した。


 頭上から振り下ろされる黒の大剣に『山剝ぎ』を合わせ、横にいなした。火花と衝撃を感じながら柄頭で相手の脇腹を狙う。


 だがすぐに角度を変え、縦に。直後そこに向かって大剣が振るわれる。指が痺れる程の斬撃。腕の力だけでは耐え切れず押し込まれ、こちらの脇腹に刃が食い込んだ。


「つ、ぁ!」


 このままでは胴を両断される!


 切られながら奴と反対側に飛ぶ。あばらの一本を引き裂かれながら、距離をとることで内臓を守った。


 その開かれた距離が、すぐに詰められる。


 鉛色の魔人が叩きつけてくる連撃。半ば殴りつけるのに近い、純粋な身体能力と武器の重量をいかした斬撃の暴風雨。


 一合刃をぶつける度に刀身が悲鳴をあげ、両腕に鋭い痛みが走り、半瞬遅れて鈍痛が骨に響いた。


 腕だけで受けていれば剣を叩き落とされる。だが背や腰の筋肉を使う暇もなく、反射神経だけを頼りにした防御を強要されていた。


 受けに回っていては、負ける!


「『ターンアンデッド』!」


 刀身同士がぶつかりあった瞬間、左手の人差し指だけ立てて白魔法を発動。短いうめき声と共に、僅かにだがこちらにかかる圧力が弱まった。


 同時に、僅かに傾けられた刀身に己の瞳を映し出す。


「お゛、お゛お゛お゛お゛お゛―――っ!!」


 咆哮をあげながら相手の剣を跳ね上げ、その場で体を横回転。弾いた剣にもう一度刃を叩き込んで、強引に魔王の身を引かせる。


 リミッターの解除により引き上げられた膂力。それによる斬撃を受け止めて、しかし相手の体幹は崩れない。


 構うものか!攻めろ!!



『修羅の一閃―――改』



 本来インパクトの瞬間にのみ発動すべきそれを、強引ながら常時起動させる状態にシフト。全身の痛みを、咆哮で誤魔化す。


「あああああああああ!!!」


 一瞬だけ上方向に飛び、鋭角な軌道ですぐさま急降下。それに合わせて大上段から斬撃を浴びせ、それを受け止められると同時に蹴りを放つ。


 この具足には、多少だが隠蔽の魔法が込められている。認識外から放たれた爪先が相手の顎を下から抉った。


 小さく焼ける音と、それをかき消す鈍い音。そのまま回転し、もう一撃。今度は左胸を蹴りつける。


 ようやく僅かにたじろいだ魔王の側面へと下からすくい上げる様に飛行。斜め後ろから全力の横薙ぎを浴びせる。


「っ!?」


 こちらを見もせずに振るわれた、相手の左腕。その掌が『山剥ぎ』の鍔を押さえる。


 止められた斬撃。すぐさまマントと両翼から魔力放出を停止し、重力による落下に合わせて体を逸らす。


 直後、自分の首があった位置に黒の斬撃が通り過ぎた。


 前髪が数本刈り取られていく。見上げた曇天の中、その剣がぐるりとこちらを向いたのを視た。


 振り下ろされる刃。全力で右足の魔力翼を起動。爪先をかすめる刃を置き去りに、カウンターで相手の顔に下から『山剝ぎ』を振るう。


 半歩分下がられて、空を切る。それを認識するより先に、直感で左手を柄から離し胴体の前に。


 ほぼ同時に、左前腕に衝撃。その腕をめり込ませるようにして、鉛色の左腕が叩き込まれたのだ。


「が、はぁぁっ……!?」


 体がうち上げられる。


 内臓がひっくり返った様な衝撃。傷口からは血と肉が溢れ、肺に骨が突き刺さる感覚まで覚える。『神獣の眼光』が本来なら知覚できないダメージまで伝えてきた。


 視界を赤く染めながら、全力で魔力を飛行に回す。考えてのソレではない。ただ直感のまま動き、追撃として放たれた真下からの極光を回避した。


 通り過ぎた黒の光。天を貫かん勢いと威力をもったそれは、近くを通り過ぎただけで空気を焦がす異音と衝撃でこちらの身を打つ。


 強風にあおられた羽虫の様に体が飛んでいき、視界がグルグルと回る。


 内臓がシェイクされる感覚に吐き気を覚えながら、視界の端で極光の動きを捉え続けた。あれが振り下ろされれば……!


だが、幸いな事にそれが左右に動く事はなかった。しかし天を貫いた極光は不思議な事に暗雲を散らす事もなく、それどころか雲に飲み込まれているようで。


 雷鳴が、響く。


 ――あぁ、くそ。


「『ホワイトクロス』!!」


 途切れながらも唱えた上級白魔法。純白に彩られた十字の巨大な盾に、漆黒の雷が降って来た。


 通常のそれではない。雷速はそのままに、しかし規模も破壊力も段違いに跳ね上がったそれ。左手でかかげる大盾にぶつかり、数秒の間こちらを宙に縫い付けた。


 雷光が止んだ時。空気に霧散した残滓の間を縫って、鉛色の巨体は背後に立つ。


「っ―――!!」


 両手で放たれた下からの切り上げ。それを振り返りざまに受けようとして、しかし左手が間に合わない。片手でさし込まれた『山剝ぎ』は、衝撃に耐えきれず跳ね上げられた。


 指を柄から離さない。代わりに、無防備に晒された胴体が鮮血を舞わせた。


「ぁっ」


『落ちよ』


 意識が飛びかけながら、反射で剣を引き戻し肩に担ぐようにして両手で握る。


 振り下ろされた黒の大剣。それが顔の横を通り過ぎ、『山剝ぎ』にぶつかる。峰が左肩にめり込み、皮膚を裂き肉を潰し鎖骨に亀裂を入れた。


 衝撃に耐えきれず、地面へと打ち落とされる。


 音速一歩手前で、荒れた大地に体が叩きつけられた。直前で魔力の放出により減速を試みたものの、焼石に水。土煙が巨大な柱の様に舞い上がり、轟音が戦場に響く。


「ぅ、ぁ……ごぼっ」


 口からドロリとした血が溢れた。それが気管に入りそうになって首を傾け、痛みで感覚を麻痺させながら剣を杖に立ち上がる。


 視界が安定しない。どこから血が流れているのか……それは、『眼光』が教えてくれた。


 五臓六腑に五体全て。ああ、無事な箇所を探す方が難しい。我ながら、よく人の形を保てているものだ。


 落下地点は、幸か不幸か戦場の空白地帯。一気呵成に攻勢へ出た魔王軍が通り過ぎた、誰もいない陣地。魔王城の瓦礫が、少し離れた所に散らばっている。


『あの黒衣の者が面白い事を言っていたな。余が、動く度に止まっていると。ああ、その通りだとも』


 ゆっくりと降りてくる魔王。自然落下とは異なり、かといって飛行の魔法でもない不可思議な動き。


 それを気配で感じながら、呼吸を唱えようとする。これでは、治癒の呪文すら唱えられない。


 ―――いいや。自己治癒が働いている。それ以外に、必要ない。


 この魔力は、別に使う。


『見よ、この不完全な肉体を』


 ゆっくりと奴を見上げれば、翳された左手の中指から小指にかけてが形を崩し、泥人形の様に黒い粘液へと姿を変える所だった。


『急造でしあげた故、未だ安定しておらぬ。今の余は、全力で戦えば……全盛期に比べれば、児戯に等しい力であってもこの様だ』


 そう魔王は続け、こちらを見下ろした。同時に軽く振るわれた左手は元のものへと戻っている。


 白銀の眼球には、明確なまでに強烈な敵意と決意が宿っている事を直感で理解した。


『余は、今度こそ間違えぬ。不死なれど、命の賭け時は見誤らぬ。この身、この魂をかけて』


 黒の刃が、こちらに向けられた。


『悪しき獣どもよ。貴様ら人間を、この世から殲滅する』


 それは決意に満ちた宣言。自己の為ではなく、他者を守る為に命を使う勇者の言葉。


 自然と、声が出ていた。


「――はっ」


『…………』


「はははっ……」


 息を吸って、吐く。たったそれだけで血が溢れ、喉に鉄の臭いがせり上がってくるのに。


 口元が弧を描く。


『狂ったか。そうなれば、流石に哀れなものだな』


「おかしいのは、お前だよ」


 剣を地面から引き抜き、ふらつきながらも八双の構えをとる。


「この期に及んで、悪?千年の間に、脳みそも腐らせたか。それとも、昔からそんなだったのか」


『なに……?』


「この戦いは、どちらも善でどちらも悪だ」


 これは、生存競争である。


 生きるために足掻く事は善であると、己が知る道徳では言われている。


 殺すために力を振るう事は悪であるとも、幼い頃から教えられてきた。


 この考えは、異なる世界でも同じなのだと四カ月の間に嫌というほど思い知った。


 ――村を滅ぼされ、復讐鬼となった少女を知っている。


 ――我が子を守る為、死に際までも歩み続けた竜を知っている。


 ――己の命を守る為、他者を焼き殺して十字架を背負った人を知っている。


 ――国の為に、国まで焼いて戦った人達を知っている。


 ――村の為に、生贄にされかけて心を歪めた少女を知っている。


 ――家族の為に、娘を生贄に送り出した親たちを知っている。


 それらは悪か。善か。自分の様な若輩者が決めるのは違うかもしれない。それでも、自分なりに答えを出すとしたら。


「勝った側が正義でも、負けた側が悪でもない。この戦いは、そういうものだ」


『訳の分からぬ事を……人間は、やはり理解できぬ獣か』


「理解はいらない。俺もあんたも、そういう立場だ」


 きっと、俺だって目の前の魔王の考えなど理解しきれない。


 そもそもが違う種族。違う文化をもち、違う時代、違う世界を生きた存在。


 元々、人間とは同じ国に住んでいるのに理解し合えない生物だ。奴を知ろうというのは、高望みが過ぎる。


 そして、歩み寄りなどという言葉を使うには、もうお互い殺し過ぎた。


「ただ、あんたを殺す理由が一つ増えた。それだけだよ」


『――貴様を殺す理由など、既に百を超えている』


「なら百一個目に加えておけ」


 魔力の翼を大きく広げる。


 心だの。倫理だのを語るにはあまりにも単純で道理に合わない理屈だろう。


 しかし、戦場だというのなら。



「生きる為に殺せ。俺も、生きる為にお前を殺す」


『ケダモノが、よくも吠える!』



 飛翔する。


 勝機はなし。こちらが死力を尽くすと決めていても、相手も同じだけ命をかけるのなら両者の差は縮まらない。


 だが、諦めてなどなるものか。


 生きるために他者を殺してきた。死んだ者を見送ってきた。ここで死んでもいいなどと、口が裂けても言えはしない。


 まだ生きていたい。それは、絶対に曲がらない。


 生きていたい理由が、そこにいるのだから。



* *  *



サイド アミティエ



「『フレイム・スピア』!」


 ホムラさんの放った炎の槍が、虫の怪人を引き連れた吸血鬼の心臓を貫く。


 彼女に近づこうとするオークの膝裏を左腕から展開した魔力の刃で切り裂き、バランスを崩したそいつの眼球ごと矢で頭を撃ちぬく。


『このぉ!』


 瓦礫の壁を跳び越えてこようとするオーガの胴体を、武御雷のショットガンが粉砕した。


「はぁ……はぁ……多すぎんでしょぉ!」


『きりがない……!』


 ホムラさんとイリスが弱音を吐きながらも、それぞれ得物を振るい近づく敵を倒す。


 翔太君を起こした瓦礫の周り。あの後虫の怪人――おそらく、G5の改良型と思しき魔物に囲まれ碌に移動できていない。


「っぁぁぁああ!」


 突っ込んできたハーピーの蹴りを屈む様にして躱し、体を捻って下から魔力の矢を放つ。


 鏃が背から心臓を撃ち抜いて空へと飛んでいく。その軌跡を自然と目で追って行けば、遥か上空で戦う二つの影がチラリと見えた。


 眼の良さには自信があったが、疾風となる両者の動きには追いつけない。なんとなく軌道を読めるかどうかと言った感じだ。


「よし。一端だけど、周囲のは潰せたかな」


 ホムラさんの言葉に意識を地上に戻す。自分と彼女は散らばる瓦礫に身を隠す様にして息を吐き、武御雷は車両形態になって少しでも鋼の体を低くする。


 これで何度目の交戦か。ホムラさんの御友人である三銃士や、共和国の戦士たちに援護してもらって翔太君を掘り出したものの。そこから人類軍と合流するには難しすぎる。


 何故かつかず離れずの距離を飛び、明後日の場所に攻撃をしかけてきたかと思えば、他の魔物が襲ってくる。


 どうにかこうにか移動してきた、たったの二十メートル。チラリと物陰からのぞき込めば、人間側の軍隊は一番近いのでも一キロは離れている様に思える。それすら、手前に魔王軍の壁が存在していた。


 このまま敵の後方を三人でひっかきまわす?無理だ。体力も魔力ももたない。


 かといって、戦場を大きく迂回する様に動くのはあの虫どもが許さないだろう。時折誘う様な動きさえしているのだ。何かあると考えるのが妥当である。


『……なにか、援護はできないんでしょうか』


 イリスの声がスピーカーからボソリと響く。


 誰を、などと言わなくともわかる。また、チラリと視線を上空へと向けた。


 未だ続く戦闘。一度、彼が地面に叩きつけられた姿が見えていた。たぶん、劣勢なのだろう。


「つっても、私達の攻撃じゃあの高さはなぁ。魔法なら届くかもしれないけど、私は狙撃とか無理だぞ」


 ホムラさんも、どこか悔し気に呟く。


 ウチもあの高さは無理だ。攻撃を届かせるのも無理だし、動いている人間大の標的など目で追うのすら……。


『武御雷の装備も無理です……』


「イリス。なんかコックピットに武器とか積んでない?ライフルとか」


『流石にないですよ師匠。一応プラムさんから拳銃と手榴弾。あとはスタングレネード?とか言うのは貰いましたけど……』


「どれも届くわけないかぁ」


 そもそもライフルでも狙い撃つのは無理だろう。それこそ弾丸自体が標的に近づいたら軌道を調整するでもない限り。


 チラリと、その辺に転がる武御雷が放った空薬莢を見やる。これの火薬量なら届くだろうか?散弾なら多少狙いがそれても……いや、それでは翔太君にも当たってしまう。


 他に持っている物と言ったら、防御用の魔力結界ぐらいだろうか。それで上空の戦いに手出しなど不可能である。いっそ、これを頼りに敵陣を突破。そこから支援攻撃の方法を……。


 先ほどとは別の方角を覗き込む。そこには、やはりあの虫の怪人どもが飛んでいる。そもそもここからの移動自体困難、か。


 ……脱出が難しい状況に、G5を彷彿とさせる怪人。まったく、嫌な記憶を思い出させる。イノセクト村でのアレはウチにとってはトラウマと言ってもいい。こんな時にそんな事を考えている暇は――――。


「あー……」


「アミティエちゃん?」


『姉さん?』


 頭を抱え、天を仰ぐ。そしてゆっくりと手をずらし、空を見上げた。


 やはりというか、未だ翔太君が……ウチの家族が戦っている。


 なら、やらなあかんよなぁ。


「ホムラさん。イリス。ウチ、今から馬鹿な事を言うわ」


 二度と家族を死なせてたまるか。


 オトンとオカンから褒めてもらった狙撃の腕。あの時はなんの力にもならなかったそれで、今度こそ。


「敵の親玉を撃ち落としたる。力ぁ貸してや」





読んで頂きありがとうございます。

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[一言] 魔族にとっては人間は家畜であって生存競争の相手とすら思ってないのか… 散々倒されて滅びかけたのにまだその考えが変わって無いのが女神に見限られた原因なのでは?
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